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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
神の涙
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雪のような君

彼女の素肌はミルクのように青白かった。雪を蹴り上げ、その粉雪の中で動く彼女の素肌は、水面に浮かぶ月光のように揺れる。角度を変えるたびに流動する光。その美しさに目を奪われるもなく、彼女は影になり、濃い灰色樹の木立に姿を紛らせる。ソフィアは闇の中で影を追う。無数に並んだ樹立は人影のようにスノウの姿を隠す。

ソフィアはしゅーと吐息を吐き出し、剣を構える。最早、手加減などないだろう。致命傷と有るであろう彼女の一撃に備える。

白い月がソフィアの剣に流れ落ちると同時に雪を撫でる微かな音を拾い上げる。スノウはソフィアの真後ろまで忍び寄っていた。裏手に持った短剣を真横に振り抜く――

空気が鳴いた。鋭い切っ先で裂かれた空気が甲高い音を漏らす。

間一髪で屈んで避けたソフィアの頭の上を空気の悲鳴が木霊する。予想以上の一撃だ。ソフィアは腸が水になったような恐怖に襲われる。それでもソフィアは立ち上がりながら剣を振り上げた。スノウの腹部に剣が触れようとした刹那に、彼女は再び影となり、ソフィアに無感触な苛立ちを残させた。

どこに消えっ――

辺りを見渡そうとするソフィアの横腹に短剣が突き刺さる。口内に広がる生臭い鉄の香り。激しい痛みに倒れこむ暇もないままスノウの腕がソフィアの首や武器の持ち手にも絡みつく。羽交い絞めにされたままソフィアは血反吐を吐き出した。

赤い鮮血が白い雪の上に花を咲かした。赤い赤い花は微かに無機質な匂いを放つ。スノウはその花を愛でる様に眺めた。金色の瞳の中で揺れる瞳孔。スノウは吸血鬼としての衝動を抑えることが出来ないのだろう。いや、抑える気など端から無かったのだろうが…。

「貴女は美しい。純潔な血。汚れを知らない血。貴女の全てを私の魂が欲してる。貴女の血は誰にも渡さない、全て私の物」

スノウは薄紫の唇から艶やかな吐息を吐き出した。その雪色の吐息がソフィアの白い素肌に触れて溶ける。白い牙がソフィアの首筋の皮膚を裂き、彼女の色を吸い上げていく。

体から血が吸い上げられて行く中で、何か別なものがソフィアの身体へと流れ込み、精神を蝕んでいく。全身の血管が裂けたような激痛に悲鳴を上げた。視界が赤に染まり、月光に照らされている筈の世界は色を失い無機質な何かに変わっていく。

最初から覚悟していた。ジャンヌと共に行くと決めた時からこうなることは分かっていた。ソフィアがスノウに勝てる確信など無かったし、実際に力では足元にも及ばない。だから初めから……

こうするつもりでいたのだ。

スノウの濡れた瞳が恍惚の瞼で隠れるのを、ソフィアは見逃さなかった。

懐にしまっていたシルヴィア特性のワクチンをスノウの首筋に打ち込んだ。

スノウは驚愕の表情を浮かべた。今までどんな激痛にも耐えていた身体をソフィアから飛び退けると、首を押さえて声を張り上げた。身体を左右に揺らし、痛みとも苦痛ともいえない激痛に悶えた。そして、積雪に血を吐き出した。

ソフィアもその場で悶える。最早、半身どころか大半が自身の身体に変化を起こしているのが分かった。腹部から溢れる血に比例しないほど痛みは遠ざかっていたし、視界も色を失い、月光の淡い光ですら感じることが出来なくなっていた。

「私にこんなっ――なんだコレはッ…私から離れろォオオ!」

スノウの絶叫が樹木を揺らした。ソフィアは感じないはずの寒さを感じて身体を震わせる。

「アアアア、コロス――!!」

スノウは身体を屈めてソフィアに向った。消えては現れまた消えるを繰り返す。そしてソフィアに向って短剣を突き出した。ソフィアはそれを左手で受ける。腕ごともぎ取られそうな衝撃に堪えながら剣をスノウの腹部に思いっきり突き刺した。積雪に隠れた岩盤をも砕き、スノウの腹部に深く深く突き刺さる。

周囲の雪が舞い上がり、白銀のベールが二人を包み隠す。暫くの沈黙の後、ソフィアは雪の大地に磔られたスノウを見下ろした。スノウは口から鮮血を滴らせながら力ない瞳を開いている。

「ぐふッ――貴女は此処で死ぬべきです。人間として死ぬか……化け物として生きるか…。どちらにしてもいい結果にはならない」

「私はどちらも選ばないよ。私はスノウとは違うから…。私はジャンヌの傍にいたい」

「愚かな選択です。全く持って愚かな女。貴女は全てを賭けて…本当に全てを失う愚かな女です」

血反吐を吐き出しながら語るスノウ。薄紫の唇はソフィアと自身の血によって瑞々しく輝きを放っており、月のような金色の瞳は、ソフィアではなく空を見上げている。微かに漏れる吐息が降り落ちる雪に混じり溶ける。赤い雪が大地を染める。

「さようなら、スノウ」

ソフィアはスノウに背中を向けた。

終わりは来る。この夜の天幕が上がり、大地に光が注がれるとき、スノウの苦しみも痛みも全て消えてなくなるだろう。彼女が求めて止まなかった光に照らされて、彼女の長い旅は終わりを迎えるだろう。

ソフィアは肩から半身に広がる激痛に堪えながら歩みを始めた。途中、雪に足を取られて凍った大地に手を着く。氷の先に自身の姿が映った。氷の鏡に映し出された自身は、スノウと同じ綺麗な金色の瞳をしていた。

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