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ミカの心は壊れない

調律治療需要の急増(2090年)


 2090年頃より、シャーロットによる調律治療を希望するイライナ国民が急増した。当時のイライナ国内ではAIによる業務の効率化や意思決定の高速化、それに伴う人間に求められるスキルの高度化が急速に進んでおり、『適応速度の不足』が淘汰される社会になりつつあったのである。これにより、イライナでは発達障害者やグレーゾーンの人々が払い落される結果となってしまい、社会問題になりつつあった。


 しかし調律治療を受ける事により、発達障害者やグレーゾーンの人々も社会で活躍する事が可能となり、イライナにおいては人間とAIの共存は更に高度化していく事となる。なお2090年代よりイライナ国内での自殺率は1.02%まで下落している。

 あくまでも調律を受けるか否かは本人の希望次第であり、調律を受けない個人の選択と権利は尊重されたが、それでも【調律を受けない自由】と【調律されなければ苦しい現実】という乖離が議論を呼んだ。


 これらの出来事は西欧諸国からは『イライナは福祉の名を借りた”人的資源の再編”を行っている』と厳しく非難されている。











 こんな治療受けられるなら作者の中の人は大喜びで受けに行くと思います。皆さんはどう思いますか?




 史実世界 西暦1942年 9月28日


 ソビエト連邦 スターリングラード市街地



 



 第二次世界大戦(独ソ戦)【スターリングラード攻防戦】






『Слушайте, храбрые товарищи! Наш великий товарищ Сталин отдал приказ! Мы сейчас же бросимся в атаку на вражеские оборонительные рубежи и освободим город из лап мерзких фашистов! Не бойтесь, товарищи, справедливость с нами!(聞け、勇敢なる同志たちよ! 偉大なる我らが同志スターリンより命令が下った! 我々はこれより敵防衛線へと突入、市街地を卑劣なファシスト共の魔の手より開放する! 同志たちよ恐れるな、正義は我らにあり!!)』


 なぜヒトはFPS如きでイキれるのか。


 自分が強くなったわけでもなく、ゲームの中でちょっと活躍したくらいで自分自身が強くなったと勘違いする奴。でもそれはあくまでも画面の向こうの自分であって、自分自身が得たものではない。なのにあそこまでイキってしまうのは何故なのか。この現象の正体はいったい何なのか。


 まあ、そんなほじって出てきた鼻クソに付着してたおまけの鼻毛とどっこいどっこいなくらいにどうでもいい話はさておき。


 相変わらず、ズメイ(ズミー)のチョイスはいやらしい事この上ない。


 ウェルダンにパッシェンデール、ソンム、カポレットにドイツの春季攻勢……第一次世界大戦で”地獄”だとか”凄惨”といわれた戦いをあらかた網羅したかと思いきや、今度は第二次世界大戦へと突入したのだからたまったもんじゃない。


 しかもよりにもよって人類史上最大の死傷者を出した独ソ戦である。独裁国家と独裁国家のガチの殴り合い、人間の命がこんなに軽くなった大規模戦争などこれまで果たして存在しただろうか。ワンコインで買ったクソゲーの方がまだ高値に思えるほどだ。


 ホイッスルの音が響くと共に、塹壕からソ連の国旗を手にした兵士が飛び出した。それに一瞬遅れて後続の兵士たちも飛び出し、俺も空気を読んでヴァシリーと一緒に塹壕から外へと躍り出る。


 いつまでもあそこに留まっていたら、後ろで重機関銃をステンバーイしている督戦隊に撃たれてしまいそうだ。死ぬならベッドの上で家族に看取られて最期を迎えるのがベストと個人的には思うが、戦いの中で死ぬならばせめて真正面からの攻撃で倒れたいもんである。


『『『Ураааааааааа!!』』』


 ドン、と周囲に着弾する迫撃砲の砲弾。土と一緒に人間だったものが舞い上がって、ピンク色の肉片が混じった土の雨が歩兵の隊列の中に降り注ぐ。


 半壊した建物の影に滑り込み、呼吸を整えた。


 そこにはもう既に先客がいた。ぐったりした様子のソ連兵が、両手の指先を痙攣させながら目の前にぶちまけられたピンク色のロープのような物を必死に自分の腹へと押し込めようとしているのだ。


 Мать(お母さん)、と何度もうわ言のように繰り返してこっちを見た彼は、そのまま動かなくなった。


 さっきからだ―――このクソのような戦争の幻を見せられ始めてからというもの、やたらとこういうメンタルを抉るような場面に直面する。火炎放射器を持った兵士が被弾して目の前で火達磨になったり、ガスマスクが破れて使い物にならなくなってしまいそのまま苦しんでいったり、パッシェンデールの底なし沼に被弾して沈んでいったり……そんな感じだ。PTSD待ったなしの凄惨な光景が、決まって目の前で繰り広げられる。


 彼の持っていたPPSh-41をヴァシリーに渡し、ドイツ軍の塹壕にひとしきりBRN-180(※M4A1のロアレシーバーを組み込んである)のフルオート射撃をお見舞いし、タイミングを見て突っ込んだ。向こうの機関銃手が血まみれになりながらMG42(美大落ち推薦電動鋸)の弾幕を見舞ってくるが、磁力防壁を展開して全弾受け流し、逆に機関銃手にヘッドショット。そのまま塹壕へと飛び込むなり錬金術を発動、地面から無数の槍を呼び出してドイツ兵たちを一網打尽にする。


『ヴァシリー!』


 PPSh-41を見様見真似で撃ちまくっていたヴァシリーを呼び、塹壕の向こうにあったボロボロのドアを蹴破って中へと飛び込んだ。









 史実世界 西暦1944年 6月6日


 フランス コタンタン半島 ノルマンディー




 第二次世界大戦【ノルマンディー上陸作戦】







 ドアを蹴破ると、上陸用舟艇のハッチが勢いよく開いていった。


 先ほどまでスターリングラードで戦っていた筈なのに、今度は潮と血、そして硝煙と鉄の臭いが支配する別の地獄へと送り込まれてしまったらしい。


 一瞬、硫黄島とかペリリューかなと思ったが、しかしまともな遮蔽物もなく徒歩でビーチへ上陸せざるを得ないクソみたいな状況からノルマンディーだと理解。M1ガーランドを抱えた巨人みたいなアメリカ兵の隊列に混じり、身長150㎝のミニマムサイズなミカエル君もノルマンディーの砂を踏み締める。


 だんっ、と海中で地面をタップし目の前に鋼鉄の防壁を生成。ガガガガガ、とMG42の弾幕がそれに阻まれている間にアメリカ兵を引き連れて前進、海岸線の機銃陣地へとBRN-180のフルオート射撃を見舞いSNATAGマガジンを交換。コッキングレバーを引いて初弾を装填する。


『ここに隠れてちゃダメだ。前進しよう』


『わかった』


 まだソ連兵のPPSh-41を持っていたヴァシリーを伴って遮蔽物の影から飛び出した直後、沿岸砲から放たれた榴弾の一発が防壁を直撃。隠れてM1ガーランドやM1カービン、BARでの反撃を試みていたアメリカ兵の一団があっという間にバラバラになる。


 足や内臓の一部、腕、指の切れ端、生首……降り注ぐ人間だったもの。


 ごろん、と足元に転がった兵士の生首と、一瞬だけ目が合った。


『いいなぁ、お前だけ』


 そんな言葉が、頭の中に直接響いた気がした。


 中学校の頃(※ミカエル君は平成前半生まれなので小学校の頃は英語の勉強は無かったよ)にテストでクソみたいな点数を取ってしまったが故に生涯に渡って苦手意識が残り続けた英語ではなく、慣れ親しんだイライナ語……あるいは日本語で。


『死にたくない、死にたくない』


『熱い……おかあさん、熱いよ……』


 国籍も、言語も、文化も何も関係なかった。


 差別だの多様性だの、色んな要素への”配慮”が行き過ぎて息苦しいクソのような現代ではあるが、しかし大昔から何も変わらず平等だった概念が一つだけ存在する。


 今、確信に変わった―――唯一人間に対し平等に接してきてくれたのは、【死】だけであったという事に。


 頭の中に流れ込んでくる兵士たちの断末魔。


 何が起こったのか分からずにあっけなく死ぬ兵士や、現実を受け止めきれず叫ぶ兵士。家族の名前を叫ぶ兵士に婚約者や母親に助けを求める兵士……死に方はとにかく多種多様だった。死と殺戮の多様性、ここに極まれり。


 海岸線に辿り着くなり、指を弾いて剣槍を呼び出した。こんな地獄のような場所(たぶん精神世界のようなものなのかもしれない)にもついてきてくれた触媒の忠義に感謝しつつ、それを操ってドイツ軍の機銃陣地を攻撃。海岸線の兵士に向かってひっきりなしに弾丸を撃ちまくっていたMGに剣槍が突っ込んでいくや、ドイツ語の叫び声と共に血飛沫が吹き上がり、やがてMG42の弾幕は沈黙した。


『痛い、いたいぃ……』


『やだ、だれかたすけて……おかあさ』


『やめて、やめて……』


 ズメイ(ズミー)は本気で、俺の心を壊そうとしているようだ。


 ついには殺した敵兵の心の声や怨嗟すらも、頭の中に響くようになった―――それも、俺に理解できるようイライナ語と日本語に翻訳した状態で、だ。


 こうまで徹底してるともはや一周回って俺の事が好きなのではないか。実はズメイ(ズミー)の奴、ミカエル君に密かに恋をしてたりするのではないか。それが素直になれず、気になってるあの子に想いを伝えられずちょっとイジワルをして興味を引こうとしてる拗らせた男の子みたいになってしまっているのではあるまいか。


 いやキショい、フツーにキショい。


 あんなクソみたいな奴はアレだ。終身名誉同人誌皆勤出演者として後世に至るまで尊厳破壊されていればいいのだ。黒髪の三重人格爆乳ドラゴン娘として、オークなりゴブリンなり金髪で日焼けしてサングラスをかけた間男を相手に腰でも振っていればいいのだ。


 イリヤー伝説のラスボスを務めた伝説の邪竜には耐えがたい尊厳破壊だろう。


 ちなみにミカエル君はその道を全部通ってきている……同人誌の中で。


 ……などと変な事を考えられるくらい、まだ頭の中は余裕っぽかった。


 昔の俺だったら我慢できずに吐いていただろう。最初の頃なんか、意図せず相手を撃って怪我をさせてしまっただけで罪悪感に耐えきれず嘔吐していたのだから、その頃に比べたらだいぶ頭のネジも緩んできたなという自負がある。


 いや、そうでもしなければメンタルがやられてしまう、という一種の防衛反応なのかもしれない―――とにかく油断せずに進むしかなさそうだった。


 お得意のパルクールで崖をよじ登り、トーチカのガンポートに身体を潜り込ませるや(※狭い場所にもハクビシンは簡単に入り込めます)、その奥にあった鋼鉄製のドアを蹴破った。


















 扉の向こうは、懐かしい場所だった。


 イライナ最南端の港町、アレーサ―――その丘の上にある、母の実家だ。


 決して豪華ではなく、イライナの伝統的な建築様式に則った庶民の家といった風情で、台所ではぶら下がった干し肉が揺れ、玉ねぎが土のにおいを発し、火にかけられた鍋が蓋をコトコトと揺らしている。


 暖炉の中で燃える火のパチパチという音と、窓から入り込んでくる陽の光の温かさ。


 どれもこれもが、俺の覚えている母の実家そのものだった。


 現実世界に帰ってきた―――わけではないらしい。


 だって津波で壊滅したはずのアレーサの市街地は無事だし、何より台所には母さんの見慣れた後ろ姿があって、まな板の上に乗せたニンジンをリズミカルに切っていたからだ。


『……母さん?』


 もう二度と、会う事も言葉を交わす事もできない肉親。


 夢でも幻でも、いずれにせよこうして対面できたのがどれだけ心の救いになる事か。


 おそるおそる、けれども確かな母の気配に縋るように声をかけ、一歩足を前に踏
























 母さんが、鬼の形相で睨みつけてきた。
























 ぴた、と包丁を持つ手を止めるなり、それを力任せにこっちに投げつけてくる母さん。よもや幼少の頃から俺を支えてくれた彼女が、血の繋がった実の母親がこんな事をしてくるとは思わず、回避する気も起きなかった。


 ぐさり、と鋭い痛みと共に肉の裂ける音。左の肩口に包丁が深々と突き刺さるが、しかし実の息子に包丁を投げつけてもなお、母さんの怒りはおさまる気配もない。


 屋敷でいつも見ていたメイド服姿のままこっちに迫ってくるなり、母さんは女性とは思えない力で俺の首を掴むなり、そのまま持ち上げてぎりぎりと締め上げ続けた。


 呼吸が詰まり、肺がまるで煮詰められているような苦痛を発する。脳への酸素の供給がほぼ完全に断たれ、身体中が”生きたい”という本能に従ってじたばたと暴れはじめる。


『お前なんか……お前なんか生むんじゃなかった!』


 母とは思えない、衝撃的な暴言だった。


『お前さえ孕まなければ……お前さえ生まれなければ、あんなにも苦しい思いをする事は無かった! 責任なんて感じずに堕ろしてしまえばよかった!!』


 頭の中が真っ白になった。


 空気が吸えないから、という理由だけではない。


 今まで親身になって接してくれた人が―――冷遇されている中、ただ1人愛情を注いでくれた実の母親が、息子の存在を否定するような暴言を立て続けに浴びせてきたのだ。まるで全く予想していなかった方向からボディブローを喰らったかのように、何も考えられなくなる。


『お前のせいで私は忌み子の母親になってしまったのよ。お前が居なければ、苦労はしたけど今よりもっといい暮らしができた筈なのに!』


『……』


『死ね、死ね! 死んで詫びろ!』


『……』


『何が雷獣だ、何が英雄の末裔だ! 望まれて生まれた命でもないくせに、調子に乗ってデカい顔しやがって!!』


『ミカ、ミカ! 真に受けちゃあダメだ! これはズメイ(ズミー)の―――』


 開け放たれたドアの向こう―――まだノルマンディーのトーチカの中にいるヴァシリーが、必死に見えない壁を叩きながら叫んでいる。


『諦めるな! 頑張れ! 戦え、戦え!!』


 



 ―――分かっている。()()は母さんじゃない。





 ジャキッ、と黒いコンペンセイターが装着されたグロック40が、ついには血の涙まで流し始めた()()姿()()()()()()()の首元に突き付けられる。


 ―――母さんなら、そんな事は言わない。


 ―――だからオマエは、母さんじゃない。


 ―――きっと物の怪だ。


 引き金を引く感触は、驚くほど軽かった。


 パンッ、と軽快な音と共に10㎜オート弾が放たれて、母の姿をしたナニカの下顎から脳天目掛けてぶち抜いていく。


 母が―――母の姿をした何かが、たかが脳味噌の中に飛び込んできた10㎜ぽっちの鉄礫に命を刈り取られ、傷口や眼孔、鼻、耳から血を溢れさせて崩れ落ちていく。


 彼女の両手から解放されるなり、何度も激しく咳き込みながら口の端から溢れる泡交じりの唾液を拭い去った。


『―――ミカ』


 背後から響く、ヴァシリーの安堵したような声。


 母の実家も、ドアの外に広がる地獄のノルマンディーも、何もかもが砂のようにさらさらと、滑らかに崩壊を始めていた。風に浚われていく砂よろしく崩れ、消え、真っ白な世界へと還ってゆく。


『ありがとう。最期に君と会えて、幸せだったよ』


「ヴァシリー」


 オークの姿が崩れ―――その向こうから一瞬だけ、鹿の獣人の少年が現れる。


 きっとそれこそが、本来の彼の姿だったのだろう。


『さようなら、僕の親友』


「……ああ」


 いつか、俺もきっとそっちに逝くかもしれない。


 もしそうだったら、その時は。







「―――()()()()()






 大切な親友に、もう泣き顔は見せたくない。


 できるだけ涙を堪え、とびっきりの笑顔を浮かべながら、親指を立てて別れを告げた。


 ―――きっと、もう彼とは会えないだろうから。


 ―――きっと、真っ当に人としては死ねないだろうから。


 ―――きっと、ズメイ(ズミー)の呪いを抱えて生きていくだろうから。


 だから互いの笑顔を―――記憶の中に刻んでおこう。


 決して忘れないように。


 俺たちが、確かにそこに居たという証のために。







 親友との最期の別れを済ませ、真っ白な世界の中でゆっくりと後ろを振り向いた。


 そこにはいつの間にか、巨大な黒いドラゴンの死体があった。


 悪魔のように巨大な翼と長い尾。どんな大砲も、魔法も、伝説の勇者の剣も受け付けない堅牢な外殻と鱗に覆われた、最大・最強のエンシェントドラゴン。


 本来3つあったであろう首のうちの1つは根元から斬り落とされ、紅く生々しい傷口が覗く。


 その死体の前に、剣槍を手に呆然と立ち尽くしている人影が1つ。


 小柄な体格と、外側に跳ねた黒く長い髪。闇のように黒い頭髪は、しかし前髪の一部が白くなっていて、まるで暗闇に示された光の道のよう。


 癖のある前髪から覗く銀色の瞳の周囲は雪のように白い睫毛と眉毛に縁取られていて、どこか儚くミステリアスな雰囲気を相手に感じさせる。容姿こそ少女のように思えるものの、しかし小柄な身体はしっかりと鍛え上げられている事が分かる。


 それ故に鞘の中に納まり、戦場で使われる瞬間を待ちわびる短剣のような鋭さを感じさせた。


 ―――俺だ。


 俺と全く同じ容姿の人間が、ズメイ(ズミー)の死体の前で立ち尽くしている。


 BRN-180のセレクターレバーを弾く音で気付いたのだろう、俺は―――いや、()()()()()()姿()()()()()()()()()()は静かにこちらを振り向くなり、わなわなと震わせた唇を開く。


『何故だ……何故、お前の心は壊れない』


「―――独りじゃないからだ」


 神話に登場し、誰からも畏れられる伝説の邪竜。


 その姿が―――比喩的な意味でも今ばかりは、これ以上ないほど小さく見えた。


「ここまで来るのに、多くの人に支えられてきた。独りでは絶対にここまで来れなかったさ……皆が支えてくれた。だから強くなったんだ。お前とは違う」


 BRN-180をCクランプ・グリップで構え、ホロサイトの照準を自分の姿をしたズメイ(ズミー)の眉間へと向けた。


 ズメイ(ズミー)も手にした剣槍の穂先をこっちへと向け、身体を低く沈み込ませて構える。







「―――かかって来いよぼっち野郎。格の違いを教えてやる」






 ―――今ばかりはもう、誰にも負ける気がしない。







非調律者共同体『ノイズタウン』の形成と『ノイズ』の誕生(2090~)


 調律治療が一般化するにつれ、イライナ社会には『宗教的理由で拒否する者』、『苦しみも自分だと考える思想家』、『調律による人格変化を恐れた芸術家』、『シャーロットへの根源的な不信を持つ者』など、様々な理由で調律治療を拒否する者が現れ始めた。

 彼らは迫害されたわけでもなく、強制されたわけでもない。しかし「なぜ受けないのか」、「受けた方が楽だ」という周囲からの”善意の圧力”が、静かに彼らを孤立させていったのである。


 2100年前後、こうした人々が各地で自発的に集まり始めた。都市周縁部や廃工場跡、旧市街地に集結し、非調律者たちは独自のコミュニティを結成。次第にそれらは【ノイズタウン】と呼ばれ、そこに住む非調律者たちは自分たちを【ノイズ】と呼ぶようになった。調律されていない”雑音ノイズ”の集まる場所の誕生である。


 調律はせず、原則として心理支援は人間同士で行い、パニック症状、鬱病、発達障害は排除せず”個性”として受け入れる―――高効率化の一途を辿る社会から非効率として斬り捨てられたそれを、彼らはアイデンティティとして前向きにとらえ、肯定していった。ノイズタウンでは働けない人間、毎日寝ているだけの人間、同じ話を何度も繰り返す人間……そういった人々にも居場所は与えられた。


 ノイズたちは独自の文化を発展させていった。音程のズレた独特な音楽、意味を理解するのが困難な詩、人によっては不快感を与える映像作品など、AIとの共存により洗練されていったイライナの文化とは異色で、個性の強いそれらは次第に”独自のアート”、”最期の人間らしさの発露”として次第に好意的に受け止められるようになっていった。2101年のフランシスで開催された美術展にイライナのノイズタウン出身者の描いた絵画が入賞した事もそれを後押しし、政府は彼らに対し補助金を出すなど手厚い待遇を図った(一説にはフランシス側に懐柔されポリコレの宣伝材料にされる事を恐れたためとされている。早期の支援表明により幸いそれは回避された)。


 なお、2105年時点での推計ではノイズの人口比はイライナ全人口の3~4%、年齢層は20代後半~60代とされており、シャーロットはこれを『興味深い観察対象』として監視と学習を行っている。


 人間の持つ感情や非合理性が、AIには興味深い学習対象として映ったようだ。

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― 新着の感想 ―
これ現実世界でもしんどい形で出てるんですよねえ、過去に比べ余りに高度な技量が労働者に求められるようになった。それを実現できなければあっさり解雇、もしくは必死にそうならないよう努力した結果が適応障害とか…
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