120 三匹の探索者
長くなっちまった
力を持つ者は、否が応でも争いの火種になるとはキングの言だ。
俺自身しかり、キングしかり、大吾しかり。たしかに力を得た者は他者を引き寄せる力... 言ってしまえば、虫が群がる蛍光灯のような性質を持っているような気がする。
だからこそ、俺のような存在が身軽にプラプラしているのは危なっかしい。そのことが最近の出来事でよーく理解できた。先生(怪)がこちらに手を出さないとか言っていたが、あんまり信用できないし。加えて言えば、俺を嗅ぎまわっていたのは巫女だし、百武さんのニュアンス的に高天原内にも派閥がありそうだったからな。今でも信用できる後ろ盾を得ることは急務だ。
「よし、やっぱり八重樫さんの誘いに乗っかろう」
周囲を固めるのに、クランほど便利なものはない。少なくともこの時代、そして俺にとっては。
クランというのは一種の法人であり、その実態は派遣会社に近い。そして、武力集団でもあるために存在するだけで抑止力になり得る。キングの率いる ” クラウン ” というクランが良い例だ。
一国を火の海に変える個人にだって弱点は多くある.... らしい。しかし、その弱点は彼の組織したクランによって補われているんだとか。武力、財力、権力.... その全てを高水準で満たすからこそ、クラウンは探索者の頂点であり、キングは探索者の象徴足り得るのだ。
そして、俺はその探索者の頂点に追随する有力クランの一つ、極東の名前を使う許可は得られた。それをうまいこと扱えれば、クランとしての土台をいち早く固められるだろう。
「あとは、そのことをどう取り繕うかだが....」
八重樫さんのクランに乗っかるとして、それだとどう転んでもあの人を巻き込んでしまう。しかし、俺が一人でクランを立ち上げるというのも難しい。であれば、腹を割って現状を伝えて、よく吟味してもらうべきだろう。
断られたら、その時はその時だ。
そうして俺は、クランの創設を手伝いたいこと。そして、その件で話したいことがあるという旨をメールに認めて送信した。
◇ 翌日
すぐに会いましょうという返信を受け取った俺は、翌日の放課後にダンジョン近くの喫茶店に訪れていた。
そこはオシャンティーな喫茶店で、ドアを開けると少し薄暗く、コーヒーの風味が漂う空間が広がっている。そうして少し周囲を見渡していると、何かを言う前に往年の店員さんが案内をしてくれた。案内されたのは他の客からは死角になりやすい奥まったブース。そして、対面の席には八重樫さんが待ち構えており、右側の奥には因幡さんがチョコンと座っていた。
八重樫さんは優雅に茶をしばいており、因幡さんはミルクティーをちびちびと飲んでいる。なので俺も、店員さんに紅茶を一杯注文した。
「八重樫さんに、因幡さんも、お久しぶりです」
「えぇ、久しぶりですね」
「先生! 久しぶりです!」
軽い挨拶と世間話をしつつも、話題は徐々に本題へと向かっていく。
「それで、今回はクランへの参加を受けてくれるとのことでしたが...」
「はい。しかし、少々問題がありまして」
「なるほど。詳しく話してもらえますか?」
「はい」
そうして俺は、自身の持つ能力が高天原に狙われていること。そして、その対抗策として他クランの後見を得られるということを話した。
「高天原... それは厄介ですねぇ。詳細は不明な部分が多いクランですが、日本を代表する三クランの一つです。聞いたところによると、人材確保に貪欲だという噂が絶えない。確かにこれは、デカい爆弾です...」
「はい」
「では、その後見というのは?」
「はい。極東というクランに後ろ盾になってもらう許可は取ってあります」
「「......!?」」
初めに極東についてを教えてくれた八重樫さんはともかく、因幡さんまで驚くほどに極東は有名になっているようだ。たしか、そろそろ大吾のことを発表するんだっけ?
「失礼ですが、それは本当ですか?」
「はい。ちなみに、私はもともと迷宮遭難者で、ライセンスの明記は現在の探索者特区・茨城の土浦ダンジョンとなっている場所です」
「つまりは、伝手があったということですね?」
「その通りです」
「ふぅぅぅぅぅぅ.... マジですかぁ」
現在の探索者界隈のクランという物はブルーオーシャンだ。しかし、英傑が在籍するクランに英傑の在籍しないクランが追い付けることはない。事実として日本を代表する三クランは、大吾の極東、巫女の高天原、そして国営というアドバンテージがある新撰組だったりする。
八重樫さんは多分だが、俺を広告塔として起用する腹つもりだったのだろう。30階層の特異個体を単独撃破し、更に回復能力まで見せてしまったのだ。少なくとも英傑入りしているだろうとの予想は簡単にできる。だが、俺としてはあまり大っぴらに自身の強さを誇示するのは避けたいのだ。隠者であることがバレるリスクが上がってしまう。
なので、俺は英傑などとは次元の違うリターンを提示したってわけ。端的に言えば、世界屈指のクランのサポートだ。無名な俺をわざわざ広告塔にするより何千倍も効果があると思うだろうし、極東の代表者が世界三位だという事実を知らないとしてもオイシイ話のはず。
そうして、沈黙で満たされた雰囲気を八重樫さんの一言が破った。
「正直に言って、信じがたいです。しかし、事実だった場合は逃した魚は大きいどころの話ではない.... そして、私としても早川さんには恩がありますからね。ここはひとつ、信じてみましょう」
「じゃあ、私たち三人でクラン結成ってことですか!?」
「そうですね。クラン結成は代表者がAランク以上かつ、メンバーが三人以上という規定ですから。これで結成が可能になりました」
「おぉ」
クラン結成を宣言した八重樫さんは、横に置いていたカバンからバインダーを取り出した。そして、開かれたバインダーには一枚の用紙が入っている。
「このクラン申請書を組合の窓口に提出することでクランが結成出来ます。ということで... まずは、この空欄を埋めていきましょうか」
そう言って彼が指したのは、クラン名・事業目的・役員構成の三つだった。なんか本格的だな。いや、本格的なんだけれども。ちょっと現実的過ぎて夢が損なわれるような... ないような? そんな気がする。
「書類のひな型は組合でも公開されているので、それを流用していく形で済みます。なので、今決めるべきはクラン名と、役員構成ですね。まずはそこから話していきましょうか」
「はい! どんな役員があるんですか?」
「まずはクランリーダーとも呼ばれる代表取締役。次に各部門.... クランの場合は探索者の実働隊を取りまとめたり、実働隊の装備や回復などの支援を行ったり、そんな部門それぞれの管理職です。幹部という名前で呼ばれることが多いみたいですね。我々の場合はまだ三人なので、一人の代表を決定して、あとは幹部に割り振るという形がいいでしょう」
「「なるほど...」」
昨日の郡山さんが言っていた広報部のように、クランにも会社のような役職があるということだな。しかし、俺は管理職のような人を使う経験など無いし... そもそもが学生なので、夏休み以降はそこまでクランの活動をできなくなるだろう。もちろん尽力するつもりではあるのだが、拘束時間が多いのは余りよろしくない。
「俺はそこまで大層な役職でなくても... 経験もないので」
「早川君、地位が人を作るんです。経験っていうのは、誰しもがゼロから積み上げていくものなんです」
「いえ、単純にまだ学生なので...」
「え? あ....」
忘れてたなこの人.... あれ? 俺は未成年とは言ったが、学生とは言ってなかったっけ? .....いや、言ったな。多分。
「ま... まあ、学生でも就任登記は出来ますし、問題はないでしょう!」
その問題以降は話もとんとん拍子で進み、クランリーダーは満場一致で八重樫さんで、ついでに管理部門も兼任するとのこと。次に因幡さんが探索部門の幹部となり、俺は暫定で支援部門の幹部となった。支援部門とはダンジョン外での活動をメインとする部署で、クランメンバーの装備点検や負傷の回復を行うらしい。
軽く個々人の持つスキルの割合を紙に書き出した結果、他二人が探索特化に対して俺のスキル構成は生産や衛生に力を入れている探索者に寄っていたことが、この抜擢の理由だ。
「とはいっても、まだ社員数3名の零細企業以下ですしね。仰々しい役職を付けましたけど、ある程度安定して規模を拡大するまでは全員が何でも屋みたいなものですよ」
そう言って、八重樫さんは書面の欄を埋めていった。そして次は、事業目的なのだが...
「これは定型文で十分ですね」
彼はそう言って話を打ち切った。なんでも、この欄は基本的に業務内容の羅列だけであり、新たな事業を始めるたびに書き足す必要があるらしい。なので、後回しでも大丈夫とのこと。
「では最後に... クランの名前を決めましょうか」
「一番大事ですね...」
「正直に言って、これが一番の本題ですね。他の諸々は未だクラン黎明期なのもあって柔軟な対応が求められますから、結局は専門の税理士や弁護士に丸投げしますし。その点、クランの看板となる名前はポンポンと変えられません」
そう言いながら、八重樫さんは付箋をその場の三人に一枚づつ配っていく。
「ここに一人一つ、クラン名のアイデアを書いて投票しましょう。投票前にはその由来や意味を説明する時間も必要ですね」
三人は黙々と、付箋に文字を書いては消してを繰り返す。そして、10分ほどで三人の付箋が出そろった。
「ではまず私から行かせてもらいます!」
勢いよく言った因幡さんは、その手の付箋を両者に見えるように机の真ん中に張り付けた。
「私は”三日月”が良いと思います! 理由は、まず三人で立ち上げたので三の数字が入っているのと、他にも新たな始まりとか、あとは成長っていう意味があったりします!」
俺と八重樫さんは唸った。特に俺は、意外にも色々な意味を名前に盛り込んでいた因幡さんに感心していた。俺、そんなに意味とか気にしていなかったんだけど。
「では次は俺が... そこまで深い意味はないんですが、ブレイクスルーってのはどうでしょうか? 意味は文字通り、困難を突破する... みたいな感じです」
二人の反応はまずまずといったところ。そして、次は八重樫さんの番だ。
「では最後に私のアイデアを.... これです」
そう言って机の中央に張り付けられた付箋には、達筆な文字で「三矢の教え」と書かれていた。
「聞き覚えもあると思いますが、これはかの毛利元就が残した格言です。三本の矢が集まれば折れることは無い... といった意味で、私たち三人だったり、あとは役員として管理部門と支援部門と探索部門の三部署を作りましたよね? そこにも因んでみたりしました。あとは、ちょっとした社訓にも良い言葉だなと、そう思って提案した次第です」
なるほど。古風だが、しっくりくる名前だ。そうして三人のアイデアを吟味したうえで、投票が行われた。ルールは自分以外に一票を入れ、二票を取ったアイデアを採用という形。そうして採用されたのは...
「では、私の ” 三矢の教え ” をクランの名前として登記します」
「これで終わりなんですか?」
「ええ、あとは知り合いの税理士に投げれば登記申請まで代行してもらえます」
おおふ、思ったよりも丸投げだな。まぁ、専門家に頼った方が良いのは確かか。
「では、一週間もしないうちに詳細な資料を送ります。絶対に、読んでくださいね」
「「分かりました」」
最後に「会計は払っておきます」という言葉をさらっと残して、八重樫さんは喫茶店を後にした。
リアクション 喜び Lv.1
ブックマーク 喜び Lv.2
評価 喜び Lv.3
感想 歓喜
レビュー 狂喜乱舞
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