幕間② 何処かの屋敷にて
そこは古き良き日本庭園が垣間見える屋敷だった。ときおり鹿威しが子気味いい音を立て、薄暗い座敷には木漏れ日がほどよく射している。そんな心地の良い空間では、一人の女性による芝居じみた武勇伝が語られていた。
観客は和服に身を包んだ三名。しかし、その面々の顔つきは時が経つごとに険しさに磨きがかかっている。その形相と威圧感のせいで、周囲の気温が一回りも下がるような錯覚を覚えるほどだ。
そして、この雰囲気の元凶... 周囲の顔色などは全く意に介さない巫女服が語る話は、武道館での大立ち回りについて。そうして、語り手だった巫女服の女性はその武勇伝を締めくくる。
「.....と言ったことがありました」
場が静寂に支配されるが、それを破ったのは上座に座る袴姿の男だった。また、呼応するように巫女服も声を張り上げる。
「バカモンがぁッ! 秘密裏にって言葉を知らんのかお前は!」
「何ですか! その言い方は!」
「かの覇王との取引でしか入手できない貴重品を使った挙句、格下であるはずの者に敗北したヤツを、バカモンと呼ばずに何と呼ぶ!」
「むぅ...」
黙ってしまった巫女服の女性に変わって、今度は利発そうな女性が話に割って入った。
「司馬殿、発言をお許しください。この度の件は私が事を伝えたのが発端... 私が仲裁を務めましょう」
「いや、君は良くやってくれた。個人的には感謝してもし足りないくらいだよ」
「光栄です」
そうして、口撃の先は再び巫女服に向けられた。
「私もあの試合.... 死合? を見させてもらった。あんなのの片割れが自分を手中に収めようと暗躍しているなんて聞いたら、夜もおちおち眠れんだろうが!」
「あんなのって、酷くないですか?」
「宗伯様、自業自得かと...」
「公衆の面前で御業をポンポコ出す女に、宗伯の位は過分だったかな? かつてのケツ持ちをした自分を後悔しているよ」
「いやぁ... 司馬殿に言われると、本当に危うい気がするんです。やめてくださいお願いします!」
座布団の上で華麗な土下座を披露しつつも、上目使いは忘れないという高度な技術を駆使する巫女服の女性。しかし、その謝意はその場の全員にとって何の意味もない物なのか、他の面々が著しい反応を示すことは無かった。
「....................」
「美琴も何とか言って!」
「私のような武家のしがない一兵卒が、直属の上官たる大司馬に意見するなど... とてもとても」
「裏切ったわね!」
巫女服の態度はふざけているようにも見えるが、対外に向けた堂々たる態度に比べれば、その態度はまるで肉親に駄々をこねる子供のようなものだった。そうして一通りの説教が終わると、司馬と呼ばれた男が声色を和らげて話を始める。
「とにかく、彼の情報は全て秘匿する。決して他に気取られてはならん」
「世界の危機を前に甘ちゃんね」
ふてくされたように口を挟む巫女服に、男は毅然とした態度で言葉を続ける。
「本家は全ての御技を継いでいるので、心配には及ばんよ。それに、御業の扱いは一朝一夕で身につくような物ではない。それは貴様が一番良く分かっているだろう?」
「まぁそうね。それに、今の状況で内輪もめの火種を作るなんて、面倒なことこの上ないってのもあるわ。でも、彼は探索者らしいわよ? 死ぬ時はあっさりと死んでしまうわ」
「であれば、謝罪の意として本家の神器を与えれば良い」
「......よろしいので?」
その言葉に反応して、利発そうな女性は男へと疑問を投げかけた。しかし、男はさも当然のように、そして自嘲するような口調で根拠を述べる。
「元より本家の物ではないのだ。持つべき者が持つだけに過ぎん。それに.... 私は二度も、彼の大難に手を差し伸べられなかった。このまま座視しては、お天道様に顔向けできんよ」
そこで彼は手を一つ叩き、言葉で話を締めくくる。
「ま、今回の件は私が我が儘を言った結果だ。多少の.... いや、多少ではないが、宗伯に責を問うこともしない。あと、動いてくれた三人には報酬も支払う。何かあれば今回の事を貸しとして頼ってくれてもいい」
「流石大司馬、太っ腹ぁ!」
「貴様には貸し無しだ。今回の隠蔽にどれだけの苦労を掛けたと思っている? 報酬だけで満足しておけ」
「けちぃ」
見事な手のひら返しをする巫女服は、わざとらしいく畳を踏み鳴らしながら和室を後にしようとする。そこへ向かって、男は最後に言葉を掛けた。
「来たる厄災の日に備え、準備を怠るなよ」
「わかってるわよ!」
その場には上座の男と、利発そうな女性。加えてこの集まりで一言も発していない、市女笠を室内でもかぶり続けている女性が残される。
「さて、騒がしいのも居なくなったところで、二人にはまだ頼みが残っている。しばし聞いてくれ」
「司馬殿。頼みなどとは言わず、命令して頂ければ喜んで任に就かせていただきます」
「いや、これは私個人からの頼みだからな。受け取れるものは受け取っておけ。それに、口止め料でもあるからな」
「....承知しました」
男は二人の座する下段を見据え、改めて依頼を口にする。
「御剣には、先ほども言った謝意を引き渡す橋渡しをしてもらいたい。神器でも何でも、かの家の秘庫にある物であれば、どれを渡して構わない。卿さえ良ければ、秘技を教えるのでも良い」
「了解しました」
そう言って利発そうな女性は部屋を離れ、男は最後に市女笠の女性へと声をかける。
「卿には、彼の心象を見てきてほしい。変に歪んでいないか... それだけだ。触媒になる物品はこちらで手配しよう」
その言葉を聞き、市女笠の女性も一礼をして部屋を後にした。宴会でも開けそうなくらいに広い和室には、上座に座る男のみが残される。そして、彼はそこには居ない何者かへと、まるで自戒するように言葉を吐く。
「.......私は人道と大義を秤にかけて、大義をとった外道だ。本当ならば、このようなことを宣うことすら烏滸がましいのだがな... 故人との約束くらいは、果たさねばなるまい」
その言葉を最後に、男もまた部屋を後にした。
リアクション 喜び Lv.1
ブックマーク 喜び Lv.2
評価 喜び Lv.3
感想 歓喜
レビュー 狂喜乱舞
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作者の反応
ここで三章は終了で、四章からは本格的に物語を動かしていこうと思います。




