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第九十章 王覇

 龐萌の反乱が起きたのと同時期、建武四年七月、馬武ばぶ王覇おうはは垂恵の劉紆りゅううを攻めていた。

王覇は垂恵城へ度々攻撃を仕掛けたが、守将の周建しゅうけんは固く守る。それでも劉紆軍には疲労の色が見え始め、降ってくるのもそう遠くはないと思われた。

王覇のもとに伝令が駆け込んだ。


「敵に増援が出現、猛烈な勢いで我が方へ接近しています」


「増援だと?劉紆軍にそんな余力は残っていないはずだが……」


王覇が陣を出ると、土埃を巻きあげて接近してくる敵の増援が確かにあった。

しかし、その旗には「梁」の文字はなく、太い横線一本に細い縦線四本が合わさった記号が描かれていた。その印はどこか人の歯を思わせる不気味さかあった。

増援の正体は盗賊集団の五校ごこうである。

五校は赤眉や緑林と同時期に発生した古株だった。皆、頰がこけ、目だけは異様に光っている。長く飢餓状態におかれていたというのは、その様子を見れば誰の目にも明らかだった。五校達を先導しているのは蘇茂そぼうだ。


「周建、いつかの借りを返しにきたわ。……さあ、貴方達、食糧に困っているのでしょう。あそこにたんとあるわよ」


蘇茂が微笑むと、五校の渠師である高扈こうこが軽騎兵を率いて兵站部隊に襲いかかった。すぐさま、馬武が兵を率いて救援に向かう。しかし、五校達の食糧に対する執着は凄まじく、容易に引き剥がすことが出来ない。

馬武の苦戦は王覇の耳にも伝わってきた。そして部下達は馬武の救援を盛んに言い立てた。



「今渡せる援軍はこれだけ、とのことです」


馬武は、王覇から送られてきた酒甕を見て大いに笑った。そして、大身槍おおみやりと酒を引っさげて再度出撃した。

一方、王覇の部下達は援軍を送らなくていいのかとやきもきしている。王覇は部下達を集めて言った。


「五校は食糧を得ようと必死だ。必死の奴らは強い。馬武殿の兵は援軍を頼りにして全力が出せていないし、お前らも内心で怖がっている。やる気のない兵と恐れている兵がお互いに相手を頼みに戦っても、上手くまとまれずに負けるだけだ。援軍が来ないとなれば馬武殿も本腰を入れるだろう。馬武殿に掻き回されて敵が疲れた頃に我らは救援に行く」


果たして酒を片手に再戦を試みた馬武は次々と五校を串焼きのようにして蹴散らし、配下の兵も奮い立って力戦した。敵は馬武軍の奮闘に疲弊していった。

一方、王覇の兵は路潤ろじゅんなる壮士を中心に髪を剃りあげて決意を表明し、救援に行きたいという者達が現れた。頃合いだと判断した王覇は路潤らを繰り出して五校を攻め、敗走させることに成功した。

蘇茂と周建は再び兵を合わせて王覇の陣に挑発を繰り返した。しかし、王覇はこれに応じなかった。


「本当にずっと飲んでていいのか。いいなら全部飲んじゃうけど」


馬武は確認を取りつつも酒を次々と空けている。


「五校は食糧を狙ってきたのですから、後は取り合わなければ自壊するはず。戦わずして敵を屈するというやつです。歌でも歌って待ちましょう」


風を切る鋭い音が響いた。王覇の酒樽に矢が突き刺さった。


「穴が空いてしまった。これから飲んでください」


王覇と馬武は互いの顔を見て笑いあった。

幾日か過ぎると当ての外れた五校は勝手に戦線を離脱し始めた。蘇茂と周建はたまらず垂恵城に戻った。

二人の留守を任されていたのは周建の甥の周誦しゅうようである。


「叔父上、よくぞご無事で!さあ、こちらへ」


周建が近づくと、周誦は突然斬りかかった。


「周誦、貴様……恩賞に目がくらんだか」


「叔父上、可愛い甥が列侯になるためなんだ。ここで死んでくれ」


下卑た笑いを浮かべる周誦の頭を鋼の鞭が叩き割った。周建が斬られた傷を押さえて振り返ると、蘇茂が九節鞭を構えて立っていた。


「周建、劉紆様を確保して逃げるわよ!」


二人は混乱する城内から何とか劉紆を引っ掴むと、辛くも脱出に成功した。

王覇の緩急自在の策によって、垂恵は劉秀の手に帰するところとなった。


 西防の佼彊こうきょうの兵に連絡を取って劉紆をそちらに逃すと、蘇茂と周建は董憲を頼って進んでいった。

しかし、周建が甥からつけられた傷は思いの外深かった。傷は化膿し、周建の顔色は傷口と同じくらい黒ずんだ。遂に夜間に高熱を発し、倒れた。


「どうやら……傷に悪い風があたったようだ……ここまでのようだな」


蘇茂は周建の傷を見た。蛆が湧いている。


「董憲のもとにたどり着けば治療を受けられるかもしれないわ。弱音をはかない」


呉漢ごかんは……俺達のことを敗けても助け合わない賊だと言ったそうだが……」


蘇茂は傷口から蛆をむしり取っている。


「そんなことはない……俺は……お前に助けられた」


「いつかのお返しをしただけよ。それに、ここで死なれては助けたことにならないんだから……」


しかし、周建が答えることはもうなかった。周建の目から光が消えたのを見て、蘇茂は手の中の蛆を握りつぶした。

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