クライアントがメスガキだった件
突然で申し訳ないが、ミカエル君はツンデレという存在がなかなか苦手である。
言い方がキツイからデレさせる前に心が折れる自信がある。ミカエル君のメンタルは薄氷より脆いのだ。アニメやラノベで鍛え上げた歴戦のオタク諸氏にとってはそよ風、むしろご褒美であろう。むしろデレる前の罵倒に新たな境地を見出す猛者もいるかもしれないが、それはさておき。
まあ、この時点でミカエル君はツンデレが苦手だ。そこに別の属性が加わるともう駄目である。うっかり学生時代に空手の県大会で優勝をもぎ取った左の膝蹴りが炸裂しそうな勢いだ。初対面の、それも出会ってまだ数分しか経っていない相手に『下僕or奴隷になれ』的な事を言われたら、その頭を掴んで顔面に膝蹴りを叩き込んでやりたくなるくらいには苦手である。
さてさて、転生前に最後に見たアニメのヒロインでも思い出して落ち着こうと思ったのだが、心が苛立っているからなのか、連想ゲーム的にツンデレヒロインが苦手という思考に行きついてしまった。皆はないだろうか? こうやって連想ゲーム的に物事を考えているうちに本来の趣旨を見失ってしまう事は。俺だけ? 俺だけなのか?
というわけで、”本来の趣旨”とやらに戻るとしよう。
「―――どーお? アタシの発明品の数々は?」
研究所の中は機械だらけだった。組み立て中の戦闘人形に見たことも無い機械、トラクターらしき車両に新型小銃のテストモデル。ノヴォシアの軍事面を支える技術の発信地、それがここなのだ。
そしてそれは目の前にいる天才少女の、他人には決して窺い知れない脳味噌の中から生まれてくる。
この世界の文明の殆どは、ぶっちゃけこの世界から滅亡した人間たち―――いわゆる”旧人類”の遺した技術を解析したものとなっている。富裕層に普及している車だって、その辺にあるラジオだって、そして国民の生活を支えている電気だって、それを生み出す発電技術だって、元々は人間たちが生み出した技術。それを獣人たちがそのまま引き継ぎ、旧人類の遺構であるダンジョンから新しい技術が発掘されたらそれを解析、という行為を繰り返して今の文明を維持している。
だから獣人がゼロから生み出した技術など、現時点ではほぼ存在しないのだ。
そういう意味では「アタシの発明品」という発言には語弊がある。まあ、発掘された技術をベースに改良を重ねてきたのだから、完全な誤りというわけではないのだろうが。
リュドミラ・フリスチェンコ博士と護衛の兵士(なんかサーベルにピストルを融合させたようなカッコいい武器を持ってる)に案内され、研究所のエレベーターへ。
転生前の世界にあったエレベーターと比較すると、防爆扉なんじゃないかと思ってしまうほど扉が分厚い。チンッ、とエレベーターが到着したことを告げる音が鳴ると、その分厚い扉が重々しい金属音を響かせ、隙間から蒸気を漏らしながら開き始めた。
エレベーターに乗ると、博士は勝手知ったる我が家と言わんばかりにパネルを操作し地下5階を選択。パネルの脇にある赤いレバーを引くと、天井に剥き出しになっているピストンのような部品が順番に駆動を始めた。プシュー、と配管の隙間から蒸気が漏れ、エレベーターの中にうっすらと湿気を撒き散らす。
ガガガ、とピストンが速度を増していくにつれて、エレベーターがゆっくりと地下へ降り始めた。電気じゃなくて蒸気を動力に使っているのだろうか。確かに、ザリンツィクの近郊には鉱物資源が豊富な鉱山がいくつもあり、調達が容易な事もあってこの街で販売されている石炭は比較的安価だ。さすがに上質なものとなると値段もそれ相応となるが、多少質が悪いのでも良ければ出費は最低限で済む。
機関車の燃料を買い付けに行ったパヴェルも喜んでいたっけ、そういや。
「博士、そのテストというのは具体的にどのような事を?」
「バーカ、依頼書読んでないの?」
「いや、新型機と模擬戦をやるっていうのは把握してるけど……」
ちゃんと依頼書くらい読んどるわ、と思いながら返答すると、博士は白衣の内ポケットに仕込んでいたキャンディを口へ放り込んだ。やっぱり頭を使う仕事には糖分が必須なのか。ミカエル君もお菓子は常備している。内ポケットにキャンディやらチョコレートやら。
「複数のタイプがあるんだけど、それと順番に戦えって事よ。わかった?」
「なるほど」
複数のタイプ……てっきりクラリスと一緒に1機の新型機と戦うのを想定していたんだが、こりゃちょっと話が違ってくるぞ。
それにしても、テストエリアは地下にあるのか。てっきりガチガチに防護された建物の中にあるものと思っていたが、考えてみれば合理的である。地下深くにあれば騒音被害はないし、流れ弾による市街地への被害も考慮しなくていい。それに万が一テスト機が暴走し手に負えない、なんて事になれば―――テストエリアを完全封鎖することで、とりあえずは解決を図れる。
なるほど、そう思えば理に適った構造と言える。これも博士が指示したのだろうか?
しばらくして、エレベーターが原則を始めた。ぐるぐると回転していた階層表示のカウンターが地下5階でぴたりと止まり、溢れ出る蒸気と共に防爆扉みたいなエレベーターの扉が開いていく。
「「!!」」
一瞬、ここが研究所の中であることを忘れてしまった。
地下5階―――凍てつく土壌の地下深くに創り出されたその空間は、研究施設の中とは思えない場所だった。直径はおそらく3から4㎞ほどの円形の空間、そこに分厚いドーム状のガラスが配置されていて、その内側はさながら闘技場のようだ。
ご丁寧に、外壁部分には観客席のようなスペースもある。とはいってもあそこに座るのは剣闘士たちの戦いに熱狂する観客ではない。おそらくだがあれは研究者たちのための席だ。この広大な、しかし”熱気”のない淡白な闘技場で戦う新兵器のデータを採取するための場所なのだ。
魂の無い機械たちの闘技場―――そこに今から、俺たちは踏み入る事になる。
既に闘技場の中には、1機の戦闘人形が待機していた。特徴である両腕のカマキリみたいなブレードを折り畳んだ状態で、天井から降り注ぐ青白い光を浴びて佇む鋼鉄の剣闘士。テスト機だからなのか、オレンジ色にホワイトのラインと結構派手な塗装になっている。
城郭都市リーネで見た個体と同一……ではない。サイズは一回り小さく、あれよりも軽量化に成功した次世代モデルだという事が分かるが、最も大きな進歩は”脚”だろう。
前に見た戦闘人形は四本の脚で歩行する多脚タイプだったのだが―――こいつは違う。
少し背中が曲がっているが、二本の脚で立っている。
猿人のような姿勢と言えばいいだろうか。まだ完全な直立二足歩行には至っていないが、完成の兆しが見えているような、そんな感じだ。
知らず知らずのうちに顔に出ていたのか、隣にいるフリスチェンコ博士は誇らしげに胸を張った。
「あれが次世代モデルの初号機”オホートニク”よ。従来モデルをベースに小型、軽量化。更にバランスも見直して二足歩行ができるように改造したの。まだ直立二足歩行には至っていないけど、より人間に近い動きができるわ」
「すっげ……!!」
やっぱり男の子はこういうメカに弱い。え、お前は男の娘だって? うるせえ、男の子でも男の娘でもどっちでもいいだろ。
「ルールは単純明快。こっちはテストしたい機体を1機ずつ出すから、そっちも1人ずつ戦ってほしいの。戦闘時間は3分、その間逃げ切ればそっちの勝ちよ。一応は非殺傷武装を搭載しているけど、直撃すれば十分怪我をするから気を付けてね?」
「―――もしこちらがあれを撃破した場合は?」
今まで俺の後ろに控えていたクラリスが、ぞっとするほど冷たい―――ノヴォシアの吹雪ですら母の温もりに思えるほど冷たい声で、博士に問いかける。
しかし博士もなかなか肝が据わった人らしい。常人であろうと冒険者であろうと気圧されてしまいそうなクラリスの一声に、先ほどと全く変わらぬ調子で応える。
「うーん、それでもそっちの勝ちでいいわよ? ま、無理だろうけど♪」
どうだろうねぇ……確かに性能は高そうだが、ウチのメイドもなかなかの規格外だ。正直、どっちが強いかと問われたら答えるのに苦労しそうである。できるならクラリスに勝ってほしいが。
「まあいいわ、立ち話もアレだし早速始めましょ。最初はどっち?」
「ご主人様、露払いはクラリスが」
完全にスイッチが戦闘モードに切り替わったらしい。戦闘前の顔つきになったクラリスが前に出た。
「―――勝って帰ってこいよ」
「お任せを」
闘技場へと入って行くクラリス。俺は博士に案内され、ドーム状のガラスの向こうから闘技場全域を一望できるデザインになっている観客席の方へ。
観客席には既に、何人かの科学者たちが集まっていた。手にファイルとペンを持ち、これから始まる戦闘人形のテストの記録を取る準備をしている。
「ねーねー、あのメイドさん強いのー? あんな服でまともに戦えるわけ―――」
「オイ」
腕を組みながら、闘技場で戦う準備をするクラリスを直視したまま、出来る限りの威圧感を込めて口にする。
「―――ウチのメイドをナメるな」
「……へえ」
楽しみじゃん、と言わんばかりにニヤリと笑うフリスチェンコ博士。コレでこっちが負けたら赤っ恥も良いところだが―――俺はクラリスの強さを知っている。血盟旅団の中でも実力はパヴェルと並んでトップクラス、最強格の片割れなのだ。機械の人形如きに後れを取るなど考えられない。
頼むぞ、クラリス。
戦闘モードに入ったのか、二脚型戦闘人形”オホートニク”の頭部―――アリクイみたいに尖った頭、そこに刻まれたスリットから紅い光が漏れた。ジャキンッ、と折り畳まれていた両腕のブレードが伸び、背中の曲がった猿人のような姿勢の歪な機械兵士が、女性の金切り声にも似た咆哮を発する。
両腕のブレードはカマキリのような形状ではなく、騎士が腰に下げているロングソードのような形状に変更されていた。無論、人間の兵士が持つそれよりも遥かに重く、分厚い。あんなものを振るわれれば、人体なんぞ防具諸共叩き切られてしまうだろう。非殺傷用、と博士は言っていたが、それでも直撃すれば内臓が破裂しかねない。
そんな接近戦に特化した相手に、クラリスは銃を用いた射撃戦―――ではなく、接近戦を挑むつもりらしかった。
スリングで背負ったQBZ-97には手も触れず、代わりにボリストポリで購入した得物―――例のクソデカボルトカッターに手を伸ばす。何気に今まで一度も使われる事の無かった代物、武器屋の店主に『まさかこれが売れるとは』と言わせるほどの武器が、ついにその鋭利な顎を開く時が来たのだ。
「何よアレ。あんな鈍重な武器で―――」
試合開始のブザーが鳴る。
もう一度咆哮を発し、姿勢を低くしてクラリスに襲い掛かるオホートニク。その跳躍はあのカマキリみたいな現行モデルと比較すると、軽やかで安定したものだった。開発者自らがバランサーを調整、足回りに至っては完全な新規設計にしてまで生み出した新型機。それは決して伊達ではないようで、その挙動は人間の動きと獣の力強さを兼ね備えた、獰猛な狂戦士のそれだった。
勝った―――そう確信したのか、博士がキャンディを噛み砕く音が聞こえた。
並の人間では反応すらできない、空中からの飛びかかり攻撃。落下する勢いも乗せたその斬撃は防具を穿ち、盾をも砕く巨人の一撃だ。
躱す事も、防ぐこともできない。
―――本当にそうか?
にやり、と笑みが浮かんだのと、博士の顔から余裕が消えたのは同時だった。
これからクラリスに飛びかかり、両腕のブレードの剣技を思う存分披露しようとしていたオホートニク。その骸骨みたいに華奢な胴体を、いつの間にか艶の無い漆黒の顎ががっちりと挟み込んでいたのである。
「―――は?」
それは間違いもなく、クラリスの手にしていたクソデカボルトカッターだった。
造った鍛冶屋の店主も扱いに困り、売れ残っていた悲運の武器。確かに身の丈を超える巨大なハサミなど、扱いにくい事この上ないだろう。その上重く、ただでさえ使い手を選ぶような武器であるというのに運用にも難があるなど、実用性をかなぐり捨てたとしか思えない。
なんでそんなもん作ったんだ、と真面目に問い詰めたくなるそれが―――帝国の誇る頭脳の生み出した新兵器、その試作機に、その顎で喰らい付く日が来ようとは一体誰が予想した事か。
一度捕えられれば逃げようのない顎。それに捕らえられたオホートニクの運命は決まったようなものだった。
みしっ、と機械の軋む音。あるいは水圧で軋む潜水艇のような音。それが俺たちのところまで聞こえてきた頃には、バヂンッ、と金属の断裂するような音が闘技場の中へと響き渡り―――上半身と下半身に両断されたオホートニクの無残な残骸が、クラリスの足元に転がる事となった。
試合時間、僅か3秒。言うまでもなくクラリスの圧勝である。
「な、な……な……っ」
「―――ところがぎっちょん」
信じられない、と言わんばかりにがくがくと震えるフリスチェンコ博士。さて次は俺の番か、と席から立ち上がる。
「わからせてやるよ。覚悟しな、メスガキめ」
いいねえいいねえこういうの。燃える―――でもこれで俺負けたらクッソダセぇ。頑張らなきゃ。
AK-308を準備しながら闘技場の入り口に向かうと、汗一つかく事無く勝利したクラリスが笑顔で戻ってきた。
「お疲れ。圧勝だったな!」
「正直、それほどの強さでもありませんでしたわ」
「でしょうね」
あの動き、俺でも目で追えたもの。反応できるかどうかは別として。
ちらりと観客席を見ると、正気を取り戻した博士が別の科学者に何やらぎゃーぎゃー言っているのが見えた。自信作がまだ無名のEランク冒険者に瞬殺されたとあっては、天才技術者の名に泥を塗られたも同然だろう。
まあいい……あれだけざーこざーこ言われたんだ、わからせてやらないとな。
「ご主人様、ご武運を」
「ああ―――勝ってくる」
メイドが頑張って勝ったのだ、俺も負けてはいられない。
AK-308の安全装置をアンロック、セレクターレバーを最下段のセミオートに切り替える。
さてさて、何が出てくるのやら……。




