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第四十一話 裏語<アイシア視点>

 私には二つの顔がある。

 一つは優秀で品行方正な女神<第三神庁 下界部 転生課 勇者派遣係 係長>の正しい私。

 もう一つは――”魔”な私。


 正しい私がいつも踏み入れる部屋とは別にある、ちょっとした権限が無いと入れない特別な場所。

 そこに”前任者”から引き継いだ術を用いて入っていく。

 入った感じも、ぶっちゃけ部屋の間取りもいつもの「勇者を送り出す部屋」と何ら変わらない。

 ただこの部屋が事実上の使用停止状態とされ、監視の目が行き届かないように出来ていること。

 阻害術式を用いて私は「勇者を送り出す部屋」に入ったと周囲には認識されていること。

 だから私の行動を知る者は、これを黙認している人たちだけ。

 そういえば前任者もこの仕事を”潮時”と思っていた節がありそうで、私に見つかって告発されることを望んだ彼はあっさりと処分を受けて天下り(・・・)”を果たした……案外私も部署の存続と彼の引退に利用されただけなのかもしれない。


 健全・純粋・潔白な組織なんてものは存在しない、正しいと思っていた仕事には裏がある。

 どこにでもずる賢く上手くやるための場所は存在していた。

 それを知った時に、私にとって真面目にやることは正しくとも”間抜け”と思うようになった。

 悪いことをやっていい、のではなく出来る(・・・)ということを理解してしまった。

 



 そんな裏送り出し部屋の中心、スポットライトの下に一人の女の子が既に座って待っている。

 少し栗色がかった長髪をポニーテールでまとめ、とこどころ絞りながらも発育はよく女性的なスタイルながら、男女問わず接する明るい性格は学校でいうところの人気者・あるいは根強いファン層を形作っていたに違いない。

 そんな彼女が今、永い夢から覚めたかのような寝ぼけ眼でうつむきがちに木製の椅子に座っていた。


 転生先には比較的同じ人種を選んで送り出していく、その方が世界を平和にするのにあたって効率的という意見の採用だ。

 言語の異なる問題は転生時に解消され、そして転生先も転生前から百八十度違うような世界は選ばれないようになっている、風土病や気候に対応できずに即死したら戦力にならないし。

 もっとも今回の場合は、同じ人種・同じ時間軸・同じ出身の者を揃えることに意味があった、他の女神もこの世界へは送りだしてきたはずだけど、全員が集うように仕組んである。

 

 だから後輩のオルリスが始末書を書かされていた、上総ミユの転生先の偶然のバッティングも私の見越した(・・・・)こと……ちょっと悪いことした気持ちはあるけど。


 なにはともあれここから一仕事だ、というよりも私としてはエンターテイメントの類ではあるんだろうけど。

 人生なボードゲームに感情移入せずに「人を操っている」というロールプレイングをするかのような、そんな私の楽しみ方。


「ようこそー」


 ここでは変に女神ぶらなくていい、私にとっては肩ひじ張らない程度のこと。


「どうもどうも……私は、そう女神アイシアです☆」


 ――嘘を付いたところで、バレなければ問題ない。

 本当の今の仕事は女神による送り出しなんてものではなく、魔に堕ちた女神による……魔神……うーん、魔女でいいか。

 天使と対するのが悪魔なら、女神の対極はなんだろうと考えて……魔女にしてみた。

 別に呼び方なんて決まってない”前任者”だって特に呼称はなかったし。


 ただ今は名乗らない、まだ私は女神を装っておく。

   

「ここは……」

「まぁそれは重要じゃないのでいいとして。転生決定おめでとうございます!」

「え、ええ……」


 困惑する彼女、それがなんだか面白かった。

 どうしてそう思ったのかはわからない、それを考えて少しだけ不機嫌になる。

 まるで私が、見知らぬ彼女にコンプレックスを抱いているような……ないないない。

 

「……私って、死んだんですね」

「まぁ実質そういうことになるねー、”あの世界”の住人は誰かに思い出してもらわない限り死んだままだね」


 いわゆるプレイヤーに忘れられてしまった、封印されてしまったギャルゲー世界出身の女子。

 それも最近この世界に転生させているのは同一ゲームのキャラクター、正直疑問に思うけどそれほどまでに魂不足が深刻なのだとか。


「……そう、ですか」


 転生課になって分かったこと、正直女神職を全うしている時点で人選においてはちょっとした”ズル”もあった。

 それは転生対象が、現実に存在しなかったとしても問題ないこと。

 大切なのはその人の個性と、その人の持つ力、それが特に創作の類だとファンタジー世界出身と同列の”副産物”を以て転生させられる。

 実際のところは古から続く、本当の偉人や賢人の類が転生させすぎて枯渇傾向にあること。

 だから本来は禁じ手ともされる、<創作世界からの異世界転生>を可能としてしまった。

 死んだら転生出来る、その死の基準というのも割と曖昧で、肉体的な死でもなければ魂的な死でもない、実質死んだようなものだから転生させてしまえ……という私でも割と乱暴な論理ではあると思う。

 なし崩し的でしかない、実質的な輪廻転生から外れた魂の複製に等しい行為、それを認めてしまった時点でこの世界に正義なんてものはなかった。


 ……私が拗れる原因、というのも退屈に過ごしてきた日々が”正しいこと”だと信じていたからこそ、それを裏切られた反動もあるのかもしれない。


「ということで! ギャルゲーの実質メインヒロイン、最後の選択肢として生涯を全うしたあなたにワンチャンス!」


 彼女はギャルゲーのヒロインである。

 そして主人公にしても、その世界を楽しんだゲームプレイヤーとしても思い出深い「最後に攻略したヒロイン」その方。


「――――は、どこにいるんですか」


 その名前に私は反応してしまう、そこまで聞きなれてこそいないのに――なんだか苛立ちを覚えるような、そんな名前。

 ただ知ってはいる、なにせその名前は――


「……いるよ、あなたが転生する予定の世界に」

「っ! 良かったです」


 ここで私は”答えがわかっていても”聞きたいことが出来てくる。 


「妙に冷静だよね、君。どうして?」

「…………ええと」


 彼女のキャラクター設定は本来快活でムードメーカーとも言うべき明るい女の子なのだ。

 そりゃクラスでもモテるよね、という容姿とセットで人気が高かった。

 それにしては今の彼女は死んでいるとはいえ妙に達観しているというか、冷静に物事を認識できているようにも思えた。

 

 まるで”死”という事実に何度も対面しているかのような。


「私、覚えちゃってるんです。これまでのこと」

「……へぇ」


 そういう言い回しから、死亡直後・転生直前に”思い出す前世の記憶”以前にこれまでのことを正しき認識できていると私は解釈する。

 確かにそういう能力持ちだった、分かっていて招いたことに違いないのだから。


「だから――――が、色んな女の子と付き合ってた記憶も。創作世界の、そのギャルゲーというものなら納得だなぁって」


 正しい認識だ。

 間違っていない。

 私が説明するわけでもなく、解釈を間違えることもなく、それを冷静に受け止めて、混乱することなく向き合っている。


「それで死んだ私が女神様の力で今度はどこかに転生するって、ことでいいですよね」


 ただそんな悟ったような物言いが――私をイラつかせる。

 何故なんだろう、どうして私は彼女を気にして、実際に対面して、心動かされているのだろうか。

 まるで彼女が私の持っていないものを持っているかのような、そんな錯覚すら覚えつつあった・


 面白くない。


「そーですか。では話が早いですね、面倒なので色々こちらも省くとして。あなたには勇者として転生――」


 してもらうことだって出来た、でもさ……私の目に留まったのが悪いんだよ。

 少なくとも私以外の女神だったら、勇者即戦力として送り出せたと思うけどね。

 

 ただ私は、そうしてやらない。


「出来ません。というのも定員が一杯なんで」

「え」


 初めての動揺、ここから先は流石に予想出来なかったらしい……しょうもないことだけど少しだけ愉悦感。


「実は私女神だけでなく――あくまで魔女も兼任してるんだよね」

「っ!」


 看板を挿げ替えるように、天地をひっくり返すように、真逆の存在なことを相手に知らしめる。


「さあ! 次の世界であなたにやってもらう役柄は×××なんかじゃありません」


 元、×××という間柄にはなるだろうけど……そう考えたら少し面白くない。

 あー、やっぱりそういう肩書って本当に大事なんだなー……はぁあ。


 ……さっきから私は何を考えているのだろう。

 私らしくない、なんだか調子が狂う、それを悟られないようにしないと。



「魔王です!」



 そう聞かされた時の、硬直した彼女の表情はとても痛快。

 私はこれまでモンスターとして転生させることを厭わなかった、むしろそっちが魔女仕事のメインといっていい。

 やたら強いモンスターや、妙に個性のある変形種は転生人かもしれない、ちょっと前にはスライムを送ったっけ……。

 そして私の最後の切り札、ジョーカーともいうべき存在が、転生先のモンスター最上位種であるモンスターを統べるもの、魔の王こと魔王。

 同一時間軸に転生出来るのは一人だけというルールを前任者から聞いた、そして現段階では魔王の娘or息子として送り込み、育って代替わりをしてもらうことで魔王転生は完結する。

 だから彼女はこれから魔王の娘となる。 


「それで言ったよね? 転生先には、あなたの×××で思い人で恋人だった――ユージローという御方がいるって」

「っ!」

  

 これまでの幸運だと思っていたポイントを、マイナスにしていく、悪い方へと持っていく。

 そう、魔王の娘というカードをあえてこの子が来るまで取っておいた。

 主人公に一番近くて、それでいて最後のヒロインだった彼女が――主人公から一番遠くて、彼の最後を看取ることになるかもしれない存在になる。

 

「ユージローさんが勇者として活躍するあの世界はとびきり強い人もいるので、いっそ最強設定にして送り出してあげます」

「えっ」


 女神権限で弄れるバロメーター、あまりにも貧弱な世界に送り出すにあたって”チート級”の力を転生者に与える必要があった。

 いわゆる魔女権限で弄れるバロメーターにおいてもその数字操作は健在、そこで私は”敵としてチート級”に力を盛って送り出すことにした。


「いやあ! これでかつての思い人とは勇者と魔王の敵同士! それも圧倒的な力量差を持ったまま!」

「っ!」

「転生後あなたと彼は殺し合う関係になることでしょう!」

「そんな……!」


 絶望した表情が見たかった、こういうの人の極限の表情も見れるから”魔女”サイドもやめられない。 


「そして女神権限で、あなたの”完全記憶能力”は封印させてもらうからね」

「やめ、やめて……!」


 転生後に「魔王の娘やめる」と言われても困る、便利なものは制限しておかないと。


「あ、でも”裏技コード”で曖昧だけど、その人への思いに関しては残しておくね! 誰かもわからない相手が無性に気になるあの感じ!」


 女神なのだから、実際は転生者に対しては神と同じ力を持つのだから権力を行使さえすれば感情だって操れる。


「もうやめて!」

「その思いの強さが、魔王として生まれたあなたにはどう作用するのか――楽しみだなぁ」

 

 楽しい、楽しいなぁ!

 さっきまで幸せだったような人が、実際に恵まれていたような人をここまで弄べるなんて。


 メインヒロインなんかになっちゃった、あなたが悪いんだよ。 



「それでは行ってらっしゃい――様もとい魔王様♪ せいぜい思い人ごと世界を滅ぼさないように気を付けてくださいね♪」



 そうして私は彼女を送り出す、送り出すのは慣れたもの。

 ただ送り出す対象が勇者でなく、バグレベルに強くした魔王なんだけどね。


「いやああああああああああああああ」


 彼女の悲鳴が心地いい、こうして勇者とモンスターの類を送り出しては程よく争わせてこの世界への転生枠を必要とさせる。

 年度末までに予算を使い切る公共事業のような、わざわざ仕事を作って予算を維持するような。

 今回の場合は転生者を程よく途切れさせない為、そして――私がその方が面白いと思ったから。


「これは楽しみだなぁ」


 そうして裏送り出し部屋をあとにする、私の楽しみが増えた瞬間だった。

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