第四十二章 胡乱な客
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廣阿城をいよいよ出発、というところで城の前に二万はあろうかという軍勢が出現した。しかし、その軍は矢を射かけるでもなく、やがて使節らしき二人の人物が馬に乗って至った。
「私の名は龐萌、我々は皇帝陛下の勅命で、漢軍を率いて助勢に参りました。我が主、尚書令の謝躬が、行大司馬劉秀様にお目通りできますよう、お願い致します」
龐萌は白髪交じりの壮年の男性で、その声音には柔和な響きがあった。城壁に立った諸将の内、王覇が驚きの声をあげて手を振った。龐萌ではなく、もう一人の使者に対してである。
「その槍は、馬武殿!お久しぶりです!相変わらずお元気そうですね!」
馬武は緑林軍出身で、昆陽の戦いに参加した勇将である。その大身槍を振るえば敵うものはいない。
「王覇殿も達者で何より。その格好は行伍どころじゃなさそうだな!」
馬武は、王覇が劉秀に帰参した時にへりくだって言った言葉を覚えていたのでこのようにからかった。行伍、つまり兵卒として加えてほしいと言った王覇だが、いまや一端の将軍である。二人のやり取りを見て、龐萌が咳払いをして言った。
「馬武の知己がおるなら何より。はてさて城門を開けてもらえますかな?」
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尚書令の謝躬は劉秀に面会すると終始にこやかに援軍に来た経緯を語った。
「援軍に来て頂いたことは非常にありがたい。しかし、私のいない間に都まで変わっているとは。時の流れは早いものですね」
「まったくその通りです。私も洛陽から長安への遷都は大わらわでした。ですが、戦場に身を置かれた行大司馬の労苦にはおよぶべくもありません」
二人はこの調子でお互いの労を労ったり、褒め合ったりしながら、協力して鉅鹿を攻略すること、混乱を避けるため互いの兵の宿泊する地域を別ける事等を取り決めた。謝躬は恭しく辞去し、自陣に戻っていった。
劉秀は同席していた鄧禹に言った。
「私への監視役として送られてきたと見て、間違いはないか?更始帝の犬となれば警戒が必要だ」
「監視役どころではありません。叛意を抱いているようならば殺せ、そこまで言われている可能性が高いでしょう。隙を見て始末しましょう」
劉秀は驚きの表情を見せた。その目は殺すのはやり過ぎじゃないか、と語っている。鄧禹も険しい目で、やり過ぎなものですか、とでも言いたげだ。
「傍らの二人が厄介ですね。龐萌は狡賢く、馬武は武勇があります。なんとか隙を作り出さなければ」
劉秀は謝躬よりも、謝躬が伝えた長安、更始帝とそれを取り巻く情勢の変化に興味が向きつつあった。
論功行賞を巡って朱鮪が失脚、王に封じられた劉嘉も長安を離れ、政権を牛耳っているのは趙萌なる外戚だと言う。
--天下を獲る前から外戚の専横を許すとは--
劉秀は更始政権が足元から崩れていく音を聴いた気がした。




