炎の娼婦
『砂漠の花』に着いた。
凍りついた河が広がる。青白い空と凍った河とが交わる地平線がどこまでも続いているこの場所は、時間が止まったように静かで、壮大で。かつて水面だった場所を流れる風が凍りつき、白い傷跡を肌に刻み込むように冷たい感触を残す。そもそも何故、砂漠なのだろうか…。先人達のセンスや神話やの問題だろうとソフィアは思った。
一行は、馬車を下りて歩いて河を渡った。凍った水面に積もる雪で足元が見えにくい。ソフィアは雪で足をふらつかせ膝を着く度に、氷が割れて冷たい水の中へと引き込まれるのではと恐怖に駆られていた。
膝をつき、恐怖に駆られ、ひびは入っていないかと雪を手で退かせて凍った水面を見る。すると、一匹の魚が目の前を横切ったような気がした。氷の下で悠々と流れる河と遊泳する魚。ソフィアが氷の中を覗き込んでいるとお尻を軽く蹴られた。背後にはスノウが立っていて、顔も言葉も隠されたままだが理解できた。「早く行け」と言いたげに彼女は前方を指差したのだ。ソフィアは初めて彼女と会話出来た様な気がして不思議な感情が湧きあがる。そしてその感情を表すことなく立ち上がり歩き続けた。
一時間ほど歩くと、ようやく川辺らしい場所にたどり着いた。此処から少し歩けば北部と南部の境界『緑の支流』にたどり着く、今日はその辺りで休憩するはずだ。ソフィアは頭に積もった雪を払いながらどうか近くに休める村が在ってくれと願った。なければ最低な休憩になってしまう。雪空の下、凍えながらイノシシの硬い肉のスープをすする。スープが最低なんじゃない、寒いのが最低なんだ。
ソフィアの願いが通じたのか、ふと足元を見ればアネモネの花が咲いていた。此処にきて始めて生物と出会った(河の魚は見間違いかも知れなかった)、先ほどよりも気温も高い気がする、これは人もいるはずだと確信することが出来た。
『緑の支流』が見えた。『砂漠の花』から分かれ出た支流は、苔やら鉱石やらの関係でエメラルド色の光を放ちながら轟々と流れている。気温も少し上がり、快適とまではいかないが、つまずいて膝を着く度に死の恐怖に煽られたり、仲間にお尻を蹴られたりしないだけマシだろうとソフィアは思った。
すぐ近くには明かりが見えた。寒さに備えた木造の家が並ぶ村。「ようやくか」と誰かが溜息を漏らした。南部の人間だし、目立つ真似はできないが、まだバルレル卿の監視下の領地なだけいくらかましだろう。何よりも、ベッドがあるのと無いのとでは疲労の蓄積に天と地の差が出る。今日は早めに休んで明日に備えようとソフィアは考えていた。
宿に着けば、それぞれ部屋を取り身体を休めた。夕食のときに宿の主人が、「君たちは南部から来たんだね?服装で分かるよ…、この辺じゃあ見ない生地だ。どれ、新しい服を用意してやろう」と親切にも新しい北部の服をくれた。夕食後、風呂に入った後でソフィアは渡された服を着てみた。すごく温かい、保温効果抜群の服、重くなく着やすかった…が。見た目に問題があった。この服を王都で来ていたなら、恐らく三秒で衛兵に捕まるだろう。今の自身はまるで娼婦だった。
しかしながら、温かいのでそのままベッドに入り眠ることにした。
早朝、ソフィアは寒さで目が覚めた。思ったよりも寝つきが良かったらしく、すぐに意識は覚醒した。
ホットミルクでも頼もうかとソフィアが部屋から出れば、リビングにジャンヌがいた。暖炉でゆらりと揺れる炎を眺める彼女に歩み寄る。以前、火事の話を口にした彼女の表情を思い出した。孤独に愛された者の見せる表情、寂しさを隠した不器用な笑み。ソフィアにはそれが痛いほど分かった、何か力になれないか…。出来もしない一言を頭の中でループさせながらソフィアはジャンヌに声をかける。
「おはよう」
「おはよう、ソフィア。早いな?いつもは一番遅いだろう」
ジャンヌは背後のソフィアを振り返ることなく返事を返す。
「ホットミルクが飲みたくて」子供みたいな理由だ、彼女に子供っぽく思われただろうか…。
「そうか、ところでソフィア…。どう思う?この格好、まるで私は娼婦のようではないか?」
振り返ればどこか気恥ずかしそうに微笑み、襟元を持ち上げるジャンヌ。彼女の白い素肌を暖炉の炎が照らし出す。浮き出た鎖骨、盛り上がった谷間…エロい。ソフィアは素直にそう思った。
「ジャンヌは娼婦には見えないよ、私も」
ソフィア自身も相手に見せつけるように両手を広げて見せた。ジャンヌほどの色気は無いが、まあまあだと思っている。
「そなたは可愛らしい娼婦だな」
「ジャンヌは小奇麗な娼婦だね」
口から笑みが零れる。お互いに向けられた無垢な笑顔を、暖炉の炎が優しく照らし出していた。
全員集合すれば可笑しなことになった。
リアナは気品のある娼婦。アンヌは…まさしく娼婦。スノウはいつも通りの服と仮面。までは良かったが、、男性陣も服装はソフィア達と似たり寄ったりだった。
「どうして俺がこんな格好を」とぶつぶつと不満を告げるフレイムに対してリアナが言った。
「歩き疲れたら肩をお貸ししますわよ、お譲さん?」
じじいの娼婦が爆笑した。それに釣られたように各々から笑みが零れた。




