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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
神の涙
110/111

私の愛の唄

燃えるように血が舞った。血飛沫の赤い煙を上げたそれは、スリントの体から溢れ零れ落ちる。

「お…お前…まだ生きて…ありえな、い」

血を含んだ言葉を口から吐き出しながらスリントは亡霊を見た。

「ようやく巣穴から出てきたのですね。貴方は生かしておかない。それが彼女との約束です」

彼の背中に剣を突き刺したスノウは静かに囁いた。眠るわが子をあやす母親の如く優しく静かに。

「アイツが死んで、お前が存在できる筈が……」

スリントが血反吐を漏らす刹那に、スノウは容赦なく剣を押し込んだ。さらに深く彼の身体を貫けば、スリントはがくりと肩を落し、糸の切れた人形のように膝から地面に崩れ落ちた。

ジャンヌの揺れる瞳とスノウの瞳が交わる。彼女は一言も発する事無くジャンヌを見つめる。表情は暗く、呼吸も荒い、今にも消え去りそうな身体から冷たい威圧を放つ。

不意に潜んでいた最後の一人の暗殺者の刃がスノウの腹部に突き刺さる。スノウは身体を揺らして表情を微かに歪めた。唇の端から黒い血を滴らせて暗殺者へと視線を向ける。暗殺者は恐怖に一歩後ろに下がると無言のまま踵を返し、森へと消え去ろうと駆け出すもスノウの一歩が速く、一突きが先立った。

暗殺者がその黒フードに包まれた身体を白銀の大地に寝かせる。

「嗚呼……アリア……」

スノウは返り血と自身の吐き出した血によって染まった唇を開き、空を見上げた。長年、色を失っていたスノウの瞳は、雪の色を認識する。真っ白なんかじゃない…。嗚呼、慈悲の雪だ。薄暗い空から落ちる慈悲の雪がスノウの顔を撫でた。スノウは色付いた薄闇色の空へと瞳を注ぐ。恋焦がれた色が広がる。夜の天幕が上がろうとする前に、スノウは舞台から転がり落ちるように彼らと同様に崩れ落ち、呼吸を止めた。光り輝く黄金色の目は、空に浮かぶ月の様に美しかった。


ジャンヌは、倒れたソフィアの身体に這うように擦り寄った。彼女の冷たい身体を引き寄せてゆっくりゆっくり、流れる雪溶け水の水流へと身体を投げた。

広がる水しぶき、二人の体。そうだ、私は彼女と生きることを諦めない。水面で揺られる二人の体は枯葉のようにただ、流されていく。それでも繋いだ手が離れることはない。

冷たい透明な水が耳から流れ込み脳を冷やしていく、体の感覚が凍り付いた筈なのに繋いだソフィアの微かな温もりを感じる。

「ジャンヌ」

声を聞いた。聞きたかった音色で聞きたかった言葉。ジャンヌは閉じかけた瞼を開く。ソフィアの瞳と目が合った。凍り付いた筈の脳が熱を帯びて、止まり掛けた歯車が軋みながらも動き出す。ジャンヌの瞳から涙が滴る。

「帰ろう、ジャンヌ」

「ああ……ああ……帰ろう、ソフィア」

涙が止まらない、言葉も上手く喋れない。悴んだ唇からは引き攣る泣き声と曇った吐息しか零れない。ジャンヌは思いっきり頷いた、何度も何度も頷いた。

二人は、身体を寄せ合う。冷たい水面に揺られながら、熱い口付けを交わす。ワインレッドの唇が生気に溢れて命の鼓動を芽吹かせる。流れる紅葉のように二人の身体は微かな飛沫に揺れ、爽やかな風に靡く。煌びやかな陽光が大地を光り輝かせ、残酷で美しい世界の中心。今は…この瞬間は、世界は二人だけの物だ。





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