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愛を求め鳥は泣く  作者: よろず
本編
44/50

最終話. 鳥籠の森3

 私の仕事場の一つでもあった医務室で、グレアムさんは捨てられた子犬のような瞳をしていた。灰色の瞳を不安そうに、ゆらゆらゆらゆら揺らしている。小さな姿に戻ったティグルを肩に乗せた私は、苦く笑って彼の傷の手当てをした。


「グレアムさん、どうか私の言葉を信じて下さい。あなたが不安になる度に伝えます。私は、あなた以外を愛せないんです」


 どんなにイグネイシャスが私を想ってくれていても、私が欲しいのはグレアムさんだけ。瞳を覗き込んで私がそう告げると、グレアムさんは目を伏せた。


「……ティグルは、俺の使い魔だ」


 落とすように紡がれた言葉を、私はじっと聞く。


「俺はティグルの居場所を感じる事が出来るし、ティグルの意思を読む事も……視界を共有する事も、出来る。城にいた時は、お前自身に居場所を把握する為の術もかけていた」


 随分前に、イグネイシャスがそのなような事を言っていたのを思い出した。私はグレアムさんに監視されていると。特に不快ではなかったし、ずっと忘れていた。


「お前の為にも、いつか手放さなければとは思っていた。だが決心が付かず、外に出せば逃げられるのではないかと不安だった」


 だから私の居場所を把握して、護衛でもあったけど監視の意味でもティグルを常に側にいさせた。懺悔のように、グレアムさんは言葉を吐き出す。


「術は、ここにやる時解いた。それでも繋がりを切る決心が付けられず、ティグルを側に」


 椅子に座っているグレアムさんの前の床へ膝を付き、私は彼の両手を握った。それでも彼は私の方を見ずに言葉を零し続ける。


「実験の成果など、本当はどうでも良かった。ただお前の声が聞きたかった。解放すると決めたくせに、言い訳を見つけてずるずると。……ティグルを通して見たお前は生き生きとしていた。楽しそうだった。側にいたあの男にも心を許し、柔らかく、笑っていた」

「……だから、別れを?」

「そうだ。全ての繋がりを切り諦める為に、呼んでも戻ろうとしなかったティグルを迎えに行った。……あの男はお前を常に守っていたし、あの男はチカを、幸せに出来るのではないかと思った」

「……私が泣く所は、見ませんでしたか?」

「見てはいないが、ティグルが怒っていた」


 肯定するようにティグルが短く鳴いて、私の頬へ擦り寄った。私はティグルを撫でて、苦い笑みを浮かべる。


「……確かに、イグといるのもここでの日々も楽しかったです。でもいつもぽっかり、胸に穴が空いていた。私が頑張れたのは、あなたに再会する為なんですよ」


 会いたかった。でもまだ資格がないと思っていた。胸を張ってグレアムさんのもとへ帰る日の為に私は、必死だった。


「あなたに誇ってもらえる人間になる為に。あなたの愛を得る為に私は、強くなったんです。……どうかお願いです。私の気持ちに耳を傾けて? 一人で傷付いて、諦めてしまわないで下さい。……愛しています。心からあなたを、グレアムさんを愛してる」


 両手で頬を包み込んだらやっと、グレアムさんは私を瞳に映してくれた。灰色の綺麗な瞳。それに映してもらえる事が、私はとても嬉しい。


「本当は俺の方が、お前を欲している」


 甘えるように胸元へ擦り寄られ、私は彼の髪を撫でる。


「私の愛しい旦那様。青い首輪をもらえた私は、あなたのお側が居場所。生涯、愛でて下さい」

「あぁ。……チカ、お前は俺だけのもの」

「はい。飽きられないよう努力して、あなたの目も心も楽しませますね」


 飽きられないよう。捨てられないよう。逃げられないように、魅力的だと思ってもらえるような努力を一生し続けようと、私はこの時ひっそりと己の心に誓った。




 ***




 私達の住処は森の家。結界で道を閉ざし、呪文を知っている者しか入れない森の中に二人と一匹で暮らしている。だけれど通信用の魔具を作ってもらい、友人達とはいつでも連絡が取れる状態になっている。望めばグレアムさんが連れ出してくれるから、友人に会いに行ったり仕事や問診の為の外出もする。前回旅に出た時、私は孤児院の子供達や患者さん、医者の知り合い達に夫を紹介した。夫が賢者様だと気付いた人にはとても驚かれたけれど、皆一様に祝福してくれた。リリスもフィオン様と上手くやっているみたい。たまに連絡が入って、惚気や愚痴を聞かされる。

 薬師である私の仕事は神殿ギリリアン本部経由で依頼が来る物がほとんどで、イグネイシャスとも仕事の付き合いは続いている。イグネイシャスからは、私が幸せそうに笑っている限りは良き友人でいるつもりだと宣言された。だけどイグネイシャスと会う仕事の時にはグレアムさんがピリピリして、べったり張り付いて来る。そんな日は、私はいつも以上にグレアムさんを甘やかして、いつも以上に愛を囁く。彼の不安を拭い去る為でもあるが、ヤキモチが嬉しくてそうなってしまうのも理由の一つだ。

 グレアムさんは、私に怒られるのが怖いみたい。滅多な事では怒らないのに、たまにそっと顔色を窺われる。グレアムさんのその時の表情も、とても可愛くて大好きだ。


「チカ……」

「はい、グレアムさん」

「今日も、とても綺麗だ」


 彼は耳を赤くして照れている。愛しくて堪らなくなって、私は彼の唇を啄ばむように口付けた。


「ありがとう。あなたの為に、もっと努力をします」

「これ以上お前の魅力が増したら俺は、困る」


 本当に困ったという顔をするグレアムさんが可愛過ぎて、私の胸には愛しさが溢れ出す。


「……もっともっと私に囚われて、もう二度と離さないで下さい」


 心を絡め取るような口付けをして、私はとろりと微笑んだ。グレアムさんも、蕩けるように笑ってくれる。


「俺はお前のものだ」

「私も、あなただけのものです」


 永遠を誓い合った私達は、穏やかで柔らかな時の流れる森の家で、とろけるような幸福に酔い痴れる日々を過ごす。いつまでも。

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