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あの夜会の一件から洸蘭で瞬く間に尾ひれのついた噂が飛び交うようになった。
曰く“朝霞様と神宮寺様が仲違いをし、それが元で神宮寺様が生徒会のメンバーとの関わり合いを断ち切った”
合っているようで微妙に合っていない。仲違いをしたのは事実にしろ、生徒会メンバーには千鶴も入っているだろうに。私は千鶴との仲まで断ち切ったつもりはない。むしろ切るつもりははなからない。
しかし、噂を真に受け今が好機とばかりに千鶴をやっかむ奴がわいて出てきた。これがまた面倒で面倒で。当の本人の耳に入ったらなんと思うか。前の一件だって本当に落ち込んでいたのに。
「神宮寺様の加護を離れた庶民なんて簡単だわ」
一人の女子生徒が周りにいる女子生徒達とそれはそれは楽しげにお話なさっている。
私の加護?離れた?これだから噂ってやつは…馬鹿馬鹿しい。 あの子は単純で天然で甘えたがりだけど、バカではないし、なにより人の心に敏感だもの。万が一、億が一、私から離れるようなことになってみなさい。……フフ、想像しただけで目の前真っ暗になりそう。
「そこのあなた」
「え?…あ!神宮寺様!」
ご歓談中悪いんだけど、これ以上は聞き捨てならないのよね。しかも、千鶴のことならなおさら。
「私は千鶴と親友をやめたつもりは一切なくってよ?馬鹿げた噂を丸呑みにして大事な親友を貶めるような言動は慎んでくださらない?」
「あ、いえ…これは…」
「庶民庶民と彼女達を馬鹿にしているけれど私達のお父様達の会社を支えてくれているのは彼女達のお父様達ですのよ?自分達の会社で働く人がいなくなったらどうなるのか、あなたは誰にも教えてもらわなかったのかしら?」
「ご、ごめんなさい…」
「これからはご自分の言動が周囲に与える影響を考えて動いた方がよろしいわね」
というようなやり取りを終始笑顔でやってやった。
どうやら私の笑顔はこういう武器にもなりえるらしい。
もしかして、万が一、あなた方の家の大株主がこの学校にいて、彼ら彼女らの言動に失望して、そんな跡継ぎや子供のいる会社の末路を憂いてその会社の株を全部手放したり、逆に会社の買収に回ったりしたらどうするのかしらね。
え?私?……ふふ、秘密よ。言ったでしょう?もしかして、万が一、って。万が一なんてそうそうない確率なんだから。
それにしても、私、笑顔でも恐れられる存在なの?それもそれでどうなんだろうか。華の女子高生として。いや、一応これでも華なんだよ?二回目だけど。向こうでは入退院で高校ろくに行けなかったから。
……悪華なんて失礼なことお考えになられた奴、出てきやがれでございますわ。フン!
校舎から出て向かうは初等部の校舎。他でもない明日香ちゃんに会うためだ。
千鶴はクラスで女の子達とおしゃべりしている。他のクラスの子と比べ、今のクラスの女の子達は千鶴に友好的だからこういう時安心して任せることができる。金持ちが全員庶民に手厳しいなんてのはそれこそ漫画や小説の中だけなんだよ。さすがに私みたいに庶民の生活に染まってる人はいないだろうけどね。いたら師匠んとこのコンビニの誘惑に勝てないはず。
「斑鳩さん」
「あ!奈緒お姉様!」
グハッ!か、かわゆいな。
友達と遊んでいたらしい明日香ちゃんはとことこと駆け寄ってきた。くりくりとした目が小動物、リスを思い起こさせてなんとも言えない。
…あぁ、私もこんな妹が欲しい。初めて会った時、お姉様と呼ばせてみたものの、あの時思い付いた私、グッジョブ!
「今日はどうなさったのですか?」
「あなたに会いに来たのよ。ちょっとお知らせしておきたいことがあって」
「まぁ!わざわざありがとうございます!」
腰に抱きついてきた明日香ちゃん。フフ、誰得かって?もちろん私得ですよ。フフフフ。
「あの」
小さな声に明日香ちゃんから目をそちらに移すと見覚えのある女の子がちょこんと立っていた。
「神宮寺様ですか?」
「えぇ、そうよ。あなたは確か…」
「奈緒お姉様、彼女が雛乃さんよ」
「初めまして。この間は素敵なプレゼントありがとうございました」
ペコリと頭を下げた雛乃ちゃん。有馬君の妹だけあってとっても礼儀正しい子だ。優しげでふわーんとした雰囲気が漂っている。
「気に入っていただけたようなら良かったわ。有馬さんはとてもいいお兄様をお持ちね」
「はい!」
あらまぁ、そんなキラキラした笑顔で。本当に有馬君が好きなんだね。羨ましいよ、そんなお兄様で。うちのお兄様と変えっこしてくれないかなぁ。
…うん、分かりますよ、無理ですね。えぇ、分かります。分かるんですけどね?むぅ。
「そういえば有馬君の誕生日もそろそろだったかしら?」
「はい!」
明日香ちゃんにチラッと視線を送ると……あらま。どうしたのさ。アピールするにはもってこいの行事なのに。
今までの晴れやかな顔とは真逆のどんよりとしたものになっていた。
「どうかしたのかしら?」
「奈緒お姉様…実は…」
雛乃ちゃんを気にしてるみたいだから腰を落として耳を貸してあげた。おずおずと話始めた内容に思わず私の口元もユルユルだ。
「男の人にプレゼントしたことないんです」
腰を上げ、知らず知らずに明日香ちゃんの頭を撫でていた。
断じてニマニマしながらではない。ニコニコしながらである。
「私にお任せなさいな」
「奈緒お姉様…」
「あら、もうこんな時間。生徒会の仕事があるの。もう行かなければ。それじゃあ二人とも、ご機嫌よう」
「「ご機嫌よう!」」
二人ともかなり躾られているらしく、制服のスカートを軽くつまみ、ぺこりとお辞儀してきた。斑鳩と有馬もいい子に恵まれたのね。
私が初等部の校舎から出て高等部の校舎に戻ろうとしたとき、後ろから名前を呼ばれた。正確に言えば叫ばれたに近いけど。
「おねえさん!おひさしぶりです」
「あら、あなたは確かあの時の」
雛乃ちゃんの誕生日プレゼントを決めに行った時に会った犀川拓真君、だったような。そっか、この子もここの幼等部なんだっけ。
初等部のすぐ隣に幼等部の幼稚舎がある。私が初等部から出てくるのを見て急いでやってきたんだろう。息がハァハァときれている。
「おねえさん、
せ、せんせいとけんかしたってほんとうですか?」
………やめてくれ。私は君達小さい子供に弱いんだ。
だからそんな責めるような目で見ないでくれまいか。あれは仕方のないこと、不可抗力なんだ。
しかもだ。…誰がこんな小さな子にそんな情報を与えたんだ!
「…えぇ」
「いつ、いつなかなおりするんですか!?」
いつって言われてもなぁ…こればっかりは期限を決めてどうこうっていう話じゃないし。
…えぇい、だからそんな目で見るなと。
「いつかしらね。私にも分からないわ」
一生ないって大人気ないことは言えないよ、この目を見たら。いや、本当に。なんで私ばっかりこんな理不尽な責めを受けているんだ。責めるなら彼らにして欲しいというのに。
「ごめんなさい。これから生徒会の仕事があるの」
「あ、ごめんなさい。…さよなら」
「えぇ」
立ち去る間際にちょっとだけ振り返ってみたらいかにもしょんぼりって感じで中に入っていってた。
この間もそうだったけど、随分と滝川由岐を慕っているなぁ。師匠と弟子ってより兄弟って感じだね。私の家と逆バージョンみたいな。
正直滝川由岐はヤンデレ化するの以外は随分とまともだとも。あぁ、それは認める。
しかし、この世界で大事なのはヤンデレになるかならないか、私の将来に少しでも暗雲をもたらす可能性がある人間かどうか、だ。幸運にも前者に当たりはついているんだ。
関わり合いになりたくないと思うのは仕方のないことなんだよ、拓真君!だから私を恨まないでおくれ!




