116 ハニートラップはお断り?
このエピソードの後書きには挿絵があります。
自分で世界観をイメージしてみるのが小説の醍醐味の一つだと思うので、イメージと違うみたいなことを避けたい人は、ページ右上の『表示調整』から、
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いつの間にか連載開始から二年を超えて驚き。
週初めの学校という物は、どこでも少しどんよりした雰囲気があると思う。しかし、今日だけは違うようだ。
俺は一番後ろの席に座っているため、クラスの全体が良く見渡せる。そして、クラスメイトの大半は意気揚々と、一昨日の泥仕合についてを熱く語り合っていた。
朝のチャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。そうして点呼を終えるが、その喧騒は鳴りを潜めなかった。
「はい! 興奮するのも分かりますが、皆さんは学生としての本分を忘れてはいけませんよ! 夏休みまで残り一週間を切っていますし、安全第一で一学期を駆け抜けましょう!」
その一括で朝のHRは締めくくられた。そして次は数学... 数学的帰納法ってなんだよ。呪文か? どうも某龍の玉を集めるバトル漫画の魔貫光殺法に響きが似ている気がするな。
そんなことを考えているうちに、例の実技の時間がやって来た。手早く大学棟の方へと行き、体操服に着替えておく。今日はどうやら体育館を二つに分けて使うそうで、ネットで仕切られた反対側には弓を持った体操着姿の一団が待機している。
待っていると授業開始のチャイムが鳴り、御剣先生が姿を現した。
「.....」
あの人には色々と借りがある。勝手にレベルを測られたり、巫女に情報をリークされたり。そのせいで一昨日は散々な目にあったし、色々と考えることが増えてしまった。
正直言ってかなりムカついているので、眼力を込めて先生を凝視する。これは大吾軍団の一人である村田さんが教えてくれた、威圧感を相手に与えるメンチの切り方だ。
「.................................................」
「...ッ!?」
不意に先生と目が合うと、明らかに動揺して目を逸らした。
...ちょっと大人げなかったな。いや、高レベルげなかったか? まぁ、気は済んだのでいいか。
「....では模擬戦を始めるので、ペアを組んでくれ」
そうして周囲はペアを組み始める。今日は欠席もいないので、俺一人が余ることはわかっていた。必然的に先生と組むことになるだろうと思っていると、案の定、先生は遠慮がちにこちらへと歩み寄って来た。
「あー... その、うん。よろしくね?」
「....ソウデスネ~」
先生は「やっぱり....」とでも言うような表情をした後に、か細い声でこう続けた。
「....ごめんなさい」
「..........なにがですか?」
一呼吸おいて、先生は護符のような物をポケットから取り出した。取り敢えず... こちらもポケットに突っ込んだ手で【格納庫】を開き、中の龍血の聖骸布を握っておく。これで【破魔】は発動するので、何かされても大丈夫という寸法だ。
そうして身構えていると、周囲の一メートルほどが魔力の壁で包まれていく。どうにも身に覚えがあるな... これはアレだ。この前に巫女と神社で相対した時の結界。つまりは、周囲からの認識を別の場所に移す効果がある。ってことは、これからするのは内緒話かな?
スキルによる監視の目もあるかもしれないので、ちょいと俺からも... 【空間封鎖】と。
そんな小細工をしていると、先生は口を開いた。
「まずは謝罪を。一昨日の件は既に知っていると思うので割愛しますが、その発端となったのは私が貴方についてを伝えてしまったからです。申し訳ありません」
「はい」
「貴方に関する情報の全てを、ある御方が隠蔽することを決定したため、こちらからあなたに不用意な干渉を行うことはありません。それと、謝罪の意を込めてのお詫びの品を渡しましょう」
「えぇ?」
はっきり言って、胡散臭い。確かに俺は色々と心労を溜めたが、あちらの知る限りではそんな慰謝料を貰う程の実害が出たわけではない。強いて言うなら誤情報がクラスで蔓延している件についてだが、そのことを先生が把握している様子はないし。そんな中でお詫びの品をくれるって... 何か企んでいるのか?
いや、でも俺がアネモイやバロムのような存在と通じていることをあちらが知っている時点で、機嫌を損ねて暴れられると大惨事になると思っている可能性もあるか。
でも、隠蔽するってなんだよ。それに、ある御方って? 訳が分からない。
そんなことを考えつつ、俺は怪訝な表情で先生を見やる。すると、彼女はとんでもないことを言い出した。
「そんな... 私は確かに清い身ですが、許すのは私よりも強い剣士だけと決めているので... それ以外に...」
「いや! 美人は間に合ってるんで!」
俺は反射的に、被せるようにそんな言葉を放った。
一応弁明しておくと、俺... 一回痛い目見てるからね。これでも健全な男の子だったから。ダンジョンに居たころ色々あって、アネモイにゴールデンボールをクラッシュされたんだ。それに、多分今も見られてると思うの。
俺は脳内で支離滅裂な言い訳を並べるが、口に出せない時点で先の失言が覆るわけはない。
そして、先生からすれば俺の発言は歴戦の猛者のソレだったんだろう。頬を赤くして、「最近の子はすすんでいるのね...」などと口走っている。いや、違うから。俺はさくらん坊だから。
「.....とにかく、そういうのは結構なので」
「えっと... では、私の修めている剣術を指導するというのではどうですか?」
「・・・」
ちょっと興味がある。具体的には、この前の模擬戦で俺を気絶に追い込んだ技についてだ。どうせ武器とかアイテムとかは低ランクの物だろうが、技術に関しては役に立つだろう。無料でもらえるなら、貰っておくのもアリか?
俺が黙ると、先生はこれを好機と捉えて更に言葉を続ける。
「この技は人間の人体構造と闘気の関係を軸にした武術で、闘気の消費を無しに様々な攻撃を繰り出せるようになるんです。本来は他人に教えちゃいけないんですが、今回は特別に教えられますよ?」
「......では、それで手を打ちましょう」
俺は折れた。先生の勢いが何かしら貰わないと収まらなさそうだったというのもあるが、未来に攻めてくるという軍勢に対抗するためにも、様々な技術を会得しておいて損はない。なにせ、俺自身は既に成長限界に達しているせいで、これ以上の爆発的な成長が不可能だし。
決して、美人なお姉さんに個人レッスンしてもらいたいからではない。
そうして話しがついたので、周囲に展開した結界が解除されていく。俺も【空間封鎖】を解除しておき、これからは普通の模擬戦を始めることになった。
本来は他人に教えられないと言っていたとおり、こんな人目が多い場所では教えられないらしい。だが、こちらとしても好都合だ。前回みたいに容易く屠れると思うなよ? 今回の俺は本気だからな!
うん。自分でも思うが、俺は結構負けず嫌いだったらしい。
結果、俺は一度も攻撃を喰らわずに先生から一本を奪取した。前回は剣を五回ほど打ち合っただけで終わってしまったからな。これでその借りは返した。




