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神殺しのユラギ  作者: くるい
一章 とある便利屋の業務日誌
26/34

二十六話 短く長き旅路の途中



 ――思えば。

 外の世界をまともに見るのは、この人生では初めてのことであった。

 少なくとも、ここにいる自分は。


 記憶を消去したか、閉じ込めたか、そうする前の己が一体何を経験してきたのかまでは知らないけれど。

 そんなあれこれを思考しながら、ユラギは隣に目を配る。


「なんですか」


 その気配に気付いたか、隣で休憩する彼女――リシュエル、は疲労の拭えない横顔をこちらに向ける。


 謎の白い空間から脱出した後、ユラギとリシュエルは外の世界を渡り歩いていたのだった。

 自分達の住まう都市へと帰還を果たす為、終わりの見えぬ長い旅路。進めているのかも定かではないのが精神的にキツイ。


 ユラギは真剣に考える。

 現在地も行先も自分で開拓するのが基本って大自然の人間はどうやって生きてきたんだ、と。文明の利器に囲まれてきた都会っ子だからその辺りちょっと順応が難しいのだ。


「いや、冒険者って大変だなと思いました」

「まるで他人事ですね……でも誰かがやらなければならないのですよ。いずれ衰退した時、外に出られないんじゃおしまいです」

「まぁ、確かに……栄えるってことはいずれは衰えることもあるんでしょうね」


 己の知る中であの都市を越える文明は知らない。

 仮にフィクションと比較してもあの都市の技術力が劣ることはないだろう――そんな都市に、果たして衰退が訪れる想像はできないが。


 それだけに、集約された内側に気を取られて外を見る余裕がなかった、というのもある。というか外の世界は何もないものだと勘違いしていた節さえあったわけだ。

 実際は、その外は予想もしない荒唐無稽(ファンタジー)の連続だったわけだが――。


 ――空間の重力が歪み、青空に岩塊の多くが浮遊する世界を見た。注意深く歩かないと空に足を取られてしまう地形だったため、歩くのさえ一苦労したのが記憶にこびり付いている。


 歪んだ空間の壁を越え、一歩進んだ先は灰一色に染まる森だった。視界の中に登場するモノは全てが色褪せたように目に映り、歩く自分達が異色なのだと認識させられそうになる。


 大樹の幹に空いた穴を通ると、星々と暗闇だけが煌めく宇宙空間のような場所にも出た。もう少し物理法則を考えて欲しいがそこはそれ。

 暗色の大地を踏みしめながら恐る恐る先へと進み、ここでは実体さえ怪しげな害種(モンスター)と嫌と言うほど戦わされ、逃げ出す羽目に遭った。


 リシュエルを抱えて逃げ回っていると、いつのまにか洞窟の中に出ていた。空すら見えぬ、広大な大空洞――何が起きればそんな地形になるのやら。


 そんな風にして、しばらく歩き続けていた。

 しばらく、そう。しばらくになる。

 何せ正常な空を見る機会が少なく、時間の経過が測れないのだ。頼れるのは空腹と疲労感だけであろう。


 もう数日は経過しているのかもしれない。

 恐らく鏡を見れば、寝不足な自分でも映るのだろうか。


 その間、食事は一度も採っていない。

 準備などできるわけもないが、着の身着のまま投げ出される状況は冒険者としては致命的であった。

 まぁ、糧食を鞄に詰め込むだけのマトモな準備ができていれば世界の果てで道に迷ってなどいないだろうが。


 思い出してしまえば容赦なく腹が減るもの。

 休憩中なら、その感覚ばかりが先行するのは致し方のないことかもしれない。いや腹減った。


 ユラギは岩壁に背もたれにしつつ、隣で同じように休んでいる彼女に言葉を投げる。


「外の世界は全部灰色の霧に包まれているもんだと勘違いしてましたよ」

「……あくまで、外は外なだけです。確かに灰色の霧だらけの場所もありますけど、それは〝物が形作られる〟段階での話です。あの秘境の周囲はある種特殊な方でしたよ」


 概念そのものが元々の地形に影響を及ぼし、異界と化していると言えばいいだろうか。

 リシュエルはそんな風に捕捉してくれた。


 もう一つユラギが驚いたのは、外は外で生態系が確立されていることだろうか。見たこともない姿の生物は多いが、動植物の営みがちらほらと窺える。

 モンスターばかりが発現するのは、どうやら秘境の中だけであるらしい。


「それはそうでしょう。〝秘境〟と指定されているのは、そこが特別危険な場所だからです。外は案外平和なものですよ? 下手に出歩くと二度と帰れないだけです」

「物騒じゃないですか」


 距離を計測して都市へと帰る、だなんて次元ではないのは明らかだ。具体的にこの場所がどこまで都市に近付いているかだなんてユラギでは把握できない。


「なら、どうやって冒険者たちは無事に帰っていると?」

「長年の勘ですね」

「……マジ?」

「半分は嘘です。一応、こういう機械を使うんですけど」


 真顔で言って、彼女が取り出したのは手中に収まる程度の機械だ。平らな円形に透明な薄ガラスが嵌め込まれ、数本の針が中で廻り続けている。

 コンパスにも見えるその造形。


 明確な使い方を知らないユラギではあったが、機械が見せている明らかな挙動のおかしさには表情を曇らせた。


「一応、方角とか分かり()()()

「なんか壊れてません?」

「そうとも言いますね」

「そうとしか取れないんですが」

「安心してください。外に出てすぐの時は、一方向を指してはいたのですよ」

「今は?」

「……今まで一度も機器が異常を示したこともなかったので、影響はやはりあるのでしょうね?」

「……え、今は?」

「だから、勘です」

「マジですか」

「マジですけど」


 そこで互いに言葉が止み、しばらく静寂が訪れた。

 ユラギはぼんやりと前の景色を眺める。


 入り組んだ岩壁地帯。空を閉ざさんばかりの壁があちらこちらに屹立し、遠くには空気に薄れて空と同化する山脈の姿が窺える。

 今までの世界と比べれば、ああ、比較的見知ったものではあろうと思う。世界百景的な雑誌があればカメラマンとしてシャッターを切りまくりなんじゃないかなとも思う。

 よく分からないけど。


「お腹減りましたね、ユラギさん」

「その話を、しちゃいますか……」


 項垂れ、大きく俯いて目を閉じる。

 耳元のすぐ近くにはぐるぐる鳴る腹の虫。


「そんな絶望みたいな声出さないで欲しいのですよ。食糧は外の世界でも調達はできます。一旦、そちらを優先した方がよさそうですね」


 ぱんぱんと衣類の土を払って立ち上がり、リシュエルは周囲へ視線を配る。次の行先を探しているのだ。

 この辺りユラギには肌感というのがないので分からないが、多少は安全な方向が掴めるという。


「せめて火が通せれば肉を喰らえたのですけど」

「言い方」


 これまでの地形でも、危険が少ない地帯に動物が多く住む傾向にあったのは覚えている。草木が生い茂っている場所は生態系も豊かで、逆に宇宙空間染みた空間には生物すら寄り付かない。

 この付近なら、食えるものは見つかるだろう。


「最悪、雷で火は起こせそうですが……」

「それも真剣に検討しましょう。貴重な能力とはいえ、食事は死活問題に繋がりますし」


 身体の調子を何となく感じながら、ユラギはそう返事をする。リスクのない状態で使えるかというのは感覚でしかないが、一応は備わっているものだ。

 現時点で必要な状況には迫られないだろうし、火を起こす為に使用するのも良さそうだ。むしろ敢えて使用することで、大まかに一日を算出できるだろう。


 我ながら悲しい使い道だとは思う。

 心の中の自分もまさか調理に能力を使われるとは思うまい。いやまだ使ってないけど。


「できれば、すぐにでも都市に帰りたいんですがね」


 ぽつり、ユラギは呟いた。

 脳裏に過ぎるのはモールド・バレルとの会話。


 〝紫を断ち切った〟と彼は言った。

 正直な話、どういうことかは正しく理解が及んではいないけれど――円状拠点都市エクサルの根幹にあたる部分に干渉したのだ、と予想は付いている。


 本来は悠長に食事などを摂っている暇はないはずで、行動を起こせないことに歯痒さを覚えた。

 今、ランシードはどうしているだろうか。

 連絡も取れず、行方も不明のままなのだ。帰ったらどやされるのは間違いないが……心配は掛けたくない。


「時間の話であれば、今は大丈夫なのですよ」


 リシュエルは壊れたコンパスを眺め、抱いた不安を宥めるように告げる。断定する口調からして、安心させるためだけの方便ではなく確たる根拠を持っていそうだが。


「大丈夫ってのは?」

「この空間内は相対的に他より時間の進みが早いのですよ。私がそういう空間を休憩場所に選んでいる、というのもありますが」

「うん……うん?」

「私達がいくらここで時を失っても都市の時間はほとんど進まないんです」

「もうちょい分かりやすく」

「時間の流れが違うんです。ここで過ごした百年は向こうで一年も経過しないってことですよ」


 半目でぼやき、はぁと彼女も溜め息を吐いた。

 握るコンパスを懐へ仕舞うと大きく伸びを一つ。桃色の二房が動きに合わせて左右に揺れる。


「この機器で位置、時空間の揺れ動きを観測できるようにはなっているので――その機能は今も生きていて分かります」

「……なるほど、理解はできました」

「こうした空間は常に歪みの変動があるので、逆回りになった場合はすぐに脱出する必要はありますけどね」

「こちらの時間の進みが遅くなるってことですか?」

「そうなのです」


 なので焦らずに行きましょう、と彼女はこちらに手を伸べる。未だに座り込んだままだったユラギは彼女の手を取り、重い腰を上げた。

 背中と腰を軽く叩き、凝り固まった身体を解すように肩を揉み解す。


「……分かりました。ならひとまず安心ですね」


 その辺り、彼女はしっかりと考えてくれていたのは素直に助かる。時空の歪みと言われても実感はないが、あり得ないことでもないはずだ。何せこの目で異常を嫌というほど目撃しているのだから。

 より一層外の世界が恐ろしく思えたが、今は逆に心強いとさえ言えた。


「もたもたしてると都市より先に私達が寿命で死にますけどね」

「安心させてからいきなり叩き落してきましたね」

「は? それをあなたが言います?」


 確かに。それはそうだった。

 全くもってぐうの音も出ない。

 彼女に関しては物理的にも叩き落したことこともあるくらいだし仕方ないかぁ(?)。今の言葉はなかったことにしてやるぜ。


 ――冗談はさておき。

 改めて周囲の状況を見つつ、ユラギは今後の動きについて思考する。


 都市の状況は読めない。

 案外変化はないのかもしれないし、崩壊とやらは始まっているのかもしれない。具体的な光景は想像もできないが……それとは別に、気がかりなことはあった。


 リシュエルと行動を共にする彼、赤色の力を宿したキースレッド・ブルームのこと。これもうまく口で説明できる段階にはないが――蘇った記憶と共に、嫌な予感だけが脳裏を巡る。


 恐らくは()()と関わっていた自分と、同じ色の力を持つ少年。ユラギを取り込もうとしたモールド・バレル。紫の力を宿すアリム。

 ただの偶然であればいいのだが――神子が少なくとも二人はいる状況というのが、あまり偶然とは思えない。彼がいることすらも、意図的である可能性は考えなくてはならないだろう。


「ひとまず、腹ごしらえにするのですよ」


 周囲を見渡すリシュエルがまずそう言い、ユラギも同じ方向を見て頷いた。

 互いの視線の奥には争う獣の姿が二体。他に生物の姿は見えない。


 遠目からだが体躯はユラギの倍程度と推測。

 互いに頭頂部の角をぶつけ、頑丈な胴体を叩き付け合い戦っているようだ。

 中々に熾烈な争いのようだが……縄張り争いでもしているのだろうか。


「どうします?」

「片方やりましょう。生き残った方か、負けて逃げた方で」

「分かりました。能力は来たる火起こしのためにとっておくので、もし負けたら許してくださいね」

「負けたら殺しますよ」

「!?」






 ◇






 この空間にも夜は訪れるらしい。

 時間の流れが異なっている以上、光源がどこから来ているのかは相変わらず不明なものの――辺りは時間と共に薄暗く変容していった。


 岩陰に隠れ、ユラギとリシュエルは火を囲む。

 隣には昼間に狙った獲物が転がっている。可食部を探して各所解剖されているが、図体が大きく原型は未だそのままだ。


 ぱちぱちと小気味良い音を立てる赤い揺らめきを眺めつつ、ユラギは串刺しにした肉に手を伸ばした。

 リシュエルの糸で切断し、手頃な木の枝に刺して焼いたものだ。


 大口を開けてそれを齧る。

 ただ焼いただけで旨くはならない。獣臭さを噛み砕き、筋張る硬肉を喉奥へ流し込むのは半ば作業にも近かったが、しかし栄養源としては貴重なもの。

 ごくりと嚥下し、隣で同じように齧るリシュエルへ目を向けた。


「あの機械は直りそうですか?」

「少なくとも時間経過で変化があるものではないです。あと私には直せません」


 そう答え、彼女は小さな口で肉を齧る。

 しばらく咀嚼した後呑み込んで、ぽつりと言った。


「それに。壊れているというより……」

「都市の方がおかしくなっている、と?」


 問えば、こくりと頷く。

 彼女はまた肉を一口齧り、以降は言葉を交わさなかった。静寂が辺りを支配する中、食事は粛々と進められていく。


 次に口を開いた時には、既に互いも食事を終えた頃合いだった。星空も月も見えぬ暗闇を見上げていると、声が掛かる。


「今日はここで休んでおきましょうか。幸い、この空間の夜は静かですからね。火を焚いて置けば獣も寄ってはきません」


 リシュエルは糸の手入れでもしているのだろう。きゅるきゅると硬質な音が巻き上がっている。


 糸の使い方を見たのは肉を切る時が初めてだったが、あれが彼女の得物だとはすぐに理解した。見かけによらずえぐめな代物の使い手だったけれど。

 何故糸なのかも、なんとなく察しがついてしまった。


 あまり冒険者向きとは言えない武器だ。

 むしろ暗器、人殺しに特化したものだろう。俊敏な獣や害種(モンスター)を相手するには些か相性が悪い。少なくともサバイバル向きではない。結果今は役に立ってるけれども……。


 それに、刃物と違ってその細さから扱いも更に繊細になる。

 しかし代わりに、()を必要としない得物だ。


「……そうですね」


 彼女の言葉に相槌を打った後、視線を空から落としてふとリシュエルの方を見やる。彼女はユラギに背を向け、薄い布で糸に付着した血を拭っている様子だった。


 長くを共にはしていないが、この数日見ていれば気付くこともある。彼女は一切の弱音も見せず、表情も顔には出さないが、疲労がユラギとは比較にならないほど溜まっていることには。

 それが、彼女の腹部の傷痕に起因しているのも。


 彼女には、本来あるべき体力が残されていないのだ。

 恐らく今ギルド員をやっているのも、()()()の引退を余儀なくされたからであろう。でなければ、都市の内部で働いているだけの人間だったのなら、外で生きる術など知っているはずがない。そこまで詳しいはずがないのだ。


 そして、あの腹部は――。

 間違いなく、キースレッド・ブルームによる傷だ。


 どんな事情があったかは知らないが。何故一緒にいるのかも知らないが、


「――なんです?」

「え? あ、ああ……いや特に」

「だったら何じろじろみてやがるんですか」


 いつの間にか、リシュエルはこちらを見つめていた。

 思わず適当な返事をすると、余計な事を考えているのがバレたか半目になって追及を重ねてくる。


 しかし、その話は聞いても詮無いことだ。

 彼女達の関係性と無縁のユラギにできる術はないし、何より余計なお世話でしかない。ならば今聞くべきは、過ぎ去った話のことではない。


 そこに深い繋がりは見えているのだ。

 だから、目を向けるべきは過去ではなく現在。

 重要なのは彼のことではなく、能力そのものだ。


「キースは()の神子なんでしたよね」

「……まあ、はい。そうですね。話はしましたが、どうしたのです」


 一度整理を付けるように言って、ユラギは胸の内にて思い起こす。心の中、確かに刻まれたやり取りと記憶の欠片。緋色の装束纏う女性と、何か訳ありな会話をしていた光景を。


「――夢を見ました」

「は?」

「そこでその切り返しされると俺、ロマンチストに失敗した恥ずかしい人みたいなんでやめてくれます?」

「でなんですか」

「まぁ見たんですよ。気絶ぶちかましたときちょっとね……心の中を。俺が失ってる記憶の部分を覗いてきました」

「……」


 そこで彼女は、目を細めて口を閉ざす。ユラギが、そこではじめて真面目な会話をしようとしているのに気が付いたのだろう。そして、同時に二人の過去へ首を突っ込もうとしているわけではないのにも気付いてくれたはずだ。

 ユラギは己の胸を人差し指で突き、続ける。


「赤い、女の人と……俺は一緒にいた。なんか重要な会話をしてたんですが――()の記憶にはない話でした。けれどもその場面は、どうやら普通の場面じゃないらしく」


 思い起こす記憶は嫌に鮮明な映像であった。

 忘れもしない。世界が灰色と灼熱に染まり、世界の果てとも言える奇妙な場所。燃えような緋色の装束に漆黒の髪――そんな女性と、灰色に染まる()の姿。

 こちらを見やる悲しげな瞳は――焔の如き真紅に染まっていたことを、思い出す。


「どうやら……世界が滅びる瞬間に立ち会っていたようですね、俺。だから、()だったものは英雄なんでしょうね? きっと」


 ()だったもの。俺ではないもの。

 彼の光景と世界の終わり。


 肩を竦め、独白のようにユラギは呟き続ける。

 彼女はいつの間にやら視線を元に戻し、糸の手入れをしていた。


「……ポエムか何かです?」

「いや違いますけど」

「分かってますよ。だからなんですか。思い出した! とかそんなんですか」

「めっちゃ酷い言われようだし、思い出してませんよ別に」


 わざわざ他人の話っぽく仕立てたのにそんなわけがあるか。


 溜め息混じりに息を吐いて半身を起き上がらせ、ユラギは両手を組んで頭の上へと伸ばした。


 記憶の中の彼が、ノイズ混じりに脳裏に焼け付く。

 彼は何かを助けようとしていた。あの女性曰く、それはこんなモノ呼ばわりされる何かであったらしいが。

 だから、彼は酷いお人好しだったのだろうなと納得する。


「そんなわけで、俺は恐らく〝赤〟と関わっているらしく。てことは、少なくともキース君、このまま行くと狙われません?」


 ぴく、と一瞬彼女の肩が震えた。

 こちらを見ずに、彼女は返事を返す。


「……そうですね。自動人形に紫の神子がいて、ユラギさんが狙われているのに彼だけ何もないはずはない。でも今の私ではどうすることもできません。レイシスさんに任せるしかないですから」

「そうでもないかもって言ったら、どうします?」


 彼に、キースに情や興味があるわけではなかった。

 何なら、好印象どころか悪印象しか抱いていないし、助ける義理とかもない。


 しかし、キースとリシュエルには深い関係が刻まれている。リシュエルが腹を抉られるほどの過去が在って、こうした現在が続いている。

 それをどうでもいいからと見過ごして、失わせる真似だけはしたくなかった。元は自分が発端で別の都市まで連れ回し、巻き込んだようなものだ。

 どうにかできるかもしれない力があるのなら――制限の範囲で行使するのに戸惑うことはない。


「何する気なんです?」

「上手く説明はしにくいんですが……要はキースの炎と同じように、俺の雷は()ではないんですよ」


 ただ、今はその形に収まっているだけ。

 本来自分が使える能力は雷ではなく――きっと()()に関わる厄い系統の能力なのだろう、とも。

 夢であんな結果を見せられれば嫌でも考える。


 だからこそ、どうにかできるはずだ。

 多少の無茶は必要になろうが、彼に言われたのは一日一回までしか使うなという言葉だけ。枷を外して能力を使うなとは言われていない――屁理屈だけど、だからそのくらいは我慢しろ。

 だって英雄だろう、と吐き捨てる。


「多分、雷という性質に能力を固定しているだけでしょう。俺の力は神子とは関係ないらしいですが――原理は似たようなもののはずです。なら、やれることはあるかと」

「……まさか。まさかとは思いますが、転移しよう、とか言う気じゃないですよね」

「俺だけならともかく、リシュエルさん連れては無理ですよ。分子レベルでバラバラになってくれるなら話は別ですけど」

「それ人間じゃねぇですから」


 まぁ、転移など見たからってできるものじゃない。能力の性質を何となく判った気にはなっただけで、アリムのような空間転移は能力の応用では絶対に無理だろう。

 ユラギにできるのは、転移に見せかけての高速移動だ。


 分かりそうなのは気配。

 特にアリムや、キースのような色濃い力は目立つのだ。

 そう。きっとどこにいても、探せば見つけられるほどには。


「俺が能力を使ってキースの位置を捕捉します。彼は都市にいるはず――なんで、リシュエルさんは最短ルートを導き出してください」

「……は? 自分で何言ってるか分かってます?」

「俺も自分の力を把握してるわけじゃないんで物は試しになりますが、上手く行く可能性はありそうです」


 やること自体は明快。

 要は能力をフルに使い、世界を覆う〝灰〟と同化しつつ自分の一部を分子レベルに散らす。遠くまで飛ばし、途中でキースに引っ掛かれば探知成功だ。多分、いける。

 これに関しては具体的な説明はできなかった。感覚的に、やってやれそうな気がするだけ。


「可能性があるなら、試してみましょうか」


 あまり自信があるとは言えない提案だったがリシュエルは頷く。思案気な表情ではあったものの、試すという手には賛同してくれたようだ。


「ただ、無理なら止めるのですよ。暴走されても困るので」

「そこまで試すつもりはないですって。それに、死にたがるとランシーに殺されちゃいますからね」

「どうして介錯を……まあ、いいです」


 この人の前で力を暴走させるとかそれこそ冗談ではない。

 仮に宛が外れたのなら、別の方法を模索するだけだ。


「というわけで俺は寝ます。どのみち実行できるのは明日なので」


 そう告げ、ごつごつとした地面に寝転がる。

 寝心地はすこぶる悪いが休息は取れる内に取っておかねばならない。目を閉じれば、余程疲れが溜まっていたのか案外早く睡魔が脳へ侵蝕してくる。こんな場所でも平然と眠れてしまうのは悲しむべきか、サバイバル的には喜ぶべきなのか……。

 微睡みに身を任せ、ユラギは意識を奥底へ沈めていくのだった。

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