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愛を求め鳥は泣く  作者: よろず
本編
24/50

二十四. 柔らかな檻18

 グレアムさんが仕事へ行く時間を利用して、私はリリスに会いに行く事にした。

 許可をもらう為グレアムさんと一緒に王様へ話をしに行ったらカーラットさんを護衛に付けられた。ティグルは物理的な攻撃から私を守れるけれど、レアンディールの事に対する知識の無さのフォローは出来ない。だからカーラットさんが適任という事らしいけれど……過保護だと思う。私一人でものらりくらりと誤魔化せると思うと主張したら、自分を過信してはいけないと王様に窘められてしまった。グレアムさんもカーラットさんがいてくれた方が安心だと言うから大人しく従う事にした。カーラットさんを私の我儘に巻き込んでしまった事が心苦しい。


「チカ、まだ気にしてんのか?」


 廊下を歩きながらカーラットさんに顔を覗き込まれた。顔に出ていたのだろうかと気になって、私は自分の頬を両手で包んで揉む。


「眉間に皺が寄ってる。グレアムみたいだな」


 人差し指で額を突つかれ、今度は額をおさえた。いつもは笑顔で誤魔化すけれど、カーラットさんには通用しないから困る。


「カーラットさんの仕事の邪魔をしてごめんなさい」

「まだ言うか。だから陛下の執務の時間にしたんだろ?」

「そうですけど、私を守るよりも王様を守る方が重要任務です」

「俺はアービングよりチカを守りたい」

「……騎士の忠誠心はどこに?」

「執務室に一旦置いて来た」

「なんとも都合の良い忠誠心ですね」


 言い様がおかしくて笑ってしまったら、カーラットさんの目が優しく細まった。ゆっくり伸ばされた大きな手が私の頭に乗せられる。


「……あなたは私を子供扱いしていませんか?」


 カーラットさんに頭を撫でられるのが不快な訳ではないが、小さな子供にするような仕草だと思う。


「俺はチカを女として見てる」

「女?」

「大人としてって事だ」


 ぽんぽんと私の頭を撫でてからカーラットさんの手は離れた。じっと見つめた先でカーラットさんは苦笑を浮かべ、今度は私の頭頂部を掴んで前を向かせる。

 忘れていた。観察するのはよくないんだった。


「……友人の親密さの表現、ですか?」


 向こうの世界で私が見て来た友人らしき人々の人間関係は、スキンシップが多いように見えた。カーラットさんの行動もそれかもしれない。

 左手の人差し指を唇に当てて私が考えていると、カーラットさんはそうそうと適当な感じに言葉を返して来た。


「二回言いました」

「チカは鈍いくせに変な事を気にするな」

「変わり者なんです」

「そうみてぇだな」


 カーラットさんはくしゃりと笑い、おもむろに私の前へ手を差し出して来る。なんだろう?


「友人は手を繋ぐ」


 グレアムさんとは違う剣だこの出来た大きな掌をじっと眺め、続いてカーラットさんの顔を見上げてみる。彼はのんびり微笑んでいる。私は、ふむと呟いてから口を開いた。


「お断りします」

「どうして? 嘘だと思ってんのか?」

「いえ。カーラットさんが嘘を言う理由は思い付かないので信じていますが、あまり他人との触れ合いは好きではありません」

「……グレアムにはベッタベッタ触れさせてるじゃねぇか」

「あの人は私の特別ですから」

「そうかよ」


 大きな溜息と共にカーラットさんの手は下げられた。あまりにも残念そうにされたものだから、チクリと胸が痛む。


「すみません。友人の作法もわからなくて……呆れましたか?」

「その顔。あんたはずるい」

「何がです?」

「不安そうな顔で見上げるのはやめてくれ。それと、グレアムはずるいと言ったんだ」

「あんたと聞こえた気がしましたが、まぁ良いです」


 気にするのはやめて、私は前を向いて歩く事にした。歩きながら、不安そうな顔なんてしただろうかと考える。どうも私は、友人という存在に浮かれているらしい。表情が上手く取り繕えていないようだ。


「……ついて来て下さってありがとうございます。心強いです」


 こんな状態の私では腹黒神官と単独で接するのは危うい。だからカーラットさんに、礼を告げた。


「その言葉が正解だ。謝られるより感謝が良い」


 褒めるように頭を撫でられ、私はそれを黙って受け入れた。


 *


 リリスの部屋へ入ると、腹黒神官と王弟一号が寝室に続くドアの前で言い争いをしていた。カーラットさんが仲裁に入ろうとするのを押しとどめ、私は暫し観察してみる。


「聖女様を外に出すくらい構わないでしょう」

「ふっざけんな! 望みを叶える振りしててめぇは何をするつもりだ!」

「人聞きの悪い事を仰らないで頂きたい。こんなにがっちりと騎士で囲い、貴方がたは何から聖女様を守っているんですか?」

「てめえからだよ! 何にもわかってねぇ女を誑かすな!」

「誑かしてなどいません。私は聖女様をお守りする為に派遣されて来たのです。彼女の心の健康を守るのも私の務め。貴方がたの行いの方が聖女様には害ではないですか? あんなに泣かれて、心労が溜まっているのですよ。お可哀想に……」


 同じような事を繰り返し言い合っているようだ。どうやら二人はリリスに寝室から締め出されたらしい。こんな言い合いをするだけの男など、締め出されるのは当然だと思う。


「神官様、王弟殿下。大変失礼な事を申し上げますが――邪魔です」


 にっこり笑って二人の側へ歩み寄ると言い争いがぴたりと止まった。腹黒神官は微笑を浮かべているが、私を見る瞳は何処と無く不快そうだ。王弟一号は何故か安堵の表情を浮かべている。


「リリスが癇癪を起こして引きこもったんだ」


 意外にも親切に、王弟一号が状況を説明してくれた。もしかしたらあの嫌味な態度はグレアムさんに対してだけだったりするのかもしれない。それはそれで不愉快だが。


「何故、そんな事になったんですか?」

「ずっとあいつは外に出たいと言っていた。だが安全を考慮すると城の敷地内であっても許可は出せん。だがこいつが勝手に連れ出そうとしやがるから、止めて口論になった」

「なるほど。それで追い出されたんですね」


 腹黒神官がただ単にリリスの望みを叶える為に連れ出そうとしたとは思えない。王弟一号は、リリスが神殿側に攫われる事を心配しているんだと思う。でも心配するなら半端に隠さず力の危険性についても全部教えてあげれば良いのにと、私は思ってしまう。あの子には選択の自由も与えられないのだろうか。


「……賢者様のお弟子殿。貴女はでしゃばり過ぎではないですかね」


 にぃっこり口端を釣り上げて、腹黒神官が私に笑みを向ける。氷のような笑みだ。


「私のような下賤の者が差し出がましい物言いをしてしまい、大変心苦しく思います。ですが私の望みも神官様と同じ。リリスに快適に過ごしてもらいたいのです」


 私も穏やかに、穏やかに微笑みを返す。


「お心遣いには感謝しますが、貴女の手は不要です。お引き取り下さい」


 廊下へ出る扉の方を笑顔で示す腹黒神官に王弟一号が言い返そうと口を開いたのを掌で制し、私は嗤う。


「癇癪を起こした女性を放置して男同士で言い争っていた方が、面白い事を仰いますね?」


 腹黒神官は張り付いた笑みで私を睨んで来る。笑顔の奥の瞳は冷たい。


「神官様が本心からリリスを案じて下さっているのなら、私は口を噤みここから立ち去りましょう」

「私の本心が貴女にわかると? いいから立ち去りなさい。これは命令です」

「私の意志を曲げる命令を出せるのは師匠である賢者様のみ。神官様のお言葉は聞き入れられません」


 いつまでも腹黒神官に構っていられない。私は腹黒神官を無視して天の岩戸を叩く事にした。


「チカです。……リリス、大丈夫?」


 声を掛けて暫し待つ。寝室の中の音にじっと耳を澄ませていると勢い良く扉が開き、私は温かな塊に押し倒された。床へ強かに背中を打たなかったのは、咄嗟にカーラットさんが受け止めてくれたからだ。


「ち、チカさんっ。会いたかったですぅっ」

「………お茶を淹れるね。お話、しようか」

「はいっ、はい……もう、やだぁ…………」


 髪を撫で、背中を摩り、私はリリスを宥める。全体重を預けられていては私一人では立っていられないけれど……カーラットさんとリリスに挟まれて、少し苦しい。ティグルは上手い具合に逃げていてずるいと思う。


「リリスが嫌なら、神官様と王弟殿下には出ていてもらう?」


 確認してみると凄い勢いでリリスの首が縦に振られた。私はふっと息を吐き、リリスを抱いたままで王弟一号へ視線を向ける。彼は素直に頷いた。続いて腹黒神官へ目を向けると、綺麗な笑みで睨まれている。


「聖女様の望みです。叶えて下さいますか?」

「それは聞けません。いくら賢者様が素晴らしい方であってもその弟子がそうとは限らない」


 見張らせろという事か。私は背中を支えてくれているカーラットさんを見上げた。彼は私の意図を汲み取り頷いてくれる。


「ギリリアン王宮騎士団団長として、私が責任を持って見守らせて頂きます。ですからイグネイシャス殿、ここはお引き下さい」


 有無を言わせない視線。いつもと纏う空気が変わって仕事モードのカーラットさんに促され、渋々腹黒神官は扉へ足を向けた。上下関係はよくわからないけれど、カーラットさんは結構偉い人なのかもしれない。

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