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36 一月 委員会

「それで、僕を振って早々に瀬野と付き合うことになったんだ」

「ねー。すーっごく休んだと思ったら、突然付き合い始めたとか言い出すから、野乃もびっくりしちゃった」

「ご、ごめん」


 野乃ちゃんがむぅっとして、つーくんは気だるそうに頬杖をついた。


「佐藤さんがプレゼントを貢がれたあとに勢いで告白とはね」

「みつ……まぁ、うん」

「チョコだよね! どんなの?」

「あと一つは借りパクされてた本だよね」

「借り……いや、断じて貸してない。渡すタイミングわからなくてついでにって言ってたよ」


 野乃ちゃんにプレゼントのチョコの写真を見せたら「すごーい!」と歓声が上がり、つーくんに言い返せば「ふうん」と目を細められた。


「けど、黙って自分が奪っておいたものを、わざわざ包装して誕生日プレゼントに紛らせて渡す? しかも人づてって」

「い、言われてみれば、確かに」


 私が頷くと、つーくんが悪い顔でニッコリ笑った。机の上に置いてあった私の手の上に、つーくんは自分の手を重ねて、


「ねえ、佐藤さん。ダメな瀬野なんかやめて僕にし、いたっ」


 頭を叩かれた。瀬野くんに、ペシッと。



 本日はもうじき訪れてしまう学期末テスト対策として、放課後のC組に集まって勉強会をするらしい。が、まだ全員集まってない。

 委員会があるのだ。遥菜や辰巳くんは体育委員のほうに行っており、瀬野くんや真希も一応委員会に所属していると聞いた。


 無所属の私やつーくん、野乃ちゃんはみんなが戻ってくるのをC組で待っていた。C組には居残り勉強する何人かが、問題を出し合ったり雑談していたりしたのでワイワイガヤガヤ状態だった。

 そのせいで、瀬野くんの登場に気付かなかった。


「つーくん、佐藤さん口説くの勘弁して」

「痛いなぁ。瀬野、謝ってくれる?」

「ごめんな。それはそうと、佐藤さんから手離してくれない?」

「えー、やだ。瀬野、僕との約束破ったから」


 顔を合わせて早々言い合いを始めた。この二人、ある意味息ぴったり大親友だ。

 瀬野くんはつーくんの座る席の隣に座り、難しい顔になった。


「一つ言わせて? 俺も約束破るつもりはなかったの。でも、病人がパジャマで家飛び出してきて告白すると思わなくね? 予想外だったんだよ」

「えーっ! 絢理ちゃん、パジャマで外出歩いてたの?」

「そそ。で、俺と会ったあとに熱ぶり返してさ」


 聞き捨てならないワードが出てきた。私の行動が病人として模範的でなかったことは認めるし、反省する。しかし、そのワードは認めないし、許してはならない。


「違う。あれはパジャマじゃなくてルームウェアだから」

「ルームウェアでも、あれで外出てくんなよ。ルームじゃねえだろ」

「佐藤さんって時々常識が欠如するよね。心配だなぁ」

「ぐ……」


 同時攻撃を受けて撃沈。今日も今日とてつーくんの毒舌はよく効く。年末のことで関係が気まずくなると思ったけど、杞憂だったようだ。相変わらず私の心を容赦なくグサグサ刺してくる。通常運転、最高。

 毒舌の矛先は私だけじゃない。つーくんは瀬野くんににこやかに笑いかけた。


「それで瀬野は、自分が優柔不断すぎて告白するの先越された上に言い訳ばっかりする情けない男なのかな?」

「や、それは」

「野乃も思った。遥菜ちゃんと辰巳が話してたけど、ずーっとずるずる告白引き伸ばしてたんでしょ?」

「ちょ、ちょっと待って。それ以上喋んないで」


 そう言って、瀬野くんは私の耳を塞いできた。どうして私なんだ。二人の口を塞げばよかろう。何のために手が二つあると思ってるんだ。

 それに、目の前で話されたら耳栓されても普通に聴こえるもので。私は、瀬野くんのトクトクという脈と重なる三人の会話、ではなく、つーくんと野乃ちゃんが一方的に瀬野くんを問い詰める会話に耳を傾けた。


「あーあ、年末のイキってた瀬野に聞かせてやりたいよ。自分がなんて宣言したか覚えてる? 教えてあげようか。『絶対俺からこくは」

「覚えてるから一生黙ってて。ね、お願い」

「ねえ、今週末も来週末もデートってどういうこと? 野乃、絢理ちゃんと春コスメ買いに行きたい」

「おけ。二月は控えるわ、多分」

「二月だけじゃなくて、春休みも野乃と遊べる分は空けといて!」

「……承知」

「あは、瀬野をペコペコさせるの楽しいね」


 つーくんと野乃ちゃんがけらけら笑う。ここに悪魔が二人いる。悪魔の口じゃ、人間の手で塞げないのも無理はない。



 四人で忌々しき学期末テストの出そうな問題を考えていたら、いくつかの委員会が終わったのか、ぞろぞろの人が戻ってきた。その中に、紙コップ片手に真希と松永くんがいた。

 瀬野くんがよっと片手を上げる。


「桜葉、遅かったな。俺と同じ委員なのに」

「これを買いに行く途中でトラに会ったの。先生とお話していたから、つい珍しくって」

「ちょっと真希ちゃん、俺も先生と話すときあるよ」


 可愛子ぶって怒る松永くんを、真希はさして気にも留めずに瀬野くんの隣の席に座った。瀬野くんに顔を寄せてくすくす表情をほころばせる。


「慧斗聞いて、トラってば先生のお手伝いもしていたのよ」

「それはヤバい。トラ、病院行っとけ」

「慧斗くんひどーい。俺だって人の手伝いするときあるし。ねー、野乃ちゃん」

「野乃は松永に興味ないからわかんなーい」

「野乃ちゃんマジで俺に冷たーい。絢理ちゃんは?」


 無邪気な瞳で見つめられる。ええと、褒めてあげなければ、褒めてあげなければ。


「お、お手伝いできて、偉いね」

「一番バカにしてんじゃん!」


 腹いせか、頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。褒めたのに、褒めたのに!

 私の完璧にセットされた前髪が大惨事。こやつ、か弱き乙女に手を上げやがった。ドメスティック・バイオレンスの鱗片が見られる。橘さんに注意喚起しないと。


「た、橘さんに、言いつけてやる」

「絢理ちゃんって反抗心旺盛な良い性格してるよね」

「松永くんはムカつく性格してる」

「それ本音? クソ生意気じゃん。かわいー」


 キッと睨みつけたら、松永くんはにやりと口角を上げてさらにぐしゃぐしゃ撫で回してきた。直しても直してもぐしゃぐしゃにされる。ムカつく、ムカつく! 絶対橘さんに悪口言いふらしてやる。


 なんとかぐしゃぐしゃから脱出したのち、髪を整える私と瀬野くんを交互に見て、松永くんが疑わし気に目を細めた。机に腕を組んでぼそっと呟く。


「てか、慧斗と絢理ちゃんって本当に付き合ってんの? 絢理ちゃん、いつもと全然変わんないじゃん」

「実は付き合ってないよ」

「マジ? つーくんが言うなら付き合ってないね」

「待て。俺ら、付き合ってるから」


 瀬野くん、思わず苦笑い。つーくんは再び悪い顔で松永くんに問いかけた。


「松永、よく考えてほしいんだけど、彼女の髪を別の男がベタベタ触ってたら、松永はどう思う?」

「……めっちゃ嫌」

「そうだよね。でも瀬野は止めもせずに桜葉さんとお喋りしてたんだよ。つまりは、わかるね?」

「やっぱ付き合ってないんだ」

「待て待て。トラは遊びなのわかってるから止めなかったの」


 それを聞いて、つーくんが目をぱちくりさせて、


「遊びならいいんだ? それなら僕も」


 私の頭に手を伸ばしてきた。なぬ、もうぐしゃぐしゃは御免だ。反撃を身構えると同時に、その手を瀬野くんが掴んだ。


「待て待て待て。つーくん今日どうした? 相当機嫌良いだろ」

「反応が新鮮で、つい」


 つーくんはふふっと笑って、舌を出した。おいこらこの悪魔め、私たちで遊ぶんじゃないぞ。



 しかし、松永くんの言う通り、私たちが恋人らしくないのは、もっともだ。

 一月も下旬に差し掛かった今日が、遅まきながら私の今年初登校日であり、瀬野くんと告白以来の初対面だから。どう喋っていいのかわからない。

 真希が紙コップのドリンクを優雅に一口飲んで、思い出したように手のひらをぽんと叩いた。


「そういえば、あなたたち、今も名字で呼んでいるのね。てっきり、名前で呼んでいるのかと」

「あー、前に幼稚園児みたいなくだらない喧嘩してたねえ」

「え、気になる! 何その話」

「……お前ら」


 野乃ちゃんがぴょこんと反応し、つーくんもにまにまして輪に入りだす。瀬野くんは止めようとして、手を下ろした。諦めたらしい。

 のそのそと立ち上がり、私の座る椅子に侵略してきた。な、なになに。狭いし、近い。


「え、なに」

「付き合ってないって言われたから」

「から?」

「優吾たちの座り方真似してみた。あっちは付き合ってねえけど。くっついとこ」


 一つの椅子に二人で。それは私も覚えている。二度見したもん。

 あのときの二度見してた私に、私も瀬野くんとやるよって教えたら驚くかな。驚くだろうなぁ、たった二ヶ月後に自分もそうなるなんて。

 そもそも、瀬野くんとよく話すようになって、一年も経ってない。同じクラスだった間は何してたんだろう、六年もあったのに。


 こてんともたれかかる。くっつくと相手の体温が伝わってきて温かかった。


「瀬野くん、呼び方、変えてみます?」

「いいですよ。どうぞ」


 すうっと息を吸う。あ、緊張してきた。みんなどうやって呼んでたっけ。瀬野くん、瀬野、慧斗くん、慧斗。被るのは嫌だな。


「け、慧斗さん、こんにちは?」

「……さん付けと謎の挨拶、何ですか?」

「し、親しき仲にも礼儀ありですから」


 ふはっと笑われた。「じゃあ、俺も」と手が回されて肩が重くなり、髪を耳にかけられて露出させられた。熱の気配が降りてきて、


「こんにちは、絢理さん?」


 囁くように低い声がした。名前を呼ばれただけなのに心臓がバクバクしている。もたれる熱から伝わる心拍も、ちょっぴり早くなっていて。

 私はへなへなと顔を手で覆った。顔、あつ。


「や、やっぱり名前で呼ぶのはまだ早い……」

「さん付けのせいで新婚さんごっこみたいだったもんな」

「瀬野くんの言い方もずるいから」

「呼び方はしばらくこのままでいいんじゃね。名前呼ぶの、こんな恥ずいと思わなかった」


 指の隙間から見上げれば、瀬野くんのほんのり赤くなったほっぺたが見えた。

 お互い慣れないことばかり。照れてできないことも、いつかできるようになって、当たり前になるといいな。



 ふと、じとーっという視線を浴びていることに気付いた。見ると、つーくんがやれやれと大げさに手をあげて、野乃ちゃんがほっぺたを膨らませていた。


「ここは教室という公の場なのに、視界の隅でいちゃつくバカップルが見えてイライラする。そう思わない、江星さん?」

「野乃もそう思う! さっきみたいにペコペコさせたくなる!」


 ヤイヤイ盛り上がる二人に、瀬野くんが私の肩に回す腕をぎゅっと寄せて、いたずらっぽく笑う。


「いいだろー? 俺と佐藤さん、付き合ってるからなー」

「「うわ、ムカつく!」」


 悪魔たちが綺麗にハモった。



 年明ける一月。未だ凍える気候の中、緩やかに花芽吹く季節。積み重なってゆく歳月とともに、佐藤絢理と瀬野慧斗の関係は友だちから恋人にランクアップした。

 少し早めの春が来る。

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