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同じ道を歩む者


 死を覚悟したつもりだったのだが……目を開けた先に広がっていたのは、お花畑でも三途の川でもなく、見慣れた灰色の天井。特にこれといった装飾もなく、優美さを切り捨てて機能性に全振りしたような、ちょっとばかり殺風景な空間だった。


 とはいえ生活感がないというわけではなく、狭苦しい空間に強引に押し込まれた二段ベッドとテーブル、そしてその上に置かれたラジオに漫画。長旅で疲弊するであろう心身を少しでも癒そうという備えが確かにそこにある。


 そうだ、パヴェルの列車の客車に用意された自室―――俺とクラリスの部屋だった。


 あれ、俺は確か……そうだ、モニカを連れ戻そうと列車に乗り込んで、あと一歩のところでセルゲイに捕まり、列車から線路に突き落とされた……そこまでは覚えている。


 その後に一体何が起こったのか、あれからどれだけ時間が経過したのか分からない。身体を起こそうとすると、まるで思い出したかのように鈍い頭痛が頭の中を駆けずり回り、まだ傷が癒えていない事を必死に主張し始める。


 頭に巻かれた包帯を手で押さえながら、それでも何とか体を起こす。するとそのタイミングで寝室のドアが開き、お椀の乗ったトレイを手にしたクラリスが中へと入ってきた。


「ご主人様!」


「いててて……」


「もう、無茶をしないでください! まだ傷が塞がったわけでは……!」


「モニカは……モニカはどうなった……?」


「……」


 呆れたように溜息をつき、そっと俺を二段ベッドの下段―――あれ、こっちって確かクラリスのベッドでは―――に再び寝かせるクラリス。枕元までテーブルを引っ張り、その上にトレイを静かに置いたクラリスは、椅子に腰を下ろしてから話を始めた。


「ご主人様はあの後、何があったのかは分かりませんが……線路で倒れていたのです。パヴェルさんが列車を動かして、モニカさんを乗せた列車を追ってくれていたからすぐ発見できたのですが」


「パヴェルが……?」


 自分の失態をここで自覚する。どうやら感情に任せて動いてしまい、思っている以上に仲間に迷惑をかけてしまったらしい。


 形式上とはいえ、血盟旅団の団長は俺という事になっている。実際はパヴェルの指示通りに動く操り人形、傀儡かいらいに過ぎないのだが、それでも団長は団長。ギルドの責任者であることに変わりはない。


 仲間にも迷惑をかけるような行動は慎んで然るべきだというのに……俺は何をやっているのか。


 自分のやったことにやっと気付いた、それを悟ったのか、クラリスは我が子を咎める母のような顔つきから、いつもの優しい表情に戻った。お粥の入ったお椀を手に取り、そっと傍らに置いてくれる。


「今はこれを食べて、ゆっくり休んでくださいな。モニカさんの行方についてはパヴェルさんが調べてくださっています」


「……本当にすまない」


 つくづく駄目な団長だ……自分を責めながらも、お椀をそっと手に取った。













 コンコン、とドアをノックすると、入れ、と低い声が聞こえてきた。獣の唸り声にも、ただ単にやる気のない眠そうな声にも聞こえるパヴェルの声。遠慮せずにドアを開けると、部屋の窓際に彼の大きな背中があった。


 窓に向かうように置かれた机の上にはノヴォシア帝国イライナ地方の地図が広げられていて、そこにはびっしりと何かが描き込まれている。それだけじゃない、パヴェルの傍らには大量のデータのようなものが映し出されたパソコン―――まさかパソコンまで自作したのか―――が置かれていて、複数の作業を並行して行っている事が伺える。


 そういえば、彼の……パヴェルの部屋に入ったのは初めてだ。旅を始めてからというもの、訪れた事があるのは食堂車と倉庫、シャワールームに射撃訓練場くらい。彼の部屋を訪れる理由が特になかったというのが最大の理由だが、こうして見てみると部屋の持ち主の違いが分かりやすく現れている。


 この世界の地図に魔物の図鑑、気候について詳細に記載された書類……パヴェルの部屋は、彼が前まで住んでいた車両基地の一室とは打って変わって、仕事のための部屋といった印象だった。血盟旅団のマネージャー、オペレーターとしての役目を一手に引き受けているのだからそうもなるのだろうが、プライベートが全くないというわけでもないらしく、テーブルの片隅には小型のラジオが置かれていて、それからはパヴェルの好きなジャズが流れている。


 ラジオの隣にはウォッカの酒瓶。これと葉巻は彼のトレードマークと言って良いかもしれない。


 窓際に置かれている小さな写真立てに収まっているのは集合写真だろうか。2つある内の片方には、黒い制服に身を包み、紅いベレー帽を被った数名の兵士たちが写っている。真ん中に立ってAKを肩に担いでいるのはおそらくパヴェル。転生前の写真なのか、それとも”前の職場”の時のものか。


 もう片方の写真は何だろう、と注視しようとしていたところに、パヴェルはこっちを振り向きもせずに言った。


「身体はもう大丈夫か?」


「ああ、何とか痛みは引いた……ありがとう。それと本当に申し訳ない、迷惑をかけた」


 個人の勝手な感情で、ギルドの仲間に迷惑をかけた―――殴られる覚悟でここに来たのだが、頭を下げている俺にパヴェルが返したのは、鉄拳制裁でも罵倒でもなく、まるで自分と同じ失敗をした部下に向けるような、何とも言えない笑みだった。


「気にすんなよ、ミカ。俺も昔はそうだった……だからさ、気持ちは分かる」


「……え」


 意外だった。


 飄々としているようで、その裏では冷静に核心を見据えている印象のパヴェル。真面目な時はまさに熟練の兵士とか、百戦錬磨といった言葉が似合う彼だが、そんなパヴェルにもそういう時期があったらしい。


「17くらいだったか……転生したばかりの頃、行く当てがなくて困ってたところを貴族の女の子に拾われてな。そいつ、騎士団に所属してたんだが」


「ああ……座っていいか」


「おう。それでさ、実はそいつに許婚が居てさ。彼女は自由が欲しかったらしいんだが、結局は政略結婚のための道具にされるのはほぼ決定だったらしい」


 懐かしそうに昔の話を語るパヴェル。彼の話が本当だというのなら、今の俺が置かれている状況に何となく似ているようにも思えた。政略結婚の道具にされる運命の少女と、それを救いたいという思い。


 もしかして俺たちって似ているのではないか。表面では全く違えども、根本的な所では同じなのではないか。ついついそんな事を考えてしまう。


「だから、俺は彼女を連れて逃げ出したんだ。許婚も実家も全部捨てて、彼女はついて来てくれた……それからはしばらく逃亡生活さ。騎士団の追手から逃げながら、一緒に隣国まで旅をした。その時は全く考えてなかったよ、彼女が後に俺の妻になる女だったなんてな」


「とんでもねえ駆け落ちだな」


「はははっ、そーだろ。今となっては良い思い出話だ……だからさ、ミカ。お前の気持ちも分かる」


「……そうかい」


「ああ。今、そのモニカとかいう娘の行方を追ってる。ハクビ村から南方の貴族で子供が屋敷から逃げ出した貴族をリストアップしてみたんだが……どうやらこの先にある”城郭都市リーネ”の貴族、”レオノフ家”の娘が半年前から失踪しているらしい」


 城郭都市リーネ。


 ザリンツィクからはやや北に逸れたルートにそんな名前の城郭都市があったことを思い出す。


「それで」


「その屋敷の娘の特徴だが……白猫の獣人、魔術適性はB相当、属性は水。レオノフ家は没落した貴族で、他の貴族と娘を婚約させることで復権を狙っているらしい。没落貴族ってのはどこも思考回路が一緒なのかね」


 パヴェルの口にした、そのレオノフ家の娘の特徴。それはびっくりするほどモニカと一致していた。白猫、水属性魔術の使い手、適性はB相当―――コイツ本当は知ってるんじゃないかと言っても良いほど、モニカと特徴が重なる。


「娘の名前は”クリスチーナ・ペカルスカヤ・レオノヴァ”。予定では今年の冬に他の貴族の息子と結婚する予定だったらしい。無事に政略結婚が済めばレオノフ家は安泰、だから母親も必死だったんだろう」


「……でも、彼女はその運命を拒んだ」


 これは決して、俺の善意の押し付けなどではない。


 はっきりと聞いたのだ。彼女が、モニカがその運命を拒絶したのを。母親が権力を得るための道具に成り下がる事を良しとせず、自由であることを望んだ。権力回復のための道具として使い潰されるよりも、1人の人間として好きに生きる道を選んだのだ。


「んで、どーするんだ団長」


「俺としては……モニカを見捨てたくない。何とかして助けたい」


「まだ知り合って日も浅い赤の他人に、どうしてそこまで肩入れする?」


「それはあんたが良く分かってる筈だ、パヴェル。昔に同じ経験をしたあんたなら」


 今、俺は過去のパヴェルと同じ道を進もうとしている。縁も所縁もない赤の他人に救いの手を差し伸べ、共に自由になろうとしている。


 そういう経験があるからこそ、彼ならば分かってくれる筈だ。理解者であってくれる筈だ―――そうだろう、と問いかけるように彼の瞳を直視していると、パヴェルは苦笑いしながら肩をすくめた。


「そりゃあそうだ。見捨てられない、それだけ理由があれば十分さ」


 葉巻を取り出し、それにライターで火をつけるパヴェル。パソコンとランタンの弱々しい灯りに、ライターの橙色の炎が加わった。


「最後まで付き合うぜ、ミカ」


「ありがとう、本当に助かる」


「とりあえず今は身体を癒せ。その間にこっちは情報を集めておく」


「……頼む」


 何から何まで本当にすまない、パヴェル。


 彼に情報収集を任せ、踵を返そうとする。その時にふと、窓際に飾られているカラー写真が視界に入った。


 パヴェルの加えている葉巻の火で、うっすらと照らされた写真。


 それを目にして驚愕する。が、その写真が何なのか、今ここで彼に問う勇気は俺には無い。


 無言で部屋を出て、ドアを閉める。たった今、一瞬だけ見えたあの写真―――パヴェルの部屋の窓際に飾られていたカラー写真。そこに写っていたのはパヴェルらしき男性と、彼に寄り添う黒髪の女性のものだった。


 顔つきは東洋人と西洋人のハーフといった雰囲気で、左目には眼帯をしていた。そしてその闇のような頭髪の中からは2本のドラゴンの角のようなものが伸びていて……。


 そう、俺がこの世界に転生した時に姿を現した、あの”自称魔王”に瓜二つだったのだ。


 もしあの黒髪の女性がパヴェルの前の職場の上司、あるいは妻だというのなら―――パヴェルは一体、何者なんだ……?













 鼻腔を射抜く火薬の臭いに、重々しい銃声の連鎖。日本では自衛官や警察官にでもならない限り経験する事の無い感覚。平和な日本で普通に過ごしている限りは非日常に分類されるそれが、今の俺にとっての日常だった。


 人型の的の急所にならない部位を殴りつけていく9mmパラベラム弾の弾雨。アサルトライフル用の中間弾薬と比較すると反動は小さく、近距離での戦闘に限って言えば扱いやすい。


 マガジンの中が空になったのを確認し、銃身の左斜め上にあるボルトハンドルを後部まで引いた。そのまま後端部に引っ掛けてマガジンを引っこ抜き、予備のマガジンと交換。マガジンがしっかりとはめ込まれたのを確認してから、引っかけていたボルトハンドルを外し再装填リロードを終える。


 今使っている銃は、当然ながらAKではない。


 『MP5』と呼ばれる、ドイツが誇る高性能機関短銃だ。バトルライフルであるG3をスケールダウンする形で設計された代物で、SMGの中でも優れた命中精度を誇る。コストは高いが性能は折り紙付きであり、警察の機動隊から特殊部隊に至るまで、あらゆる国家で採用されているベストセラーである。


 難点を挙げるならばG3譲りの再装填リロードの手間の多さか。さっき実演した通り、マガジンの交換前にボルトハンドルを手動で操作する必要がある。


 西側の銃に触れるのはこれが人生初だ。


 これを選んだ理由は単純明快、モニカの実家に殴り込みに行く可能性が極めて高いからである。


 殴り込みというか、正確にはモニカの救出だ。作戦にもよるが、九分九厘向こうの警備隊と戦闘になる。そうなった際に彼らを必要以上に傷付けず、しかし確実に無力化できる銃は何かと考えた結果、これに行きついた。


 貫通力の低い拳銃弾を使用するが故に貫通による二次被害を引き起こしにくく、低致死性のゴム弾の発射にも対応しており、更にカスタムパーツも豊富で汎用性に富む利点を考慮してMP5を選定した。


 まだカスタムはしていないが、それは操作方法に慣れてから手を付けて行く事にする。AKに慣れているからか、マガジンの交換の時に前方に傾けようとしたり、ボルトハンドルの操作でちょっともたついたりするので、それが無くなるまでは何度も反復練習あるのみである。


 パヴェルが偵察に出ている間、時間はたっぷりある。今のうちに身体に叩き込んでおかなければ―――実戦では、役に立たない。




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