黒歌鳥の困惑――聖受歴1,537年 土耀月20日 本日も腹立たしいことに晴天也
こちら、『英雄と呼ばれた元将軍ルーゼント・ベルフロウの愚痴日記 ~作られた栄光あるいは魔物に取り憑かれた日々~』の番外編になります。
本編の方を読んでいないと全くの意味不明。
場面は未来の嫁であるティファリーゼ嬢の告白事故を経て、思い掛けない事態に戸惑う黒歌鳥の心情です。
王国に巣食う『王族』という名の害獣。
それらを歴史上完全な『悪』として完膚なきまでに滅ぼす為に仕立て上げた『英雄譚』。
その最も重要な要素として選んだ素材――ルーゼント・ベルフロウ。
私が私から父母と得られる筈だった当然の権利を奪った者達への報復として、欠かせない男。
その、息女の内の一人に。
何故かつい今しがた、慕っているのだと宣言されてしまったのだが。
これが世に言う『思いのたけを告白する』という現象なのだろうか?
我が身に降りかかるとは完全に思い掛けないことであった故、少々頭が混乱しているようだ。
私の見てくれだけを目当てに、大して接触も会話もない時分に擦り寄る女性なら以前にも居ないではなかったが。
表向きの為に創り上げたモノとはいえ、こうして為人を知り合う程度に接触を得た後、このような反応や感情を女性から向けられるとは……
私は一体どうするべきか?
こんな時、どうすれば良いんだろうか……
『視る』ことで情報を得ても、それらは他人に起きた事例だ。我が身に適用するには条件が違い過ぎる。
正解と呼べるようなものは見つからない。
それ程に、私は困惑していた。
私の様な人間としては明らかに大事な物の欠落した化け物が、まさか。
まさか……女性に想いを寄せられることがあるとは。
今でも何かの間違いではないかと思う。この耳がおかしくなったのかと。
だが、先程の少女の言葉は間違いなく私の聞いたまま誤りなどなく。
何がどうしてこんなことになったのか、ありとあらゆる事象から情報を取得可能な私にもわからない。
人間の心とは摩訶不思議だ。
正解はないのに、私なりの正解を求められる。
これ程に難しい問題に直面したことが、今まであっただろうか。
千差万別に個々の個性や感情、考え方、思想……多種多様過ぎる事例は、人の数ほど存在する。
これ程に複雑化した習性を抱える人間というものが、私にはまだよく掴めていないというのに。
特に、感情という機構においては。
私は、人の情というものを十全に理解出来てはいない。することが出来ない。
心というものが欠けているのだ、どう理解せよというのか。
そもそも私は父と母を死に追いやった愚物と、ソレが固執している『国』というものを覆しようのない『悪』として叩き潰せれば良いのだ。それ以外に望みなどない。
私怨であり、報復。大義など本来必要としていない。
それは犠牲として虐げられた者達の末席に加わる私の、当然の権利であり義務なのだから。
だからこそ、その目的を遂げる為に多くを巻き添えにして一途に邁進してきたつもりだ。
打算なく、利益の計算なく誰かを思いやった覚えもなく、女性に望まれるような振る舞いをした記憶もない。
だというのに、彼女は。
こんな私のどこを気に入ったと……
人の情を理解していない私が考えても、埒があく筈はないのだが。
疑問というモノに縛られては考えずにいられないのが『ひと』だろう。
大事な物が足りない欠陥品であろうと化け物だろうと、私も一応は人の範疇に属する。
大いなる謎を前に、足を止めて思考力を奪われても仕方のないことだ。
「……ふむ」
冷静に考えてみると、何やらティファリーゼ嬢の気の迷い、という気がしてきた。
本来、気性の穏やかな少女だ。戦時の緊張は彼女の気質にそぐわないのだろう。
何か思い詰めているのかもしれない。
先程の告白を聞いた後でなければ、彼女の話をとことん聞いてカウンセリングを行うところなのだが。
……先程から、何故かティファリーゼ嬢に関する事項ばかりを考えている。
それ以外の物事を考えることは出来ないのかと、自分の額を押さえて項垂れた。
不可解だ。思考力が低下している気がする。
自分はどうしてしまったのかと、困惑は深まる。
いけない。今は大事な時だというのに。
二日後には大きな仕事が待っている。
それまでにこの――ティファリーゼ嬢に独占された頭をどうにかしなくては。
大仕事が始まるまでに常の自分に戻らなくてはと、私は一度全ての思考を止めて頭を空にするよう努めた。
――ティファリーゼ嬢が頭から、き、消えない……。
………………女性に望まれたからといって、その一事に思考の一部を占拠されようとは。
こんなことで自身の精神に変調が起きるのは初めてのことだ。
私にも生存本能やそれに準ずる作用の他に、種の保存や繁栄といった本能が備わっていたのだろうか。
子孫を残したいなどとは特に今まで考えていなかった。……後世にまで『王国の始祖』が遺した結界を存続させるのであれば、私の血を残す必要がありはするが。
彼女の言葉に触発されて、萌芽したか? 私とて生物としてこの世に生を受けたのだ。それは、有していても不思議はないのだろうが……自分の中に、そういったモノが備わっているということそのものが不思議に思えてくる。
自分の精神の作用の妙に、かつてなく戸惑う。
中々戻らない調子に、苦心した。
それが自分の思春期らしきナニかの始まりだとは、まさかこの時には思いもよらず。
……ここが小林の限界です!
まともな恋愛、全然書けないんです済みませんっ!




