59 王子の語るおとぎ話2
R15残酷描写、苦手な方はバック推奨です。
王子が軽く咳ばらいをする。
「まあ、聞け。
その時、王子はアミュレットを確認したが、今度は何の反応もない。娘は魅了の力を使わずに本心から詫びているのだ。そして、自分を慕う娘をいじらしく感じた。
その日から王子は娘が気になるようになった。一方で婚約者の公女がますます口うるさくなる。
それから、王子と娘が恋仲になるまではあっという間だった」
フェリシエルがごくりと唾をのみ込む。なぜか緊張してきた。
「王子は、だんだんと口うるさい公女が疎ましくなっていった。
そんな時、娘は王子に耳打ちする。公女に度々陰で嫌がらせをされると。政略結婚で仕方なく、殿下と結婚してあげなければならないと、公女が周りの貴族に言いふらし、さらに彼女の家は王族から政権を奪おうとしていると」
フェリシエルはなぜだかその先を聞きたくないと感じたが、王子に話をやめる様子はない。
「そしてとうとう愚かな王子は、国の内外に婚約者を知らしめる大切な夜会で、公女に恥をかかせたうえ、公衆の面前で彼女との婚約を破棄してしまうのだ。
勝気な公女は昂然と頭を上げて、夜会場を後にした。その後、間もなく、彼女の実家の謀反の証拠が次々にあがり、すぐに一族郎党捕らえられ、公女も牢に繋がれた」
これは本当におとぎ話……?
カップを持つフェリシエルの手がいつの間にか、かたかたと震えていた。王子の手がそれをやさしく包みこむ。
「公女は斬首されることになった。陰鬱な雨の朝、娘が王子に囁く。あの女の処刑をあなたと一緒に見物したいと。愚かな王子は、娘の言いなりだった。早速、貴賓席を設け、彼女の望み通り高見から処刑を見物することにした。
広場の断頭台に立つ元婚約者をみる。げっそりとして、粗末なドレスを身に纏っているが、彼女は背筋を伸ばし凛としている。
公女が断頭台に跪く、その時王子はふと胸騒ぎを覚えた。何か大切なことを忘れているのではないか? それはなんだ? 不安で胸がどきどきした。
断頭台の刃が落ちてくる刹那、彼女と目が合った。青く澄んだ大きな瞳が涙に潤む。勝ち気で泣くことなどなかった彼女のうつろな表情が王子の胸を打つ。
その瞬間、心の中で何かがはじけた。愚かな王子は、唐突に悲しみ打たれ、恐怖に襲われた。『やめてくれ、どうして彼女をギロチンにかけるのだ? 彼女になんの非があり、罪がある?』気付くと声を上げ、立ち上がっていた。
すると隣に侍っていた娘が叫ぶ、『なぜ魅了がとけたの?』と。アミュレットは優しい継母と思っていた妃によって魅了の力が増幅する物にすり替えられていた。
周りに流され慢心し、真実から目を背け続けた愚かな王子は元婚約者の首が落ちる瞬間、偽りの愛に身を焦がしたことを知る。だが、もう手遅れ」
「もう、やめて……」
なんて悲しい話をするのだろう。フェリシエルの瞳から涙がこぼれる。しかし王子はやめない。静かな口調で語り続けた。
「処刑人が公女の落ちた首を掴んで、ずた袋に無造作に入れようとする。王子は制止を振り切り、貴賓席から、転げるように、公女の元へはしる。そして、彼女の苦悶の表情、生を失ったばかりの虚ろな瞳を見る。鮮血溢れる首を処刑人から奪い、胸に掻き抱き、ただひたすらに詫び続け泣き縋る。
その後、王子は狂人として牢に入れられ、一週間もしないうちに国王を毒殺しようとしたと濡れ衣を着せられ、公女と同じ断頭台の露と消える」
そこまで話すと王子は口を引き結んだ。
「殿下、それは……その話は」
彼の前世なのだろうか。彼は一度死んで戻って来たのだろうか。
「これは、私が子供の頃の家庭教師から聞いた話だ。努力を怠り、真実から目を背ける者の戒めとしてね。もっとも、その家庭教師は王妃に疎まれてやめさせられてしまったがな」
言葉では否定しているし、王子の表情はどこまでも凪いでいる。しかし、瞳の奥に苦悩を宿していた。
――彼はフェリシエルの前世の話を戯言と切り捨てなかった。
王子がフェリシエルの涙を優しくぬぐう。
「……それで、殿下は砂時計をお持ちなのですね」
「忘れたのか? あれは君が私に持たせたのだ。私より二つ年下の君はこう言った。『私たち貴族は民から税を受け取る代わりにこの国の政を行います。ですから、王となる者は時間を無駄にしてはならないのです』と
もちろん、私は幼少の頃より勤勉で、時間を無駄にしたことはない。だから、不本意ではあったが、受け取って使うようになった。もちろん、君との茶会のときも時間を無駄にしないように」
フェリシエルにその記憶はない。ただ目を見開いた。砂時計は時間を無駄にせず頑張っているよという彼からのサイン。
「まさか、その数年後、お前が、妃教育をさぼり始めるとは思わなかったがな」
そういって王子は肩をすくめた。
「殿下、フェリシエル様、お待たせいたしました」
ミカエラはまるで話が終わるタイミングをはかったかのように現れる。名を呼ぶことは先ほどフェリシエルが許していた。
「ミカエラは、元王宮のお抱え呪い師で、私の元家庭教師だ」
「え?」




