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33 十二月 公園

 パーティーは、映画で見るような乱痴気ナイトパーティーではなく、どちらかといえば平和なホームパーティーだった。


 このパーティーは、知らない人もそれなりに来ているからお行儀よくしないといけない。本当はもっとピザやチキンを食べたかったし、もっとケーキも欲しいけど、我慢我慢。

 ソファーの端っこを陣取らせていただいた私は、ローテーブル上で輝くホールケーキの余りをじっと見つめていた。ダメダメ、寝坊して迷惑かけたんだから遠慮しないと。


「佐藤さん、あげようか?」

「え」


 つーくんの声とともに、眼前に手付かずのチョコレートケーキが飛び込んできた。金粉がきらめいている。


「物欲しそうな顔してたから、どうせ食べたかったんでしょ」

「つーくんは食べなくていいの?」

「僕、そんなにお腹減ってないんだ。寝坊した人が来るの遅すぎたせいで、お昼ご飯遅かったからお菓子食べちゃってて」


 つーくんの分のケーキをもらえるなんて。早起きは三文の徳ならぬ、寝坊はケーキの得だ。

 手をすり合わせて感謝を述べながらお皿を受け取る。甘い香りが漂ってきて、にやけざるを得ない。


「ありがたしありがたし。つーくんありがたし」

「佐藤さんってスイーツ好きだよね。パンケーキとか」

「美味しいものは最強なり」

「ニコニコして食べるよね」


 フォークでケーキを一突きして端っこを切り分けていたら、横から上機嫌そうな視線を感じた。観覧は自由にしてもらって構わないけれど、しかし食べている最中に眺められることなど滅多にないわけで。


「あの、そんなに見られていると」

「僕があげたケーキなのに僕の前で食べられないの?」

「や、照れるっていうか」

「照れててもいいから見せてよ」


 この人、時々とんでもないことを言って、私をドキッとさせてくる。天然だったら恐ろしいし、計算だとしても恐ろしい。くわばらくわばら。

 観察されながらも美味しいケーキをいただき、最後の一口をぱくり。としたところで、背後からお皿が取られた。瀬野くんだ。


「洗い物回収しときますねー。つーくん、このあとゲームしよ」

「いいよ。何のゲーム?」

「パーティーゲー。つーくんボコボコにするわ」

「二人で? パーティーゲームなのに」

「俺が二台持ってて、優吾たちも家から本体持ってきてるつってたからみんなでオンライン対戦な。全員ボコすわ」

「そんなこと言っていいのかな? 瀬野ってそう啖呵切ったあと僕にボコボコにされたことなかったっけ」

「うるせえ。今回は俺が勝ちますー」


 つーくんがふふっと笑って、瀬野くんがじとっとした目付きになった。でも不穏な空気はない。幾度の言い合いを通して仲良くなっているのかもしれない。

 ちなみにゲームの結果は、瀬野くんもつーくんも無事に大負けし、辰巳くんが圧勝した。勝つ度に遥菜に報告していて微笑ましかった。


 松永くんが「俺が勝てるゲームしようよ〜」と言い出し、トランプを持ち出してきたので、私は退散することにした。下手に参加してしまったら、あの人の無双フィーバーにお付き合いさせられる。

 すたこらさっさとダイニングテーブルへ逃げようとしたら、お菓子を囲んで真希や野乃ちゃんを中心にガールズトークが繰り広げられていた。なんとなく参加しづらくて、するーっと廊下に出ていく。


「あ、佐藤さんも逃げてきた?」


 つーくんと出くわした。


「つーくんも?」

「うん。松永に負けるのわかっててやりたくないからね。女子のほうは、言わずもがな」

「あはは……」


 ぼっち仲間シンパシー。肩をすくめて顔を見合わせる。つーくんがコソッと小さな声で言った。


「佐藤さん、二人でちょっと抜け出さない?」



 夕暮れのマンション群の中、帰途なのか、仕事帰りのサラリーマンや部活帰りの中学生とすれ違う並木通り。時折、冷たく素早い風が頬を撫でていく。


「佐藤さんってこの辺りの地図わかる?」

「ううん。来たことないから」

「そうなんだ。あ、公園がある」


 見知らぬ公園に入っていく。日暮れの公園、人影はゼロ。

 遊具のある公園や卒業した学校にいると、なんだか場違いな気持ちになる。自分が対象じゃなくなったせいか、もう二度とあの頃に戻れないことをわかっているせいか。

 二人で明かりの下のブランコに腰掛ける。座板は硬くひんやりしていて、そして狭い。ここは私たちのための居場所じゃないんだと思った。


 二人でブランコを揺らす。話す内容は、冬休みの課題とか、数日前の本当のクリスマスには何をしたかとか、年越しの話とか。当たり障りのない、ありふれたことばかり話していた気がする。



 気付けば日が沈んでいる冬。辺りが深い深い宇宙色に包まれる中、マンションの部屋は点々と灯り、見上げれば星が瞬く。外灯に照らされて消えていく白い息と長い夜。

 会話はだんだんと減っていき、トンと足をついてつーくんが揺らすのをやめた。


「暗いけど、どうする?」

「どうって?」

「帰ろうって言い出さないから」

「あー、そういうの考えてなかった。案外、冬の夜も悪くないなーとか思ってた」


 私も揺らすのを止めれば、ギィとやけに大きく鳴った。つーくんが困ったように笑う。


「佐藤さんって危なっかしいね。危機感がないというか」


 私はズズッと脚を伸ばして、「そうかな」と返した。


「例えば、包丁の使い方慣れてないのに、ドヤ顔で挑戦して怪我したり」

「え。……あ、一年のとき?」

「調理実習で江星さんに叱られてたよね」

「わあ、なんで覚えてるの。私も忘れてたのに」

「それで、危なっかしい人だなぁって思ったんだよ」


 チャリッと鎖に腕を回したつーくんが、口元に手を当ててくすくす。


「他にも、花火大会で迷子になったり」

「それはその、あの、お世話になりました」

「宿題忘れて見せてもらったりね」

「その節も、ありがとうございました」

「雨の日なのに傘忘れてたりとか」

「や、まぁ、人間そういうときもありますよ」

「……不良が好きとか言い出したりさ」


 つーくんの手が伸びてきて私の手を握る。反射的に顔を向ければら、暗い空の下、つーくんの瞳は潤んでいたのか光って見えた。


「危なっかしくて心配で、だから、放っておけないんだ」


 触れられて、伝わる熱にドキドキする。

 つーくんは良い人だと思う。嫌味なところはあるけど、物事の見方が私と違っていて面白くて、時々見せる甘い顔のギャップにときめいてしまう。


 私はつーくんのことを、いつか好きになれるかもしれない。でも、今はそうなれない。

 なんで私はつーくんじゃなくて瀬野くんが好きなんだろう。


 不良だと言ったら課題を出すようになる、変に真面目。お願いするときは可愛くおねだりする、あざと可愛い。遅刻したら迎えに来てくれる、面倒見が良い。

 頼られないと黙って落ち込むし、彼氏がいる美女とデートするし、計算高くお菓子を奪ってくるし、怒ったら怖いし。

 良いところも悪いところもたくさん知った。瀬野くんじゃなきゃいけないわけじゃないし、苦しんでまで恋したいとも思ってない。それでもなお瀬野くんがいい。


 柔らかく頬笑む表情も、私の名前を呼ぶ声も、温かく優しい体温も、落ち着く良い香りも、一緒に食べた美味しい味も、瀬野くんがいると些細なことがドキドキして、嬉しくて、幸せになる。

 だから、好き。だから、諦められない。



 自分の気持ちは既にわかっている。

 ブランコの鎖から手を離して立ち上がって、宙ぶらりんをやめる。


「つーくん」

「……何?」


 どこか悲しそうな声だった。多分、つーくんはこれから私が言うことを察している。私の気持ちを最初に気付くくらい、私をよく見てくれている人だから。

 吸い込む空気は冷たくて、苦しかった。


「あのね、つーくん。私は――」


 二度と戻れないよ、瀬野慧斗を知らない頃になんて。



 マンションに帰ったら、エントランスの壁に背を預けた瀬野くんがいた。イヤホンで何かを聴いていて、私たちに気付いてイヤホンを外した。


「あ、おかえり」

「ただいま。瀬野が待ってるなんて驚いたなぁ」

「た、ただいま戻りました」

「暗いし遅いから、探しに行こうかと思ってたとこなんだわ」


 私の顔、つーくんの顔、最後に目線を下げて「あぁ」と呟く。


「なんか奢るわ。二人は何がいい?」


 瀬野くんがポスト奥、エレベーター前にある壁を指差す。壁の向こうの小さな空間には、自動販売機が一台置いてあった。


「僕はコーヒーがいいな。ブラックで」

「すげえ。じゃあ俺もそうしよ。佐藤さんは?」

「こ、ココアで」

「了解」


 三つ購入して、瀬野くんが一つを私にくれる。そして鍵も。


「佐藤さん先帰ってて。桜葉たちが晩飯作ってるから手伝ってあげてな。部屋番号わかる?」

「わかる。瀬野くんたちは?」

「あとから行く」

「わっ、ちょっ」


 瀬野くんがつーくんの顔にぐるぐるとマフラーを巻きつけ始めた。二人とも不思議と楽しそうだ。


「つーくん、今から俺とお話しよ」

「えー、どうしようかな」

「ここはいいよって言うとこだろ。はい、リピートアフターミー、いいよ」

「仕方ないなぁ。いいよ」


 なんだこの茶番は。私は部屋に行くことにした。エレベーター前でしばし待っていれば、音も無く扉が開いた。乗り込む。

 壁を隔てた隣から、二人のややくぐもった声が聞こえてくる。


「なにこれ、にっが」

「え、瀬野、飲めないの?」

「実は初ブラック。……おお、つーくんはマジで飲めるんだ」

「飲めないのに選ぶわけないよね、普通」

「ほんとに俺のと同じやつ? ちょっと交換しよ」

「同じ味じゃなかったら大問題だけどね。いいよ」

「わ、手冷た。外そんな寒かった?」


 驚く声と、くすりと笑う声。

 階数のボタンを押す。またまた音も無く扉が閉まる。


「極寒だったよ。春はまだまだ遠そうだ」

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