ザリンツィクを目指して
冬―――四季のうち、ノヴォシアにおいては最も過酷な季節だ。
9月にもなれば暖房が必要になり、10月になれば雪が降り始める。そしてその雪はこれでもかというほど降り積もって、年が明けてもなお人々の往来を完全に遮断する。だからノヴォシアにおいて冬とは克服するべき敵であり、大自然が人々に課した試練である、とされている。
すっかり真っ白になった窓の外。備えが無ければ決して春まで生き延びることのできない過酷な冬。この景色を見る度に、いつもアリとキリギリスの話を思い出す。冬の備えをきっちりとやっていたアリが生き延び、まともな備えをしていなかったキリギリスが飢え死にするというアレだ。
ノヴォシアにも、この冬の恐ろしさを子供たちに教育するため、それに似た寓話がある。
ノヴォシア帝国の国土の中でも、南西にあるイライナ地方でも冬は過酷だ。12月になれば積雪量は深刻化し、憲兵隊を総動員してどれだけ除雪作業を行っても追い付かなくなる。国内の全ての道路は雪で埋もれ、線路も埋もれ、国内の全ての流通はストップしてしまう。
だから今年はザリンツィクまでだ。ザリンツィクに到着したら長期契約しているレンタルホームを借り、そこで年が明けるのを待つ。そして年が明け、雪解けの時期になったら南方の港町”アレーサ”へと向かうのだ。
きっとレギーナは、もう自分の故郷であるアレーサに着いているだろう。屋敷での理不尽な扱いは心の傷として一生残るだろうけど……せめてこれからの人生を、幸せに生きてほしい。血の繋がった息子から母への、心の底からの願いである。
「ご主人様、寒くはないですか?」
「ああ、大丈夫」
「コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう」
礼を言ってからマグカップを受け取り、そっとテーブルの上に置いた。注文通りミルク多めで砂糖多め、随分とクリーミーな色に変色したコーヒーが、灰色のマグカップの中で暖かそうな湯気を立てている。
何か読むか、と思いながら本棚に手を伸ばした。一体どこから集めてきたのか、本棚には漫画やラノベ(どれも見た事の無いタイトルばかりだ)がずらりと並んでいて、しかもコレ最終巻まで全部コンプしてあるんじゃないだろうか。
読み始めて続きが気になる、っていうあの感覚に苛まれる心配がないのはありがたい。ザリンツィクまでまだ時間がかかる事だし、これでも読んで少し時間を潰そう。
コンコン、と部屋をノックする音。ミカちゃんのケモミミがその音を敏感に拾い、パヴェルのノックする音ではない事をすぐに聞き分ける。アイツのノックの音はちょっと乱暴で、気のせいか少し金属音がするのだ。あの金属音何なんだろう……握手した時も普通の人間の手とは違う感触がするし。まさか義手なんて事無いだろうな?
まあいい、パヴェルじゃない事は確かだ。という事はモニカで確定だろう―――どうぞ、といつもの調子で返事を返すと、ガラッとドアが開き、元気な声が聞こえてきた。
「やっほーミカ、遊びに来たわよ!」
「おー」
正確には漫画読みに来た、だろ?
座れっていう前に椅子に腰を下ろし、本棚から漫画を引っ張り出すモニカ。前にお勧めしてた能力バトル系の漫画だ。ハマったのだろうか?
「モニカさん、コーヒーをお持ちしました」
「あら、気が利くじゃない。ありがと♪」
クラリスとモニカもすっかり仲が良くなったようで何よりだ。というか、お互い初対面の時の印象が(というかクラリスからモニカへの印象が)最悪過ぎた。あれさえなければモニカは多少フランクな所はあるけれど、芯は強くて義理堅い良い子だとは思う。
列車の進路が変わったような気がして、窓の外を見た。どうやら待避所に入ったらしい。後方から高速列車が来たか、反対側から列車が来たのか……でもこの線路複線だよな、と思い、窓の下―――雪に覆われつつある地面を見下ろす。
地面にはちゃんとレールが4本用意されている。キリウ行きの”上り”の線路と、アレーサ行きの”下り”の線路の2つだ。だから、俺たちの後方からドチャクソ速い列車が追い抜いていきますよ、という事態にでもならない限り、待避所に入る事なんてまず無い。
さて、一体どんな列車だ? パヴェル氏が魔改造したAA-20を追い抜いていくような化け物は?
その化け物の姿を拝んでおこうと窓の外に目を向けるが、意外にもそれがやってきたのは反対側からだった。
装甲化された蒸気機関車が、並列に並んで走っていく。上りの線路と下りの線路の両方を使う形で、だ。
ザリンツィク方面からキリウ方面へと走っていく機関車たち。彼らの後方に連結されているのは貨車やクレーンばかりだ。貨物列車にしては奇妙な編成に思える。貨物の輸送であれば複線で運用する必要がそもそもなく、こうして俺たちが待避所に入ってやり過ごすことも無いからだ。
その答えは、貨車たちの最後尾にあった。
「「でっか!!」」
思わず叫んだ声が、同様の思いから言葉を発したのであろうモニカの声とハモる。
列車の最後尾にあったもの―――それは複線での運用を前提に設計された巨大な装甲車両だった。接近する敵を迎撃するためか、手回し式のガトリング機関砲……ではなく、それよりも進んだ水冷式の重機関銃がいくつか据え付けられているが、注目すべき点はそこじゃあない。
装甲車両の中央、まるで天守閣のように聳え立つ巨大な円筒状の物体―――それは砲身だった。
口径だけを考えると明らかに50㎝くらいはあるだろう。戦艦の主砲よりもデカい。あの戦艦大和ですら46㎝である。そんな巨人の剛腕みたいに巨大な砲身が車両の上に乗せられ、吹雪の中をキリウ方面へと向けて走り去っていったのである。
明らかにアレは―――列車砲だった。
有名なのはナチス・ドイツが第二次世界大戦で運用したドーラやグスタフだが、さすがにあれほどのサイズではない。というか、あんなド変態列車砲は後にも先にもあれが最後であってほしい。あれ以上の列車砲なんてもう誰も作らないだろう、時代はミサイルである。
「え、何アレ何アレ」
「列車砲……じゃね?」
「列車砲……よね? え、何? 我が国戦争でも始めるの?」
「いやいやいや……そんなニュースねーし、多分平常運転なんじゃないの?」
あんなのが平常運転であってたまるか、という気持ちはあるが、実際そうなのだろう。
ノヴォシア帝国騎士団―――この国の国軍にあたる軍事組織だが、版図が広大であればその規模もまた膨大だ。という事は当然、その軍事力を支える兵器の保有量も膨大というわけで。
その大量の兵器を製造しているのが、これから向かう工業都市ザリンツィク。近隣に豊富な鉱脈の眠る鉱山を有し、それを加工する優秀な職人たちと、過去の遺物の解析技術に長けた技術者たちが日夜働く帝国の重要拠点。
一体どんなところなのか……到着するのが楽しみだ。
「ザリンツィクかぁ……工場以外になにかあるかしら」
「貴族の屋敷はあるだろ。後は鉱山とか研究所とか。管理局もリーネとかボリストポリより規模がデカいだろうし、冒険者も集まってる筈」
「ということはミカエル団長、次の盗みも期待できそうですなぁ……うへへ」
「モニカ、言っておくけど俺らは単なる強盗じゃない。そこは間違うなよ」
「分かってるわよ。”善人や弱い人々からは決して奪わない”、でしょう?」
これが血盟旅団のルールだ。
強盗のターゲットになるのは主に貴族―――特に裏で悪事を働き私腹を肥やしているような、そんな連中だ。そういう奴らから根こそぎ金品を奪い制裁とする、それが血盟旅団の方針。とはいってもノヴォシア帝国の貴族の腐敗が叫ばれてから既に久しく、どの貴族も裏では色々とやってるのが当たり前という悲しい状況。貴族の成すべき義務を貫く古き良き貴族の方が少数派という、なんとも嘆かわしい状況となっている。
まあ、そんな状況で貴族からの圧政が強い地域では、平等を求める共産主義が強い支持を集めるのも頷ける。実際、このノヴォシア帝国では革命の兆しが日に日に強くなっており、憲兵隊とか騎士団はその革命の火消しに躍起になっているのだそうだ。特にノヴォシア地方で酷いらしく、この前なんか首都でちょっとしたデモがあったらしい。
オイオイこんな調子じゃあ白い帝国が赤くなっちゃうよ? いいの? 革命を経て世界大戦に勝利して冷戦で疲弊して崩壊するクッソ悲惨な運命が待ってるけどいいの? そんなのミカちゃん許さないからなマジで。
「まあ、悪い貴族も居るだろうし……もし居たらたっぷり稼がせてもらうとするか」
「お金ぇ☆」
目がお金のマークになってますよモニカさん。
晴れて仲間となったモニカだが、分かった事がある。
彼女、お金に対する執着がすごいのだ。家を出たとはいえ貴族なので、お金に関してはそこまで執着することも無いんじゃないかとは思うんだが……それこそ腐るほどあるはずだし、お金。
いや、俺みたいに庶子扱いで実家のお金を好き勝手に使えなかった身ならば分かる。そこに山のようにあるのに使えないお金、なかなか精神的に辛いものである。
でもモニカってそういう経験をしてない筈なんだよなぁ……うーん、何故?
まあ、でもそういう人だという事にしておこう……執着心が強いって事は、それに対する”嗅覚”も鋭敏だという事だし。
裏事業をやる時は役に立ってくれる筈だ……たぶん。
「97、98、99……100ゥ!」
負荷のかかった両手を床から離し、軽く肩を回しながら息を吐いた。
腕立て伏せ100回、スクワット100回。何もない日は何かしらのトレーニングをするようにしている。冒険者というのは身体を使う仕事だ。そりゃあ頭を使わず身体を動かしてりゃあいい、というわけでもないが、自分の身体を使う以上日々の鍛錬は欠かせない。一日でもサボると瞬く間に鈍ってしまうので、それを防ぐためにトレーニングをほぼ毎日やってるのよミカエル君は。
3号車の2階、射撃訓練場の片隅に用意された筋トレスペース。上着を脱いで半裸になった状態でそっと立ち上がり、両手の指を握ったり離したりを繰り返す。
服を着た状態ではよく女の子に間違われるミカエル君だが、脱ぐとすごいんです。
ちゃんと筋肉はついているし、腹筋も割れている。本人のサイズが小さいだけで体格は鍛え上げられた男性のものだ。
「ご主人様、タオルをお持ちしまし―――」
「ああ、ありが……クラリス?」
半裸の俺を見て、クラリスが凍り付く。ピシっ、と彼女のメガネのレンズにひびが入ったような気がするんだが、何があった?
「……半裸……半裸のご主人様……?」
「?」
つー、と彼女の鼻から紅い液体が流れ落ちてくる。おい、何で鼻血出してんだお前。
「せ、せくしーすぎますわ……!」
「クラリス? クラリスさん?」
「ご主人様」
「はい」
「抱きしめさせてください」
「待て待て落ち着けどうしたお前」
「ご主人様が、そ、そんな恰好で誘ってくるのがいけないのですわ……!」
身の危険を感じたのでとりあえず後ずさり。タオルだけ受け取って素早く汗を拭き、指を動かしながら迫ってくるクラリスにとっ捕まる前にタンクトップを大慌てで身に纏う。
「ちぇっ」
「ちぇっ!?」
え、何? 今の何?
もしかしてアレ? もし上着着るのもう少し遅れてたらミカエル君襲われてた? 身長183㎝でGカップなクソデカメイドさん(どこがとは言わん、全部だ)に食べられちゃってた? 大人向けでムフフなイベントに突入しちゃってた?
ちょっともったいないと思ったが、怒られるのも嫌なので許してほしい。
さて、筋トレが終わったら次は射撃訓練だ。
「あ、ここに居たのね」
「おう、モニカ」
メニュー画面を出して使う銃を選定していると、MP5を抱えたモニカが入ってきた。
仲間たち全員からの了承を得て、血盟旅団の一員となったモニカ。管理局でメンバー加入の申告をするまでは正式な仲間という扱いではないが、まあ書類上というだけで俺たちの彼女に対する扱いは変わらない。彼女もかけがえのない仲間である。
特に何も装着していないMP5を手に、基本動作をおさらいするモニカ。まずはマガジンの装着、安全装置の解除、後端部で引っかけて止めてあるボルトハンドルを叩き落して薬室へ初弾装填。もちろんこの間、引き金に指は触れていない。
昨日、パヴェルと2人で銃の扱いについてみっちり指導した。今日は彼女にとって異世界の銃に触れる2日目となるが、こっちの世界でもフリントロック式の銃はある程度普及しているので、何となくだが勝手は分かるのだろう。
ストックを肩に当て、頬をストックに押し付けてリアサイトを覗き込むモニカ。目の前に的が現れると、彼女のMP5が勇ましく火を噴いた。パパンッ、と放たれた9mmパラベラム弾が的の胸板を撃ち抜き、風穴を穿つ。
彼女に負けてられない―――そう思いながらメニュー画面を出し、俺も新しい銃を手にする。
傍から見るとそれはAKのように見えた。アサルトライフルのようにも見えるが―――こいつは違う、アサルトライフルではない。ショットガンである。
ロシア製セミオートマチック式ショットガン『ヴェープル12モロト』。AKの分隊支援火器モデルであるRPKをベースにしたセミオートマチック式のショットガンである。
チューブマガジンではなく通常のマガジンを採用しているので再装填も容易、セミオートマチック式なので矢継ぎ早に連射が可能、更に更に操作方法がAKと似通っているのでAKに慣れたミカエル君でも安心してお使いいただけるという点からこれを選ばせてもらった。
それに、ショットガンの弾薬は種類が豊富だ。特に低致死性の弾薬も他の銃より充実しているので、標的を殺さず無力化したい時は選択肢に入るだろう……狙撃には向かないが接近戦や乱戦では頼りになってくれそうだ。
ザリンツィクに到着するまでの間、こいつの扱いに慣れておくとしよう……。




