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使命感


 アレーサでの戦闘の勝敗は決したようなものだった。


 虎の子の装甲艦を一撃で撃沈され、残った戦闘員たちも息を吹き返した憲兵隊や、血盟旅団所属のパヴェルに各個撃破されていく……ここでの戦いが完全に終了するのも時間の問題であろう、と判断したアナスタシアは、アレーサ駅のホームから町を見下ろしていた。


 ここでやるべき事はやった。


 後はアルミヤ半島へと出撃していったミカエルたちが成すべき事を成すのみ―――全てはそこにかかっている。父の束縛を打ち破り、自由を手にしたその覚悟をぜひとも見せてもらおう、と腕を組みながら町を見下ろす彼女の思考を、ホームに備え付けてある電話の音がノックする。


 ノヴォシア中の駅、特に冒険者ノマド向けのレンタルホームにはこういった電話ボックスが必ずと言っていいほど備え付けてある。当然ながら携帯電話やインターネットもない世界であるから、常に冒険者と管理局が連携を取るためにはこういう措置が必要なのだ。


 ここにかかってきたという事は血盟旅団への用件であろう―――とはいえパヴェルは見たことも無い武器を駆使しノリノリで掃討戦に出撃しており、列車に残っているのは獣人の子供2人のみ。彼らに代わるのもどうか、と思ったアナスタシアは、せめて取り次ぎくらいはしてやろうという軽い気持ちで電話ボックスに入り、受話器を手に取った。


「もしもし」


『ああ、繋がりました。アナスタシア様ですか?』


 血盟旅団ではなく自分への用件だった事に、アナスタシアは目を細めた。


「ああ、私だ」


『キリウ法務省よりお電話です。ただいまお繋ぎします』


 丁寧な口調で交換手がそう告げると、数秒ばかりノイズの音が聞こえ―――やがて、受話器の向こうから聞き覚えのある男の声が聞こえてくる。


 21年間の長い付き合いで、剣術や魔術の訓練では赤子扱いされながらも必死に喰らい付いてきた骨のある男。姉を超えよう、追い抜かしてやろうというあの強い意志の宿った弟の眼は、いつ思い出しても美しいものである。


 アナスタシアは強い意志を持つ者が好きだ。


 だから弟妹たち全員を、愛していた。


『―――やはりそこにいらっしゃいましたか、姉上』


「ジノヴィか。さすがに情報が早い」


『装甲艦を消し飛ばすばかりか黒海を割るなんて芸当、姉上以外にできる人はいませんよ』


「ふん、そうでもない。私の知る限り少なくとも5人は居る。で、用件は?」


『ええ、ワリャーグと一戦交えていると聞きましてね。色々調べていたのですが……一つばかり、気になる情報が』


 なぜアナスタシアがワリャーグと戦っている事がこれほどまでに早く知れ渡ったのかは定かではないが、こうして電話が国中に繋がっている以上は情報の伝達速度は早いのが当たり前だ。伝令を走らせたり、腕木通信を用いた情報伝達よりも、直接電話を繋いで話すという新たな情報伝達手段はまさに革命的であった。


 どこかに法務省と繋がりのある人間でも居たのだろうか、と考えたアナスタシアだったが、今大事なのはそんな事ではない。ジノヴィがわざわざ姉がここに居ると調べ、伝えようとしている情報の中身である。


「聞こう」


『3年前の記録ですが……ズミール島付近で漁をしていたアレーサの漁師が、腐乱した死体が流れていくのを見たと』


「それで?」





『その腐乱した死体の顔を確認したところ、ワリャーグの首領であるキャプテン・ウルギンだった、という通報があったと』





 背筋にぞくりとしたものが走り、頭の中が疑問で埋め尽くされていく。


 3年前、ズミール島付近を漂流していた腐乱しかけの死体。


 その死体の顔は、キャプテン・ウルギンであった―――。


 まったくもって訳の分からない、しかし重大な何かに繋がっているであろう情報に、アナスタシアの頭が回転を始める。腐乱しかけ、というのであれば単に見間違いの可能性もあるだろう。アナスタシアとしてはその可能性が一番高いのではないか、と考える。


 しかし―――万が一、そうでないとしたら?


『結局、当時は死体の損傷も酷く、通報者の見間違いとして処理されたようで……非公式という扱いの情報ですが』


「……わかった、礼を言う」


 受話器を戻し、アナスタシアは顔をしかめた。


 彼女にとってこのアレーサとワリャーグの一件は、単なる海賊の襲撃という分かりやすい展開であった。獲物を求めた海賊がアレーサを襲撃し、憲兵たちや冒険者がそれを迎え撃つ。彼らが悪者で自分たちが正義の味方という、分かりやすい構図である。


 しかし―――もしジノヴィの言っている事が本当ならば。


 ―――今、アルミヤに居るキャプテン・ウルギンは何者なのか?


(この一件……何かあるな)


 単なる海賊の襲撃では済まない何かの気配を、アナスタシアは感じ取っていた。













 銃座についたワリャーグの戦闘員たちが、8本の銃身を束ねたガトリング砲の銃身を旋回させる。


 照準器の向こうに捉えたのは、暗闇の中、黒煙を濛々と吹き上げ、これ見よがしにライトを点灯させながらアキヤール要塞へ一直線に突っ込んでくる列車だった。夜間であるために視界は劣悪で、そのライトくらいしか見えないが、列車が近付いて来るにつれてうっすらと憲兵隊のエンブレムが描かれているのが見え始める。


 キリウ憲兵隊―――かつてのイライナ公国の首都キリウ、その治安維持を任される憲兵隊の中でも精鋭中の精鋭。しかも彼らは知らぬ事だが、その指揮官は最近頭角を現し始めたリガロフ家の次男、マカール・ステファノヴィッチ・リガロフ中尉。


 ミカエルの兄が率いる憲兵隊の一団に最初の砲火を放ったのは、城壁の上に設置されているガトリング砲群だった。ガトリング砲、といっても最新のヘリに搭載されているような立派なものではなく、長方形の箱型弾倉と手回し式のクランクを使用する、機関銃の中でも黎明期の代物である。


 装填手が50発入りの箱型弾倉を取り付けると、射手は機関部レシーバー右側面へと突き出たクランクに手を伸ばした。それをそのままぐるぐると回転させ始めると、連動して銃身も回転を始める。


 やがて回転する銃身たちから、80口径の弾丸が立て続けに放たれ始めた。


 ノヴォシア帝国が仮想敵国とする聖イーランド帝国、グライセン王国のマスケットが75口径や70口径となっているのに対し、ノヴォシア側の主力小銃であるイライナ・マスケットは80口径。装薬量も多く、威力、射程距離では他国のものを上回っていた。


 それと同じ弾丸が、同じ装薬量で立て続けに放たれるのだから、このガトリング砲が戦場においてどれだけの脅威となるかは言うまでもない。戦列歩兵の一群など、ガトリング砲1基でもあれば事足りる。


 しかしそれは、相手が戦列歩兵であった場合である。


 宵闇の向こう、跳弾の金属音と火花が乱舞する。


 相手は装甲列車―――それも潤沢な資金を国から得ている、憲兵隊所有の装甲列車である。まともな資金源もなく、厳しい懐事情を露にしつつもなんとかやり繰りしている海賊とは持っている物の質も、そして兵士の練度も何もかもが違い過ぎた。


 ガトリング砲の斉射を意に介さず、先頭車両に突撃用の衝角ラムを装着した装甲列車が、アキヤール要塞の防壁に穿たれた列車用のトンネル―――その往来を制限するための隔壁に、そのままの速度で豪快に突っ込んだ。


 隔壁とはいえ、さすがに先頭車両に突撃用の装備を搭載し、しかも120㎞/hの速度で突っ込んでくる相手は想定外である。想定以上の質量で、想定以上の攻撃を受けた隔壁は、まるでトレーラーの突撃を受けたシャッターのようにあっさりとひしゃげ、耳をろうする金属音を響かせながら装甲列車の強行突破を許してしまう。


 続く第二隔壁も同様だった。列車を止めようとガトリング砲の集中砲火やマスケット銃の散発的な射撃が列車を負うが、ワリャーグをここで斃す使命を帯びた憲兵たちの装甲列車はそれを意に介さない。跳弾の金属音をアクセントとしつつ隔壁を粉砕し、そのまま防壁の内側にある貨物搬入用のホームへと急ブレーキで停車して見せたのである。


 車輪とレールの擦れる音が耳をつんざき、大量の火花が薄暗いホームを彩る。やがて兵員車両の扉を開け、黄金の斧を手にしたマカールが先陣を切った。


「前進、前進だ!」


 斧を指揮棒代わりに振るい、ライフルマンや突撃兵たちを先導するマカール。彼の後に続くのは、リガロフ家から彼が憲兵隊へやってきた頃からマカールに従う副官のナターシャや、他の部下たちだ。


 姉弟と比べると才能も実力も見劣りするマカール。特にミカエルが実家に強盗に入った辺りの頃は特に目立った成果を挙げる事もなく上司から冷遇されていたが、それでも部下を大事にする姿勢から、彼の指揮下にある憲兵たちからの人望は篤かった。


 そんな彼を死なせてなるものかと、追い立てられるように前に出る部下たち。やがてマカールが懐から引き抜いたペッパーボックス・ピストルの一撃が、憲兵隊参戦の狼煙となった。


「くそ、憲兵共だ! 撃て撃て!!」


 憲兵の進撃を食い止めようとマスケットを構える戦闘員に、マカールのペッパーボックス・ピストルが火を噴く。複数の銃身を束ねたようなそれから80口径弾が吐き出され、彼らに銃口を向けていた戦闘員の胸板を食い破った。


「ライフルマン、前へ!」


 マカールの号令で一斉に銃を構えるライフルマンたち。彼らの構えたイライナ・マスケットの銃口が、カトラスや斧、サーベルを手に突っ込んでくるワリャーグ兵たちを睨みつける。


「撃てぇ!」


 指揮棒代わりに黄金の斧を振るうマカール。彼の号令を受けたライフルマンたちは、一斉に引き金を引いた。


 撃鉄ハンマーの先端部に装着された火打石フリントが火花を生じ、その火花が火皿の中へ―――そこに充填された点火用の火薬へと落ちていく。バシュウ、と導火線に火がついたような音を奏でたそれは瞬く間に薬室内の装薬へと到達し、銃口内の弾丸を押し出した。


 引き金を引いてから0.5秒ほどのタイムラグを挟み、30丁のイライナ・マスケットが一斉に火を噴く。ガトリング砲の掃射には叶わぬが、それでも戦列歩兵の一斉射撃は火山の噴火のような迫力がある。


 迫り来るワリャーグの戦闘員を薙ぎ倒したライフルマンたち。彼らが再装填リロードに入っている間に、マカールは命令を下した。


「突撃兵、前へ! 敵は烏合の衆、一気に制圧するぞ!」


 ここでワリャーグを撃滅したとなれば、マカールの昇進と勲章は不動のものとなるだろう。だがそんな己の欲よりも、今のマカールを突き動かしているのは使命感だった。


 長女と末弟からの期待に応えようという使命感。そして何よりも、憲兵として帝国臣民の安寧を守ろうという使命感が、今のマカールの動力源だった。














 また、いつものように頭の中で音楽が流れ始める。


 音楽プレイヤーとか、蓄音機が傍らにあるわけではない。まるで自分が一度聞いた事のある音楽を頭の中で思い出し再生しているかのような、そんな感覚だ。あるいは現在進行形で音楽を聴いている他人と聴覚を共有しているかのような、上手く言語化できない感覚。


 あまり嗜む事の無い音楽、ピアノの優しい旋律は、少なくとも今この光景にはあまりにもミスマッチだった。


 キャプテン・ウルギンが作り上げてきた海賊組織、ワリャーグ。その本拠地であるアキヤール要塞が、新興ギルドと憲兵隊の攻撃を受け、今まさに陥落しようとしている。アレーサに差し向けた攻撃部隊も定時連絡の時刻を過ぎているというのに何も連絡をしてこないという事は、おそらくアレーサ襲撃も失敗したとみるべきだろう。


 戦況は完全に、ワリャーグの敗北と言っても良かった。


 自らの作り上げた海賊組織が、ウルギンという男の帝国が、炎の中で崩れ去る―――今まさに夢が崩れ去ろうとしているというのに、こうして高台からアキヤール要塞を見下ろすウルギンの胸中には、何の感情も浮かんでこなかった。


 予定通りの出来事が、予定通りに起こった―――そんな他愛もない事を見ているような感覚。


 だが、しかし。


「……」


 戦闘員たちを相手に圧倒している、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフとそのメイドのクラリス。あの2人だけは危険だ。計算を狂わせる大き過ぎる存在(イレギュラー)である、と判断せざるを得ない。


 計画に狂いが生じるのは許されないのだ。


 計画とはすなわち、一つの巨大なプログラム。ほんのごく僅かでもバグを放置していれば、やがてそれは疫病のようにプログラム全体へ伝播するだろう。故に完璧なプログラムにはバグなど不要、発見次第除去するのが望ましい。


「―――はい、かしこまりました”同志”」


 誰に声をかけられているわけでもないというのに、ウルギンはぽつりと呟いた。


 彼の周囲に人影はない。しかし、今のウルギンには違うものが見えている。


 蒼い結晶に囲まれた、薄暗い部屋の中。小さなテーブルに置かれた蓄音機の発する音楽を聴きながら、椅子に腰を下ろし頬杖をつく女性の姿が。


 彼女の計画を破綻させてはならない―――使命感、いや、まるで機械がプログラミングされた命令を実行するかのように、ウルギンは要塞の地下へと続くエレベーターのスイッチを入れた。


 彼にはまだ、切り札がある。



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