ムリゲー
奇抜な街を出て、アカネは猫耳カチューシャを頭に嵌める。
「かわいい? ありがとー!」
視聴者からもだいぶ好評なようだった。
「それで? 居場所は?」
「あ、マップに表示された! ここから……南だね」
「南か」
アカネがマップを見て南へ向かおうと告げる。
私は猫耳カチューシャをつけていないから場所がわからない。だがしかし……チェシャ猫というのはどういう存在なのかが気になる。
原作ではチェシャ猫は侯爵夫人が飼っていた猫であり、首だけで茶会に現れるなどしてたぐらいしか印象がないが……。
「もう南にはいないよー」
「あ、そうなの? じゃあどこに……」
「待ちたまえ」
私はアカネの足を止める。
今の声は誰だ。私は嫌な予感がして背後を振り返る。背後にはいつのまにかバカでかい木が生えており、猫耳と猫のしっぽをつけた獣人の姿をした者が器用にしっぽだけでぶら下がっていた。
「えっ!? いつの間にこんな大木を……」
「ハートのキングたちに頼まれて俺を探してるらしいにゃ~? 暇だからこっちから出向いてやったにゃ」
「…………ッ!」
まさかの敵のほうから出迎えてきた。こう来るか。
私はインダラを召喚し、アカネは剣を構える。チェシャ猫は焦った様子もなく、にゃはは~とのんきに笑っていた。
「その程度でこの俺様を倒そうなどと片腹痛いにゃ。俺様の能力はハートの女王から聞いてるにゃろう。くっくっくっ」
その瞬間、技を放ったアカネの前からチェシャ猫が消える。
そして、その剣が私の身体にクリーンヒットしたのだった。ダメージを受ける私。フレンドリーファイア……。
かろうじて耐えたが、もうすでに一撃で死にかけていた。
「クオン!?」
「俺様の能力は因果律の操作。この程度の操作はわけないにゃん」
「…………チッ」
何らかの操作をされて私に攻撃するということになったわけか。
これじゃ攻撃を当てられるかどうかもわからないねぇ。アカネもバカじゃないからこのことには気づくはずだ。
チェシャ猫……本当に倒せるのか?
ぶっちゃけ今の時点で言えばムリゲーとしか言えない状況だった。
どちらかが攻撃をしようとしても、絶対に攻撃を当てることはできないだろう。因果律の操作によって変えられてしまう。
どうしたものかな。チェシャ猫を倒さないと元の世界に戻れないっていうんだろう?
「……クオン~」
「頼られても困るよ。この状況の突破方法は思いつかない」
「だよねぇ……」
ただ、思考を止めるということはしない。
因果律というのは原因がなくてはなにも生じないということだ。攻撃を当てられないのはたぶん、攻撃を当てる原因を無くしたとかそういう類のことをしたんだろう。
因果律の破れ……というものが存在する。それは物体が光の速度を超えないという制限を破ること。つまり光速で動ければ因果律の操作を破ることは可能だろう。
だがどうやって?
音速ならまだしも光速ともなると話が変わる。無理だ。自分自身が光なって戦うようなことをしない限り、攻略はまず不可能。
「ふふ、絶望にゃんねぇ……。その表情たまんにゃぁい……!」
「…………降参は可能かい?」
「ありゃ、もう降参するのにゃ? ま、無理もないにゃんね。俺様の攻略は不可能……。金色ウサギを捕まえたから面白半分で連れてきたけど……期待はずれだったニャンね。元の世界に帰してやるから達者でやるといいにゃ」
「え、いいの!?」
アカネがそれに反応していた。
いや、おかしいだろう。ハートの女王の話だとチェシャ猫を倒さねば戻れない……という話だったはずだ。それがなぜ倒さなくても戻れるんだ?
何か怪しい。嫌な予感がする。戻れるなら戻りたいが、その誘いに乗ってはいけない気がする。
どちらの情報が正しいのかなんて私にはわからないが、予感で言うならば乗りたくはない。だがしかし、乗らざるを得ない。そうしなければ元の世界に一生戻れないままだから。
「なら倒さなくてもいいじゃんね~」
「…………」
「クオンもそれでいいでしょ?」
「……まぁ、アカネがいいのなら構わないよ。ともに地獄に落ちるまでさ」
「んえ?」
「ふふん。じゃ、ばいば~い」
そういって、私たちの目の前の光景が移り変わっていく。
気が付くと平原に私たちは寝そべっていた。私の姿も元に戻っており、アカネは戻れたと喜んでいたが……。
私はステータス画面を開く。
「……やはりね」
「やはりって?」
「ステータスを開いてみるといいさ」
そういうとアカネがステータス画面を開いた。そして、ぎょっと目を丸くして驚いている。
「ギャーーーーーっ! レベル1に戻ってる!?」
「チェシャ猫を倒さずに帰ってきたペナルティだろう。倒していたら元のまま戻れていたはずだ」
「わかってたの!?」
「なんとなくそんな気はしただけさ。ハートの女王は倒さねば戻れないと言っていただろう。倒さずに帰れるということは何かしらの代償があると考えてはいた。あり得るとしたらデバフスキルの追加、もしくはレベルダウンと考えた。私は別にそこまで高くなかったし痛手にはならないだろうと思ってアカネに任せるといったからね」
「ずっる!」
私とアカネのレベルが1へと戻ってしまったのだった。




