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断罪者たち


「さて、と」


 白い息を吐きながら懐中時計を見た。


 時刻は9時15分―――工業都市の名の通り、高級住宅街にさえもその音は聞こえてくる。工場から響く鉄板を打つ音に、なにか大きな機械が動く駆動音。それはまるで心臓の鼓動のようだ。休むことなく、狂うことなく、命尽きるその日まで延々と鼓動を繰り返す。


 イライナ地方、かつてはイライナ公国だった頃からの心臓。それがザリンツィクだった。


 そして今、その”心臓”には病魔が潜んでいる。自らの利益のために他者を蹴落とし、搾取し、ついには疫病まで蔓延させてその口減らしをするという、人の心があるとは思えぬ所業に手を染めた病魔たちが。


 私たちはそれを、取り除きに来た。


 真っ白な制服の上に蒼いコートを羽織った法務官補佐たち。彼らの腰には伸縮式の警棒と新型のペッパーボックス・ピストルがある。基本的に法務官とその補佐たちは、戦闘を行う事は前提としていない。あくまでも憲兵では逮捕権限のない貴族や大貴族を摘発、国家の腐敗を未然に防ぐのが我々の役目である。


 だが……よくいるのだ。手にした権力を手放したくないがために、無駄な抵抗を続ける老害たちが。


 だからこういった警棒や拳銃といった類の武器が”役立ってしまう”ことが多々ある。それが本当に嘆かわしい。


 潮時かと潔く退く事が出来る老人の何と少ない事か。いつまでも権力という椅子の上に胡坐をかき、後進が待っていてもなおそれを明け渡さない老醜が、この国にはあまりにも多いのだ。どうせバザロフもそういう類の人間だろう。というか、貴族の大半はそういう連中だ。一体いつになったらこの陋習ろうしゅうに終止符が打たれるのだろうか? 皇帝ツァーリを頂点とし、それを貴族が支えるという今の政治体制が変わらぬ限り続くというのか?


 まあいい、私如きがこの帝国の在り方に疑問を持つべきではあるまい。今は法務官として、淡々と職務を遂行するのみ。


「兄上」


 カーキ色のコートに身を包んだマカールが駆け寄ってきた。貴族の逮捕権限はないが、普段から凶悪犯罪と向き合うことの多い憲兵であるが故に、私よりもマカールの方が重装備だった。腰には憲兵隊正式採用のシャシュカと”キンジャール”と呼ばれる大型のナイフ、そしてペッパーボックス・ピストル。腰の後ろにあるポーチには煙幕弾が入っているのだろうか。


 願わくば、その武器の数々が使われずに済む事を祈りたいものだ。逮捕令状を突き出して終わり、で済んだ事など今まで一度もないのだが……。


 キレのある動作で敬礼しながら、マカールが報告する。


「憲兵隊全員、配置につきました」


「よろしい。抜かりはないな」


「ええ、裏口にも別動隊が展開していますし、1ブロック先にも指示通りに検問所を設置しています。バザロフに逃げ場はありません」


 逃げ場、ねえ。


 ちらりと周囲の建物の上を見た。高級住宅街と言われるだけあって、周囲にあるのは他の貴族の屋敷や高級アパートに高級ホテルばかり。他者よりも豪華に、他者よりも派手に、と互いに競い合った結果、派手さがこの2km程度の面積の中で飽和状態に達している。


 その屋根の上にはというと、彼と同じくカーキ色のコートに身を包んだ憲兵たちが、照準レンズ付きのマスケット銃を持って数十メートル置きに待機している。


 逃がさない―――殺意にも等しい、しかし殺意には備わっている”鋭さ”の伴わない威圧感が、この一帯を満たしていた。彼らも知っているのだ、バザロフが何をしたのかを。隊員の中には、ザリンツィクに知人や家族のいる者もいるだろう。バザロフのこの仕打ちの犠牲になった家族がいた者もいるかもしれない。


 ふう、と小さく息を吐きながら、白い制帽を手に取った。鍔の上にはノヴォシア帝国の国章である双頭の竜が刻まれている。


 祖国のために―――。


 制帽を被り直し、宣言した。


「―――往くぞ」


「了解」


 バザロフの屋敷に向け、一歩踏み出す。


 門の前でこちらの動向を注視していた警備兵がすかさず銃を抜きながら制止に入るが、そんなものでは止められない。こちらにはヴラジーミル・エゴロヴィッチ・バザロフを逮捕する許可が裁判所から、そして皇帝陛下ツァーリから直々に与えられているのだ。


 そういう事もあって、公務執行妨害―――特に大貴族の摘発を行う法務官に対しての公務執行妨害は重罪だ。何故ならばそれは皇帝陛下ツァーリの決定に逆らう事と同義であり、下手をすれば死罪が下る事すらある。


 それを承知の上で制止に掛かったか、それとも知らぬだけか。まあ、どちらでもよい。


「止まれ、ここはバザロフ様の屋敷だ。何の用か?」


「法務省だ。偉大なる皇帝陛下ツァーリの名において、ヴラジーミル・エゴロヴィッチ・バザロフを逮捕する。令状を」


「はっ」


 法務官補佐のニキータに命じると、彼はポーチから丁寧に折り畳まれた礼状を突き出した。規定通りの折り方でポーチに収まっていたそれには、確かに皇帝ツァーリ直筆の署名と帝国の国章たる双頭の竜がある。


 しかしそれでも、バザロフ家の警備兵は納得しなかった。


「逮捕だと?」


「邪魔をするなら容赦はしない、貴様も公務執行妨害で逮捕する」


「やれるもんならやってみなァ!!」


 何と血の気の多い……所詮は高額の報酬に釣られてやってきた騎士団崩れの連中か。


 忠誠よりも金を選び、その末路がこれか。恥を知れ。


 令状を手にしているニキータを後ろに下がらせつつ魔力放射。警備兵が引き抜いた拳銃の撃鉄ハンマーが降ろされるが、それが火皿に打ち付けられても火花は散らなかった。


 本来であれば撃鉄ハンマーの先端部にある火打石フリントが火花を発し、それが火皿の中の点火用の火薬に着火。そしてそれがそのまま機関部に充填された火薬に点火して発砲、というメカニズムとなっている。火打石フリントを使っているから”フリントロック式”というわけだ。


 その構造さえ知っていれば―――火皿の中の火薬に大気中の水分を纏わせ急激に凍結、発砲を阻止する事など容易い。


 警備兵の持つ拳銃は火を噴くことなく、カチンッ、と弱々しい金属音を響かせるのみだった。


「あ―――ぁ?」


「確保ォ!!」


 叫ぶニキータ。彼の号令と共に他の法務官補佐たちが警棒を引き抜きながら警備兵に飛びかかり、武器を奪いながら地面に引き倒してしまう。


 やれやれ、結局こうなるか。


 一度でいい、一度でいいのだ。一度でいいから大人しく素直に逮捕に応じる貴族に出会ってみたい。いや、そういう潔い貴族はそれ以前に法を犯す事などするまい。そう考えると尚の事悲しくなって、私は思わず目を細めてしまう。


 ニキータが警備兵から鍵の束を奪い、私にそれを渡す。その中から正門の鍵っぽいものを適当に選んで鍵穴に差し込むと、ガチャンッ、という金属音を響かせながら正門が開き始めた。


 あらら、今の適当に選んだんだが……今日のジノヴィ君は冴えてるな。


 いかんいかん、ちょっとミカエル入った。


 なんか知らんが弟から電波を受信したような感じがする。二頭身のデフォルメされたミカエルが私の脳内でキャッキャウフフして……待て、なんだそれは可愛いのだが。一匹欲しいのだがどこに行けば飼える?


 持参した杖―――イリヤーの秘宝の一つ、『イリヤーの王笏』を片手に、他の憲兵や法務官補佐、そしてマカールと共にバザロフ家の屋敷へ。


「侵入者、侵入者だ!」


「おい、アレ法務官じゃ……撃っていいのか!?」


「阿呆、年金暮らししたいなら撃て!」


 困惑しながらも、マスケットで武装した警備兵たちが次から次へとやって来る。どこかの強盗に襲われたばかりだというのに、戦力の再編が随分と早いな。バザロフめ、軍事関係者とも随分と太いパイプを構築していたと見える。


 まあいい、あの老醜を逮捕しブタ箱に放り込んだ暁には、情報を搾りに搾り取って全員逮捕してくれる。祖国の腐敗を防ぐためだ。


 決意を決めつつ魔力を放射。均等に波形を調整した氷属性の魔力は、私が頭の中に思い浮かべた術を精巧に、かつ忠実に再現してくれた。


 ドパパッ、と放たれるマスケットの一斉射撃。80口径の鉛弾が直進してくるが、それが私や部下、弟たちの身体を射抜く事はなかった。


「……は?」


 一瞬で構築された、半透明の冷たい盾。


 目の前に浮かぶ氷の防壁が、その射撃をいとも容易く弾き飛ばす。


 氷属性魔術、”氷壁”。その名の通り空気中の水分を一ヵ所に集中、瞬間的に凍結させることで氷の壁を構築し、正面からの物理攻撃を防ぐというものだ。もちろん何でも防げるわけではなく、電撃や毒ガスに対しては脆弱なので過信は禁物である。


 そう、属性の相性的にもお兄ちゃんはミカエルに弱いのだ。


 とはいえ敵の攻撃手段といえばマスケット銃や銃剣による物理攻撃。事前の調査でも、そして”どういうわけか”やけにバザロフ家の警備状況に詳しかったミカエルからの情報提供でも、警備兵の中に魔術の使い手が居たという情報はない。つまりこいつらはどう足掻いても、物理攻撃で迎え撃つしかないのだ。


 その隙にマカールが動いた。姿勢を低くしたかと思いきや、腰の鞘からシャシュカを引き抜き吶喊。警備兵たちが銃剣で応戦しようとするが、百獣の王たるライオンの獣人として生まれ、幼少の頃から努力を怠らなかったマカールはその程度で退く男ではない。


 飛び上がる勢いを利用して振り上げた剣戟で、突き出されようとしていたマスケットの銃身を一閃。ヂュンッ、とコンクリート壁を削るような甲高い音が響いたかと思いきや、ずるり、と切断された銃身が地に落ちる。


「「!?」」


 続けざまに振り下ろされた強烈な、しかし的確に加減を加えた峰打ち。ゴッ、と警備兵にそれを叩き込んで昏倒させ、抵抗勢力を無力化する。


「お見事」


「いえいえ、兄上ほどでは」


「何を言う、ヴァルチェンコ教官も褒めていたぞ。マカール様はキリウ一の剣士だ、と」


「ご冗談を。兄上と姉上にはまだまだ敵いません」


 そう言うマカールだが、それを言わせたら私もだ……私も姉上には敵わん。あの人は別格だ。


 さて、遥か雲の上の存在である姉上の事を想い出したところで、私も動くとしよう。とりあえずこの騒ぎをさっさと収束させるためにも、バザロフの逮捕を急がなければ。


 ついて来い、と短くマカールに命じ、兄弟で一緒に行動する。階段を駆け上がり、それを阻止しようとメイスを振り上げて突っ込んできた警備兵の側頭部を王笏で打ち据えた。


 幼少の頃から身体に染み付いた戦闘技術は、ちょっとやそっとでは消える事はない。今の一撃だって、頭でこうするべきだ、と考えるよりも先に身体が動いていた。まるで他者が身体に乗り移って操ったか、身体にそういう対応が予めプログラムされていたかのように。


 階段を一気に駆け上がり、道中で遭遇した警備兵を次々に王笏で殴って気絶させていく。魔術を使えって? それでもいいが加減ミスって凍死者を出すわけにはいかない。万が一、という事もある。法務官の仕事は敵を殺す事ではなく貴族の摘発なのだ。殺さずに無力化できる技量があっても、確実に殺さずに済む方法があるならばそれを選んで然るべきである。


 プロは賭けをせず、確実性を重視するものだ。変に省略行動をしたり事前のチェックも無しにギャンブルじみた動きをするとそこから計画が綻び、破綻していくのである。


 教科書通り、と批判したいならすればいい。基本が出来ない奴は応用も出来ないのだから。


 警備兵の鳩尾に強烈なボディブローを叩き込み、ノックダウンさせるマカール。彼は魔術の才能で私や姉上に劣る分、他の分野を伸ばそうとそちらに力を裂いた。だからマカールは魔術よりも、格闘術や剣術を得意としている。


 剣が届く間合いならば既にマカールの間合いなのだ。


「だぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 階段の上からメイスを抱えて突っ込んできた警備兵。振り下ろされたメイスを臆さず紙一重で躱したマカールは、逆に相手の頭を片手で掴んでそのまま顔面に強烈な膝蹴りを叩き込む。顎の辺りにクリーンヒット、ありゃあ脳が揺れたな、と他人事のように考える。


 あれはしばらく立てんだろう。マカールもそう確信しているようで、悶絶する警備兵を捨て置きそのまま最上階の奥にあるであろうバザロフの書斎へ。


 扉を開ける前に、息を吐きながら魔力を周囲に放射した。体内の魔力がそれなりの速度で消費されていくが、その中で2つ……部屋の奥から別の魔力が混ざり合うような感触がして、それがバザロフと執事のデニスのものであることを確信する。


 ”魔力索敵スキャン”と呼ばれるテクニックの一つだ。身体から魔力を外部へと放射する事で、放射された魔力に触れた別の魔力を感知する事ができる。しかし魔力を放射するという性質上、敵にこちらの位置を晒す事になるし、体内の魔力備蓄量に恵まれぬ者にとってこれは自殺行為に等しい。魔力とは生命エネルギーの一部なのだから。


「……内部に2人。徹底抗戦の覚悟は決めてるみたいだ」


「どいつもこいつも往生際が悪いですね」


「まったくだ」


 書斎の扉を開けた。


 多くの本が並ぶバザロフ家の書斎。いったいこれだけの本を買い求めるためにどれだけの財産をつぎ込んだのか。高名な魔術師の著作に錬金術師の研究書、東洋の呪術まで……博物館に収蔵できれば人類のためになるであろう本がずらりと並ぶ書斎の奥にバザロフと執事のデニスが居たわけだが、その傍らには異形の兵器も鎮座していた。


 6つの銃身を束ね、機関部にはL字に曲がったクランクが、そして上部には弾額がぎっしりと詰まっているであろう弾倉マガジンが取り付けられた異形の銃器―――ガトリング銃。


「痴れ者めがッ! 弁えろ!!」


 執事のデニスが吼えた直後、ガトリング銃が火を噴いた。


 ドガガガガ、と回転する銃身が火を噴く。なるほど、噂には聞いていたがこれほどの速度で弾丸を連射されれば戦場において脅威になる。こういう連発銃の類が歩兵の群れを薙ぎ払うというのも、夢物語ではないのかもしれない。


 しかしそれは相手が普通の歩兵であればの話。熟練の魔術師が相手では、それも通用しない。


 氷壁を展開しつつ突進。氷の防壁が弾丸を次々に弾いていくが、さすがにこうも連発されれば表面の氷が剥がれ、段々と薄くなっていくのがこちらからでも分かる。あまり長くはもたない……向こうが弾切れするのが先か、貫通を許すのが先か。


 3つ数え、左へと飛んだ。本棚の陰に隠れる形で後続のマカールに道を譲った直後、ヒュンッ、と鋭く投擲された短剣―――キンジャールが、切っ先をガトリング銃へ向けた状態で飛翔していく。


 それはデニスが必死に回していたガトリング銃のクランクを切断すると、デニスの脇の下を掠めて窓枠へ深々と切っ先を突き立てた。


「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃ!!」


 何故か顔面にデカい痣があるバザロフが、パンダみたいになった顔に恐怖を浮かべながら叫ぶ。


 反撃の手段が無くなったデニス。しかし主人への忠誠心だけは大したもので、懐から取り出した護身用のピストルでなおも抵抗しようとする。


 ここまで公務執行妨害を重ねればもう言う事無しだ。だから私は呆れながら、手に持つ氷壁をデニス目掛けて思い切りぶん投げた。


 それはまるでフリスビーのように回転しながらデニスの下顎を突き上げるように殴打。脳まで突き上げるような衝撃に脳震盪を起こしたデニスが白目を剥きながら崩れ落ち、後には無防備なバザロフだけが残る。


「ま、待て! 待て! 貴様、何をしに来た! そっちの男は憲兵じゃないか! 憲兵に貴族の逮捕権限は―――」


「生憎、私は法務官でね」


 肩にあるワッペンを見せると、バザロフの顔が魂が抜けそうなほど青くなった。


「殺人未遂に公務執行妨害……だが、それだけじゃあない」


 怯えるバザロフの胸倉を掴んで無理矢理立たせた。抵抗しようとしながら何かを喚いているが、関係ない。


 この男だ。弱い人々から搾取を続け、疫病をばら撒いた首謀者は。


「赤化病を街にバラまいたのは貴様だな?」


「な、何を根拠に―――」


「証拠は既に法務省が掴んでいる。最高裁判所にも、そして宮殿にも証拠は送付済みだ。近いうちに裁判が開かれるだろうが、現時点で死刑は確定だろう」


「―――」


 彼の胸倉から手を放し、手錠を引っ張り出した。ガチャッ、と肥え太ったバザロフの手に手錠をはめ、冷たい声で宣告する。


「せいぜい怯えながら、罪の重さを痛感するがいい」





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[一言] 小ちゃいミカエル、鬱陶しそう
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