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25ペットたちの冒険1

「ふむ、王都の中心地を随分はずれたな。帰るのに足がいるな」


 二匹が乗り込んだ馬車は鬱蒼とした雑木林に入っていく。木々が茂る先に大きな屋敷が見えてきた。

 建物は古く朽ちかけていて廃墟のような雰囲気を醸し出している。馬車は門扉を抜けて、敷地内に入った。大きな本館の左手に別棟、そして右手に厩がある。レスター家の別宅だろうか? それにしては全く手入れがなっていない。まるで打ち捨てられた屋敷のようだ。


「ミイシャ、喋っていいぞ」

「マスター、獣臭い」

「ああ?締め上げられたいか、小童」


いきりたったハムスターが馬車の屋根の上で仁王立ちする。


「違う。マスターからはフェリシエルと同じいい匂いがする」


そう言うとミイシャが馬車からストンと飛び降りた。その背にハムスターが飛び降りる。


「こっちから変な匂い」


 ミイシャは丈の高い草のなかを別棟に向かって、しなやかに疾走した。一方ジークは数人の男達とともに本館へ向かっていく。そちらも気になったが、王子はミイシャと行動を共にした。獣の勘は侮れない。


「これは、血の匂いか」


 粗末な木造の掘立小屋が見えてきた。鍵はなく、ミイシャが前足でドアを開けると、ムアっと腐った肉の匂いが漂う。さらに奥へ入ると食い散らかされた獣の死骸が山と積まれていた。


 ミイシャがビクッとして一瞬怯む。ハムスターがミイシャの背からストンとおり、とてとてと先行する。隣の部屋のドアを押し開けると、油のきれた蝶番がぎぃーっとなった。

 

 二匹は奥へ進む。広い部屋だ。中は暗く黒いカーテンがしっかりと閉まっている。まるで人目を避けるように。

 

 奥に巨大な水槽が見える。王子は嫌な予感がした。その中には、内臓やばらばらになった獣の四肢、そして獣人の半身がぷくぷくと浮かんでいる。失敗した実験体。どうやら魔導の研究室のようだ。それもこの国では禁忌の。


「ミイシャ、見るな!」

「みゃあ」


 王子の後ろから恐々とついてきた子猫はびっくりして飛び上がった。すっかり腰ぬけたようだ。怯えて地面にペタンと伏している。


「ミイシャ、大丈夫だ。彼らが襲ってくることはない。魂は宿っていないのだから。帰ろう」


 生命をもてあそぶホムンクルスの実験は禁止されている。王子は命の冒瀆に身体中の血が沸騰しそうなほど腹を立てていた。しかし、今は怯えたミイシャを元気づけるのが先だ。


 ハムスターはペシペシと励ますように、背をたたき、小さな手で子猫のほわほわの毛を撫でてやる。ほんのりとミイシャの体温が伝わり、プルプルと震えているのがわかる。

 

 不思議なもので、猫にはよく追いかけられていたので嫌いだったが、こうして一緒にいると情がわいてくる。しばらく撫でてやると震えが止まった。



「ミイシャ、留守が長いとフェリシエルが心配する。あれは寂しがりやだからな。私達がそばにいてやらねば。それにファンネル邸が心配だ。フェリシエルを守ると誓ったろう?」

「みゃあ!」


 ミイシャに金色の目に光が戻った。すくっと立ち上がり頭をあげる。その表情はりりしい。しかし、戸口まで行くとピタリと足が止まった。


「マスター、外に獣がいる、多分オオカミ。それと人」

「敷地内に犬ではなくオオカミを放つとはな」


 ミイシャの様子を見るとしっかりとしている。オオカミは怖くないようだ。子供ながら、なかなか勇敢な猫である。


「ここは二手に分かれて、無害なネズミと猫のふりをしよう。腹が減っていなければ襲いかかってこないだろう。この敷地の入口で落ちあおう」

「みゃあ!」


 ミイシャがそろりと慎重に一歩を踏み出す。ハムスターはガサゴソと草を縫って疾走していった。もう少しこの屋敷を探りたいが、自由に人型になれない今は難しい。それに力もまだ戻っていないので、深追いは禁物だ。

 

 ハムスターは厩の入口に、拾った小枝を使って簡易魔法陣をかいた。帰りの足に馬を調達するつもりだ。戸の隙間からちょろっと中へ入る。


 一方、ミイシャは敷地の入口近くに来たが、後一歩というところでオオカミに勘づかれた。一緒にいる人間が、オオカミを操っているようだ。獲物を追いつめるように、じりじりと間合いをつめてくる。その時馬のいななきと蹄の音が響いた。


「ミイシャ!こっちだ、飛び乗れ」


 見上げると、見事な青毛の馬の上にサテンシルバーの頼もしいハムスターが一匹。


「みゃあ!」


ミイシャがとびのると馬はぐんぐんとスピードをあげ、敷地を一気に抜ける。


「マスター。この馬、どうしたの?」

「フハハハ、隷属させたのだ、と言いたいところだが、何故だか懐かれた」

「にゃあ?」


ミイシャが不思議そうに首を傾げる。


「まあ、人徳というやつだな」

「マスター、ハムスター」

「ちっがーう! これ世を忍ぶ仮の姿だから!」


子猫相手にいきりたつハムスター。

二匹をのせた馬は、パカラッパカラッと王都の中心地へ戻ってきた。


「ミイシャ、おりるぞ」

「何で? まだ家じゃない」


子猫が小首を傾げる。


「お前に言ってもわからんだろうが、馬から足がつくかもしれない。ファンネル邸まで乗りつけるわけに行かない」


ひらりハムスターは飛び降り、それに猫が続いた。





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