18 九月 振替休日
体育祭後の月曜日は振替休日になっている。
しかし、これは生徒のためなどではなく、借り物で走らされたりエキシビションリレーで全力疾走したりした先生たちの休養のためである。大人の体はすぐに疲労が溜まって大変そうだ。
日曜日の夜にベッドに転がりながら、貴重な平日のお休みについて考える。
私は体育祭で疲れる要素が皆無だったし、打ち上げも当夜に終わり、宿題も済ませた。完全に元気かつ暇。
ふむ、これは映画に行くしかない。
映画スケジュールをチェックすると、随分前に瀬野くんと話したウサちゃんの映画が朝に一回だけあった。夏休み中に公開したのにまだ上映していたらしい。夏休みは暑すぎて観に行かなかったのだ。
次の土日には上映が終了しており、明日が最後のチャンスと思われる。
そうだ、瀬野くんを誘おう。
行こうって約束したし。いや、夏休みに色々誘われたけど映画だけはなかった。瀬野くんはもしかして映画が好きではないのかも。そもそも前日の夜に突然誘うのは礼儀がないのでは。
メッセージ画面で文字を打っては消して、打っては消してを繰り返す。気になる人を誘うのは、ためらった分だけ余計に緊張する気がする。
でも、思い立ったが吉日だ、いざ。
『こんばんは』
『こんばんは
どした?』
『明日映画を観に行きませんか』
送信してから、ベッドに正座して既読のついた画面に祈る。お風呂に入ったあとなのに、じんわりと汗が出てきた。良い返事だといいな。どうかお願い。
しばらくして、ぽすっと音が鳴った。
『ごめん予定ある』
ぼすっと枕に顔をうずめる。そうだった、瀬野くんは友だちが多いんだった。私みたいに真っ白カレンダーなわけがなかった。あーあ、先約があるなら仕方ない。
映画欲は潰えなかったので、月曜の朝、私はいそいそと支度をし、電車に揺られ、学校最寄り駅のビル内にある映画館に到着した。今日は飛び入り参戦。まずは券売機にお金を貢ぐ。
いくつか並ぶ券売機を使っている中に、
「……つーくん?」
のように見える人がいる。
その人は振り返って驚き顔になった。私服なので自信がなかったが、やはりつーくん本人だ。私と同じく一人で来ているらしい。さすが我々はぼっち仲間である。
「おはよう、つーくん。こんなところで奇遇だね」
「おはよう。知り合いに会うと思ってなかったなぁ」
「私も。つーくんは何観に来たの」
「下剋上ラビット」
「わお、これまた奇遇だね」
せっかくなので隣の席のチケットを買った。ドリンクにもお金を貢ぎ、席に向かう。公開から日が経っていて朝一の回だからか、スクリーンに人はほとんどいなかった。ほぼ貸し切りだ。
次シーズンの予告はアクション系の洋画ばかりで、私の興味の範囲外。つーくんも退屈そうにしている。
「佐藤さんって映画よく来るの?」
「気が向いたら興味あるの観に来るくらい。つーくんは?」
「僕はたまたま。今日は暇だったから、前に話題になってたの観に来てみただけ」
大して映画に興味があるわけではない様子。つーくんは烏龍茶を一口飲んで、頬杖をついた。
「まぁ、今日雨だし、映画は濡れなくてちょうどいいね」
「えっ」
「え?」
雨だと。誰がそんなことを決めたんだ、私は傘を持ってきていないのに。絶望の思いでつーくんと顔を見合わせる。
劇場内が暗転する中で私が見たのは、つーくんの呆れ顔だった。
実写みたいなCGのウサちゃんに癒され、絶望は遠く彼方へ吹っ飛んだ。
ウサちゃんたちがスクリーンいっぱいに映ったシーンは悶絶級の可愛さだったし、ニンジン神に人類滅亡を願う場面のうるうる瞳と合掌する前足は格別だった。最高のもふもふ映画、神作品とはこのことである。
「ウサちゃん可愛かった!」
「夢に出てきそうなくらいウサギまみれだったね」
「良い夢になりそう。見てみたい」
「あんなにも出てきたら悪夢だよ。しかも人間に懐かなくて噛みついてくる。可愛い詐欺だね、性格は全く可愛くない」
スクリーンから出て早々にウサちゃんアンチコメントをされた。つーくんの意見は私と真逆で面白い。隣で「ウサギ嫌いになりそう」とぼやかれて、つい笑っちゃった。
時間はもうお昼前。朝ご飯とオレンジジュースしか摂取してない体が飢えを訴えてきた。ランチしながら感想会とか、どうですか。
「つーくん、お昼どうかな?」
「いいよ。ラパン料理にしようか」
良い笑顔で言われて、私は黙ってイタリアンのお店をスマホで検索し始めた。
活き活きとしたウサちゃんを見た直後にウサギが食べたいだなんて、つーくんは人の心を持ってない。水族館で魚が食べたいという人と同じだ。
私たちは駅の反対側にあるお店に行くことにした。駅とビルを繋ぐ連絡通路から外を見ると、雨がしとしと降っていた。ほら、つーくんの非道さに天までも涙している。
お店に向かう途中に通る改札付近に、なにやら目を惹く青年が立っていた。明らかに瀬野くんだ。平日の昼という人が少ない時間帯なのもあって、イケメンは目立っていた。
夏休みの夕暮れに見かけたときはどんな格好だっただろう。早朝に会ったときは、軽くコンビニに行くような服だったのを覚えている。
今はまるでカジュアルなデートといった服装。黒ナイロンのジャケットも白パーカーもデニムパンツも、似合っていておしゃれだ。どこか近寄りがたいオーラを放っているのも逆に魅力的。
思わず足が止まって目が離せなくなる。つーくんも瀬野くんに気が付いた。
「ねえ、瀬野くん今日予定あるんだって」
「Cは今日打ち上げだからね。部活のやつが言ってた」
「へえ。今日なんだ」
「先生たちの都合じゃないかな。打ち上げ代、担任と副担が奢るらしいよ」
相変わらずC組は仲が良い。瀬野くんの予定は打ち上げだったのか。でも、打ち上げなら夜だろうに、お昼に駅にいる理由とは。
見つめる先で、スマホをいじってばかりの瀬野くんは、動く気配が全くない。待ち合わせっぽい。相手は辰巳くんとかかな。
つーくんが楽しげな声で言った。
「佐藤さん、話しかける?」
「いいの?」
「僕は急いでイタリアン食べたいわけじゃないし、てか、食べたいのイタリアンじゃないからね。瀬野、暇そうだよ、ほら」
バイバイと手を振られ「行っておいで」と促される。
つーくんは私と瀬野くんのことをどう思ってるのか、いまいちわからない。遊び半分の人間観察目的だろうか、つーくんならあり得そうだ。
近くのショーウィンドウの反射で姿を確認してから、話しかけることにする。ちゃんと笑顔できるかな、もっと綺麗めな服にすればよかった、雨の湿気で髪が変になってなければいいけど。
長い深呼吸をして、足を一歩踏み出す。
「慧斗! ごめんなさい、遅れてしまって」
吸い込んだ息が止まって、再び足が止まる。
「いや全然。つーか桜葉こそ雨大丈夫だった?」
「ええ、大丈夫。では行きましょうか」
「買いたいものって何? 俺に選んでほしいんだっけ」
予定の相手って桜葉さんだったんだ。
落ち着いた色味のワンピースと可愛らしいハーフアップの桜葉さんは華やかで綺麗だった。髪も服もメイクもスタイルも、全てが完璧に彼女を美しく引き立てている。
並んで歩く二人の醸し出す雰囲気は、まるで別世界の住人に見えた。
もう一度、ガラスに映る自分を見てみる。だぼっとしたパンツに大きめのぶかぶかニット。しかも、いつもと同じ下ろしただけの髪。なんて子どもっぽい。
あんな桜葉さんがそばにいる瀬野くんに、こんな私見られたくない。
ゆっくりと息を飲み込んで、足の位置を戻す。そして、つーくんの影に隠れて、即座にスマホの検索エンジンを起動させた。
「あれ、瀬野と話すの諦めちゃうの?」
「諦めたわけじゃない。方違えであっちに行けないだけ」
つーくんがやれやれと首を振った。もう、人の心がなければ乙女心もわかってない。気になる人には誰よりも可愛い自分しか見られたくないの。
「それよりつーくん、ごめんだけど、今から食べるのパンケーキにしない?」
「いいけど、イタリアンは?」
「甘いものの気分になっちゃった。あっ、ウサギモチーフのパンケーキがあるカフェが近いって。行こう、ウサギ食べられるよ」
つーくんの服を引っ張って、瀬野くんたちから急ぎ足で離れる。
お似合いすぎる美男美女を見たのだ。こんなの糖分をキメないとやってられない。追加トッピングで生クリーム増し増しにしてやる。
カフェは駅の外だった。小雨だったので、つーくんの傘にちょこっと入れてもらいつつ、二人で走った。運動したので、パンケーキのカロリーは実質ゼロ。だからチョコも増し増しにしてやる。
貴重な平日のお休みに、仲間と映画を見てスイーツを食べ、優雅なひとときを楽しむ。なのに、モヤモヤするのは、これ如何に。




