初めての報酬
「はー、まだ震えが止まらないよ」
兵員室の冷蔵庫の中から持ってきたタンプルソーダ―のボトルを握りながら言うルカの手は、確かに小さく震えていた。
やはり、兵士を一番育てるのは実戦だ。
極限状態に置かれる兵士からすればたまったものではないが、しかし実戦からしか得られない貴重な経験があるというのもまた事実である。
兵員室に潜り込み、中にある冷蔵庫から自分の分のタンプルソーダを取ってから再び外に出た。兵員室のエアコンは、燃料の節約のために切ってある。
兵員室の外に出て、BTMP-84の砲塔の上に這い上がった。ゴブリンの掃討を終え、ミリアンスクを目指して北上するBTMP-84の姿は、やはり地元の住民や仕事帰りの冒険者たちにとっては異様な姿らしい。さっきから穀物をどっさり積んだトラックや荷馬車とすれ違うけれど、その度に異様なものを見る目でじろじろと見られている。
戦車(※BTMP-84は戦車ではありません)が初めて戦場に姿を現したのは、第一次世界大戦だ。当時は巨大な履帯の両サイドにスポンソンを設け、そこに57mm砲を搭載した”菱形戦車”というスタイルの代物だったという。
「何だアレ」
「すっげえ、トラクターに大砲詰んでやがる」
「どこのギルドだ?」
「あのエンブレム……アレじゃないか、最近勢力を伸ばしてる血盟旅団じゃ……?」
これからミリアンスクに戻るところなのだろう、パーティーで歩いていた冒険者がそんな会話をしていたのが聞こえ、ちょっとニヤリとしてしまう……おっといかんいかん、今のミカエル君は冒険者、そして貴族である(庶子だけど)。陰キャは卒業するって言ったじゃないか。え、言ってない?
砲塔の上から身を乗り出しているパヴェルに「栓抜きくれ」とオーダーすると、一旦砲塔に引っ込んだ彼は、何を思ったのかガリルを取り出してこっちに渡してきた。
いやいや、確かにこのアサルトライフルにも栓抜きの機能あるけど……というかこれ、ちゃんと非常用の武器として積み込んでるんだよな? まさかとは思うけど「弾の出る栓抜き」として使ってないよな? まさかな???
謎の罪悪感を感じつつ、ガリルを使って王冠を外した。プシュッ、と弾けるイライナハーブ味の炭酸飲料を口に含み、もう半分ほどまで飲んでいるルカの方を振り向いた。
「二回目の実戦でゴブリン3体討伐か。累計で4体、エースまであと1体だな」
「そ、そうかなぁ」
「そうとも。お前見込みあるよ、ルカ。それとも先生の指導が優秀なのかな?」
「おいおいやめてくれ、ルカのセンスが良いんだよ」
恥ずかしいからやめてくれ……とは言うけれど、彼に戦い方を(半分くらいは)教えた身としては鼻が高いのは確かである。
とはいえ俺もまだまだなので、彼に追い越されないようもっと努力を重ねなければ。
のどかな草原を進むこと20分ほど。やっとミリアンスクの防壁が見えてきて、街へ入ろうとする車たちがプチ渋滞を作り上げていた。ブーブーブーブーとクラクションの音がやかましいが、それも仕方のない事だ。
何でこんな渋滞が出来上がっているか、それは防壁の入り口に設けられた検問所が原因である。
一昨日発生した中央美術館の強盗事件を受け、当局が捜索を強化しているのだ。なんでも、ラジオのニュースで聞いた話では、美術館を襲撃したのは共産主義者の一団で、芸術品を盗んで換金し、何とか厳しい懐事情の改善を図ろうとしたらしい。
結局、ミリアンスク市内の共産主義者は全員逮捕されたらしいけれど、盗まれた絵画『飛竜の恵み』は発見できず、逮捕された共産主義者全員が容疑を否認している状態なのだとか。
やだねー、こわいねー。
一向に進む気配がない事に苛立ったのか、後続車のドライバーがクラクションを執拗に鳴らしながらこっちを睨んでくる。
そんなこと言われてもね、というお気持ちになったので、退屈そうな顔のまま中指を立ててやった。するとそのドライバー氏、まさかそんな反撃が来るとは思ってなかったようで、目を見開きながらこっちを二度見してくる。
いや草。
そんな事をしている間にプチ渋滞もちょっとずつ進み、俺たちの番がやってきた。キュラキュラと履帯の音を高らかに鳴らしながら進むBTMP-84が検問所の前で停まり、こりゃあとんでもねえ大物が来たぞ、と目を丸くする憲兵さんが、引きつった声で応じてくれる。
「は、ははは……り、立派なトラクターですねぇ……」
「ええ、さっきちょうど浮気相手の家を耕してきたところなんですよ」
「この大砲で!?!?」
「いやー、NTRは重罪ですが、裏切った女もろとも間男を吹っ飛ばすのはアレですわ、快感の極みですわ」
「え、嘘、何やってんの? 何やってんのこの人ォ!?」
「ウソつくなよパヴェル……」
「www」
俺ら異世界までお笑いやりに来たわけじゃねえんだよ……仕事だよ仕事、分かる?
「すいません、冒険者です。仕事帰りです」
このままじゃ浮気相手の殺害容疑、あるいは器物損壊容疑がかかりそうなので、事態が悪化する前にとりあえず訂正しておく。やんわりと訂正しながら冒険者バッジを提示すると、コレ通報するべきなの、みたいな顔で困惑していた憲兵さんがやっと安堵してくれた。
そんなやりとりの間もイライラした後続車のドライバーがクラクションを鳴らしてくる。タンプルソーダの空瓶で遊んでいたルカはというと、「ん、こうすればいいのかな?」とでも言いたげな顔で、見様見真似で中指を立てやがった。
多分アレ意味わかってない。意味わかってないで中指立ててるわあの子。
「ど、どうぞ、お通りください」
「どもー」
キュラキュラキュラ、と車道を進んでいくBTMP-84。
目指す先は冒険者管理局……ではなく、まずは列車だ。
さすがにBTMP-84で管理局に乗りつけるわけにはいかない。
一番最初に言っておくけど、ミカエル君は免許を持っていない。
その上で述べるけれど、バイクの乗り心地は最高である。
エンジンの唸りに吹きつけてくる風、排気ガスの臭い。そして後ろから俺に抱き着くような形でシートに座っては、人の頭に顔を埋めてふがふが鼻を鳴らすルカ。何やってんだお前。
ブロロ、とエンジンの音を高らかに鳴らしながら、冒険者管理局の駐車場にバイクを停めた。
乗ってきたのはウクライナ製バイクの『KMZ K750』。でっかいライトに丸みを帯びた燃料タンク、そして流線型のマッドガードがどことなくレトロな雰囲気を醸し出している。
自分の転生者の能力で用意した、自分用のバイクだ。サイドカーも取り付けられるけれど、俺は取り付けずにバイク単体で乗り回す事にしている。塗装も艶のない黒に白いラインという、自分のパーソナルカラーになっているので一目でわかる。
管理局に入り、ルカと一緒に受付へ。ポーチに入っていた依頼書をルカに渡すと、彼は困惑したような表情でこっちを見た。
「え、俺が行ってくるの?」
「報酬の受け取りくらい楽勝だろ?」
行って来なよ、と言って彼を送り出し、受付の傍らにある壁に寄り掛かって彼の帰りを待つ。
ミリアンスクの冒険者管理局は大きい。街の中では他の大都市のような喧騒は感じられず落ち着いた印象を受けるけれど、管理局の中だけは別だった。
豪快な男たちの笑い声に料理を注文する声。席にはこれから仕事に行く冒険者たちや、一仕事終えて打ち上げをしている冒険者のパーティーが見え、中には酔いが回ったのか、男同士で腕相撲やらポーカーやらに興じているグループもある。そんなむさ苦しい男共をビールの入ったジョッキ片手に応援する女性の冒険者たちの姿を見て、ふと大学のサークルとかの打ち上げってあんな感じなのかなぁ……なんて偏見が頭に浮かんでくる。
すまんね、転生前ミカエル君は高卒ですぐ就職したから大学生のノリとか卒論の大変さとかイマイチ分からんのだ。大卒の猛者がもしいたら、後でこっそりミカエル君に教えてほしい。
さて、ルカ君は上手くやってるかな、と受付の方を見てみると、歩く度にもこもこ揺れる毛玉が1人見え、ああ、アイツあそこにいたかと思ってちょっと笑った。
ルカ君はビントロングの獣人。ビントロングはジャコウネコ科の中で最ももふもふした種で、それを反映してかルカの頭髪や尻尾はもふもふだ。彼には失礼な例えだけど、毛玉に足が生えて歩いているようにも見える。
「お次の方どうぞ!」
「ええと、血盟旅団のルカです。ゴブリン掃討の依頼が終わったので報酬を貰いにき、き、来ました!」
テンパりながらも依頼書と冒険者バッジを提示するルカ。ゴブリンの掃討が終わった事は既に、現地で信号弾を発射して職員に確認しに来てもらっているので、後は報酬を受け取りに来たのが本当に血盟旅団の人間かどうか照会するだけでいい。
だからそんなに緊張すんなよな……と思いながら、しかしちょっと息子の授業参観に来た親のような心境でルカを見守る。
しばらくすると、受付のお姉さんから報酬の入った封筒が手渡された。ルカはそれを受け取ると、すっげえ嬉しそうな声で「ありがとう!」とお礼を言い、スキップしながらこっちに戻ってきた。
跳ね上がる度にもこもこ髪が揺れる。何アレ可愛いんだけど、枕にしていい?
「見て見てミカ姉! お金こんなにいっぱい!」
「あーうんうん、わかったからはしゃぐなって」
誰かにぶつかっても知らんぞ、と言いかけたところで、どんっ、とルカの身体が大きな体に撥ね飛ばされた。
「いてて……」
「おいクソガキ、どこ見て歩いてんだ!?」
あちゃ~……言わんこっちゃない。
怒鳴り声を発したのは、多分これから仕事に行くと思われる大柄な獣人の男性。虎の獣人なのだろうか、金髪の混じった黒髪からはネコ科特有の可愛らしい耳が生えている。
そんな彼のガチの恫喝に、ルカはすっかり怯えてしまっているようだった。ただ単に怖いから、というだけではない。獣人の遺伝子の奥深くには動物としての遺伝子もまた刻まれているわけなんだけど、ビントロングにとっての天敵は猛禽類や肉食獣、主に虎である。
そういうわけで、本人が意識していなくても本能的な苦手意識が働いてしまうのだ……これは個人差があるらしいが。
さすがにこれは止めよう、と前に出ると、怒り狂った冒険者はルカの胸倉を掴み上げた。
「ぐえっ……!」
「てめえ、何だァ? 見習いじゃねえか。見習いの分際で何こんなとこほっつき歩いてんだよオイ!?」
「ご、ごめ……な、さ……」
「聞こえねえよクソガキがよォ!」
ドン、と突き飛ばされるルカ。彼の手から零れ落ちた報酬入りの封筒を、虎の獣人の冒険者は拾い上げた。
「……なんだよ、これだけしか持ってねえのかよ? まあいい、迷惑料としてこいつはもらってくぜ」
「か、返して……」
「あ゛!?」
「ひっ……!」
そっとルカに歩み寄り、怯える彼に手を差し伸べてそっと立たせた。
「み、ミカ姉……」
「大丈夫か?」
「う、うん……」
とりあえず、見たところケガはなさそうだ。
見習い相手にマウントを取るなんて、ダサすぎるにも程がある。
「……何だよ」
「連れが失礼しました。我々はこれで」
えっ、と驚くルカを連れ、虎の冒険者の脇を通過。そのまま管理局の出口へと向かう。
先ほどまでのはしゃぎっぷりはどこへやら、ルカはすっかり落ち込んでいた。ケモミミはぺたんと倒れていて、もこもこの髪も気のせいかしおれて見える。
「ミカ姉……」
「ん」
「なんで……なんでアイツからお金取り戻そうとしないんだよ? なんで逃げちゃうんだよ、おかしいじゃないか!」
管理局の外は涼しくなっていた。もう日は沈んで、ミリアンスクの街中にあるガス灯に明かりが灯りつつある。暖かみのある光に照らされた閑静な大都市は、昼間とはまた違った顔を見せつつあった。
懐から取り出した棒付きのキャンディを咥え、不満そうなルカを連れて駐車場へ。
きっと彼の目には、俺もカッコ悪く映っているんだろう。きっとルカはこう期待していた筈だ……俺がカッコよく助けに入って金を取り戻し、あの冒険者を懲らしめてくれる、と。
「だってお前なあ、管理局の中で魔術ぶっ放したり、武器を抜いたりしたら問題になるだろ」
「でも……でもぉ……!」
ノヴォシアの法律じゃ、冒険者同士の喧嘩は先に武器を抜いたほうがより重い罪になる。
なので、冒険者同士の喧嘩は基本的に拳で、という暗黙のルールがあるのだ。仮に拳で戦っても、俺と相手の体格差では勝負は見えている。
ぽん、とルカの肩に手を置いた。
「ほら、お前の金」
「……へっ?」
懐からさっきの封筒を取り出し、ルカに手渡した。
カーキ色の、冒険者管理局のスタンプが押された封筒。中にはちゃんと12000ライブルもの大金が、汚れ一つない状態で収まっている。
「え、えっ? ミカ姉これって……」
「ああ、あと”迷惑料”も徴収しておいた。これはお前が取っておけ」
ポケットから取り出したのは黒い革の財布。中にはだいたい30000ライブルくらい入っているようだ。しかも冒険者のバッジまで入っていて、こりゃあ大変だな、とだけ思った。
「ミカ姉、これって」
「忘れたのか?」
ガリッ、と口の中の棒付きキャンディを噛み砕き、ニヤリと笑った。
「―――俺は泥棒だぞ?」
「ミカ姉ぇっ!」
「ぐえー!?」
カッコよくキメたと思いきや、涙目になって抱き着いてくるルカ。バカお前やめろ、放せ、力強いんだよお前。背骨がミシミシ音を立ててミシガン州になりつつある……って何を言ってるんだ俺は。
こんなところ誰かに見られたら、と視線を巡らせていると、近くの建物の屋根の上に見慣れたメイドさんが立っておりました。
なんでしょう、まるでスナイパーライフルのスコープみたいにでっかいカメラを装備したメイドさんが、こっちに向かってシャッターを切りまくっています。満足の一枚をカメラに収める事が出来たらしいメイドさんは、真っ白なエプロンを鼻血で盛大に汚しまくりながら、清々しいスマイルを浮かべてどこかへと去っていきました。
何やってるんですかクラリスさん。
「ま、まあいいや……帰ろうぜ」
「うんっ! ふふふ、ざまーみろ。さっきの奴困ってるよね絶対」
「 で し ょ う ね 」
だってお前、冒険者バッジが財布の中に入ってたんだぜお前。
これは身分証明書みたいなものだ。現代の日本で分かりやすく例えると車の運転免許のようなもので、紛失しちゃったら冒険者の仕事を受けられなくなるどころか検問所の通過や駅の改札口の無料通過が出来なくなる。
そして紛失したら手数料が必要で、でも財布ごと盗まれたから一文無し……詰んだわアイツ。
まあいいや、知ったこっちゃない。人の可愛い弟分を恫喝した報いだ、惨めな思いでもすればいい。
バイクに跨ってエンジンをかけ、ルカを後ろに座らせた。
彼にさっきの元気が戻ってきたのを見て安堵しながら、俺はバイクを走らせる。
相変わらず、列車に戻るまで頭をふがふがされたのは言うまでもない。
それとちょっとだけオチを。
翌日の朝の新聞に『冒険者バッジを紛失し財布まで盗難された冒険者が激昂して暴れて憲兵のお世話になった』という記事が掲載され、俺とルカの2人で腹を抱えて笑った。
ジャコウネコブラザーズ舐めんな。




