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「ご機嫌よう、奈緒様」
「ご機嫌よう。あら?髪型変えたんですのね。とてもお似合いだわ」
「まぁ!ありがとうございます。これ、パリの美容師にやっていただいたんですの」
あー、うん。パリってフランスのパリだよね?間違ってもパリっていう名前のお店の美容師さんじゃないよね?
たった四日間でフランス旅行だなんて、やっぱりお金持ち怖いわぁ。あ、私の家もか。
そうそう、旅行っていえばお兄様と師匠がアメリカから帰ってきた。
師匠はなにやらご機嫌だったから何かしら収穫があったんだと思う。あの得体の知れない笑顔…あな恐ろしや。
FBIのセキュリティ、大丈夫なのかなぁ?完全にロックオンだよ?狙われてるよ?……ご愁傷さまです。
あ、お土産を千鶴にも渡したいから放課後おいでって言われてたんだっけ。きっと砂糖漬けのベタ甘なお菓子かなにかだろうなぁ…。うっ。想像しただけで胸焼けが……。甘いもの嫌いなわけじゃないんだけどな。
私はというとあれから残りの期間ずっと大人しく屋敷で過ごした。やっぱりなんだかんだ言って家って落ち着くよねぇ?特に自分の部屋。自分だけの空間。ビバ!自由!最高!
「奈緒様、あの、有馬様とは一体どうなられたのですか?」
「妹様のためにプレゼントを一緒に探しましたわ。私からもプレゼントを贈ったんですけれど、気に入ってもらえたかしら」
有馬君、ね。
それももちろんだけど、あの日、帰ってすぐ謝ろうとしたんだけど、連絡先を知らないからどうしようもなかったんだよ。家に直接電話をかけると弊害が出てくるんだよねぇ。
学校ではなんか分かんないけどなんとなく避けられてる?ような気がして近づきにくいし。
………別に私は個々人の携帯のメルアドやら番号は知らないからね?調べられないわけはないけど、知らないと思ってた人からいきなり来るとかなり怪しいでしょ。そこ、間違えないように。
「そういえば奈緒様はもうご存知かしら?今日から留学生がいらっしゃるそうですわ」
「留学生?いえ。知りませんでしたわ」
そういえばお兄様が何か言っていたような。その人かな?
お兄様は仕事しながら理事もやってるんだからそこら辺はすごいなぁと思えるんだけど、ねぇ。いかんせん日頃のシスコンぶりがそれにストップをかけてしまっている。本当に残念イケメンだ。
ゲームの時はもっと紳士的というかそんな感じだったのに、なーんでこんなになっちゃったんだろう?謎だ。
だからこそまともだと思える有馬君にはぜひとも頑張って頂きたい。応援してるからね!
「その方ってどんな方ですの?」
「なんでもさる国の王族の方とか…。詳しくは私も知りませんの」
「そうでしたの」
「楽しみですわねぇ」
「でも王族の方がいらっしゃるなんて、価値観の違いで困らないかしら」
私は話を聞いているだけでニコニコ笑っておく。
大丈夫さ!もう一般庶民から考えれば君達だってほとんど雲の上の人だから!
…とはいえ王族…。………ま、攻略キャラにはいなかったし、スルーでいこっと。他のみんなが取り巻きしてくれるみたいだから私一人無関心でも構わないでしょーて。
うんうん。良きにはからってくれたまえ。
「それでその方のお名前は?」
「シャルル・ミルフィーリエ様とか…」
ふーん、シャルル・ミルフィーリエっていうのか。
……………。
「…シャルル・ミルフィーリエっ!?」
私が突然留学生とやらの名前を大声で叫んだもんだから皆は大きな目をパチパチと瞬いている。
冗談じゃない!
ミルフィーリエ王国。向こうの世界、現実には存在しない国。ここがゲームの世界だからこそある大国で、フランスとドイツの中間に幅をきかせている。
現王も王太子の頃、洸蘭に留学に来ており、その時在籍していた私のお父様ととても仲良くなった。現王が帰国し王位を継いだ後もその交友関係は続き現在に至る。
そして今日、現王の一人息子にして王太子である彼がこちらに来るという。
まずい。非常にまずい。 どのくらいまずいかというと…とにかくまずい。
彼とは何度かお父様に連れられて会っている。随分と甘やかさ…ゲフンゴフン、健やかに育てられ、わがま…ウォッホン!自分の意見をはっきりと伝えられる方にお育ちなさった。
現王は度々頭を悩まされるも可愛い息子をついつい放置してしまうという悪循環をかれこれ十六年ほど繰り返していた。
小さい頃はまだ可愛げがあるものも成長した今では…面倒事の種にしかならない。
あぁ…私と同じクラスになりませんように!
「このクラスにナオ・ジングウジはいるか!?」
……もう!?ねぇ、もう!?
まさかのすぐですか、今ですかっ!こちとら毎日デンジャラス&バイオレンスやってんだ!あんたにかかずらっている暇は一秒足りともないわっ!
ということで私、神宮寺奈緒…逃げます!
ところがどっこい…
「奈緒様、あの方ではないかしら?」
「…………わぁ」
反対側のドアから脱出しようとしていたところをさっきまで話していた女の子達に見とがめられてしまった。
……大丈夫よ。これはゲームの世界ではなかったストーリー。どうなっても彼らの時みたいに最悪しか待っていないなんてことはないわ。……………たぶん。
たぶんしか言えないこの辛さ。悲しすぎる。
「ナオ!久しぶりだな!!」
「…殿下もお元気そうでなによりですわ」
「この頃はちっとも我が国に来なくなったな。もっと来い!しかもなんでそんな所にいるんだ?」
あなたから逃げるためだよ、とは言えない。私、こう見えてチキンだから。
……ん?何か?
異論を唱えた方、今、この瞬間からご自分の身辺に気をつけた方がよろしくてよ。オホホホホ。
「殿下はいつまでこちらに?」
「厭きるまでだ」
「………」
笑顔、笑顔。笑顔は大事。
あいっかわらずの我が儘っぷり。…さすがです。
「ナオ!中を案内いたせ!」
「……今日はあの近侍の方はどちらに?」
…あんのヘタレ!どこに行きやがった!ワガママ主の管理くらいきちんとやれよ!
前に会った時いつも後ろにくっついておろおろしていた少年の姿を頭に思い浮かべ、イライラを必死で笑顔に隠した。
相手は王族、相手は王族。私の今の魔法の言葉だ。
「シャルル様ぁ~!どちらに~っ!……あだっ!」
目に涙を浮かべ、教室のドアを両手で掴み中を覗き込んできた青年の顔に何かが命中した。
痛ててててと少し赤くなった額を擦りながらもう一度中を覗いた彼の目がパアッと輝いた。
「シャルル様ぁ~っ!こちらにいらっしゃったのですね~っ!」
「ギルバート!暑苦しいぞ!」
シャルルに抱きついているのは唯一の近侍であるギルバート・シンクロワ。一応名門公爵家の跡継ぎだ。
何故王太子の側付きが一人かって?理由は火を見るより明らか。我が儘だから皆続かないのだよ。
え?さっきの顔面攻撃?なんのこと?オホホホホッ……ゴホゴホッ!いかん。高笑いを多用しすぎて喉がやられる。やっぱり慣れないことはするべきじゃないね。
「あっ!ジングウジ様!お久し振りでございます!お元気そうで何よりです!」
「シンクロワ様も。お二人とも随分と日本語に堪能になられたのですね」
「「え?」」
「え?」
え?なに?その反応。私何かおかしなこと言った?
なんでそんな心底びっくりしてますみたいな顔になってんの二人とも。
「ナオ、お前…よもや僕との約束を忘れたわけじゃあるまいな!」
「え、約束?」
「ジ、ジングウジ様。嘘でもいいんで否定してください!」
頭の中は?マークでいっぱいだったけど、この王太子サマを怒らせると面倒しかない。とりあえず囁いてきたギルバートの言葉に従っておこう。
私は首を振った。笑顔もつけてね。私って偉い。見よ、この社交辞令のでき。
「ならいい」
気分を直したらしいシャルルは他の生徒達と和気あいあいにおしゃべりを始めた。もともと我が儘ではあるが社交性がないわけではない。だから四六時中一緒にいて振り回されなければならない近侍にさえならなければ友人と呼べる者も結構いたりする。
…よし、このうちに。
ツンツン。
「約束って何でしたかしら?」
一応聞いておかなきゃね。後で面倒事の種どころか爆発物になられちゃ困るし。
「…ほ、本当に覚えておられないのですね。それは…」
「ん?こっちに来た理由か?留学もあるが、ナオを王太子妃に迎えるために来たんだ」
「…………っということです」
……なんですとぉーっ!?
他の生徒達と楽しくご歓談中の王太子サマがそれはそれはすばらしい笑顔で誰かの質問にお答えなさった。
しかも運の悪いとはこういうことを言うのだという例はあるもので
「なーおーちゃん。……どういうこと?」
「……………聞いてない」
なんでこのタイミングで生徒会勢揃い!?
黒っ!オーラ、ドス黒っ!怖っ!
いや、さっきから廊下が騒がしいなとは思ってたけどね!?目の前の敵から逃げることしか考えてなかったんだよ!不覚!
「颯、あんたがついていながらなんてこと」
「奈緒様、あれは旦那様同士の口約束では?」
あんたらまでいるのか!あぁ、もう最悪だ。
千鶴、そんな目を輝かせないで。これはあなたが思ってるようなラブコメじゃないから。むしろホラーだよ。デッドエンドだよ。
…………うふ。
「あ!逃げた!」
「捕まえろ」
捕まるか!
令嬢は廊下を走らない?はんっ!こっちは命かかってるんだよ!
というわけで私、逃亡生活に入ります。探さないで下さい。




