112 問答が無用
「来たわね」
「ええ。一応聞いておきますが、ここは盗聴対策等は大丈夫で?」
「現代的なものは勿論のこと、結界によってスキルを利用した感知も不可能よ」
・・・・うーん、ずさんなんだよなぁ。まぁ、都合がいいからヨシ。
巫女が指定した場所は都内の一角にある小さな神社だった。そして彼女の言うとおり、鳥居を起点に結界が張られているようなのだが、それは物理的な壁になるタイプではなく認識を逸らして人払いをするようなタイプな気がする。
つまりは俺のように隠密系スキルを使って潜伏している者を阻むような代物では無いので、頭隠して尻隠さずと言うべきだ。まぁ、巫女のレベルであれば有象無象の隠密スキルくらいは簡単に見破れるのだろうが、その油断が運の尽きだと。俺はそう心の中で、今までの鬱憤を込めて毒づいた。
『多分大丈夫ですかね?』
『はい』
『であれば、早速本題に入りましょうか』
巫女に向けた視線はそのままで、一応の確認を済ませた百武さんは、ついに質問を開始した。
「では、質問権を使わせてもらいます」
「ええ、出血大サービスで答えてあげるわね。あ、でもプライベートな質問はNGよ?」
そんなおちゃらけた態度と返答に調子を崩されつつも、百武さんは改めて一つ目の質問を口にした。
「まず、なぜ一個人の情報にそこまでこだわるのでしょうか? 希少な、それも覇王との取引でしか手に入らないであろう絶対契約書を使ってまで」
その質問に、一瞬の間を置いて巫女は答える。
「その力が、この世界のために必要とされるからよ」
そんな、一昔前であれば中二病だと笑われそうな文言を真顔で言い切った巫女。それに対して俺が抱いたのは、自分もまた今の世界に順応してきていることが良く分かるような感想だった。
なんか... これまたスケールがデカいなぁ...
『どう思います?』
『言葉選びはともかくとして、まだ断定はできません。もう少し、こちらの情報が出ないような言葉選びで、詳細を聞きます』
うーん... 絶対契約書を使った百武さんは確白として、一番黒いのは大吾の野郎かな? 大穴はキングだが、あいつの義理堅さは信じているので、吊るすのは大吾に決定だな。
「はぁ...」
俺はここまでの話を聞いた結果として、十中八九は隠者なのがバレているのだろうと思った。しかし百武さんは内心で人狼ゲーを始めた俺とは違って、さらなる追求を行っていく。
「曖昧な回答は控えてください。
ではその力とは何か、その力がどう世界のためとやらになるのか。そして、その力についての情報をどこから得たのかを、全て答えてください」
「ふむ。で、まず前提として、私たちのクランが掲げる理念は知っているかしら?」
「質問に質問で返さないで欲しいのですが.. いいでしょう。
前身である陰陽寮と神社本庁から引き継がれている理念として、日本に存在する神物や霊地を保存することと、日本固有の文化の継承や敬神生活の綱領。そしてクランとしては人類の生存圏を守ること、並びに人類の存続を目指すと。クラン設立の資料にはそう記載がありました」
「よく知っているじゃないの。そのとおりよ」
「で、この問答が先ほどの質問にどう関係するのでしょうかね?」
語気を強める百武さんを、巫女は何てこともなさそうに躱し、またしても軽口を叩く。
「焦らないの。そんなせっかちだと、禿げるわよ?」
そんな一言を受けた百武さんの顔からは、今まで浮かべていた余裕そうな、そんな温色な表情が一瞬で失われ、代わりに能面のような無表情になった。
巫女もすぐにその雰囲気に勘付いたのか、そそくさと話を切り替える。どうやら、百武さんにハゲは地雷だったらしい。
「で、今の世界はどれくらい危機に晒されていると思う?」
「.........迷宮氾濫によって、人類の生存圏は、その約2%が失われました。しかし、今やその対策もある程度は確立されてきており、差し迫った危機などは存在していないと思いますが」
そこで少し間を置いて巫女は、真っ直ぐなそれでいて陰のある目で百武さんを一瞥し、口を開いた。
「いいえ、迷宮氾濫は序の口に過ぎないわ」
「では、何があるんですか?」
「これから私たち人類に待ち受けるのは、侵略者との生存競争。種の存続をかけた大戦争が始まるのよ」
しかし、その言葉を百武さんは切って捨てる。
「その言葉を信じるに足る根拠がありませんし、そもそもとして質問から随分と話の趣旨がズレています。ここらで初めの質問に答えて頂きましょうか」
巫女の表情を言葉にするならば、諦観... もしくは哀愁を感じさせると表現すべきだろうか。そして巫女は、ここでやっと質問に対する具体的な回答を口にした。
「ま、今言ったことは心の片隅程度に留めておけばいいわ。
で、ここからが貴方にとっての本題。
私たちが求めているのは、来たるべき時に人類の盾となり矛となる人材よ。
例えば、私の持つスキルには“神を降ろす”と書いて神降という、その名のとおりの物があるの。貴方が感じたとおり、その力はキングの扱うものと同種のスキルであり、神通力と言うべき物。
まあ、私の所のはそんな神っぽくないんだけれどね」
「自慢ですか?」
「黙って聞きなさい。
私達は来たる戦争に向けて、少しでも多くの戦力となる存在... つまりは神に通ずる力を持つ者を集めなければならないわ。名前に神と付くような上部だけのものじゃ無い、加護に近しい力が必要なの。
他にはレベル250位あれば雑兵程度にならなるけれど、まともな戦力と言えるのは人類の中でたった一人。どこにいるのかもわからない隠者くらいしかいないときている。
そんな不利な盤面で、早川の彼が荒御魂と通じる力を宿していたのは数少ない幸運だった。
...だからこそ、数少ない戦力になり得る存在の確保は簡単に諦められないわ」
百武さんはその突拍子のない話に怪訝な顔で巫女を見ているが、その真剣そのものな雰囲気を感じ取った事で、その普段では冗談にしかならない言葉の真偽を計りかねている様子。
しかし俺には既視感... もとい、聞き覚えがあった。
思い浮かぶのは、まだダンジョンで遭難していたころにアネモイが話した天使と悪魔について。あの時は、「悪魔と天使が地球を侵略する? なんかRPGの導入みたいなことが起こってるな」などと軽く流していたが、巫女の言葉がその説明と重なり、パズルのピースがはまるような、そんな納得感を俺は覚えていた。
だが、それとは別に違和感も感じる。
俺の苗字と隠者という肩書、その二つがまるで別者のようなニュアンスで会話の中に出されていることからして、まさか..... 巫女陣営は俺が隠者であることを把握していないのか?
そして、巫女は俺が「荒御魂と通じる力を持つ」と言っていた。話の中で他に出て来ていたキングの話も加味して、俺の持つ能力と照らし合わせたら、一つの可能性が浮かび上がる。
「荒御魂、つまりは神のことを指しているとして、神の力を持つ存在と通じるという事は、まさかバロムかアネモイのことか?」
確かに、アネモイの言うとおりに天使や悪魔が攻めてくるとすれば、巫女の言うように大精霊召喚などで魂力を使えない限り、雑兵どころか肉壁にすらならないことは容易に想像できる。
なにしろ、レベル999のエルですら、天使の中では上から五番目の力天使なのだ。更に上が四種類もいる上に、バロムの話では悪魔陣営にはレベル999を超えた存在が、少なくとも七体存在しているとのこと。
今まで見たことがあるのは不完全な神化をしたリヴァイアサンと、分霊であるアネモイ。あとは召喚によってかなりの制限を受けているバロムくらいしかいないので、ぶっちゃけ真っ当な神という存在を知っているわけではないが、まともにアネモイとバロムを召喚出来ない俺では戦いになるかも怪しい。
今更ながら、考えれば考える程にアネモイと巫女の話がお互いを補完し、真実味を帯びるとともにその絶望的な戦力差を浮き彫りにする。確かにそんな状況では、俺やキングのように大精霊と契約して、かつその力を万全に引き出せる存在こそが唯一の打開策になり得るのかもしれない。
........いや、一旦考えるのは後だな。
ドツボにはまった思考を切り離し、この質問の意図を思い出す。
ここでの質問の目的は、どれくらい俺の情報が相手に割れているか。そして対策をどうすべきかを明確にすることだ。なので、人類の危機はスキップして、まずは俺個人の危機を考えよう。
巫女陣営が把握しているのは、先ほども考えたように ”俺がいずれかの神の助力を得ている” という事であって、隠者であることは知られていない。あくまで俺は ”手に入れておきたい戦力" でしかないという事か。
とまあ、ここまではあくまでも俺の推測でしかないが、かなり的を射ていると思う。なので以心伝心で百武さんに聞きたい事は聞けたと合図を出すと、彼は次の質問を繰り出した。
「とりあえず、あなた方が更に戦力を増強しようとしている事はわかりました。では次に、彼がその力を持っているとして、それを発見できたのでしょうか?」
そして、その答えは意外にもすぐに返ってきた。
「薄々は気づいているでしょうけど、学校に勤めている爺さんの弟子からのタレコミよ」
「..........名前は?」
「御剣って娘よ。あの子は私の友達だから、手を出したら全力で潰すから」
「心得ておきます」
いや先生やんけッ!
あの人、俺の悪評の元凶になっただけでは終わらずに、まさかこんな厄介ごとまで呼び込んでくるとは…
百武さんから、あの学校は国立の皮を被った私立だの、例の組織… つまりは高天原が作っただのと聞かされていたとはいえ、そんな身近に原因がいるとは思わなかった…
「では次、彼を組織として訪ねるのであれば、いくらでも情報を閲覧できた筈です。しかし、なぜそれをしなかったのでしょうか? 住所くらいならばすぐに知れてもおかしくはないと思うのですが」
「確かにそうなのだけど、今回の事はとある個人からの依頼でね。上層部に先んじて個人的に話を付けたかったらしいわ」
「では、その依頼主とは?」
「あ〜 それは言えないわね」
「「は?」」
巫女が質問を拒否した。
これはつまり、絶対契約書に違反したことを意味し、第一段階の罰則として肉体と精神の苦痛が降り注ぐはずだった。
しかし、いくら待てども巫女は痛がる様子を見せずに、相変わらずの整ってはいるが太々しい顔でこちらを見据えている。
絶対契約書の効果が切れた? なぜ? 契約が結ばれていたのは自分の目で確認した。なのになぜ?
そんな疑問が浮かぶものの、巫女はあっけらかんとその答えを暴露する。
「あの契約ね。一種の呪いなのだけど、降ろした神霊の力で完全に吹き飛んじゃったわ」
「は?」
「私って、結構慎重派なのよ。
流石に負けるとは思っていなかったけれど、もしも契約の穴を突かれたりしたときのことも考えて、きちんと解除できるかとかの実験もしておいたの。
まぁ、今回はそれが功を奏したわね」
「いや、ちょ、待ってください。
では何故わざわざ... 必要がないにも関わらず、説明をしたのでしょうか?」
そんな裏を勘繰る百武さんの質問に、巫女はこう答えた。
「勝者への礼儀... ってのはただの建前で、元々教える予定ではあったのよ。
支配下に置くような方法ではなくて、自主的な協力を取り付けられるのが最良だから。貴方を介して情報を共有して、その上で判断してもらうつもり。
本人を説得する手立ては既に用意してあるしね」
「いや、自主的にって… 私に対しては一方的な契約を吹っ掛けたのに?」
「貴方は色々と彼に便宜を図っていたようだけれど、私の権限で調べてみただけでも彼のライセンス情報が隠蔽、改竄、複雑化のオンパレードだった時点で職権濫用じゃない。私がやったのは監査よ、監査」
「組織としていたのでは無いと、そう言ってませんでした?」
「…うるさいわね、そろそろ日が暮れるから。ここらで話はお終いよ」
「いや、ちょッ
そう言って、巫女は百武さんの制止を振り切り神社を出て行った。そして俺と百武さんは、その後ろ姿を揃って呆然と見つめている。
『なんか… 嵐のような女でしたね』
『えぇ、EXランクなんて揃いも揃ってあんな感じですよ』
『『はぁ……』』
リアクション 喜び Lv.1
ブックマーク 喜び Lv.2
評価 喜び Lv.3
感想 歓喜
レビュー 狂喜乱舞
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作者の反応
〇 加護一覧
主人公 人智の加護
憤怒の加護
風の加護
キング 火の加護
エル 天使長の加護(消失)
リヴァイアサン 大海の加護
巫女 神祖の加護




