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愛を求め鳥は泣く  作者: よろず
本編
26/50

二十六. 柔らかな檻20

 甘い気怠さの中で目を覚ますと、とろりと笑んだグレアムさんの顔がすぐ側にあった。毛布の中素肌は隙間なく密着して、目覚めの挨拶代わりの深い口付けに翻弄される。体の芯で燻っていた熱が、呼び覚まされてしまう。


「グレアムさん……だめ…………」


 窓の外の明るさからして私は既に寝坊している。無能な私が仕事を疎かにしては、堂々とグレアムさんの側にいられなくなってしまう。


「お前の駄目は、もっとだろう?」


 掠れた声。色気が滲んだ笑み。体を辿る掌の熱に、思考が蕩ける。


「今のだめは……だめです。あなたのお側にいる為に働かないと…………」

「今日の仕事は休みだ。食事は外でとる。だからもっとお前に触れさせろ。いくら触れても――足りない」

「でも……リリス、が…………待ってます……」

「俺も散々待った」


 何をとは、問えなかった。唇は捕らえられ吐息すら飲み込まれ、私は長い事、彼が与える甘い責め苦に翻弄されるしかなくなってしまったのだった。


 *


 体中、溶けてしまったみたい。ふわふわした眠りを彷徨った。


「チカは、今日は無理だ。お前の思惑通りになるんだ。それくらい良いだろう」


 グレアムさんの声。誰かと話してる。


「確かに有効な手段だったが、泣かせただろう。許さん」


 怒ってる。

 ぼんやりしながら手を伸ばして、触れた温もりへ擦り寄った。


「アービング。話はまた」


――王様?

 目を開けてみたけど、グレアムさんの部屋のベッドの上だ。グレアムさんしかいない。ティグルは昨夜から仕事部屋で寝てもらっている。埋め合わせをしてあげないと。きっと、寂しがってる。


「チカ、体は大丈夫か?」

「……全身、溶けてしまったみたいです」

「すまない。やり過ぎた」

「あなたになら、何をされても平気」


 とろとろな気分で笑ったら、真っ赤で変な顔になったグレアムさんに頭を撫でられた。

 うっとり、私は目を閉じる。


「……魔法は、電話も出来るんですか?」

「でんわ?」


 そうか、電話という言葉はないんだ。私の使う言葉は魔法の力でこの世界の言葉に変換される。だけど該当しない言葉も、ある。


「離れた場所にいる人と、話が出来るんですか?」

「あぁ。聞いていたか?」

「最後の方だけ。グレアムさんが怒っている気がして、目が覚めました。どうして怒って……?」

「…………お前が、アービングの所為で泣いていたから」

「王様に何かをされた覚えはありません」


 考えてみても思い付かなくて眉間に皺を寄せたら、ふっと笑ったグレアムさんに額へ口付けられた。


「俺の説得に利用されたんだ」


 なるほど、それか。


「グレアムさんは、スイスなんですね。……チーズ食べたい」

「すいす? チーズなら用意出来るが、すいすとはなんだ?」

「私の世界で、中立の国なんです。戦争に参加しない。でも、自分で自分を守る必要のある国」

「……カーラットは、お前に何処まで話した?」


 くてんと力を抜き、私はふにゃふにゃに笑う。そんな私を見下ろして、グレアムさんは困った顔で笑った。


「私が聞いたのは、あなたが中立な立場である事。生まれはギリリアン。住んでいるのも今はギリリアンだけど、何処の国にも、何にも、所属してはダメな人という事」


 リリスの部屋で、カーラットさんの提案を聞いた。だけど詳しい話はリリスの部屋を出た後で、リリスに代わって王様が一緒に、王様の部屋で、お茶を飲みながら。


「賢者と呼ばれるあなたは知識だけじゃなく、魔力もとても強い。あなたは一人でも簡単に国を滅ぼせてしまう。だから中立の誓いを立て、森へ引きこもった」


 そんなグレアムさんがリリスの庇護者となれば、神殿も迂闊に手が出せなくなるのだ。賢者様の怒りを買えば皆殺しに合うかもしれない。グレアムさんはそんな事をしないけれど、彼の人となりを知らない人はそう考える。彼を恐れる。まるで……化け物のように。


「中立の誓いを守って特別扱いはなし。大切な友人の頼みでも聞けない。だから王様は私を使ったんでしょう? 丁度良い所に現れた弟子の存在を。私の我儘という言い訳を使って、あなたを動かそうとした」


 だけどこれは私自身の望みでもあった。自分の罪悪感を拭ってもらう為の、自分勝手な願い。


「そこまで知っていて、俺に抱かれたのか?」


 寝転がって毛布に包まったままの私を見下ろして、グレアムさんがショックを受けた表情になった。

 質問の意味がわからず、私は首を傾げる。


「……怖くないのか? 俺は人を、国すら簡単に……壊せる」

「何故? あなたは意味もなくそんな事をするような人じゃないのに」

「だが人は恐れる。親兄弟でさえ、化け物を見るように俺を見た。ふとした時に殺されはしないかと恐れていた」


 泣きそうな顔。彼はいろんなものに傷付けられて来た人なんだ。私はグレアムさんの膝へ擦り寄り、目を閉じる。


「私はあなたになら殺されたって構わない。だけどあなたが、そんな事をする人じゃない事も知っています」


 嗚咽が聞こえた。声を押し殺して彼が泣くから、私は両手を伸ばす。体を起こし、彼の頭を抱き締めた。


「あなたを愛しています。大好き」


 白金の長い髪を撫で、広い背中を撫で、頭にキスをする。震える彼の体をそっと押し倒して、私は飽きる事なくキスの雨を降らせ続けた。



 ***



 結局私達は一日をベッドの上で過ごした。食事は残り物で済ませ、飽きる事なく抱き合い疲れて眠る。目を覚ましたらキスをして、また抱き合う。リリスの事は王様に連絡はしたから、王弟の二人に引き伸ばし工作をしてもらうと言っていた。リリスには申し訳ないけれど一日待ってもらう事になってしまった。


「……グレアムさん?」


 次の日の朝、いつもの時間に起き出して身支度を整えた私を不機嫌なグレアムさんが待っていた。私が支度部屋へ入る前は、とろんとろんにご機嫌だったのにどうしたんだろう。


「チカを閉じ込めたい」


 吐息で笑って、私は彼のもとへ歩み寄る。


「森の家に帰れたら好きなだけ、閉じ込めて下さい」

「こちらの方がお前には危険なのに?」

「危険?」


 首を傾げたらキスをされた。深くなって、私は彼の肩を叩く。


「俺も行く。紅を直して、待て」

「はい」


 口紅を直し、着替えたグレアムさんと共に部屋を出た。あちらの世界の街中で見た恋人同士のように身を寄せ合って歩く。厨房で食材をもらってから外で待っていたグレアムさんのもとへ戻ると王様とカーラットさんがいて、グレアムさんは途轍もなく不機嫌になっていた。


「おはようございます。王様、カーラットさん」

「なんで僕は名前じゃないの?」

「なんとなくです。あなたはアービングさんというより、王様という感じなんです」


 名前で呼ぶよう求められたが、なんとなく王様は王様という感じがするのだ。覚えていたらその内呼ぼうかなと、心の中だけで考える。

 グレアムさんに右手を伸ばされ、私は彼の腕の中へおさまった。


「グレアムに今話していたんだけど、チカ、僕らも君の作った朝食が食べたい」


 毎日良い物を食べているとたまには素朴な味が食べたくなる。これもそういう感じだろう。グレアムさんが良いなら構わないと告げると、グレアムさんは更に不機嫌になってしまった。だから私は、伸ばした右手で彼の頬を包む。


「何かお話があるのではないですか? あなたの部屋は、誰かに盗み聞きされる事もなく一番安全だと聞きました」

「そうだが、チカの手料理を食わせたくない」

「……上手くはないですが、精一杯作りますよ?」

「そういう事ではない」


 抱き締められ、頭の上で小さな溜息が落とされる。


「……チカの作る物はとても美味い。こいつらに食わせるのが勿体無い」


 拗ねた声。私はくすくす声を立てて笑う。


「拗ねたあなたは、可愛いですね」

「うわー。なんか……ごちそうさま」

「あーあ、やってらんねぇなチクショウッ。俺も森に引きこもるかな」


 王様とカーラットさんが森へ引きこもる相談を始め、私達はそれを聞きながら歩きだす。騎士は出会いが少なく、王様も仕事に追われそれどころではないらしい。継承者は大丈夫なのかと問えば、弟が二人いて、更に継承権を持つ親戚が数人いる為焦る必要はないのだと王様が教えてくれた。


「スウィジンもあれで優秀だからね。フィオンは剣の方が得意だけど、政に関しても安心して任せられる」

「スウィジン様が優秀とは意外です」


 素直な感想を零すと、三人から同時に表情を確認され驚いてしまう。


「チカ、スウィジンの事嫌い?」

「お嬢さんがそんな嫌そうな顔するなんて珍しいな」


 私は自分の頬を両手で揉む。心の中が表情に出てしまったようだ。


「……だって、あの人はグレアムさんに失礼な態度でした」


 呟くと、困った顔のグレアムさんに髪を撫でられる。


「あいつは大抵煩わしいが、悪い奴でもない」


 グレアムさんがそう言うのなら、王弟一号の評価を改める為にもう少し観察してみるのも良いかもしれないと思った。

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