番外編 ミイシャ~奴隷の証~ 後日談
フェリシエル、でんちゃん、新婚です
今日は満月、ハムスターの心は躍る。巨大化したでんちゃんは、大好きな妃を背にのせ。夜中のパトロールだ。
「でんちゃん、街の美しい面ばかりではなく。裏の顔を見たいです」
「裏の顔だと? それは難しいな。悪の組織を大分せん滅したからな!」
「やはり、でんちゃんだったのですね! 伝説の討伐隊は!」
「何がだ?」
もふもふの巨大ハムスターはぴょーんと屋根から屋根へ飛び移る。そして、フェリシエルと他愛のない話をしながら、下町へ向かい楽しそうに散歩する。
「なんだ! あれは!」
たまたま白銀のハムスターを目撃してしまった酔っ払いが騒ぐ。でんちゃんは、素早く他の屋根に飛び移ると彼らの視界から消えた。
下界では酔っ払い達がまだ騒いでいる。
「ああ? なんも、いねえじゃねえか」
「いたんだよ! 今、白く光る豚が空飛んでた!」
楽しそうに空中散歩をしていたでんちゃんの耳がピクリと動く。空を飛ぶでんちゃんは体を大きく広げている。毛足の長さも手伝って、更に丸く見えるのだろう。
「ぐぬぬ、私は白銀の神獣なるぞ! それを豚呼ばわりするとは、いい度胸だな、ふははは!」
でんちゃんが青紫色の美しい瞳を剣呑に光らせ、酔っ払い目指して弾丸のように急降下しようとする。
「駄目です! でんちゃん、無辜の民相手に暴れては! 電撃放ちますよ!」
ハムスターにしがみつき、きりりと眉を吊り上げたフェリシエルの一言で、ぴたりとでんちゃんの動きがとまる。
「酔っ払いの目など節穴です! でんちゃんは世界一可愛い、ハム……神獣様です! あのような戯言、聞いてはなりません。市井ではでんちゃんをみかけると幸運が訪れるとまで言われています。まさに幸運をよぶ、伝説の珍……神獣です!」
「ふっ、そうであろう。お前が若干噛み気味で言うのが気になるが、あの男の目が腐っているのであろう。
それではフェリシエル、今日のお散歩は、うらぶれた飲み屋だ!」
「御意」
そういってフェリシエルが愛おしそうにでんちゃんの毛並みをなでると、ハムスターは気持ちよさそうに目を細めた。
裏町に降り立つと、ハムスターはぽんと人化した。
「え? なぜ、殿下に戻るのです?」
愛妻にむちゃくちゃ不満顔をされる。塩対応に心が折れそう。
――え? おかしくない? ハムスターより、私の方が全然イケメンだよ?
しかし、ぐっとその言葉を飲み込む。
「フェリシエルを一人で飲みに行かせられるわけないだろう」
王子がジト目で妻を見る。それともフェリシエルは巨大ハムスターと酒を飲みかわしたかったのだろうか?
気を取り直して、二人とも安物のマントを羽織り、フードを目深にかぶる。旅人を装った。しかし、裏町と聞いた場所はフェリシエルの予想に反して。
「そういえば、殿下が、王都の裏町クリーン作戦を実施したのですよね。ちっともうらぶれていません」
リュカはミイシャの一件以来、街のごみ掃除に尽力した。また悪組織がはびこらないように。
二人は古びた木戸をおして、薄暗い酒場に入った。ここは以前獣人売買の商人が出入りしていた店だ。飴色のカウンターの隅に腰を下ろす。
王子が軽いつまみと酒を頼むと不愛想な店のおやじが頷いた。この愛想のないマスターも代替わりしている。店だけがそのまま残っているのだ。
「雰囲気ありますね」
などと言いつつ、フェリシエルが物珍しげに店内を眺める。
「綺麗なお店です」
彼女の言う通り、古いがテーブルも椅子も良く磨き込まれている。
街も店もちっともうらぶれていない。
「今はだいぶ治安も良くなった。しかし、時折喧嘩はあるし、悪者は次から次に湧いてくる」
二人の前にショットグラスとチーズの盛り合わせ、こんがりと焼いたソーセージが置かれる。フェリシエルはショットグラスに入った酒を一息で飲み干した。なかなか豪快だ。
どこでこんな飲み方を覚えたの? と王子は目を丸くする。彼女の言う前世だろうか?
「殿下は、少し働きすぎです。悪が生れるのは殿下のせいではありません。微力ながら、私もお役に立ちます。討伐隊に私も入れてください! ずるいです。いつもアルク様や、アルフォンソ卿とこそこそと、それに時々ミイシャまで」
王子は高笑いとともに、悪者に電撃魔法を放つフェリシエルを想像してぶるっと体を震わす。良くも悪くも彼女は目立つので、隠密行動とか絶対無理。使いどころを間違えれば、味方もろとも電撃で黒焦げだ。
それに、気持ちは嬉しいのだが、あまり危険な真似はしてもらいたくない。慣れない王太子妃業務だけで大変なのだ。なにしろこの国には王妃はいない。それだけでもフェリシエルの負担は大きい。まあ、あの王妃ならば、いない方が楽だが……。リュカが妻をねぎらうことにした。
「充分役に立っている。フェリシエルが望むのならば、裏町にこうして出入りし、実際の様子を見よう。これからは、空だけではなく街もパトロールだな」
「……」
王子がいい笑顔を浮かべ、しみじみと言う。……が、返事がない。見るとフェリシエルがこてんと伏して眠っている。
「え? なんで?」
顔が真っ赤だ。元公爵令嬢には酒が強すぎたようだ。食前酒なら、くぴくぴ飲んでいるので大丈夫かと思ったが、この種の酒は駄目だったようだ。酒に強い獣人たちと飲むことが多いので失念してた。
一つため息を吐き、酒を煽り、お代りをする。つまみの皿をからにしてからフェリシエルを担いで立ち上がった。
「よし、今度からは妻にはホットミルクだ」と心に決める。
帰りは、さっそうと夜の街を飛び跳ねるのではなく。フェリシエルをかかえ、地下道をひた走った。
そして翌朝、フェリシエルは、回し車で遊び過ぎてぐったりしてるでんちゃんを見つけるのだった。
柔らかく温かいもふもふのハムスターはフェリシエルの手でそっとすくわれ、ベッドまで運ばれる。
「ごめんね。でんちゃん。遊びたりなかったね。今度はもっといっぱい遊ぼうね」
――別にリュカ様が嫌なわけではないですよ。……この姿にならなければ、素直に甘えられない人だから……。
大好きな人に優しく撫でられて、気持ちがよくて、でんちゃんは丸くなり、すやすやと束の間の眠りについた。
読了ありがとうございました!
また、数か月後にハムスターが暴れる予定です!?




