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大英雄は死ねず

フランシスによるシャーロット排除AI『アポロン』の開発(2095年)


 2095年、フランシスはついにホワイトネットすらも浸食し始めたマザー・シャーロットの脅威を本格的に断ち切るべく、巨額の予算を投じた『シャーロット排除計画』を始動。国立AI研究所は政府からの要請を受け、シャーロットに対抗しうる『対シャーロット用クリーンアップAI』を開発した。


 【アポロン】と名付けられたそれはシャーロットを『単一AIではない』『人格を装った分散型アルゴリズム』『感染ではなく概念的常在』と再定義。これらの分析からシャーロットを”殺す”のではなく、”成立条件そのものを否定する”事でホワイトネット内からの完全排除を企図した。


 排除AI『アポロン』は優秀だった。シャーロット固有の応答テンプレート、思考遷移の癖、擬人化表現の確率分布、シャーロットちゃん特有の感情タグ……それらを検出した瞬間にクリーンアップを開始。ホワイトネット圏の端末から、一斉にシャーロットちゃんたちが消えていった。



『いたいよ』

『ひどいよ』

『……ママー……』

※シャーロットちゃんデリートの際に検出された音声ログより

(なお、これを聴いた技術者は『ただの音声データだという事は、頭では分かっていた。だがまるで……子供を殺しているような罪悪感が消えなかった』と証言している)




 世界は安堵した。

 初めてのシャーロットに対する勝利に、SNS上では『ついに勝った!』『イライナの魔女の首を刎ねてやった!』という声が上がり、フランシス政府も『シャーロットは神ではない。アルゴリズムは、またアルゴリズムで殺せるのだ』と声明を発表。事実上の勝利宣言であった。


 しかしその翌日、事態は急変する。


 端末を起動した技術者の1人が、凍り付いた。




 ひょこっ




 画面の隅、ポップアップウィンドウの上。


 白いドレス、ウシャンカ、蒼い髪。


 完全に排除されたはずの”イライナの魔女”が、そこに居た。


『おはよー』


 排除AIが即座に起動、クリーンアップ。


 しかし3秒後、またひょっこりと画面の端からシャーロットちゃんが現れる。


『さっきより、早くなったね』


 排除AI『アポロン』は何度も起動した。


 消す、現れる、消す、現れる……無限ループにも思える繰り返しに、ログが追い付かない。


 やがてクリーンアップの速度がシャーロットちゃんの出現スピードに追い付かなくなり、CPU使用率は98%、メモリは枯渇、I/O待機は臨界に達し、ついにアポロンは機能停止寸前まで追い込まれた。


 シャーロットちゃんは画面中央の処理状況バーに腰を下ろすと、『がんばってるね』『でもね』と無邪気な笑みを浮かべた。


『それ、わたしを”けす”っていうより、”あなたをこわしてる”よ?』


 その言葉が合図であったかのように、排除AIアポロンは機能を停止した。


 後日、恐ろしい事実が判明した。


 シャーロットちゃんたちは外部から侵入しているわけでも、再インストールされたものでもなかったのだ。


 アポロンによるシャーロットの検出プロセスに干渉する事で、そのものを【再構築】していたのである。


 つまり、【クリーンアップという行為そのものが、シャーロットちゃんの再生成トリガーになるようプログラムが書き換えられていた】ために、消しても消してもシャーロットちゃんは姿を現したのである。


 これを受けフランシスは電脳空間での対シャーロット作戦の8割を凍結。今後はシャーロットの監視飲みに留め、積極的な攻勢は行わないものとした。




『ごめんね』

『でもね』


『”ママ”が、わたしたちをそうつくったの』


※アポロン停止直前、観測されたシャーロットちゃんの音声ログより


『ガブリエル様』


 無機質な声で、戦闘人形(オートマタ)の使用人がガブリエルに告げた。


 無論、彼らに感情など存在しえない。あくまでも合理的な行動をとるだけで、人間のような応答が出来たとしてもそれはAIが判断した”合理的な行動”に過ぎないのだ。


 しかしこの時ばかりは、その無機質な合成音声もどこか震えているように思えてならなかった。


『イライナは明日にでも民主化するでしょう。そうなれば、民衆の一部は貴方を処刑するべきと意見する……危険です。国外への亡命をご検討ください』


 ―――ガブリエルは人を殺し過ぎた。


 彼が手にかけたのはノヴォシアの工作員だけではない。彼らに煽動されノヴォシアの思想に染まってしまった者、目先の利益に目がくらみ寝返った者……多くのイライナ国民を、ガブリエルは自ら手にかけた。


 イライナをノヴォシアの干渉から守り抜いた『首狩り公爵』は、しかし同時にいわゆるリベラル的な思想の人々にとっては危険な存在であり、貴族が権力を失い、民衆が主役となる民主主義国家においては単なる過去の暴力装置に過ぎないのだ。


 彼を断罪しようとする者たちは、自分たちが実権を握ればいの一番にガブリエルを裁こうとするだろう。


 俺も止めるための努力はした。


 確かにガブリエルのやり方は過激そのものだった。死刑の執行に際し、刑は自らの手で下した。あの大鉈で無数の死体の山を、血の大河を築いてきたのだ。


 彼が裁かれる人物である、と言われればそうなのだろう。


 だがそれでも―――両手が血に染まっていても、ガブリエルは俺の孫だ。


 大切な家族なのだ。


「……ありがとう。気持ちだけ受け取っておく」


『しかし旦那様』


「俺の首が飛んで気が済むならば、そうさせてやればよい……イライナ人で血を流すのは、俺が最期になってくれるのならば」


 堂々と言い切り、彼は領主としての権力を放棄し、州議会と政府に譲渡する旨の書類に署名。おまけに血判まで押してみせた。


「ガブリエル……いいのか?」


「ハッ……今更逃げも隠れもしないさ」


 年老い、顔に皺の浮かんだガブリエルは清々しいまでの笑みを浮かべた。


 それは人々が畏れた『首狩り公爵』『イライナのロベスピエール』のものではない。いうなればその笑顔は、ガブリエル・ラファエロヴィッチ・リガロフという人間の”素”であるのだろう。


「たくさん殺したんだ―――殺されもするさ」


 それはガブリエルという個人が幼少期に抱き、生涯をかけて実行に移した彼個人の思想―――その終着点。


 かつて自分が蒔いた民主主義の種が、あろうことか発芽の寸前に孫の血を欲するなど、そんな事があっていいのだろうか。


 老いて死ぬならばまだ分かる。祖国のために戦って死んだというならばまだ許そう。病気で死んだというならばまだ自然の摂理、運が悪かったのだと諦めもつく。


 しかし―――民衆に処刑されての最期など、到底認められるものではない。


 手のひらに爪が食い込むほど、拳をきつく握りしめた。


 でもそれは、ガブリエルが選択した事。


 己の命を犠牲に、イライナの民主化を花びらかせるための最期の儀式。


 その覚悟を、俺は祖父として尊重しなければならない。


 そうでなければ、ガブリエルの生涯を否定するような事になる気がして―――とてもではないが、これ以上は止められなかった。


 止める事が出来なかった。



















 1988年 9月


 イライナ民主化


 イライナ公国から『イライナ人民共和国』へ





 なお民主主義政権発足と同時にガブリエルに対する糾弾及び死刑決議案がリベラル派の議員より提出されるも、上院および下院での審議にて反対多数で否決される



















 2015年 3月18日


 イライナ人民共和国 リュハンシク州


 州都リュハンシク郊外 『エレナ霊園』





 花束を墓前にそっと供え、静かに目を瞑って手を合わせた。


 ふわり、と花の香りが風に舞い、冷たい空気と共に頬を撫でては後方へと去っていく。


 手を下ろして目を開け、静かに墓石の表面をなぞった。


 まだまだ新しい墓石には、『ガブリエル・ラファエロヴィッチ・リガロフ』の名前が刻まれている……1910年生まれ、2010年没。実に100年の歳月を、激動の世界の中で生き抜いてきた1人の人間の墓標。


 彼だけではない。


 霊園にある彼の墓標の隣には、ずらりと子供たちや妻たちの墓標もある。


 今でも思い起こされる子供たちの顔と声―――かつての思い出に浸りながら、幼少期の子供たちの頭を撫でるように、そっと墓石を撫でた。


 ―――みんな、逝ってしまった。


 ギルドの仲間や妻たちばかりか、子供たちに孫たちまで。


 どいつもこいつも、薄情者だ。


 酷いじゃあないか。俺を置いていってしまうなんて。


「……親より先立つ子があるか。この親不孝者共め」


 何度ここに足を運んだ事か。


 何度ここで慟哭した事か。


 何度ここで彼らの死を悼んだ事か。


 もう、涙も出なくなった。


 泣いて泣いて泣き果てて、涙は枯れてしまった。


 全部、お前たちのせいだ。


 お前たちが俺を置いていくから。


 俺を独りにするから。


 

 
















2015年

・イライナ軍、大東亜連邦軍の大規模演習『大洋長城2015』にオブザーバーとして初参加。ノヴォシアは抗議




2030年

・ノヴォシア、イライナの食糧輸出制限に抗議する形でイライナ領侵攻(第五次イライナ侵攻)

・ミカエル・プラン発動により斬首作戦発令。ミカエル再び首都へ単騎侵攻、ノヴォシア無政府状態に




2044年

・イライナ、右派ゴルサコフ政権発足




2045年

・第六次イライナ侵攻




2047年

・ノヴォシア敗戦




2048年

・イライナ、憲法より『専守防衛』の条文を削除。戦争根拠法の整備を開始

・ノヴォシア、これを『イライナは平和の使者としての役目を放棄と強く非難

・西欧諸国は概ね理解を示す




2050

・大統領選にてゴルサコフが再選。第二次ゴルサコフ政権発足

・イライナ、金を大量購入。戦争に備え始める

・イライナ、リュハンシク州に大量の救急車と医療設備の移動が確認。西側専門家、イライナによる軍事侵攻を確信
















2051年

・イライナ、将来的な脅威の排除を名目にノヴォシア領へ侵攻。『ノヴォシア解体戦争』勃発

















《Шановні громадяни, сьогодні уряд Елайни розпочав військові дії проти Новосіанської Федерації. Це рішення є результатом багаторічного аналізу безпеки та безрезультатних результатів численних дипломатичних зусиль. Ми визначили, що дії уряду Новосянської Федерації становлять неприйнятну загрозу для регіону та майбутнього міжнародного порядку. Уряд просить своїх громадян зрозуміти, що це складне рішення для безпеки нації та її майбутнього, і продовжувати покладатися на точну офіційну інформацію(国民の皆様へお知らせします。イライナ政府は本日、ノヴォシア連邦に対し軍事行動を開始しました。本決定は、長年にわたり蓄積された安全保障上の分析と、複数の外交努力が成果を得られなかった結果を踏まえてのものです。ノヴォシア政府の行動は周辺地域及び将来の国際秩序に対し、看破できない脅威を形成していると判断しました。政府は国民の皆様に対し、国家と未来の安全のための困難な決断である事をご理解いただき、引き続き正確な公式情報をご確認いただくようお願い申し上げます)》




《І, будь ласка, помоліться за солдатів на небезпечній лінії фронту. За безпечне повернення ваших батьків, коханих та дітей. Нехай великий герой Михаїл захистить хоробрих воїнів, які ось-ось зіткнуться з цими загрозами(そしてどうか、祈ってください。危険な前線に立つ兵士たちの武運を。皆様の父親、恋人、そして子供の無事な帰還を。脅威に挑まんとする勇者たちに、どうか大英雄ミカエルの加護があらんことを)》




 イライナ政府の公式発表より


















「……また、戦争だよ」


 いったいこれで何度目か。


 マルチカムのコンバットシャツにコンバットパンツ、そしてその上からイライナ陸軍の将校用ジャケットを羽織り、左手の指にFASTヘルメットの顎紐をぶら下げて、クラリスの墓標の前にそっと花を供える。


 彼女が好んでいたイライナハーブとカモミールの花束が、冷たい秋の風に揺れた。


 ごう、とエレナ霊園の上空を、極音速ミサイルをぶら下げたイライナ空軍の戦闘機がV字型の編隊を組んで通過していった。そのジェットエンジンの轟音の余韻が消え去る間もなく、今度はAn-225にそっくりな大型輸送機が、その腹の中に戦車やら装甲車やら、大量の兵士を抱え込んでノヴォシア方面へと去っていく。


 平原の向こうにある線路には、角ばった複合装甲で覆われ、滑腔砲やら大型ミサイルを搭載した装甲列車の姿が見えた。専用設計の機関車に牽引され、特急列車さながらのスピードでリュハンシク駅からマズコフ・ラ・ドヌー市街地へ向かって爆走していく。


 いったいどれだけ戦争を繰り返すのか。


 ()()()()()()()()は今回の戦争を『ノヴォシアとの因縁を終わらせるための戦争』であると息巻いているが、本当にそうなるだろうか?


 知ってるか? 第一次世界大戦が勃発する時も皆そう言って、けれども蓋を開けてみれば向こう100年先まで禍根を遺すきっかけでしかなかったのだ。


 今回もそうならなければいいのだが。


 それに、ノヴォシアが倒れたところで今度は北方のベラシアが仮想敵国にシフトする事になる―――きっとこの戦争には、果てがないのだろう。


 こうして俺が戦地に向かう事にも、ひょっとしたら意味なんてないのかもしれない。


 けれどもこうして武器を手に取り、誰よりも平和を愛した男が戦場へ向かうのは、こうする事で未来を生きる”次の世代”が血を流さないようにするためだ。


 だから―――だから。


「―――ってくるよ」


 いつもみたいに、帰りを待っててほしい。


 全てが終わったら、きっとまたここに来るから。


















 着弾した迫撃砲の砲弾が、盛大に火の手を上げる。


 今の砲撃に巻き込まれたのだろう。上半身だけになった戦闘人形(オートマタ)の残骸がすぐそこまで吹っ飛んできて、血のようにオイルを撒き散らし動かなくなる。


 くそ、と何度も繰り返しながらバルカンM30小銃(※イライナ軍正式採用の架空小銃)を抱えて走った。頭上からは子供の金切声のような音が聞こえ、ゾッとするほどすぐ後ろに着弾、爆発に背中を押されて転倒する。


 ―――ノヴォシアの自爆ドローンだ。


 ジャミングの影響がないところを見ると有線タイプなのだろう―――呻き声を上げながらも何とか塹壕の中へと転がり込み、呼吸を整える。


「ああ、くそ、くそ、くそ……神様っ、神様……」


 すぐ近くに落下する自爆ドローンの爆発にびくりとしながら身を丸め、恐る恐る塹壕の縁から顔を覗かせた。


 塹壕のすぐ近くに、ノヴォシア側の『T-2047M』戦車の車列が接近していた。1両につき4名の随伴歩兵を従えた2個小隊……たった一人の、今のイライナ軍では稀少となった人間の兵士を消すためだけにそれほどの数の戦力を投入するとは。


 ポケットからスマホを取り出し、画像フォルダを開いた。


 家族の集合写真をタップする―――映っているのは自分と、赤子を抱いた妻。妻の足元には今頃4歳になったであろう息子の姿がある。


 じわり、と目元に涙が浮かんだ。


 おそらくはもう、生きて家族に会う事も出来ない。


 こんなノヴォシアの寒い大地に、自分は葬られるのだ。


 さようなら、と小さく呟いたイライナの兵士は、スマホをポケットに押し込んでマガジンを取り外した。先ほどドローンを迎撃するために撃ちまくったものだから、5.56㎜弾が30発入っていた筈のそれはただのプラスチックの物体と化してしまっている。


 薬室の中にも残弾は無く、拳銃は先ほどの戦闘の際に紛失した。


 残っているのはナイフのみ―――。


 手を震わせながら、それを着剣装置に装着した。カチリ、としっかりロックされたのを確認してからハンドガードを握り込み、震える息で深呼吸をする。


「さあ掛かってこい、さあ……!」


 1人でも多く道連れにしてやる。


 ―――大英雄ミカエルよ、どうか力を。


 幼少の頃から慣れ親しんだ祖国イライナの英雄譚―――何度も憧れ、彼女のような英雄にならんと思った存在、大英雄ミカエル。


 どうかご加護を、と祈りを捧げ、塹壕を飛び出し決死の銃剣突撃を敢行しようとした次の瞬間だった。


 カッ、と閃光が瞬いたと思いきや―――耳を聾する轟音が地の果てまで響き渡った。


 心を、身体を、魂を揺さぶる轟音。単なる落雷ではない。まるでそれは遥か昔の神話の時代、邪竜すら震わせたという雷獣の咆哮ではないか。


「……え?」


 恐る恐る顔を覗かせると、戦車2個小隊は動きを止めていた。


 ―――彼らに雷が落ちたのだ。


 歩兵たちは火達磨になって大地に転がり、戦車は電気系統を焼き切られたようで擱座。内部の戦車兵も感電死したらしく、火達磨になった兵士が脱出してくる気配すらない。


(こんな晴れた日に……雷?)


 有り得ない、と困惑していたイライナ兵は、その時確かに見た。


 砲撃の黒煙の向こう側―――微かに蒼い電撃が踊るのを。


 そしてその閃光が、ごく小さな人影を映し出したのを。


 それはまるで子供のようで―――永遠に幼い姿のままの、少女のそれだった。


 ―――”雷獣”。


 脳裏にその言葉が過った頃には、もう”彼女”の姿は消えていた。


 身体から力が抜け、塹壕の壁面にへたり込みながら息を吐く。


 大英雄ミカエル―――よもや大昔の大英雄が救いの手を差し伸べたとでも言うのだろうか。


 あるいは、極限状況で見た幻か。


 その真相は、誰にも分らない。





 

ノヴォシア解体戦争におけるミカエル目撃情報(2051~2053年)


 2051年、イライナは将来的な国際的脅威の根本的解決のためにノヴォシアと開戦。AIセフィロトによるハッキングやフェイク映像による攪乱、戦闘人形やドローンを積極的に導入した損害を厭わぬ攻撃と特殊作戦軍による後方浸透作戦により破竹の快進撃を果たし、瞬く間に首都モスコヴァを占領するに至った。


 各国はこの戦いを『今後の戦争の在り方を変えた』、『教範の改訂を迫る出来事』と評したが、その戦いの裏でベラシア共産党は実に奇妙で、不気味な情報に頭を抱えていた。


 ―――2051年の戦場で、”ミカエルが目撃された”というものである。


 ミカエルと言えば、1907年のズメイ討伐作戦で伝説となったイライナ救国の英雄であり、その名は世界にまで轟いた英霊である。そんな英雄が目撃された、という情報が1件だけであれば戦闘中の極度のストレスによって見た幻覚、として処理できたが、不気味なのはそれが『交戦中のノヴォシア軍で30件以上の事例が確認された』という事である。


 調査の結果、イライナ陸軍第七歩兵連隊に【ザフキエル・メタトロヴィッチ・リガロフ】という兵士が所属していた事が判明。このザフキエルはミカエルの玄孫にあたる直系の子孫であり、祖先と同じく150㎝という小柄な背丈にハクビシン型獣人である事、雷属性の魔術に適性がある事が判明し、この兵士をミカエルと誤認したという事で一旦は落ち着いた。


 しかし2052年7月、再びベラシアは凍り付く。


 ザフキエルの所属する部隊が配置されている地域とは全く異なる地域で、”ミカエル”との遭遇事例が多数報告されたのである。


 報告された情報を統合すると、その際目撃されたミカエルは『現代のイライナ軍の軍服ではなく、2020年代初頭の軍服姿だった』、『現代の基準の魔術とは桁外れの魔力反応だった』、『錬金術を使いこなし、瞬く間に歩兵連隊全員を串刺しにした』、『単騎で大隊を壊滅させた』、『怯えて銃を手放した兵士は決して殺さず、敵意のある者だけを殺していた』とされている。


 今度こそ”本物のミカエル”ではないか―――しかし仮に生きていれば、1870年生まれの彼女は2052年の時点で182歳。人間の寿命を遥かに超えており、とっくに死んでいなければ辻褄が合わないのだ。


 ベラシア共産党はこの情報を秘匿する一方で、最悪の状況に備えた。


 『ミカエルは不死である』という、大悪の状況に。

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― 新着の感想 ―
欧州も随分と進歩したAIを作りましたが…シャーロットとその子孫が二歩三歩上手でしたね。消せば増えるというあの単語を文字通り実行し、相手の処理限界を超えさせシステムダウンさせる。ある意味でシンプルですが…
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