114 クランを作ろう
長くなっちまった
昨日からつけ置きしていたタッパーを洗いながら、俺はぼんやりと考える。
戦争だのなんだのという話は整理できた。であれば次は俺の個人的な危機、現状の日本で二大巨頭となっている高天原に目を付けられているという大問題について.... とは言っても、どうすればいいのかは全く分からないんだよなぁ。
いや、どうしろと?
まず高天原の言い分は、俺の持つ力... アネモイやバロムを戦力として、人類を守るための盾になってほしいというものだ。
うん。 胡散臭すぎて鼻がもげそう。
巫女の「種の存続をかけた戦争が始まる」という言葉が真実であるのは、アネモイの証言からも確かなことだ。しかし、高天原という組織が本当に世界を守るために戦力を集めているのかは分からない。
絶対契約書が無効化されていた時点で、巫女の発言の信憑性は地に落ちている。それに加えて、人の情報を裏でコソコソと嗅ぎまわったり、挙句の果てには百武さんに情報を吐かせようとしてきた奴らを、そう簡単に信じることは出来ないのは当然だ。
そのくせ、自主的な協力を取り付けられるのが最良だからって.... どの口が言ってんの? って感じ。
はー..... こんちくしょうめ。
まぁとにもかくにも、今俺はいち早く高天原が俺に手を出してこないようにする方法を確立しなければならない。高天原が探索者組合の上部組織である時点で、あちらが俺の個人情報を入手するのは時間の問題だ。最悪の場合は、社会的に抹殺されたりなんてこともあり得る。その前に、どうにかして俺に手を出せなくなる後ろ盾か何かを用意するべきだろう。
と.... ここまでが、巫女が去った後に俺と百武さんで話し合った結果だった。しかし、その具体的な手段についての結論は未だに出ていない。
選択肢としては...
① 隠者であることを世間に大開示して、EXランクに昇格
② キングのクランに所属
③ 百武さん直属の組合探索者になる
といった三つが、あるにはある。
①は最も高天原からの干渉を跳ね除けられる選択肢ではあるのだが、キング以上の強さを持つ存在を世間が放っておくはずがない。普通に論外だ。
そして②は... クラン制度の内容的に住所をアメリカに移す必要があるらしいので、俺的には遠慮したい。
最後の③の選択肢はというと.... 今も百武さん個人の権限でAランクの特殊探索者として登録されている訳だが、それを更に専属という形にするという事らしい。しかし、ある程度の牽制は可能だが、高天原自体が探索者組合の上部組織なのもあって逆効果の可能性があるとのこと。
うーん... 俺の視野が狭いだけかもしれないが、それくらいしか解決策は無いようにも思えるな。
と... そんな風に洗い物をしつつ思考を巡らせていたが、結局はこの状況を打開できる妙案も、自分自身が納得できる妥協案も浮かんでこないままで、洗い物が終わってしまった。
「......ん?」
そうしてタッパーの水気を拭いていると、不意にまぶしい光が目を射した。
その光源は、キッチンから見えるリビングの棚上。この前にキングから貰っていた透明な通信結晶が、日光を浴びて輝いていたようだ。
「相談.... するか」
時差的に見ても、今ならアメリカは午後五時くらい。キングがどれくらい多忙なのかは分からないが、この時間ならば失礼にならないと思う、多分。
タオルで手を拭いた後に棚上から取った結晶を握ると、淡い光と共に振動が伝わってくるのが感じられる。そして、10秒程で通信は繋がった。
「あー テステス... おうマコト! 一ヶ月ぶりくらいか? 久しぶりに話せて嬉しいが、何かあったりしたのか?」
「うん、久しぶり。時間大丈夫だった?」
「ちょうど今日は休みだったし、相談とかなら何時でも大歓迎さ」
「そっか、じゃあ早速なんだけど....
5分かそこら、たっぷりと時間をかけて、俺は昨日の出来事をかいつまんでキングに話していく。彼は相槌を打ちながら話を聞いており、一通り聞き終わってから口を開いた。
「初めになんだが... 申し訳ない。まさかそんな風に絶対契約書を悪用するとは思わなくて、円卓のメンバーには高額で売っちまってたんだ」
「いや、そこに関しては別にいいよ。対処法も分かったし、結局は解決できたしな」
「ありがたい。それじゃ、ここからが俺のアイデアなんだが....」
そして、一息を置いてキングは本題に入る。すると出てきた意見は、俺の思い浮かばなかった第四の選択肢だった。
「色々と不可解な点は多いが... 一旦置いておこう。取り敢えず... マコトの希望を全て叶えるのであれば、”自分のクランを作る”ってのがいいと思うな」
「詳しく」
「正確に言えば、ダイゴの極東にマコトのクランの後ろ盾になってもらうんだ。そして、俺は別方面から高天原に圧力をかけるってわけ」
キングの話によると、最近は国の主要ダンジョンから遠い所に本拠地を持つ大規模クランが、主要ダンジョンを本拠地とする中小クランと手を組んで勢力を作るっていうパターンが増えてきてるらしい。言うなれば投資プラス業務提携みたいな。
そして、キングの言う策とは、その波に乗って極東という高天原に匹敵するクランを後ろ盾に据えようというものだった。
なんでも、最近の極東はその成長が著しいらしく、もうそろそろ極東のクランリーダーが世界三位だという事実も一般に発表されるとのこと。それも相まって、極東は後ろ盾にするならこれ以上ない選択肢なのだとか。
一瞬だが、キングの運営するクランでもいいのでは? とも思ったが、さすがに何かしらを勘繰られるだろう。その点、極東ならば一応同じ国内だから筋は通っており、それに俺自身の遭難場所はツチウラとなっていることからも、迷宮から脱出した時にできた伝手という事で誤魔化せる。
多少の無理があっても、今の俺に後ろ盾を作るってんならこれがベストだろうと、そうキングは断言した。
「なるほど! 確かにそれなら... でも百武さんは何でその選択肢を出さなかったんだ?」
「あー... あれだ。モモタケはマコトとダイゴに面識とか、貸しがあるって知らなかったんだろ」
「あーね」
確かに... こちらの主観では百武さんに俺と大吾で会った気になっていたが、俺は大吾の影に潜って気配を断っていたので、両者の関係を百武さんが知っているわけがない。もう同じ船に乗ったようなものなのだから、今度会った時にでも百武さんにも話しておくべきだろう。
「おう。ああ、それと..... 俺からも聞きたいことがあるんだ。単刀直入に言うと、その天使と悪魔が攻めてくるっていう話。それは巫女の言葉だけが根拠って訳じゃないんだろ?」
「そりゃな。うちの大精霊の証言では確実だってさ」
「ちなみに... どの大精霊なんだ?」
「風だな」
「....ふぅ、そうか。確かに風は索敵とかに優れてるし、知っているのも不思議じゃないな。それに... うん、色々と納得できた。よし... 対高天原に関しては俺に任せてくれていいぜ。それと、俺からダイゴの方に話は通しておこう」
「助かるよ」
キングのおかげでこれからの方針を決めることが出来た。やっぱり、持つべきものは死線を潜り抜けた戦友だな。
そこからはいつも通りに雑談をして、アニメやゲームの話であったり、時には惚気話を聞いたり、他にも最近の世界情勢や大吾の近況を聞くこともできた。そのようにして一時間ほどたって話も一段落した頃... 少しの間を開けてキングは口を開いた。
「なぁ、マコト。前よりも少し疲れてたりするか? 元気がないっつーか、そんな感じがするぞ?」
「んー そうかな?」
確かに、最近は色々とあったしなぁ....
前にキングとあった後は、因幡さんに色々と教えたり、学校でやらかしたり、特異個体と戦ったり、急に巫女に詰められたり.... 考えてみると結構散々だな、マジで。
「色々とあったのは確かだけど...」
ダンジョンに居た頃よりもハプニングの多い日常を送っているのは確かだが、どうもしっくりこない。俺の中でくすぶっている何か言葉にするならば、空虚さ... いや、焦燥感か? おぼろげな遭難時の記憶と比べてみても、最近の日々には熱が足りない気がする。突き動かされるような熱が。
あの頃は... 強くなって、生還する。そんなただ一つ目標のために、迷宮を攻略するという大きな目標を掲げて、そのために全ての時間を戦闘に注ぎ込んだ。
だが、その目標を達成したことで、全力を尽くすべきことを失って.... 燃え尽きてしまったのかもしれない。
「燃え尽きたってやつなのかもなぁ.... なんていうか、全力で取り組めることが無いんだよな」
「なるほど。確かに、レベル上げは一種の麻薬みたいな物だし、それ以上に熱中できる事なんて中々無いだろうな」
...少しの間はダンジョン生活に想いを馳せていたが、冷静に考えれば圧倒的に今の暮らしの方が人間らしいし、娯楽にあふれている。それに、実際に遭難していた頃はこんな風に考えられるほどの余裕すらもなかったし、精神異常耐性が毎日成長するくらいには追い詰められていた。これこそ、喉元過ぎれば熱さを忘れる... というやつなのだろう。
....ただ少し、そう。少しだけ充実感が足りないだけだ。
こんな具合に、精神が変な懐古厨の様になっていた俺に対して、キングは更に言葉を続ける。
「...だが、前会った時はそこまで疲れた様な感じはしなかったんだ。多分だが、その燃え尽きたってのとは別で、マコトはストレスを感じてるんじゃないか?」
「うーん... 思い当たることと言えば対人関係だけど... 俺の精神異常無効、Sランクだぞ? 大丈夫だろ」
ダンジョンで培ったメンタルに自信のある俺は、キングの指摘に楽観的な答えを返す。しかし、彼はそこで待ったをかけた。
「いんや、心当たりがあるならそれが原因だろうな。
そうだな... マコトも俺も大なり小なり人間としての範囲を超えているわけだが、それでも自己完結した生命体というわけじゃないんだ。欲求は残っているし、人間性だって残っている。そして、人間は一度群れる事を知ったら、もう群れないと生きられない社会的な生き物で、良くも悪くも周りの影響を受けやすい。
いくら精神異常耐性が高かろうとも、ストレスを感じるようなことがあれば感情や思考はナイーブになっちまうし、視野が狭くなって間違った選択をしてしまうことだってある。
...ちなみに、これは俺の経験談から来る持論だ」
「......」
キングの話は後半になるにつれ、目に見えて勢いが衰えていった。
出会ってから今までの俺からキングに対する印象は、一言で言えば”常に前向きで実直”といった感じ。それに、ダンジョンで共闘していた時から、大量のオークを相手にしても弱音を吐かない根性もある。
しかし、その経験を思い出したからか、キングの声色には”やるせなさ”とでも言うべき情念が含まれているような気がした。
「何かあったのか... って、聞くのは無粋だな」
「...無粋だが、聞いてほしさもある。最近は立場もあって、気軽に話せる男友達も減っちまったしなぁ.... だが、この話は長くなるだろうし、今度会った時にでも話そう。それだけで心は軽くなるもんだ」
「わかった、いくらでも付き合うよ」
「......ありがとな。で、話を戻すんだが、ストレスの対処法は仲のいい人と話すだったり、何かに打ち込むことだろう。いや、でもそれが燃え尽きたって話につながるのか。難しいな...」
キングはひとしきり考えた後に、こう結論を出した。
「なら、やっぱりクランを作るってのが良いだろうな。成長限界になったマコトには強くなるっていう中毒性のあるコンテンツがもうない。であれば.... 言い方は悪いがクランメンバーを育成するなら、ゲームをプレイするのと同じような達成感を得れる。つまりは熱中できるんじゃないか? まぁ、一種の自己投影みたいなものだな。
それに、クランっていうのは会社みたいなガッチリとしたのもあれば、MMOのゲームみたいに楽しむっていうエンジョイ系もあるにはある。後者ならば価値観の合う仲間が出来るかもしれないぜ?」
そんな話を聞いていて、俺はふと... 因幡さんと八重樫さんの顔を思い浮かべた。あの二人とクランを作るなら、打ち上げの時のように楽しく仕事ができるのかもしれない。
それに、キングは世界最高のクランの代表としての経験があり、探索者の象徴的な存在としての権威も持ち合わせている。そんな友の出した意見は、俺にとってまさに鶴の一声だった。
「うん、それ。すごくいいね」
「だろ? 例の戦争とやらの戦力になり、高天原への牽制にもなり、世間の注目を代わりに浴びる隠蓑にもなる... 日本語で言う一石二鳥? いや三鳥?の、我ながら良いアイデアだと思ったね」
「なんかキングって、見た目に合わない頭脳派だよな」
「よせやい。あと.... クランを作るで決定ならば、設立メンバーはどうするんだ?」
「そこに関してなんだが... 実は何人か目をつけてる人がいるんだ」
「ほう... まぁ、何かあればいつでも頼ってくれな? これでもマコトより10年は長く生きている人生の先輩だし、世界最高のクランを率いる長でもあるんだ。本来は定価もつけられないアドバイス料も、マコトなら無料相談でオッケーだぜ」
「ありがとな、今度お礼をさせてくれ」
「水臭いこと言うなって。だが、そうだな... 今度また日本に行くんだが、その時に案内してほしい所があるんだ。付き合ってくれるか?」
「いいね。楽しみだ」
そんな話を最後に、俺とキングは通話を終わらせる。どんよりしていた心の内は、かなり晴れやかになった気がした。
リアクション 喜び Lv.1
ブックマーク 喜び Lv.2
評価 喜び Lv.3
感想 歓喜
レビュー 狂喜乱舞
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作者の反応
日本の主要ダンジョン → 東京ダンジョン




