25 十一月 文化祭 Day1 午後
瀬野くんのお着替え中にスマホを見る。橘さんから連絡が来ていた。『明日遊びに行くよ〜!』とのこと。
土曜の二日目は一般客がたくさん来るので、一日目よりも盛り上がる傾向にある。どうか、カモ……ではなく、お客さんがぼったくりトロピカルジュース屋さんにも来てくれますように。
「佐藤さん、おまたせ」
荷物置き場の教室から瀬野くんが出てきた。着替えるのが早いと思ったら、エプロンを外しただけだった。
スキニージーンズで脚の長さが強調され、セットされた髪型と相まって完全にモデル。黒シャツの袖のボタンを外して腕まくりすると、引き締まった腕があらわになる。マッチョほどゴツゴツもしてない絶妙に良い筋肉。
服装をいつもの不良スタイルに整えたイケメンが、胸元のネックレスをいじって口元を手で隠した。
「……さすがに見すぎだろ。照れる」
「あ、ごめん」
見られることは慣れてそうなのに、今さら照れるんだ。変なの。
「じゃあ佐藤さん、行こ」
「うん」
隣を歩く足取りに力を入れる。ふわふわ心地で、宙に浮いてしまわないように。
外は別世界だった。道行く人の過半数が制服じゃなくて、中庭に所狭しと商店街の人たちの露店が立ち並ぶ。学校じゃないみたい。
堂々としている瀬野くんは存在感があるので、混雑の中でも勝手に人が避けていく。その隣を歩くのは楽だった。
「佐藤さん、昼飯何食べたい? 定番は一通りあるっぽいね」
「カステラ」
「え、昼飯で?」
「カステラ」
「……なるほどね。ベビーカステラで妥協して」
「はーい」
「瀬野くん、イカ焼き食べたくないですか」
「タコじゃなくてイカですか?」
「あ、タコもいいですね」
「両方食べます?」
「食べます!」
「そろそろ主食食お、主食。焼きそば、焼きおにぎり、お好み焼きから選んで」
「焼き鳥美味しそうだよ、瀬野くん」
「早く選べ」
「焼いたやつ」
「全部かよ。四つとも食うかー」
「どのクレープにする? せーの」
「「チョコバナナ」」
「わあ、一緒だ」
「おお、一緒だな」
私たちは食べて食べて食べた。同時に人混みの中を歩いたからカロリーはプラスマイナスゼロ。会話していたのでむしろマイナスだ。
どの屋台も百円玉ワンコインという文化祭価格で統一されていたため交互にお金を出し、たくさんの種類が食べられるように全部半分こした。前者は私、後者は瀬野くんの提案だ。おかげで財布にも胃袋にも優しい。
食べたはいいが、喉が乾いてきた。飲み物の屋台を探し、ついに果物屋さんがドリンクを売っているのを発見。
ドリンクは、好きな果物と好きな飲料水を選んで混ぜるという、D組の上位互換だった。料金はワンコインなのでD組の二分の一。D組、圧倒的敗北。
メニュー表とにらめっこする。おすすめは秋の味覚の王様リンゴだけど、私は下のほうに書かれたミカンを見逃してなかった。
瀬野くんは何と何にするんだろう。私はミカンと何にしようか。飲料水の選択肢は、飲むヨーグルト、炭酸水、ハニーウォーター、牛乳。どれもミカンと相性良さそうだ。
「瀬野くんは何にする?」
「果物はミカンだろ。割り材は何にする?」
「んー、炭酸かなぁ」
「おけ」
瀬野くんがお店の人に話しかけた。
「すみません、注文いいですか? 果物はミカンで、割り材は炭酸水のミディアムサイズ、一つください」
「ミカンと炭酸水ですね、かしこまりました」
えっ。不意打ち注文に焦った。
「ドリンクも半分こなの」
「半分こにしてすぐ飲みきったほうがよくね。飲食持ち込み禁止の出し物多いし」
「あー、それもそっか」
言われてみれば一理ある。店員さんがミカンの皮を向いてミキサーにかけ始めるのを見ながら出来上がりを待つ。うう、美味しそう。
その間に瀬野くんが不思議そうに聞いてきた。
「炭酸なの意外だわ。佐藤さん甘いの好きそうだから」
「なんか前に、オレンジジュースとサイダー混ぜたら美味しそうだなって思ったことあってね」
「あー、ミカンと炭酸、組み合わせ似てんな」
もう少し冒険してもよかったかな。
「瀬野くん、私が選んじゃってよかったの?」
「俺も両方好きだから」
「そうなの?」
「そうなの。俺と佐藤さん、味の好み似てんね」
そんなこと言われたらにやけてしまう。一人でにやにや。
瀬野くんがドリンクを受け取って「先に飲んでいい?」と言い、私は頷いた。
が、瀬野くんの唇がストローに触れた瞬間ハッとした。割り箸などは二膳ずつもらったが、ストローは二本もない。
「瀬野くん、ストロー」
「ん、うま。どしたの」
「ストロー、同じ」
「あぁ、そんなこと?」
そんなことではない。だって、このままだと瀬野くんと、瀬野くんと。
慌てふためく私の目の前にドリンクが差し出された。だんだん迫ってくる。
「佐藤さん、回し飲み気にしないタイプだろ?」
なんで言い切れるんだ。それくらい兄とも遥菜ともする、けど、好きな人相手だとどうしても意識してしまうわけで。
ストローが口に当たりそうになる。待って待って。
「飲めよ」
「あ、アルハラだ」
「これノンアルだから。はい、飲んで」
「待っ……」
無理やり口に入れられた。常軌を逸した行動だ、あり得ない。乱暴な人には大胆な仕返しをしなければ。
あえて思いっきり吸い込むと、ミカンの香りが身を包み、ほどよい甘さが口内に広がった。つぶつぶ食感とシュワシュワ刺激、爽やかな新感覚。目を見開く。
「美味しい。なにこれ美味しい」
「そうかそうか。もっと飲め、たんと飲め」
ごくごく飲む。いくらでも飲める。すぐさま残りが半分以下になった。いけない、このまま飲みきってしまう。
その前に私は瀬野くんにドリンクを渡した。
「佐藤さん、どした? 飽きた?」
「ううん」
「ううん?」
「一緒に味わいたいから、瀬野くんも飲んで」
今日の屋台の食べ物は魔法がかかったみたいに美味しかった。きっと瀬野くんと半分こしたからだ。好きな人と好きなものを味わうことは、それほど特別なことで。
ふと横を見ると瀬野くんが洗顔ポーズで口をガードしていた。なんだ、それは。私には強引に飲ませたのに自分は拒否するというのか。許すまじ。
「瀬野くん、嫌がってもダメだよ。はい、飲んで」
「……佐藤さんって時々すげえこと言うよね」
「早く飲んで、今すぐ飲んで」
「これがアルハラ?」
「そうだよ。一気! 一気!」
ドリンクを渡し、手拍子をして囃し立てる。瀬野くんは勢いよく吸い、しかし余らせた。ストローで一気飲みはキツいのか、顔がちょっと赤くなっていた。アルハラ、ダメ、絶対。
そのあと、生徒会主催の宝探しゲームで校内を歩き回り、理系クラスのジェットコースターに乗り、漫画同好会の部誌を読み、天文学部のミニプラネタリウムを見た。
遥菜の部活は長蛇の列だったので諦めた。黒ローブを着た魔女たちが闊歩していて怪しげなのに、どうして人気なんだ。そんなにも当たるのか、占い。
最後に行ったのは、A組の謎解き迷路。ルールは迷路内にある文章を読み、最後に問いに答えるだけ。簡単そうなのに、中には右往左往している人が大量発生していた。
不思議に思いながら、見つけた文章を読んでいく。殺人事件を記録した誰かの日記のようだ。そして問いは『犯人は誰』。結果、私たちも右往左往する人々の一員になった。
なんとか脱出し、瀬野くんがお手洗いにいっている間を待っていたら、見知らぬ着物姿の男子が抱きついてきた。
「絢理ちゃん!」
「わっ。その声は野乃ちゃん? 着物良いね、素敵」
「ね、良いでしょ! 野乃、文豪で仮装コン出るの。今日は予行で」
くるっと回って自慢される。ひらりと上品な刺繍があしらわれた羽織がなびいて、大人びた深い色合いの着物が映える。大正ロマンっぽい。ところで、元来の長髪をどうやってメンズウィッグに収めたんだ。
野乃ちゃんの変装力を褒め称える、途中で野乃ちゃんの肩が急に後ろから引っ張られた。
「きゃっ」
「おいお前誰……あれ、江星さん? ごめん、男と間違えた。ごめんね」
瀬野くんが野乃ちゃんの肩からパッと手を離し、手を合わせる。振り返った野乃ちゃんは頬を膨らませた。ぷんぷん可愛い。
「瀬野、この美少女のどこが男よ!」
「今男装して……や、すみませんでした」
「次やったら海に沈める!」
「承知」
少し間違えただけでこの脅し。恐喝はペンよりも剣よりも強し。こんな文豪は嫌だ。
瀬野くんがA組の教室のほうを見たあと、私と野乃ちゃんにニコッと笑いかけた。
「Aの迷路面白かったな。犯人当てねえと出られねえのはやばいけど」
「えーっ、やばいのはCのほうでしょ。教室すごいし、ケーキ美味しかった!」
「あざっす」
野乃ちゃん、C組は行ったんだ。D組はD組は? えっ、行ってない? あらそう。
夜。家のベッドで、撮った写真とともに楽しかったデートを思い出しているとメッセージがきた。再び橘さん。
『ねえ
佐藤ちゃんの学校に人の来ない場所ってある???
あったら教えてほしい〜!』
私は第ニ棟の中央階段を三階まで上り、右手に曲がって四番目にある教室をおすすめしておいた。つまり、二年D組だ。
ぼったくりトロピカルジュース屋さんへ、ようこそ。




