第63話→若さ故の過ち。誰にでも一つはある黒歴史。
「チッ・・・・案の定かよ」
家に帰宅した俺は、嫌な予感をひしひしと感じたので、音がたたないよう細心の注意をはらいながら家の中に潜入。
そこで、気配をなるべく薄くするように心がけながら居間を覗いてみると、予想どおり立夏が居た。
(とりあえず見つからないうちに部屋に戻るか・・・・)
俺はそう思いながら、ゆっくりと後退する。
「・・・・・・義秋、お兄ちゃん?」
突然の声に、ビクッと体が震える。
喉の奥から出そうになる音を必死で飲み込み、恐る恐る後ろを振り返ると、眉をひそめながら何してんだろうこの人、的なオーラを放っている結花ちゃんがいた。
人は、頭が何かで埋まっているとき、思考がかなり鈍るらしい。
俺の頭の中は、立夏から逃げるという大きな使命で埋まっていたわけで。
この時、咄嗟に結花ちゃんの口を塞ぎ、そのまま自分の部屋に連れてきてしまったのは、自分の意志ではないと大声で主張したい。
そういえば、結花ちゃんは気配を消すのがうまかったなぁなんて思う余裕ができた時には、すでに場の雰囲気はおかしなことになっていた。
☆☆☆☆
「えっとあの・・・・不束者ですがよろしくお願いしますっ!」
結花ちゃんが、頬を赤らめながらペコリと頭を下げる。
今更ながら、本当のことを言える雰囲気じゃない。
俺は吹き出す汗を拭いつつ、場の雰囲気に流されて間違いを犯すカップルの気持ちをなんとなく察することが出来た。
さて、そろそろ覚悟を決めるか。
そんなことを思いながら、結花ちゃんの肩に手を置いた。
☆☆☆☆
部屋に戻った俺は、よく働かない思考のままベッドに潜り込む。
これからどうしようかと考えるためにだ。
ぶっちゃけ、立夏から説教をくらうのは欝陶しくてかなわない。
(どうにかして回避したいところではあるが・・・・・・・そういえば結花ちゃん、気配消すのうまかったなぁ・・・・・・・・あ)
そう、ここで、ベッドの中に結花ちゃんまで巻き込んでいることに気付いた。
「す、すすすすまんっ!ついうっかり!」
俺は跳ねるように起き上がると、ベッドから急いで飛び降りた。
「・・・・・・大丈夫、です」
顔を真っ赤にしながら、結花ちゃんが俯く。
突然、部屋のなかの雰囲気がおかしくなった。
どこのラブコメだよ!と誰かに突っ込まれてしまいそうな沈黙が続き、ふと結花ちゃんが自分に言い聞かせるように呟く。
「大丈夫だよ私っ!・・・・・既成事実さえあれば誰にも負けないんだから!」
結花ちゃんは小さな声で言っているつもりみたいだが、はっきり言って丸聞こえだし。
これ、どうすればいいんだろうか。
まぁ、部屋に連れてきてしまったのは、理由がどうであれ俺なわけだし。
責任、とらなきゃだよな?
「あ、あのっ!」
「・・・・・・なんでございましょう」
こうなったら自棄だ。
今更、間違って連れてきちゃったんだ、ごめん、なんて言えるわけもないし・・・・。
もういいや。この場の雰囲気に身を任せてしまおう。
「えっとあの・・・・不束者ですがよろしくお願いしますっ!」
(こんな現場、誰かに見られたらどうすんだよ・・・・・これが若気の至りってやつか)
そんなことを思いながら、俺は結花ちゃんの肩に手を置き、ゆっくりと唇を重ねた。
☆☆☆☆☆
「あれ?ご主人様の匂いがします」
突然、ルシフがそんなことを言い出した。
確かに、時間的にはもう帰ってきている頃なのだが・・・なぜ顔を見せないんだろうか、と誰もが頭の上に疑問符を浮かべる。
「むむ・・・・なんか嫌な予感がするの」
「・・・珍しく意見が合うね」
夏那華と迷梨が、お互いに頷き合う。
「あれ?そういえば、結花ちゃんは?」
「・・・・・さっきお手洗いに行ってから、まだ戻ってきてないね」
「まさか・・・」、と声を合わせる蜜柑と苺。
最初に動いたのは立夏。
立夏の頭の中には、結花と義秋が初めて会った時のことがフラッシュバックする。
義秋の、デレデレした顔。
自分より、妹の結花ばかり見ていた義秋。
(いくら結花といえど・・・・・・・負けたくない!)
義秋に相談したかった“あること”は、すっかり頭の奥に眠ってしまった。
戦う以外のことでこんなに熱くなったのはいつぶりだろうか、なんて思いながら、義秋の部屋の前に立つ。
なんとなく、ここに居る気がする。
自分の勘を信じて、立夏はゆっくりと義秋の部屋のドアを開いた。




