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ヤバい奴、襲来


 一旦雲に隠れた月が再び顔を出すと同時に、襲撃者の長―――狼犬の剣士が動いた。肉食獣特有の瞬発力で大地を蹴り、一瞬にしてトップスピードにまで達した彼は、真っ先に俺ではなく、目の前にいるクラリスへと向かう。


 クラリスもクラリスで、手加減できる相手ではないと悟ったのだろう。地面に突き立てた超大型ボルトカッターを引っこ抜き、グリップを両手でぎゅっと握りながら、左から右へと大きく薙ぎ払う。ぶぉんっ、と風が攪拌される絶叫が迸るが、その中に男が打ち据えられるような鈍い音はない。


 空振り―――それを察知したクラリスが、体重を後方へと移動させ回避に転じた頃には、彼女の懐に狼犬の剣士が踏み込んでいた。


「―――」


「遅いッ」


 両腕を交差させ、X字の軌道でシャシュカを振るう。狙いは胸や腹などではない。標的を確実に仕留める際、最も狙う部位。肉食獣が獲物に止めを刺す時に牙を突き立てる部位―――すなわち首だった。


 あんな速度で剣を振るわれれば、クラリスの首など簡単に撥ね飛ばされてしまう―――しかし両者が近すぎるが故に援護射撃も出来ない、何とも歯がゆい状況。


 だが、それは長く続かなかった。


「!」


 剣の刃がクラリスの肌に触れる寸前、その変化は現れた。


 彼女の真っ白な肌の表面を、海原のように蒼い外殻が覆っていったのだ。間違いない、先ほど襲撃者たちの剣戟から身を守った、あのドラゴンの外殻である。


 ガギュッ、と金属的な音を響かせ、鋭い剣戟を弾くクラリス。予想外の防御を受けた狼犬の剣士だったが、ならばと今度は外殻に覆われていない部位へと狙いを変えていった。


 単純だが、理に適った対策である。外殻で覆われているせいで攻撃が通らないというのならば、外殻に覆われていない部位を狙えばいいだけの事。そうやって少しずつダメージを蓄積させ、体力を削いで行けば勝利は見えてくる、というわけである。


 だがしかし、クラリスもただのメイドではない。ドラゴンの遺伝子をその身に宿し、おまけに可愛い最強のメイドである。


 心臓を狙った刺突をひらりと躱し、ボルトカッターから手を離すクラリス。空いた両手で剣士の腕を掴んだかと思うと、そのまま熟練の柔道家のように、相手の前進する勢いを利用した見事な背負い投げを披露してみせた。


「マジか……!」


「ぬっ……!」


 びたんっ、と背中から地面に叩きつけられる剣士。息を吐きながら苦しそうな顔をするが、身体に鞭を打ってごろりと横に転がる。


 その直後、さっきまで彼の頭があった地面を、ドラゴンの外殻で覆われたクラリスの右の拳がぶち抜いていた。まるで徹甲弾でも撃ち込まれたかのように地面に大穴が開き、微かに土埃が舞い上がる。


 人間のパンチではああはならない。殺すなと命じているが、今のは明らかに殺すつもりで放った一撃だった。


 クラリスですら、加減できる相手ではないと判断したのだ。


「……俺が枷になってる?」


 一思いに『殺せ』と命じてしまえば、そんなことは無いのかもしれない。クラリスも自分の持つ力を最大限に発揮し、あの男を殺してそれで終わり……それで済んだのかもしれない。


 なのに、俺が殺すなと命じたから、やり辛い戦いを強いられているのだ。


 だったら殺せと言ってしまえばいいではないか―――というわけでも、ない。


 彼女にも手を血で汚してほしくは無いのだ。既に強盗行為の共犯者であり法を犯した身ではあるが、そうはなって欲しくない。


 弱気な自分に苛立ちながらも、場所を変えた。休憩所から離れ、錆び付いたタラップをよじ登って2階へ駆け上がる。ここにも転がっている大量の酒瓶に顔をしかめながらも窓を開け放ち、そこからAK-12のセミオート射撃でクラリスを援護する。


「!」


「くっ」


 パス、パス、とAK-12が5.45×39mm弾を撃ち出すが、弾丸が着弾するのは地面だ。あの男にはなかなか当たらない。


 こちらの気配を察知しているようで、射撃する寸前に射線上から飛び退いてしまうのだ。殺気を察知しているのか、それとも指の動きや腕の筋肉の動きを観察しているのか。いずれにせよ、飛び道具を持つ相手との戦いに慣れている男の動きだった。


 とはいえ、セミオートからフルオートでぶっ放されるアサルトライフルの速射性には慣れようがないらしく、連続で狙われるとさすがに回避が難しそうなのが表情から伝わってきた。実際に、たった今放った一撃が左肩を覆う金属の防具を掠め、微かに火花と金属片を散らしたのがドットサイトのレティクル越しにはっきりと見え、勝機が確かに存在する事を確信する。


 その隙を見逃すクラリスではなかった。


「―――!」


 ボルトカッターの刃を開け放ち、まるで獲物に喰らい付かんとする鮫のような勢いで突進。剣士が慌てて足を捻り、回避に転じるが、急激に閉じられていく顎に右手に持ったシャシュカの刀身を挟まれてしまう。


 バヂンッ、と刀身が切断される音が響き、くるくると回転しながら飛んできた刀身が2階の窓を通過、ミカエル君のケモミミを掠め、後ろに張ってあるセクシーな女性のポスター……たぶんパヴェルの私物であろうそれに深々と突き刺さる。


 危うく片耳になる所だった……動物愛護、暴力反対。


 マガジンを交換し、新しいマガジンを装着。コッキングレバーを引いて薬室へ初弾を装填、そして引き金を引く。


 支援射撃に2階を選んだ理由はいくつかあるが、最大の理由は誤射フレンドリーファイアの危険性を軽減できるからだ。


 1階からの射撃では、敵の回避した流れ弾がクラリスを誤って直撃してしまう恐れがある。けれども2階から地面を見下ろして射撃する場合、その射線は目標を”見下ろしながら”撃つ形になる―――つまり、斜め上からの射撃になるから、流れ弾は地面を直撃するばかりでクラリスに牙を剥く確率は限りなく下がる、というものだ。


 ミカちゃんだって考えてるのさ。


「くっ!」


 次の瞬間、空いた右手をホルスターに突っ込んだ剣士が、その手でピストルを引き抜いた。狙いはクラリス―――ではなく、暗殺対象であり、先ほどからしつこく弾幕を張っては攻撃を阻害してくるミカエル君。


 やべえ、と思って部屋の中に引っ込もうとした頃には既に遅く、ドパンッ、という破裂音と共に白煙が噴き上がり、左肩の辺りを突き飛ばされるような衝撃が走った。空手の達人の正拳突きを喰らったというべきか、それとも後ろに思い切り引っ張られる感覚と言うべきか。そのまま酒瓶だらけの床に倒れ込んだところで、激痛が牙を剥く。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「ご主人様!」


「俺に構うな!!」


 自分の事は自分でできる。


 普通ならここでまず止血……という流れになるだろう。無煙火薬よりもパワーの劣る黒色火薬を使用した銃とはいえ、その口径は破格の75口径。火薬のパワー不足を弾丸自体の質量で補おうという発想の銃だから、正直言って傷口は見たくないくらいグロい。


 我ながらよく肩から先が吹っ飛ばずにくっ付いてたもんだと思いながら、ポーチからエリクサーを取り出した。ガラスの容器に入ったそれをグイっと飲み干すと、口の中に薬草っぽい感じの生臭さが広がって、やがてそれがねっとりとした苦さに変わっていく。


 良薬は口に苦し、とよく言うが、こりゃもう罰ゲームの域に片足突っ込んでると言っても過言ではない。甘党のミカエル君にはこの苦みはきつい。


 が、効果はちゃんと現れていた。傷口の中で肉がもぞもぞと蠢く感触がしたかと思いきや、ころんっ、と血まみれの小さな金属の球体が床に転がる。ついさっき、アイツのピストルから発射されて肩にめり込んでいた弾丸だ。


 傷口を見てみた。傷は肉で埋まり、その表面も皮膚ですっかり塞がって、出血は完全に止まっている。微かな痛みと指先の痺れはまだ残っているが、動かせないというレベルではない。


 これがこの世界で流通している回復アイテム”エリクサー”の効果だ。服用すると身体の治癒能力を一時的に限界まで引き上げ、急速に傷口を塞ぐことができる。とはいっても千切れた手足が生えてくる、なんて便利なことは無いし、毒を受けた場合は別売りの薬草を食べなければ効果が無いので過信は禁物だ。


 完全回復まで約5秒。すぐに戦列に復帰し、熾烈な白兵戦を繰り広げるクラリスを援護した。


 形勢は逆転し、クラリスが優位に立っていた。


 獲物を食い破るべく閉じられたボルトカッターの顎が、クラリスへと向けられたピストルの銃身を挟み込み、そのまま両断してしまう。これでもう、あの男は持っているピストルを全て使用不能にさせられた。


 遠距離攻撃を警戒する必要がなくなったところで、一気に距離を詰めるクラリス。残ったシャシュカで応戦しようとする剣士だったが、すっかり余裕が無くなってしまったのか、その軌道は俺でも見破れてしまうほど単調なものだった。


 身体をほんの少し逸らすだけで斬撃を紙一重で回避、蒼い幻影と化したクラリスが一気に距離を詰める。前に出る勢いを乗せたままショルダータックルを叩き込んで相手の体勢を崩し、そこからボルトカッターを振り上げる。閉じられた巨大なハサミに勝ち上げられた剣士が、口から血を吐きながら宙を舞った。


 跳躍し、狼犬の剣士を追撃するクラリス。シャシュカを振り回して抵抗する男の上まで飛んだ彼女が、空中で巨大なボルトカッターを開く。それはまるで獲物を一呑みにせんとする、巨大な鰐の顎を彷彿とさせた。


 死神の鎌のように鋭利に欠けた、白銀の三日月。それを背景に紅い瞳から残像を曳く姿は、いつも優しいメイドの姿ではない。完全に戦うためだけに生み出された狂戦士バーサーカーのそれだ。


 信じられないのが、これでクラリスは本気ではない―――まだまだ上がある、という事。頼もしい事だが、同時に恐ろしくなる。


 鋭利な刃を持つハサミで首を挟み込みながら、大地へ真っ逆さまに落ちていくクラリス。ドンッ、と剣士の背中が地面に盛大に叩きつけられ、その首をボルトカッターで挟み込まれたところで、クラリスは動きを止めた。


 あとほんの少し、彼女がグリップを握る手に力を込めるだけで―――鋼鉄の顎は閉じられる。そして首の無い死体が1つ、三日月の夜に仰臥ぎょうがする事になるだろう。


 だが、それをしないのは俺の命令通りというわけか。


 2階の窓から飛び降り、彼女の元へと駆け寄った。


「ご主人様、お怪我は?」


「大丈夫、何とかした」


 そう言いながらエリクサーの空瓶を振って見せると、安堵したように―――戦闘中の恐ろしい顔ではなく、またいつものような優しい笑みを見せてくれた。


 ああ、やっぱりこっちのクラリスの方が良い。彼女には笑みが良く似合う。


「な、なぜ……ゴホッ、なぜ殺さない?」


 狼犬の剣士が、苦しそうに咳き込みながら問いかけた。


「―――ご主人様の慈悲に感謝なさい」


「慈悲……慈悲だと?」


「そうだ。彼女には殺すなと命じた……だからお前の部下も、多分全員無事だ」


 多分、と付けたのは、別動隊がパヴェルの下に向かった可能性も否定できないからだ。戦闘―――特に敵の扱いにシビアなパヴェルの事だ、襲ってきた相手は皆殺しにしているかもしれない。彼の下に向かった襲撃者たちが無事である保証はどこにもない。


「何故だ、何故殺さない? 貴様、そんな甘い覚悟で……!」


「分かっている。だが、アンタには吐いてもらわなければならない事がある」


「ふん……腑抜けに話す事など、何も……」


 腑抜け、か。


 まあ、それでもいいさ。


 俺が征く道は決して日の当たる道ではないだろうが―――それでも、血塗られた道ではないだろうから。












 スクラップの保管庫にあった番線で、襲ってきた連中をぐるぐる巻きにして倉庫に放り込んでから、襲撃者のリーダーだけを連れてパヴェルの元へと向かった。彼は今頃、何事も無ければ格納庫で客車の改装作業に勤しんでいる筈だ。


 ただ……夜風の中に血生臭いものが混じったのを感じ取った途端、俺とクラリス、そして番線でぐるぐる巻きにされ、クラリスに丸太みたく抱えられるという無様な格好の襲撃者の長は、そこで何が起こったのかを悟った。


 格納庫の外に、パヴェルは居た。そのオリーブドラブのツナギは血で真っ赤に汚れ、一体何があったのかを強烈に物語っている。


 彼の手には錆び付いたスコップがあり、その傍らには何かを地面に埋めた跡があった。少なくとも3つ、成人男性がすっぽり収まりそうなくらいの穴を掘り、それを埋めた形跡がある。


「おー、無事だったか」


「……殺したのか」


「ああ、ダメか?」


「……いや」


「その割には不服そうだな? まあいい。んでそいつは?」


「生け捕りにした。リーダーみたい」


「……どうする、殺すか」


 立ち上がりながら葉巻を取り出し、ライターで火をつけるパヴェル。気に入った相手には全力で尽くす面倒見の良い彼の裏には、こんなにも狂気的な一面が隠れていたのかと思うとゾッとする。


 が、それも彼の価値観だ。彼はそれを強制してこないし、こっちも殺してはならないという価値観を強制するつもりはない。お互い、超えてはならない一線を弁えているからだろう。


「いや、尋問してクライアントを聞き出したい」


「その後は」


「憲兵隊に引き渡す」


「いいのか、それで」


「命まで取る必要はないよ。法に裁いてもらう」


「そ。ならいいが、尋問は誰が?」


「あー……」


 そういえば、尋問なんてやったことがない。おまけに親しい人としかまともに話せないコミュ障のミカエル君、自分を殺そうとやってきた相手とちゃんと”お話”できるとは思えない。


「仕方ない、尋問は俺が」


「パヴェルが?」


「ああ。大丈夫、殺しはないさ」


 こっちに、とジェスチャーしてきたので、クラリスに目配せして襲撃者の長を引き渡した。番線でぐるぐる巻きにされた男をある程度自由にしたパヴェルは、両足と両腕だけを縛り付けた状態で、男を格納庫の隣にある小部屋の椅子に座らせた。


 尋問、と言ったが、一体何をするつもりなんだろうか。ジュネーブ条約にモロに接触するような拷問なんかやらないよな? 爪を剥がしたりとか、生きたまま火で焙ったりとか。そんなグロいのミカちゃん嫌よ?


 するとパヴェルは近くの棚をガサゴソと物色し、とんでもないものを引っ張り出した。


 棍棒……だろうか。金属製の棒の先端部に、小指くらいはある太さのスパイクをいくつも生やした、両手サイズの金属製棍棒。重量もそれなりにありそうで、あんなのでぶん殴られたら頭蓋骨陥没では済まない。肉もズタズタにされちまう。


 まさかそれで……?


 わざとらしく棍棒の先端部を床に擦り付けながら、椅子に座る襲撃者の長に近付いていくパヴェル。向こうもこういうのには慣れているようで、表情を崩さずにパヴェルの顔をじっと睨みつけていた。


 とん、とん、と棍棒を肩に当て、男の前でしゃがむパヴェル。


 彼の口から出た言葉は、多分この場にいる全員の予想をはるかに上回るレベルでヤバいものだった。











「情報吐いてボコボコにされるのと、棍棒コレでメス堕ちしてからボコボコにされるの……どっちがいい?」








 

アッー!

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情報吐いてもボコボコにされるんかいw
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