第四十九章 募兵
1
当面の敵は盗賊、特に銅馬軍である。劉秀は鄧禹と今後の戦略について話し合った。
「今の兵力で完全に滅ぼすのは困難ですが、さりとて放置すれば民心が離れてしまいます。戦いつつ、耿弇の言うように幽州で募兵するのが良いと思料します。ここで問題になりますのは都から送り込まれたという、新しい幽州牧や太守です。その者達をいかがしますか?」
劉秀に与した漁陽太守の彭寵と上谷太守の耿況は、ともに更始帝の派遣した官僚にその座を奪われてしまった。募兵に派遣される者には、その新しい太守等との衝突が予想されるのである。
「捕らえよ。抵抗するならば、斬れ」
劉秀は平素の表情のままで答えた。鄧禹は劉秀の二面的な性格の境目が曖昧になってきていると感じたが、そのことに触れることはなかった。
「それならば、呉漢が適任でしょう。彼は勇猛でありながら智謀も兼ね備えています。諸将で彼に及ぶ者はほとんどいません」
鄧禹は漁陽太守の彭寵を丸め込んだ呉漢の智謀について称賛した。
「呉漢……あの三白眼の男か。そこまで優れた印象はなかったが、お前の眼力を信じよう」
劉秀は呉漢を幽州派遣の責任者としたが、地域の広大なことを考慮し、提案者の耿弇を共同させることとした。
呉漢と耿弇が幽州に向けて出発すると、劉秀もまた銅馬軍との戦闘を開始した。
2
呉漢と耿弇は幽州に到着すると、それぞれの古巣である漁陽郡と上谷郡に別れて入っていった。
更始帝により新しく幽州牧に据えられた苗曽は呉漢達の動きを警戒し、募兵に応じないように各群に触れを出していた。
「呉漢め、よほど困り果てたのだろう。会って直接詫びるので、募兵の禁止を解いてほしいと書状を送ってきよったわ」
苗曽は笑って書状を部下に見せた。手ぶらで帰ったら蕭王に殺されてしまうのでわずかでもいいから兵がほしい、応じてくれたらお礼をする用意がある、という。
苗曽はお礼という言葉につられて、遂に呉漢と面会することにした。
会見の場は無終という街であった。無終の城は小高い二つの丘に挟まれた盆地にあった。あらかじめ無終の城に来ていた苗曽は、城壁の外に現れた呉漢達がたったの二十騎で武装もしていないのを見て警戒心を緩めた。城の中に入ってこないのは、あまりにへりくだっているためだろう、苗曽はそのように解釈して、僅かな護衛だけを連れて城外にて出迎えることにした。
「なかなか殊勝な心がけだな。政治というものがよくわかっているじゃないか」
苗曽が近づくと、馬から降りた呉漢が跪いた。それを見て、下卑た笑いを浮かべた苗曽もまた馬から降りる。
すると丘から地響きと砂埃が上がった。
異変に気がついた苗曽が慌てて馬に乗り直そうとすると、既に周囲には烏桓突騎がずらりと並んでいた。呉漢が跪いたのを合図に潜んでいた丘から駆け下りてきたのである。
「な、なんでもするッ!命だけは助けてくれッ!」
今度は苗曽が跪いて、命乞いをした。呉漢は膝の土埃を払いながら冷然と言い放った。
「お前を助けて何の得がある。政治というものがわかっていないな」
苗曽の首と胴体が切り離された時と同じ頃、耿弇もまた上谷に派遣された官僚の一人を捕らえ、一人を斬った。これにより幽州の各群は蕭王劉秀の名を畏怖し、多くの兵が集まることとなった。
3
銅馬軍を追って劉秀は鉅鹿郡に入った。最初に呆気なく撃退できたのは敵の偵察部隊に過ぎず、一進一退の攻防を繰り返しながら銅馬軍は北上している。
鉅鹿に入ったのを機に、劉秀は真定国にいる正妻、郭聖通に会うことにした。銚期や蓋延に一時追撃を任せてまで妻に会うのは、真定王劉楊に疑心を抱かせないためである。
育ちがそうさせるのか生来のものなのか、高慢な物言いの目立つ郭聖通だったが、劉秀は以外と悪い気がしなかった。女性に対しては下手に出ている方が性に合うのかもしれない。房事も結婚の際に言われたような作業めいたものではなく、情熱的だった。
深夜、郭聖通を寝台に残して、劉秀は漆里の邸宅の庭に出てきた。ここで築を演奏したときには、もう少し淡白な関係を予想していたのだが。
「明日には発つのね。気をつけて」
「あぁ、起こしてしまったか。ありがとう、気をつけて行くよ」
背後に郭聖通が立っていた。月明かりに照らされてその美しい肢体は切り絵のように闇に浮かび上がる。
「盗賊達も大変ね。私のような女や子供を連れて、貴方から逃げまわらなきゃいけないなんて」
銅馬軍のような盗賊軍は、劉秀の率いるような軍とは異なり、家族を帯同して移動する。頭ではわかっているつもりだった劉秀だが、郭聖通の言葉で改めて明確に意識することになった。家族を連れている、ということはそれだけ糧食が必要になる。これは極めて大きな弱点だ。劉秀の頭に銅馬軍打倒の秘策が浮かんだ。
「君に会いに来て、良かったよ」
「え、そんなに良かった?それは、その、どういたしまして」
なにか違う意味で受け取った郭聖通は耳を紅くした。劉秀は陰麗華を愛していながら、郭聖通を愛でることが出来る自分に嫌悪感を覚えた。




