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番外編 Re…… 王子編2

 本来ならば、それは兄である王子の役目だ。あの当時、それを心苦しく思った。


 そこではっとする。


「なぜ、あれほどの腕を持つお前が、牢番などをやっている?」


 あの場は、リュカがとりなし事なきを得たはずだ。しかし、エスターは諦めたような表情で首を振る。


「後日騎士団を破門になりました。不敬罪に問われず罪人とならずに済んだのは殿下のお陰です」


 知らなかった。今ならばわかる。執念深いエルウィンが彼を許さなかったのだ。後から横やりを入れたのだろう。


「私が、甘かったせいで」


今更ながら臍をかむ思いだ。絶望に沈んだ心に新たな悔恨の念がわいてくる。


「殿下、私のことは気になさらないでください。こうして職があるおかげで、私は日々生活していけます。それだけで満足です。それよりもお話の続きをどうぞ」


 エスターは、嬉しかった。まるで生ける屍のように、何事にも反応しなくなってしまった彼が、今は人の言葉に耳を傾け、それにこたえている。エスターは牢番用の粗末な椅子に再び腰を降ろす。


「エスター殿、興味があればあなたにもぜひ聞いてもらいたい話なのだが、殿下よろしいでしょうか」


もう王子ではないと言っているのに彼女は殿下と呼ぶ。


「ああ、かまわない」


正直、もうミカエラの話には興味を失っていた。大切な少女をなくし、牢屋でも国の犠牲者達に出会い、自分の無能さがやるせなかった。ほんの少し前ならば、王族の身分にものを言わせ彼らを救えたかもしれないのに。


「私には不完全ながら、未来視の能力があります。そして、リュカ殿下あなたの秘密も存じております。お話してもよろしいでしょうか?」

「……ああ」


 いささか腑に落ちない。


(まさか……元王宮の魔術師とは言え、王家の秘密を知っているわけがない)


 リュカは刑に服さなければならない身ではあるが、未だ国王は神獣については、沈黙の誓いを守っている。


「この国には何代かに一度神獣のお力を宿す王子が生れます。そしてそのものが玉座につけば国はさかえますが、もし、その王子が王位を継ぐことなく命をおとせば国は滅びます。その伝承はご存じでしょうか?」

「神獣の話は聞いているが……。王位につかなければ国が亡びる? そんな話は初めて聞いたぞ」


それを聞いたミカエラが静かに目を閉じる。



「それは、国王陛下が黙っていたのでしょう。もしくはこの伝承を信じていなかったのか。国が荒れているときや傾きかけたときに、神獣の加護を受けた王子が生まれ、民を導き栄えさせる。それがテラルーシの伝承で、過去に何度もそれでこの国は滅亡を免れてきました」


 リュカの知らない話だ。彼が知っているのは王家に時折、先祖返りの獣人が生まれるという事。そしてあの少女が、その姿をいたく気に入り、毎晩のように窓辺で訪れを待っていてくれた事。それだけだ。


「リュカ殿下、あなたがこの牢からお逃げになる意思があるのならば、手引きいたしましょう」


 リュカはしばし沈黙した後に口を開く。


「いや、やめておくよ。この通り私は、腑抜けだし、ミカエラ、お前の話もにわかに信じがたい。私が王位を継がなくともこの国には何の影響も及ぼさないだろう。それにもう王族ではない」


 ミカエラが静かに頷く。


「大切なご令嬢が失われてしまったからですね。だからあなたは生きることに絶望してしまった」


 王子が再び沈黙する。


「あなた様と同じ牢にフェリシエル様も入っておられました。そして、あなた様と同じように脱獄することを拒絶されました」


 リュカは弾かれたように立ち上がる。


「なぜ? なぜ、逃げることを拒否したのだ?」

「さあ、わかりません。憶測でしかありませんが、殿下と同じお気持ちだったのでしょう」


 今度こそ打ちのめされた。あの少女は深く救いのない絶望の中で死を迎えたのだ。


「あのご令嬢が恋しいのですか?」


 ミカエラの発する問いに苦し気にこたえる。


「私にはフェリシエルを恋しいという資格などない」


「もしも、彼女にもう一度会えるとしたら?」


 リュカは激しく首を振る。


「それはダメだ。反魂の術は禁忌であるし、悪戯に死者の魂を苦しめるものときく。あれを

これ以上苦しめたくはない」


 王子は彼女への強い思慕を断腸の思いで振り切った。ミカエラは静かに首をふる。


「いいえ、殿下、そうではありません。戻るのです、過去に。今のこの苦しい記憶を抱えたまま」


 王子が訝し気に顔を上げる。


「そんな馬鹿な。そんなことが……出来るのか?」


 半信半疑の問いだ。


「一度だけならば。神獣の力を宿したあなたになら、出来るかと」


 そこで王子の頭に疑問が浮かぶ。


「もしも、それが可能だとしよう。ならば、この現実はどうなる」


 当然の疑問だった。


「殿下、時間をさかのぼるのです。例えるならば、砂の落ち切った砂時計をひっくり返すようなもの。過去に戻った事で未来が分岐するわけではありません」


 王子は絶望の中にありながらも、その考えに囚われる。


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