要塞ケルン
出発してから、一日半程で『要塞ケルン』に到着した。途中、寒空の下で野宿し、死にそうになった事は話さないでおこう。ただ本当に寒くて死にそうになっただけだからだ。他に覚えているのは、イノシシの肉が異常なまでに硬かった事と…その匂いで狼が寄って来ないかという恐怖、そして、凍傷にならないように一日中、手と足の指を動かし続けていた事。それ以外は特に何も無かった。
とにかく、ソフィアは目の前の小さな要塞を見て涙を流しそうな程に感動したが、案の定、目が痛くなるだけで乾いた瞳からは涙など出るはずもなかった。
要塞ケルンは想像と反して小さかった。黒い壁に覆われ、強固な門は厚く逞しかった。孤立しても尚、外敵からの攻撃に少人数で耐え続けているのだ…。外の雪や冷たい風なんて容易く跳ねかえしてしまうだろう。
ソフィアの期待を裏切って、要塞ケルンの中は寒かった。見張りの兵達に事情を説明するのも手間取った。
いつ攻撃されるか分からない門と寒空の下、1時間も待たされたのだ。
1時間後、この要塞の隊長である男に連れられ、ようやく中に入るが…初めの一言が「俺達の増援は娼婦か?」だった。
早くも娼婦呼ばわりされたソフィア達は苛立ちを抑えつつ説明した。大軍団がこちらに増援として向かっていること、私達は別件で敵の陣を探していること…娼婦ではなく騎士であること。
隊長は言った。
「敵の大部隊に攻撃されていて長くは持たない。食糧も兵士も武器も不足しているが、増援が来るまでは耐えて見せる。陣については知らない、今まで見つけた事がないからな、やつらは1日おきに、陣の場所を変えるために移動している。あの『幽霊の森』を自分達の庭のように動き回れるのだから勝ち目は薄い。以前、俺達もあいつらの陣に斥候しようと50人の兵をを行かせたが、一人しか戻って来なかった」
と、ソフィア達にとっては最悪の情報だった。土地勘がない上に、深い森の中に引きこもっていられては堪ったものじゃない。見つける間に、狼やら敵やら寒さにやられてしまうだろう。
打つ手なしかと思われたが、ジャンヌが口を開いた。
「その生き残りから話は聞けるか?」
それを聞いた隊長は頷き告げた。
「道案内として連れて行っても良いが、問題がある。その道案内は優れた兵士で戦力が減るのは忍びない。どうしても連れて行くなら、リアナ様は置いていけ」と。
リアナが驚きの表情を向ける。
「危険な場所に王の娘を行かせる訳にはいかない。我らが獅子王だ。そんな事で俺達の忠誠心を疑われるのは嫌だからな。その爺さんにも見覚えがある。とりあえず、リアナ様は行かせられない」
隊長は淡々と言葉を続けた。「嫌なら断れ、力ずくで連れ帰る」
まさか、自分の事を知る人間が居るとは思わなかったリアナは、肩を竦める。
拒否権など無かった。結局、リアナと御付きのジオ爺さんは要塞に残り、ソフィア達は道案内を手に入れた。
道案内の男は、サムと名乗った。サムはどこか挙動不審で始終、周囲を見渡しているような男だった。
騎士団は、その男をどこか信用する事が出来ないまま、深い深い霧の掛かった『幽霊の森』に足を向けた。
無数の枯れ木の枝が空にクモの巣を張るように広がっている。霧は深まり、奥まで見渡せない。
足を踏み入れる人々を喰らう森、ソフィアは背筋に走る悪寒を振り払い、前にゆっくりと歩み始めた。




