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神殺しのユラギ  作者: くるい
一章 とある便利屋の業務日誌
15/34

十五話 意志を持つ人形達

 数合の接触。自動人形はある一定の動作でユラギの命を狙ってきていた。

 何らかのプログラムで動いていると分かる機械的な反応。ユラギの反応如何で対応策を変えつつ、攻撃的な攻めを展開してくる。


 ようやくそこに付け入る隙を見つけたユラギは、自動人形が繰り出す右腕を掴み取って客間の奥へと投げ飛ばした。


 反撃よりも優先させたのは、出来る限りアンテリアーゼから戦闘位置を離したかったからだ。そしてジョゼフやシルヴィにもその相手を任せたくはない――これはそのための処置。


 飛ばされた彼女は長机を滑って料理を撒き散らし奥の壁に激突する。床へ崩れ落ちる寸前で壁に足を付け、ユラギへ身を反転させた。


「メアリ、でしたよね。俺の声とか聞こえてます?」

「――」


 名前を呼んだことによる反応の変化はなし。

 深く折り畳まれた脚がバネの如き役割を果たし、彼女は再びユラギに直進してくる。


 これは最初に見せた動きに近い。

 ならばとユラギはステップで後ろに下がり体当たりを受け流すと、その一連の流れで胴体に掴み上げてバックドロップをお見舞いした。


 がん、硬質な衝撃音が床に響く。

 頭部を打ち付けたところで機械には有効打にならない。ユラギはすぐに右手を地面について投げの隙から立ち直り、つま先で床を蹴って彼女と距離を取る。


 ――先程までユラギの頭部があった場所に、人間の関節では不可能な動きで叩き込まれた踵落としがあった。

 床を砕いて破片を飛ばすその威力を見て、流石に苦笑いが滲む。


「やっぱ苦手だ、自動人形ってのは」


 関節を砕けば止められるような人間とは違い、自動人形はそれでも問題なく動き続ける。

 仮に臓器に当たる部分を破壊しても、動作が不可能にならない限りは停止しない。


 ――彼女に意思が介在していないのが厄介なのだ。

 それは即ち、完全なる戦闘不能以外での停止条件が存在しないということなのだから。


 彼女は床に突き刺さった踵を支柱にし、ぎちりぎちりと駆動音を立てて上体を起こそうとしてくる。

 このままでは埒が明かない。

 その立ち直りの短い間、ユラギは入口にいるはずのジョゼフ達へ意識を向け――。


 そこに押し寄せる自動人形の群れを認めて、頬を引きつらせた。

 いや、彼女が操られている時点で外にいる自動人形もまた無事であるはずがないと予見はしていたのだが……。


 相手の初動が早すぎる。

 つまり何のつもりかは知らないが、敵方は最初から館を襲うつもりでいたわけだ。


「――どうする。考えろ、俺」


 ジョゼフが入口にある石像を倒して自動人形を蹴散らしている姿は見えるが、アンテリアーゼとシルヴィの二人は見当たらない。だがランシードが傍に付いているのだ、無事ではあろう。

 自動人形如きランシードの相手ではない。


 ならばユラギがするべきは、いち早く彼女達と合流することではなく。

 いやそれも必要ではあるが――真っ先に対処しなければならないものがある。


「ジョゼフさん、扉を閉めてください!」


 ユラギはメアリを避けるように飛び出し、執事長の元へ駆け付ける。

 その場で格闘戦を演じていた一体に不意打ちの飛び蹴りを喰らわせ、背後数体の自動人形も巻き込んで通路側へ押し飛ばした。


「ユラギ様……何をするおつもりで」


 扉を閉めたジョゼフがそう聞いてくる。ユラギは客間に倒た石像を使って時間稼ぎのバリケードを張り――彼女(メアリ)へ注意を戻した。

 既に立ち直り、突っ込む準備をしている姿が目に映る。


「あの子を助けたいのでしょう。ジョゼフさんの反応を見れば分かりますし、何より彼女をアンテリアーゼさんへ近付けさせないのが最良と判断しました。なので、彼女を確保します」

「――よいのですか」

「え? いやまあ、自動人形(オートマタ)ってのはもっと早く言って欲しかったですけど。で、どうやったらいい感じに停止させられるんです?」

「――……」


 人形と分かったら壊されるとでも勘違いしていたのか、その言葉にジョゼフは深々頭を下げてきた。

 それは違うと手で制しながらも、戦闘態勢を整えた自動人形へ対峙する。


「えーと。多少荒っぽくしてもいいならやりようはあるんですが……無傷っていうのもちょっと」

「――いえ、その寛大に感謝を。人間で言う頸椎の部分を折れば一時的な動作不良を発生させられる筈です。頼めるでしょうか」


 要するに首を折れ、と。

 ならば話は幾分早い。


「オーケー。任されました」


 左脚を引いて半身に構えることで自動人形の攻撃に備える。

 必ず相手から攻撃が行われるなら何もこちらの攻めを意識させる理由もないからだ。


 ただひたすらに、攻撃を待つ。


 自動人形のあの動きは既に二度見た構えでもある。

 足を折り畳んでバネのように解放し、打ち放たれた弾丸の速度を得る超加速の一撃。

 こうして狙いを定めるまでの動作に、隙が生まれる。


 果たしてどのようなプログラムを組まれているのかは不明、それとも操られて単一の行動しか行えなくなっているのか――まあ、ある程度距離を取った相手にはその手法で仕掛けてくるようで。


 確かにその技は人間のユラギにとっては脅威であろう。

 あんなものを直撃することがあれば、内臓破裂程度では済まない。よくて骨が粉砕、下手をすると半身が丸々吹き飛ばされる威力があの技には秘められている。


 ぎり、ぎり。僅かに機械の駆動音が空間に響いた。

 緊張、そして爆発――がぎりと金属が擦れ合い、自動人形はユラギを消し飛ばさんと襲い来る。

 床を蹴った全身での突きはさながら砲弾が如く、たっぷり溜めを作ったその攻撃はこれまでの二撃より速く、重さを伴っていて――。


 突き出す拳がユラギの肉体に接触する。

 それを僅かに身を引いて躱すと、硬い機械の拳が腹を横に掠める。

 肉が抉れ、噴出す――が致命傷ではない。


 その隙だ。

 一瞬だけ生ずる隙を狙って、接触した腕部を両サイドから両腕で巻き込む。そのまま彼女自身の力を利用し、自らの身を回転させるようにして突撃の力を後方に受け流した。

 背後の扉へ自動人形の全身が激突し、金属同士がぐしゃりと潰れ合う酷い音がする。


 ――今だ。

 回転の流れに身を任せ、威力の跳ね上がった回し蹴りを自動人形の首裏に叩き込んだ。みしり、彼女の首元が捻じ曲がる。


 だがそれでは足りない。

 一度着地し、飛び跳ねるようにして真上から同じ箇所を蹴り付ける。

 そこで何かが外れる鈍い手応えと共に、扉に磔になっていた自動人形の身体が床に叩き落された。衝撃に離れた部品(パーツ)の幾つかが吹っ飛び、ころころ床を転がっていく。


 彼女の部品を覆い隠している人工皮膚が裂けて弾けたのだ。

 必要部位かそうでないかは見分けがつかないが、しかし彼女の首は九十度に折れ曲がり、その動きを停止させている。


「――ふぅ。ちょっと、やり過ぎた?」

「いえ。このくらいであれば修復もできましょう」

「……それならいいんですが。しかし――」


 しかし。とはいえ。

 不自然さ、妙な違和感が胸に残る。


 倒れてぴくりとも動かぬ自動人形から一歩距離を置くと、ユラギはその姿を見下ろして眉を寄せる。


 何故彼女が襲ってきた? 何故操られた?

 他の自動人形も同様に操られていたというのなら、彼女が一人で待ち受けている理由が分からなかった。

 彼女(メアリ)という戦力一つでは簡単に攻略される配置だ。

 何もユラギがやらずとも、ジョゼフやシルヴィがその気で戦えば――恐らく、倒せてしまう。

 少なくともユラギの目からはそう見えている。


 なら、誰かが明確な意図を持って彼女をこの場に留めた可能性が高い。

 その誰かは、この館に集まる戦力は考慮して配置を考えているはず。


 じゃあ、()()()()()ここへ配置した? 脳裏に過ぎった疑問は違和感としてユラギの中で膨れ上がる。


 貴族も使用人もいない部屋、一発で何かが起きたと見抜かれる彼女だけを置いて……。

 まるで、時間稼ぎのような。


「ひとまずアンテリアーゼさんを追いましょう。メアリさんの回収は事を終えてからでも問題はないはずです」

「そうしましょう、アリア嬢は緊急時の避難経路を使われるはずです。ついて来てくだされ、途中に自動人形があればそれらは破壊してしまって構いませぬ」


 ジョゼフはそう言い扉下の石像を持ち上げる。

 彼が退かしている最中も、ユラギは転がっている自動人形へ意識を割き続けていた。


 特に何かを感じたわけではない。

 ただ何となく気になるという勘を頼りに――実際、その勘は的中していた。



 動かないはずの自動人形の指先が、ぴくりと微動する。

 折れ曲がった首が、自動人形の動きですら不自然な稼働をして回転する。

 ぎちり、破れた人工皮膚がひしゃげ、その瞳は――ユラギの瞳を見返していた。


「回収? 合流? させないでしょう、させるはずがありません。何故って、そのためにワタクシがここにいるのですよ」


 どこからか、所在不明な言葉がぬるりと耳朶を伝った。


 周囲に警戒を広げれば、聞こえてくる方角は斜め右後方。

 壁しかないはずの行き止まりだ。

 その方角から、こつこつという足音が聞こえてくる。


 踵を地面に蹴り付けるハイヒールの音。

 気品さえ感じさえる乱れの無い靴底の感覚が、こちらへ接近してくる。


 いつの間にか――視界の端に現れていたのは、紫のゴシックドレスを着用した少女の姿だった。

 顔に真白の化粧を塗りたくり、ぴんと直立した少女が奇妙な笑顔を顔面に貼り付かせたまま、両手を合わせ、首だけを左右に傾ける。

 足元まで垂れ下がる黒髪が彼女の前面をゆらゆら覆い隠して、胸元を撫ぜている。


「……」


 全然、気が付かなかった。

 この少女からは、意志が感じられない。

 殺意も、害意も、何もかも。


 凡そ人間的な何かが少女から抜け落ちている(・・・・・・・)

 それが不吉な印象として彼女の周囲を纏っている。


 少女が腰を折り曲げるように礼をすると、ゴシックドレスの裾がふわりと舞った。

 少女は紫紺に輝く瞳でユラギを射抜き、くすりと笑んで細く白い両手を広げる。


「初めまして。ですがワタクシの方はあなたのお噂を伺っておりますわ。ええたっぷりと。ですので――」


 ――邪魔です、早急に死んでください。

 艶の塗られた唇が邪悪に、ひしゃげた。


「……っ!」


 ユラギは半ば反射的に扉の前から飛び退く。

 それは出来得る限り少女と自動人形から距離を取るため。


 だが、何も、何もしてはこなかった。

 少女は不気味な笑みを浮かべて、その場所に立っているだけ。

 悪寒が背を駆ける。見つめられるだけで脂汗が首筋に滲む。


 これは、明らかな異常事態だ。


 突如として姿を見せる少女――明らかに人間ではない音が、彼女から発されている。

 つまりそれは、人間ではないということ。


 かちり、少女は指先を意識的に鳴らしていた。恐らくそれはユラギに見せつけるように、だろう。

 少女は自分が()であるのかを、わざわざユラギに理解させる為にやっている。


 ただ眺めているだけでは自動人形と分からないほどに精巧な指先が、あらぬ位置へ折れ曲がる。かち、かち、少女の身体の内で機械的な音が鳴らされている。

 自然とユラギの口からそんな言葉がついて出た。


「あの時俺達を襲った自動人形の仲間、ですか」


 ならば、事情は繋がった。


 ――今回の依頼。

 誘き寄せる本来の目的がアンテリアーゼではなく《便利屋アリシード》だというのなら、こうなるのが必然。

 つまるところ、彼ら自動人形の戦場(ステージ)に、ランシードもユラギもまんまと誘い込まれたのだ。


「仲間と言われると、さあどうなのでしょう。ワタクシは彼を仲間と()()()はおりませんので」


 少女から目を逸らさず、ユラギは自動人形へも意識を傾ける。


 ぎ、ぎぎ、ぎち、歪な駆動音がそこから鳴っている。

 首を折り曲げて破壊し、確かに動作を停止させたハズの彼女(エミリ)が立っていた。

 折れ曲がった首が、鎖骨の部分で揺れている。


 溶液の垂れる顔から覗かせる瞳が、ぎょろりとユラギを中心に捉えた。


 まだ戦えるのか――いや、本人の意思があろうと何も関係はないか。

 眼前の少女によって、自動人形は強制的に稼働させられているのだから。


 前回の依頼中に戦った自動人形も、同じように自動人形を操っていた。あの時操られていた個体は同一の研究所で製造された量産型ではあったが、全く別の個体を外部から操れない、などとは誰も言ってない。


 廊下の自動人形も同じだろう。

 この段階で扉を破壊して部屋へ侵入しようとしてこないのなら、それらはきっとランシードへの戦力として回されている。ユラギが扉を閉めたことで、こちらを足止めする必要がなくなったから――。


 ユラギは歯噛みし、構えを変更した。

 防御一辺倒とは打って変わり、()の解放を選択肢に組み込んだ前傾寄りの姿勢。

 少女とエミリを射程に捉え、構えた銃の照準合わせを行うように、肩の位置まで右腕を持ち上げる。


「――関係がないとは言わせませんよ」

「ええそれは勿論。何せ、同一の目的を以て集められたのがワタクシ達です」

「同一の目的……? 一体あなた達は何をしようとしているんですか」

「それを教えてあげる義理はありませんが。そうですね……では、名乗らせて頂くとしましょうか」


 少女は右手で前髪をかき上げる。

 その瞳に()の輝きを灯して。


「ワタクシは()()()()が一つ、《洗脳》のアリム。さあ、あなたにとっておきの災いを贈りましょう――仕立屋の優男さん?」






 ◇





 館の中を大量の自動人形が闊歩する。

 彼らは隅々まで視線を張り巡らし、押し寄せる波のように館の通路を進んでいた。

 抑揚のない機械的な言葉の連鎖が、館の中に木霊する。


「――目標、消失地点より反応なし」

「索敵終了、目標は区画内に情報無し」

「視覚情報の共有が終了。照合、一致無し」

「生体反応の探査を開始――」


 自動人形達は逃走を図ったランシード、アンテリアーゼ、シルヴィの三名の追跡を行っているのだ。

 機体に搭載されている各種レーダーが該当人物の探査を行っている内、一体の自動人形が反応する。


「不明な力場を天井部分に確認」


 上を見上げた自動人形が発し、他の自動人形達も一斉にその方向へ首を動かす。何もない天井へ様々なレーダーが走らされ、彼らの眼球部が光る。


「生体反応無し」

「不自然な情報を確認。音波(ソナー)による物体反応を検知」

「反応の形状は人型と断定、目標の身体情報と一致」


 自動人形が特殊なセンサーを起動すると、僅かに半透明の人型が天井に張り付いている姿が映り込み――その物体は、センサーを起動した自動人形へ高速で飛来してきた。


「精査――」


 がしゃり。

 自動人形の頭部が中心から下方向に叩き潰され、搭載していたセンサーのパーツが周囲に飛び散る。次いでばらばらに胴体が吹き飛び、その人型は姿を現していく。


 透明な空間に人型のシルエットが浮び、そこにノイズが走るようにして徐々に色を帯び、肌色が表出する。


神秘隠匿(ミスティックエラー)の迷彩を見抜くとはね。まさか必要な情報を得られないことが原因で〝気付かれる〟などとは思いもしなかったよ、全く本当に厄介な物を造ってくれる――こういうオーバーテクノロジーが遺産(アーティファクト)と呼ばれるようになるんだろうけど」


 やがて少女の姿を象り――それまで姿を隠していたランシードは、邪魔そうに頭部の金髪を脱ぎ捨て首を左右へ振った。

 ウィッグに収まるよう纏められていた淡い緑髪が露わになる。


「悪いね、今回は破壊させて貰う」


 下ろされた髪。揺らめく前髪の間に潜んだ瞳が、怜悧な殺気を帯びて自動人形全てに向けられる。

 一秒にも満たぬ間の後、ランシードの姿が掻き消えた。


 今度は認識を阻害する小細工などではなく、それは彼女が持つ単なる速さ。

 消えたのではなく、レーダーが捉えきれないほどの高速移動。


 銀に輝く残光だけが暗殺者の影をちらつかせ――刃が、自動人形を切り刻んだ。

 金属が金属を断ち切る硬質な反響。薄暗い廊下に火花が散り、自動人形達は反撃する術なく頭部を切り飛ばされていく。

 最後の一体の首が刎ね飛ばされ床に衝突すると、その隣にランシードが着地する。


「……ふぅ」


 ランシードは倒れた自動人形達の中に動き出す個体が残っていないのを確かめると、右手の刃をドレスの内側へ仕舞い込む。それから右手を軽く上げ、指を打ち鳴らした。

 じじじと壁際の空間にノイズが走れば、そこにシルヴィとアンテリア―ゼの姿が現れていく。


「荒事はもう少し避ける予定だったのだけれど……」

「いいわ。時間は掛かるけど、量産型は補充が効くから」

「アレで()()()、ね。そうかい、ならばあちらで対応している特別(オリジナル)については後で弁明をお聞かせ願うとしよう」

「……ええ。話すわ」

「完全自立型の《自動人形》、だったかい? 戦闘可能な機械に自己判断をさせるなど何を考えている? 如何に《機械技師》といえども許されないし、何より私が気にしなくとも私の()()がそうはいかないものでね。見つけてしまった以上は私も素通しはできない」

「あの時は話せなかっただけよ。終わったら、全部説明する」

「勿論そうさせて貰うけれど」


 ――人の手を離れ自動で動く人形、故にオートマタ。

 それらは害種の浸食によって()()()()()()()()この都市に於いては欠かせない労働力の代替品、引いては〝人の代わり〟を果たすべく生み出されたものだ。

 そんな自動人形は最初こそ単なる労働力であったが、発展し進化を重ねることで都市を支える一つの叡智の結晶と化している。言い換えれば、彼らはそれほどまでに何の代わりにもなることができた。


 そうして時代を経て、人と会話すら可能な域に到達した彼らは――いつしかモノではなく《自動人形》という枠組みと称号と立場を与えられるまでに至ったのだ。沢山の技術を詰め込まれ高い知能を確立した個体の中には、人と同じように都市で生活している者さえ存在しているほどに。


 だから自動人形の製作には厳重な制約が課せられている。

 その内の一つが〝戦闘力を保有する自動人形には知能を持たせないこと〟である。

 当然、知能を持った自動人形に後から戦闘力を取り付けすることはできないし、戦闘力を持った自動人形に知能を取り付けることも許されない。

 どちらか片方しか制作してはならない、というのが自動人形に敷かれたルールである。


 理由など――最早説明するまでもないだろう。

 ご覧の有様が全てを物語っている。

 まあ、破っている連中が居るからこうなってしまうわけなのだが。


 ランシードはぴくりと眉をひそめると、後方へ振り返り言う。


「さあ出てきたまえよ、気配は()()()()分かる。そこにいるんだろう?」

「――ああ、やはり分かってしまうのか」


 ソイツは通路の影から堂々と姿を見せると、ランシードを「化物め」と呼んで登場してきた。

 黒い外套が歩調に合わせて陽炎のように揺らめき、装飾で隠された顔がランシードに向けられる。


 その姿は、ランシードが過去に屋上で破壊したハズの自動人形と全く同じ姿形を取っていた。

 一つだけ違うのは、外套の下に燕尾服を着用していることだろうか。


「どうやって逃げ延びたのかな。私は、君を完全に破壊したつもりだったのだが」

「いいや僕は壊された。君達風に言えば〝死んだ〟よ。でも生きている――だから君だけは殺さなくてはならない。我々()()()()にとって、君は――君達は、明確な邪魔者だ」

「ふぅん。その口ぶり、これまでは違ったと言いたげであるね」

「何故殺戮機関(キリングコア)を僕から遠ざける? あれは僕にこそ必要な――()()なのに」

「依頼があったからだよ。それ以上でも以下でもない」

「なら依頼だ――それを僕に、渡せ!」


 強引な口調を展開する彼に、ランシードは鼻で笑う。


「それでは依頼じゃなく命令だよ。というか君、そこまで感情を剥き出しにしておいて今更アレを必要とするのかい? しかも殺意だなんて」

「僕が感情を手にするにはアレ以外にない――邪魔をするな、何故邪魔をする、どうして僕の道を阻む? 君にとってはどうでもよくとも、僕にとってアレは唯一の奇跡なんだ」

「……君は。一体そんな知識を()から教わった? 一人で得た結論ではなさそうだ」

「黙れ! 今質問をしているのは――僕の方だ!」


 自動人形が叫ぶ。纏う燕尾服が内側から裂くように破れると、中から見せるのは淡く光を灯した合金製の肉体だ。


 その特殊な輝きは、現在都市にて研究中の()()を掛け合せた特殊材質で出来たものだ。まだ解明されていない灰や能力と並ぶ神秘の一つ――ということは、前回と同じ対処ではいけないということ。


「ああもう渡してくれなくともいい、君を殺して僕が直接取りに行く」

 その目が歪に発光するのを見、ランシードは片手を二人の前に差し出す。

「全く……二人とも、少し下がってくれ」

「――わかったわ」


 ランシードは返答を待たずして後ろ手に構えた刃を振り抜くと、間髪入れずに自動人形の首筋へそれを突き立てた。がいん、と火花を散らして刃が合金に深く抉り込む。

 だが切断には至らない。


「前のように行くとは思うなよ、この女風情が」

「君に性別を問われるとは思わなかったが、そうかい。確かに厄介ではあるね」


 刃を引き抜いた傍から首筋の組織が自己修復を始めていた。

 まるで生きている細胞のように蠢き、肉を繋ぎ合わせるよう元に戻っていく。


「大人しく、死ね!」


 自動人形はランシードへ踏み込み、右腕部を貫手に固定して反撃してくる。

 それを重心の移動で丁寧に躱しつつ、牽制も兼ねて高速で同じ箇所を二度斬りつけた。


「……ふむ」


 かきん。

 火花を散らして刃先が欠けるのを確認し、ランシードは一度自動人形から距離を離す選択を取った。

 このまま続けた場合、先に己の得物が壊れる結末が見えたからだ。


「何度やっても無駄だ」

「そりゃあ、こっちは一般普及されているナイフだからね」


 人間を相手取るには全く不足のない装備なのだが、オーバーテクノロジーを組み込む全身装甲に歯が立つはずもない。

 ランシードはナイフを背後に放り投げると、右手の五指を握りしめた。


「私の本業は対人を相手にするものでね、本来君のような化物と戦う想定で仕事はしていないのだが」

「それが分かっているのならば諦めて僕に殺されろ!」

「何か勘違いしているようだけど――私が武器を捨てたなら、せいぜい気を付けるといい」


 じゅう、と。

 吐き捨てるランシードの足元に白煙が立った。


「想定していないとは言ったが、戦えないわけではないのだよ」


 宣言した直後、足元の白煙が全身にも回り出す。

 そして空気中の水分がしゅうと蒸発を始め、視認できるほどの白煙がランシードの周りを薄く漂い始めた。体内の水分が蒸発することによって水蒸気が生まれ――僅かに肌を上気させたランシードの眼光が、自動人形を射抜く。


「体温が急激に上昇している……? 何の()()だ」

「まさか、私のこれは能力というほどではない。君が記録媒体(データベース)を漁ったところで何も出て来やしないよ」


 たん、と一歩目を踏み出したランシードが自動人形の眼前に到達していた。


 僅かな白煙を伴い、拳が自動人形の胸部装甲を貫く。

 その速度はユラギが雷で加速した時のそれに酷似しているが――真実はそうではない。

 むしろ、ユラギが放ったアレこそが()()()()()()()()を真似して生まれた技であり――。

「な、が……ッ!」

 原理こそ違えど、そこから生み出される結果は同じ破壊を齎す一撃必殺だ。


 穿たれた拳は胸部の中心部に窪みを生み、自動人形は後方へと大きく体勢を崩される。

 そこに追撃の拳を、ダメ押しとばかりに真上から振り下ろした。


 開いた窪みを容赦なく拳が抉り、胸部の外部装甲が破砕する。

 自動人形は抵抗せんと両腕でガードを行うが、ランシードはその上から更なる打撃を叩き込んだ。


 背中が通路の床にめり込み、あまりの衝撃で床の形が変わっていく。


「やめろ――ぐっ、が、がぁっ!」


 がしゃん、機械の身体がびくりと痙攣した。

 跳ねた身体が波打ち胸部の部品が粉々になって体外へ吐き出されると、自動人形は仰向けのまま静止する。

 挙動の可笑しな眼球が何度かランシードに焦点を合わせ口をぱくぱくと動かしていたが、それもすぐに止んだ。どうやら肉体の損傷が一定値を超えたため、意識に回していた分を切断して一時的な機能停止状態へと入ったようだ。

 修復しようと蠢く箇所を蹴り潰して再起不能にし、ランシードは吐き捨てる。


「言ったろう。気を付けろと」


 自動人形が自己修復機能を備えているのならば、それを超える傷を与えれば倒すことが出来る。

 最初にナイフで与えた傷でそうランシードは判断し――自動人形が相手を舐めている内に畳みかけ、胸部の動力源を力押しで叩き壊したのだ。

 仮に胸部になければ、別の箇所を探して破壊したまでに過ぎない。


「ふぅ――」


 ランシードは空いた口腔から深く白煙を吐き出し、自動人形の胸部から拳を抜く。

 何らかの溶液がねっとり拳に付着したのを嘆きつつ腕を振って払い、背後の二人へと声を掛けた。


「――終わったよ。出てきていい」


 その肉体からは徐々に白煙が収まっていき、上気していた肌も元に戻り始めていた。ランシードはねばついていない方の手で胸を押さえつつ、深呼吸を入れる。


「だ、大丈夫……なの?」


 曲がり角の影から出てきたアンテリアーゼは心配してそう言うが、ランシードは静かに首を振る。


「問題ないよ。相手が特殊であったからね、念のため本気を出すことにしたのさ」

「――これ、鋼に()()を組み合わせた合金製よ? それを素手で壊すだなんて……」


 驚嘆するアンテリアーゼは今や残骸と化す自動人形へ視線をやる。


 修復機能が途絶えて完全に停止しているが、その残骸ですらも貴重な価値が付けられるほどその自動人形は特殊な造りをしていた。

 定めた法が無視されているのは一旦度外視して、あの自動人形の完成度は他にはない特別なものを秘めている。


 人と遜色ない感情を持っている上に、未だに未知へ片足を突っ込んでいる()()を用いた合金製の身体。()()()()()()()()()()()()()()()()ものに、更に自己修復プログラムまで備えている精緻且つ完全な設計。

 一体何を想定してこんなものを造ったのか――。


「さて……これで最早、貴族の裏などを取る必要はなくなったと言えようか」


 貴族の姿はどこにも見えないが、先んじて襲撃してきたというのなら話は変わってくる。

 ユラギの方にも恐らくは()()と同型の自動人形が接触を図っているはずだ。そう考えるのは至極単純――ユラギほどの使い手を止めるなら、その程度の駒を打たなければ足止めなど出来ない。


「問題はその貴族がどこへ消えてしまったのか、ということだけれど」


 貴族は間違いなく客間に案内されている。

 そこから出ている姿は誰も見ていない。

 当然、部屋の前で張っていたランシードもその姿を見ていない、ということは普通の脱出方法を取ったわけではないことまで分かる。


 つまり逃げられてしまったものはどうしようもないのだ。

 ならば今から思考するべきはどうやって逃げたのかではなく、何故逃げたのか、何故襲ったのか。


 そして実際に逃走が可能だったなら、その手段は事前に用意していたと考えるのが自然だろう。

 襲撃の事実をそこに組み込むと、向こうの狙いは自ずと判明する。


 ――誘い込んだのだ。アンテリアーゼ達ではなく、《便利屋アリシード》を。

 これは撒き餌にアンテリアーゼ達を配置し、ランシードとユラギを依頼と言う鎖で逃げられないように縛り始末するための罠。


 発案元が誰か掴めるわけではないが、実行犯の《自動人形》が原因であるのは言うまでもなく。

 恐らくそれは、自動人形と対面するユラギも勘付いているだろう。


「道理で依頼が不自然だったわけだね。知っていたとしても受けないと言う手はなかったが……」


 そうしなかった場合は、それはそれで()()()()()()()が無事では済まなかったということになるのだから。


 ランシードとしては、先方の罠に引っ掛かることで新たな情報を探り出せるならば多少の危険に足を踏み入れるのは吝かではない。

 だがそれは――自身に絶対的な自信と自負があるランシード()()の感覚でしかないわけで。


 昔はそれでよかった。失うものは何もなかったから。

 今まではそれだけの事を行うのに躊躇いなど欠片もなかった。

 だが、今は。


「……でも彼、喜んで頷いてしまいそうだ……でも、そうじゃない。そこに甘えちゃいけないのは、分かっている」


 いついかなる時でも一つ返事でランシードに着いてきてしまうのがユラギという男だった。

 ――彼の本心ではあろう。けれど、それが彼の〝すべて〟ではない。


「ねぇ、ランシード……さん?」

「ああ、いや済まないね。少し考え事をしていた」

「――まだ、()()は終わっていないわ」


 アンテリアーゼが指を差した先、そこにはぴくりとも動かない自動人形の姿がある。

 溶液を垂れ流しに力なく横たわったそれに、何ら危険は感じない。


「《機械技師》としての目で判断するなら、アレはまだ〝動かせる〟。彼自身の操作では動かないでしょうけれど――外部からの遠隔操作なら」


 ぎぎ、ぎぎぎ。

 完全に打ち倒したはずの残骸が、突然機械的な音を発して駆動を再開した。動力源は壊したはずなのに何故と睨んだランシードの横、アンテリア―ゼは険しい表情で続けた。


「しかも、外から操作しているんだとしたら――己の身体なんてものの是非は問わないでしょうよ」

「つまり……そういうわけかい」


 彼女の言の通り、残骸は溶液を垂れ流しながら再び立ち上がる。自己修復はされておらず、胸部から溶液を零しながら、ソイツはランシードの位置に眼球を動かしてくる。


 ぎぎ、と不快な機械の駆動音が鳴り響いていた。

 まるで泣いているかのように響く、悲鳴めいた金属の擦過音が。


「――ええ、リミッターが外れてる。今のアレは、完全に自壊するまで私達を狙ってくるわよ」

 久々に小説というものを書く気がして、少し慣れない感じがします。

 こう、どうやって繋げようみたいなのが前よりすらすらと行かなくてリハビリみたいな。


 後、予想以上に上手い感じに切ることが敵わなかったのでちょっと長くなってしまいました。

 プロットではこの話でこの依頼終わってるんですがなんなんでしょうね、次の話まで普通にもつれこみました。

 と、いうわけで更新再開します。

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