34 一月 初詣
私はお正月デートとして、朝早くから近所の大きめな神社に出向いていた。お相手はトールでスマートでクール、細マッチョが魅力的な愛しの兄。
お昼前に家を出、参拝を済ませ、たい焼きを買ってもらって食べていたら、兄に電話がかかってきた。そしてなんと、兄は電話を優先したのであった。久方ぶりの可愛い妹とのデート中なのに失礼な。戻ってきたら天津甘栗も買わせなければ。
私は良い子なので、わかりやすいように目立つ赤い鳥居の下で兄を待つことにした。
神社に訪れる人々の横でたい焼きをぱくり。ふむ、美味しい。生地の間からあんこと生クリームが顔を出す。和洋折衷ってやつだ。
「あっ」
「ん?」
たい焼きから顔を上げる。そこには、しまった、という顔の橘さんがいた。幸か不幸か、ばちっと視線がぶつかってしまう。
橘さんは隣にいた友だちらしき人に一言告げたあと、私のほうに歩いてきた。
「あけおめ。佐藤ちゃん」
「あ、あけましておめでとうございます」
私は内心驚いた。スルーされると思ったから。
もふもふなコートの裾をいじって、三編みが編み込まれたおしゃれなポニーテールの黒髪を触ったあと、橘さんがこほんと咳払い。
「えと、大嫌いって今は思ってないから。その、あのときは、ごめん」
「うん。私もごめん」
困った。橘さんがいては、たい焼きを頬張れない。甘さ控えめ生クリームとあんこ本来の味が際立つ美味なたい焼きを、体が求めうずいているのに。
こんなシリアスな話をされては、食べにくいではないか。
「あたしも結構カッとなっちゃったというか、でも、佐藤ちゃんに悪気ないのわかってて」
「うん」
「それで、あたし的にはずっと謝りたいって思ってて、今さらになっちゃったけど」
「うん。橘さん、仲直りしよう」
たい焼きを半分こする。日に照らされ光り輝く生クリームが溢れる半身を差し出す。
「これ、仲直りの印。どうぞ」
「えっ」
橘さんがぽかんとした顔になった。なんだ、その顔は。知り合いを前にして一人でたい焼きを貪るほど、私はケチな人間じゃない。
「美味しいよ。あ、こしあん嫌い?」
「ちが、そうじゃなくて。あたしは真面目に」
「すぐそこの屋台で買ったの、できたてほかほか。食べれるカイロ、良い匂い付き」
「あーもうっ、ありがと!」
私の手からたい焼きを取って、勢いよくかぷり。ほっぺたにクリームをつけた橘さんが、ほろっと笑みをこぼした。
美味しいものはみんなを笑顔にする。仲直りできてよかった。
二人並んでたい焼きをもぐもぐ。私よりも先に食べ終えた橘さんが、スマホで顔を確認しつつ思い出したように言った。
「あ、佐藤ちゃんって慧斗くんの家で忘年会したんだっけ。トラくんが楽しかったって言ってたよ」
はて、忘年会とは。
「佐藤ちゃん遅刻したって聞いたよ? 忘年会だからって集合時間まで忘れちゃダメだよ〜!」
「や、遅刻というか寝坊というか」
「慧斗くんとも口喧嘩したんだって? わざわざ年末に喧嘩しちゃダメだよ〜!」
「喧嘩したけど仲直りもしたよ」
私もたい焼きを完食し、空になった小さな紙袋をくるくる丸める。
私の失態祭りの話は置いておいて、橘さんのワードチョイスが引っ掛かる。さっきから一体なんなんだ。忘年会、忘年会と。
「橘さん、忘年会じゃなくてクリスマスパーティーだから」
「え、クリスマス終わってからやったんでしょ? クリスマスじゃないじゃん」
「クリスマスパーティーだからクリスマスだもん」
「でもクリスマスはトラくん、あたしとデートしてたよ。パーティー行ってないもーん」
橘さんがふふんとドヤ顔になる。くっ。自慢された、恋人自慢された!
でもでも何を言われようと、あのパーティーは忘年会じゃなくてクリスマスパーティーだもん。私たちピチピチな高校二年生が、年末業務に追われて疲れ果てた社会人が嫌々参加させられる忘年会をするわけないもん。
ふと私の中のいたずら悪魔が降臨した。惚気られた仕返しに橘さんで遊んでみたい。
私は橘さんにニッコリ笑って問いかけた。
「ねえ橘さん、いつ松永くんと付き合い始めたの? なんて告白された?」
「ええっ!」
あからさまに橘さんがわたわた動揺する。
「やっ、やだなぁ! 佐藤ちゃんってそういうの聞いてくるタイプだったんだ? びっくりしちゃった」
「ねえ橘さん、いつ松永くんと付き合い始めたの? なんて告白された?」
「えーっ、やだやだ、言わなーい。恥ずかしいじゃん」
「ねえ橘さん、いつ松永くんと付き合い始めたの? なんて告白された?」
「ちょっと、佐藤ちゃんあたしで遊んでるでしょ〜!」
腕をバンバン叩かれる。あ、痛い、痛いです。
私は橘さんで遊ぶのをやめた。暴力に屈してしまうとは我ながら情けない。強靭になってリベンジを果たすと神様に誓う。私の挑戦はまだまだ続く……!
私がにんまり顔をやめると同時に、今度は橘さんがにんまり顔になった。ツンツン指でつついてくる。
「佐藤ちゃんこそ、慧斗くんに告白しないのー?」
「告白?」
「そう! あたしは慧斗くんへ告白してよかったって思ってるよ。トラくんと付き合えるきっかけになったし!」
松永くん、やっぱりあのタイミングで告白したんだ。
それにしても告白か。私は丸めた紙を手の中で折ったり曲げたりした。
「そういうの、考えたことなかったかも」
「なんでなんで?」
「それどころじゃないことが色々あったというか」
「どういうことどういうこと?」
「……えっと」
言い淀んでしまう。橘さんは気にしてないように、私の背中をぽんぽん叩いた。
「まぁ、あたし的には好きなのに告白しないとか意味わかんないなー。慧斗くんと付き合えるかもしんないチャンスだよ?」
「うーん」
「ほら、夏休みに慧斗くんから色々誘われてたんでしょ? 絶対脈あるよ!」
「そうかなぁ」
「そうだよ! いけるいける!」
私は片脚を前後にぶらつかせて、丸めた紙をポケットに入れた。遊び相手を失った手の指で髪をいじる。
私は瀬野くんと一緒にいて幸せになれるから好きなのだ。振られたら一緒にいられなくなってしまう。そもそも、瀬野くんは私といても良いことないし。
「瀬野くん、私のことどう思ってるんだろ」
「佐藤ちゃんすっごく可愛くなったから、可愛いって思ってるでしょ」
「でも、私が一方的に好きなだけだし」
「最初はみんなそうだよ! こっちが好きだから付き合いんだもん」
「失敗したら本末転倒……」
「あのねーっ、いい!? 佐藤ちゃん!」
いきなり橘さんが私の手を握った。大きな瞳と見つめ合う。
「恋なんて当たって砕けろ精神だよ! こうして悩むより動いたほうがいいと思うの! あたしたち、青春真っ只中の高校生なんだし!」
私が息を呑むとき、ふわっと風が吹いて前髪をなびかせた。瞳が陽の光を真っ向に浴びて眩しくなった。
「あたしは振られちゃったけどトラくんがいてくれて元気出て、そうだ、佐藤ちゃんがダメだったらあたしが慰めるから! このままで終わるより、告白して終わるほうが絶対いいよ!」
当たって砕けろ、告白して終わるほうがいい。
そっか。砕けてしまえばウジウジ考える必要もなくなって後腐れなくすっきりできるかもしれない。高校生活だって、あと半分も残ってない。やれるだけやりきってしまえ。
経験者の説得力のある言葉は、私の背中を強く押した。
「わかった。告白、考えてみる」
「うん! 上手くいったらダブルデートしよ〜!」
いつか私の気持ちを伝えて泣き怒った人が、笑って応援してくれている。
仲直りできて、本当によかった。
コタツに引き籠もって甘栗を食べる夕暮れ。今晩は、両親は親戚宅への挨拶で不在、兄は昼に電話をかけてきた地元の友だちと飲みに行くらしい。
夕食はどうしようか。ぼっち飯は大抵インスタントラーメン。時々レトルトカレー。パスタを茹でてソースをあえる場合もある。種類豊富。私は料理の才能がある。
しかし今日はコタツに捕らわれているため、夕食は机上にある栗とミカンに決定した。素晴らしき晩餐に合掌。ミカンにぱくつくと同時に、スマホがメッセージを受信した。
『あけましておめでとう
今年もよろしく』
瀬野くんからの礼儀正しい挨拶だった。私も『あけましておめでとうございます』と返す。既読はすぐについた。
『よかったら初詣一緒に行かない?
俺暇になっちゃったから今から行くんだけど』
初詣は既に兄と行った、が、神社へ行くのは何度でもいい。百度参りなんて言葉があるくらいだ。
『私も行きたい』
『おっけー
あ
晩飯の時間とか問題ない?』
『晩ご飯はいま食べてる
栗とみかん』
『は?』
ドン引きしたウサギのスタンプが五つくらい送られてきた。遠回しに私の夕食をディスっている。解せぬ。栗もミカンも美味しいのに。
『まさか佐藤さんちみんな晩飯それなの?』
『違う
今日は私お一人様』
『あーなるほどね
じゃあ俺も入れてお二人様にしよ』
二人で食べようってこと? 瀬野くんって親戚と仲良いイメージあったけど、親戚一同で集まったりしてないんだ。ピアスは親戚からの貰い物らしいし、バイト先も親戚のお店だったのに。
まぁ、瀬野くんの家庭も、私の家同様に放任主義なのかもしれない。
コタツから出て、出掛ける準備をしつつメッセージのやり取りを続ける。『お二人様万歳』と送ってから、いそいそとメイク直しをして髪を整える。私よ、可愛くなあれ。
『晩飯なんだけど
俺んちちょうど二人分あるから一緒にどう?』
『いいの?
私が食べちゃって』
やや間があいて、ぽすっときたメッセージは。
『食べる人が来れなくなっちゃって
佐藤さんが食べてくれたらすげー嬉しい』
『じゃあ食べたい
私も栗とみかん持っていく』
『了解』
ぼっちなお正月が、瞬く間にぼっちじゃなくなっていく。
ばっちり支度を済ませて瀬野くんを待つ間、玄関先に座って『今から迎え行く』の文字をなぞる。何度も何度もぐるぐると。




