英雄譚 1907
突然ですがこのミリオタ庶子、1000話超えてました(白目)
まさかこんなに長く続くとは思っていませんでした……本当にありがとうございます。こんなに長い間続けることができたのも皆さまのおかげでございます。
言うまでもなく長い話になってしまいましたが、ご存じの通りもう終盤です。最後まで突っ走りますので、お付き合いいただけますと幸いです。よろしくお願いします。
寒冷化を受けるガリヴポリの街でも、その遠雷の音は確かに聞こえた。
信じられない話である―――ここからカルパティア山脈まで一体どれだけ距離があるというのか。西の果てからこんな東の果てにまで轟く遠雷とはいったい何か。
不安そうな顔をする曾孫の頭を撫でながら、車椅子に座りすっかり年老いたハクビシン獣人の老人は窓の外を見る。
第一世代型の獣人であるその老人の眼は、しかしもうすっかり白く濁っていて視力はない。最近になって外が暗いのか明るいのかすら判別がつかなくなり、その上物忘れもひどくなって家族に迷惑をかけている。
そんな、もうそろそろ100歳にもなるハクビシンの老人ははっきりとカルパティア山脈の方へと視線を向けた。
「……じぃじ?」
「怖がらなくていい。あれはな、雷獣の遠吠えじゃ」
「らいじゅー?」
「ああ、そうとも。とっても小さくて、強くて可愛い雷獣様じゃよ」
曾孫にそう言い聞かせながら、老人は思い出す。
今から20年前―――このガリヴポリが共産主義者の支配下にあった時の事。食料も無ければ売る物もなく、皆がお腹を空かせていたその時にたまたまここを訪れていたハクビシン獣人の少女の事を。
あの時は無名だったが、あれがのちの”串刺し公ミカエル”であると当時は知る由もなかった。
苦しそうな老人を哀れみ、ポケットの中のキャンディやチョコレートをくれた心優しい少女の姿を思い出し、老人は曾孫の頭を優しく撫でた。
「よう、お前ら。生きてるな?」
激痛をこらえながらも瞼を開けたクラリスの目の前に、AKを抱えたヒグマが居た。
はて、こんなパヴェルみたいなヒグマが居たものかと身体を起こすクラリス。身体中を苛んでいた激痛はもう消えており、どこを動かしてもあの腹を突き刺すような痛みは感じない。
痛みを受けすぎて感覚がおかしくなったのかと思ったが、よく見るとパヴェルの片手にはエリクサーが入っていたと思われる注射器が握られていて、彼が応急処置をしてくれたのだと分かる。
「母上!」
「ラフィー……」
目を覚ました母の姿に安堵する息子の頭をそっと撫でると、隣で一緒にぐったりしていたシェリルと目が合った。
ぐっ、と拳を突き出す彼女と拳を突き合わせ、とにかく強敵を相手に生き延びた事に感謝する。
が―――あの初代団長の皮を被った怪物は何処にいるのか。まだ生きているのならば今度こそトドメを刺さなければならない。確実に殺さなければ、この世界から脅威は消えないのだ。
反射的に銃に手を伸ばそうとしたクラリスの視界の端で、黄金の雷が瞬いた。
それに遅れて落雷のような轟音が、腹の奥底まで響いていく。
「……雷獣」
隣でサイドアームのグロックのチャンバーチェックをしていたシェリルが、ぽつりと呟いた。
雷獣―――それが何を意味するのか、クラリスには解る。
今、ミカエルが戦っているのだ―――死の淵から復活したミカエルが。
ドン、と空気が弾け、蒼い炎を纏うタクヤと―――黄金の雷を纏い、頭上に天使の輪を頂くミカエルの姿が顕わになる。
それはまるで、天使と悪魔の頂上決戦のようにも思えた。
「……ご主人様」
もう、彼女らが手出し出来る領域ではない。
そう悟るなり、彼女は口元に安らかな笑みを浮かべた。
今思えばミカエルとは本当に長い付き合いだった。彼女が13歳の頃から、クラリスは傍らでミカエルという少女の成長を見守ってきた。何も持たず、地位もなく、素質もなければ居場所もない。それ故に貪欲に力を求め、時には背伸びのし過ぎで危うい一幕もあった。
あれはきっと、ミカエルなりの叫びだったのだろう。自分という存在が、確かにここにいるぞと……ここで大地を踏み締めているのだぞ、という存在の証明。それを告げる魂の叫び。
それがどうだろうか。一族の、姉弟の中で最も軽んじられていた庶子が、よりにもよって大英雄たる祖先と並び立つ存在にまで成長しようとは。
だから今のクラリスに出来る事は、あの背中を見送る事だけだ。
大きな責務を背負い続けた、小さな英雄の背中を。
「―――”行ってらっしゃいませ、ご主人様”」
横合いから飛来した剣槍が、タクヤの左腕を盛大に殴りつけていった。
蒼い外殻を展開した腕で防御するが、しかし切断は回避できても衝撃までは殺せない。これまでの戦闘で受けたどの衝撃よりも強烈なそれに、上半身を丸ごと持っていかれそうになる。
防御の上から体勢を崩してしまうタクヤ。その隙にミカエルが手にしたBRN-180―――M4A1のロアレシーバーを組み込んでフルオート化したそれが、タクヤの無防備な胴体に牙を剥く。
全身を外殻で覆い何とか5.56㎜弾を弾こうとするが、しかしその銃弾の威力は明らかに対人用の小口径弾のそれではなかった。一発一発が小型の機関砲にも匹敵するほどの威力で、次第に硬度を頼みにした外殻の表面に亀裂が入る。
考えられない話である―――キメラの外殻はモース硬度に換算すると14にもなる。12.7㎜弾どころか30~35㎜機関砲にも理論上は耐えられるほどの防御力がある筈なのだ。
それが、なにゆえ5.56㎜弾程度の射撃で撃ち破られようとしているのか―――ニキーティチの記憶を頼りに最強の相手を”再構成”したつもりのズメイには、とてもではないが理解できない。
その秘密はミカエルの持つ雷属性の魔力にあった。
銃身内部に磁界を生成。フレミングの左手の法則とローレンツ力―――それらの原理に基づき、弾丸の一発一発を装薬の力だけでなく電磁力で撃ち出しているのである。
今のミカエルは人間サイズの原発とも言える存在だ。その余りある豊富な電力を以て、16インチの銃身から5.56㎜レールガンをフルオート射撃しているのである。
とはいえスペックを明らかにオーバーした負荷をかけられる銃の方も無事では済まない。銃身は過熱しライフリングは削れ、機関部は今にも破断しそうになる。
マガジン内の30発を撃ち尽くすなりミカエルはBRN-180を投棄。背面に翼のように浮かぶ銃器類の中からAK-47を手元に呼び寄せ、続けて射撃を再開する。
バキ、と外殻が砕けた。
タクヤの腹が裂け、頭が割れ、赤黒い血が迸る。
(お前は殺す―――お前だけは、ここで!)
脳裏に母の―――そして犠牲になった人々の顔が浮かぶ。
今のミカエルに力をくれているのは、ここまで電力を運んでくれた国民たちだけではない。
まるで死者たちもまた力を貸してくれているような―――そんな内なる温もりすら、今は感じられた。
『ガァァァァァァァァ!!!』
顔の半分を失うに至って、やっとタクヤは―――いや、別の異世界の英雄の姿を借りた怪物は、吼えた。
それは矜持も何もかもを踏み躙られ、存在を否定された者の怒り。かつてのミカエルが世界のどん底で発していた叫びにも似た何か。
だがしかし、ミカエルは容赦しない。
だってそれは、ズメイのそれは、自分のそれとは根本から異なるから。
ミカエルが『創り、救う者』ならばズメイは『壊し、殺す者』。文字通りの対極に位置する存在だ。
ぞる、と削れたタクヤの顔の断面から黒い外殻が姿を現す。
ズメイの頭だ。頭部の傷口から、ズメイの身体の一部が再生しつつあるのだ。
『人間の、猿の分際でこの私にィィィィィィ!!!』
「壊す事しかできないくせに、偉そうな事言ってんじゃ―――」
弾切れになったAK-47を思い切り投擲。手放すと同時に発動した錬金術によりAK-47の物質構造は瞬時に上書きされ―――イギリスの珍発明品『ホームガード・パイク』と化したそれはフレシェット弾もかくやというスピードで直進。怒り狂うズメイの腹を串刺しにし、背後の岩肌へと縫い付けてしまう。
「―――ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
それだけでは終わらない。
どん、と足を踏み鳴らして足元の地面に地殻変動を促すミカエル。大きく隆起した地面や岩肌が錬金術によって、車輪のような……奇妙な物体へと姿を変える。
―――パンジャンドラム。
巨大な軸でつないだ車輪にロケットモーターを括りつけたような、何とも奇妙な自走爆雷。ミカエルの感情にリンクしているかのようにロケットモーターから火を噴いたそれが、明らかに史実のパンジャンドラムよりも殺意高めの高速回転でズメイへと突っ込んだ。
身体を車輪にズタズタにされ、ついには爆発でふっ飛ばされるズメイ。
千切れた両脚からスケールダウンした自分の足を生やして立ち上がろうとするズメイを、今度は強烈なライトが照らす。
そこに迫っていたのはトラックだった。
数多のニートや陰キャを居眠り運転で撥ね飛ばし、異世界転生させてきた魔の導き手―――平成後期から令和にかけて最も分かりやすく「死ね」という殺意を体現した存在ではなかろうか。
ちゃんと居眠り運転するおじさんの人形付き(※錬金術は生命体を作れないのだ)で再現されたトラックが、ズメイを盛大に撥ねた。グリルがぐしゃぐしゃに潰れ、それほどの運動エネルギーを突きつけられたズメイは反撃するチャンスすら与えられずにまたふっ飛ばされる。
『お、俺がっ……俺がこんな……!』
ぎり、と牙を食いしばり、空中で頭から生えた首にブレスを発射させるズメイ。
本来の肉体から放つそれとは規模も威力も縮小しているが、しかし人間1人を消し飛ばすには十分すぎる威力がある。仮にもプラズマなのだ。
が、しかし。
蒼い輝きはミカエルに着弾するよりも先に弾け、その飛沫のような熱の礫は全てミカエルの身体に吸収されていった。
プラズマは魔術の特性上、炎属性と雷属性とで非常に分類が難しい性質の代物である。
だが元を辿ればプラズマは電気エネルギーで生成された代物だ―――理論上は、雷属性魔術に属していてもおかしくないのである。
結果としてミカエルに新しい外部電源を与える羽目になったズメイ。なんとか着地しつつ手にAK-12を召喚。タクヤ本人が持っていた転生者の能力で得たそれをミカエルに放つが、しかしそのアイアンサイトの向こうに彼はとんでもないものを見た。
『……は?』
ミカエルの背後にあった土が盛り上がったかと思いきや、長い首のように変形していき―――黒い外殻に覆われて、下手したら本物よりも立派な”ズメイの生首”が出来上がってしまったのである。
自分よりもスタイリッシュという原作改編と尊厳破壊を同時に喰らいちょっと傷つくズメイの目の前で、その尊厳破壊ズメイとも言える生首が大きく口を開く。
『まさか―――』
「おうよ、そのまさかよォ!!」
カッ、と蒼い閃光が迸った。
とんでもない事をしでかすものだ―――錬金術でズメイの生首を再現しプラズマブレスを発射させるなど。
地面を抉りながら迫るそれを回避するズメイ。念のため外殻を展開して熱から身を護るが、しかしプラズマ化した大気は容赦なく牙を剥いた。頭髪も服も燃え、体表に展開した蒼い外殻は瞬時に真っ黒に焼き付けを起こして、それを突破した熱が容赦なく肉を焼く。
俺ってこんな強かったんだ、と自身の火力を突きつけられるズメイ。ボロボロに焼けて炭化した外殻が剥がれ落ちるなり、彼は身体を再生。タクヤ・ハヤカワの姿を再現したそれが、人間と竜が歪に融合したかのような異形へと姿を変えていく。
『貴様さえいなければァァァァァァァァァァァァ!!!』
「こっちのセリフだ馬鹿野郎ォォォォォォォォォ!!!」
先ほどの大型ナイフを両手に持ち、姿勢を低くしながら突っ込んでくるズメイ。もはや竜でも人間でもない。衝動のままに暴れ回る暴力の意思と化したそれは、ナイフを薙ぎ払って衝撃波を連発しながらミカエルへと迫る。
飛来する三日月形の斬撃を紙一重で躱し、とん、と足元をタップするミカエル。
そこから生じたのは無数の槍。”串刺し公”の異名に違わぬ情け容赦のない攻撃に、しかしズメイは怯まない。
自分は破壊のために生み出されたのだから。
壊し、殺し、滅ぼす―――それこそが自分の存在意義。
そうでもなければ神々は、自分という存在を生み出さなかったであろう。
誕生と破壊の循環。ズメイはその破壊の役割を担う存在であり、循環の仕上げ役であった。
それは太古の昔。この世界の人間が何度も誕生と滅亡を繰り返すよりもはるか前。猿が火の使い方を学ぶよりも、生命が陸に上がるよりも、海の中で原初の生命が誕生するよりも遥か昔―――もっと言うならば、地球という惑星がまだガスと塵と氷の粒子であった頃。
ズメイが生まれたのは、そんな気が遠くなるような昔の話だ。
それを―――こんな、つい最近ぱっと出たような、オスなのかメスなのかも分からないクソガキにいいようにやられているという現実は、彼にとっては到底受け入れがたいものであった。
ミカエルだけではない、イリヤーもそうだった。
だからズメイは、人間が嫌いだ。
イリヤーの一族が、嫌いだ。
ヒュン、と飛来する黒き影。
先ほどズメイを殴り飛ばし森へと消えていったはずの、ミカエルの剣槍だった。
首から上を刎ね飛ばされ、ぐらり、とズメイの身体が倒れかかる。
剣槍をキャッチしたミカエルの目の前で、しかしズメイは起き上がった。
首の断面から巨大な竜の頭を生やし、その口腔を大きく開いたのである。
精巧に再現されたノズル状の口腔。その深奥で蒼い閃光が瞬くのを認めたミカエルは、手にした剣槍を両手で握るや頭上に掲げ、そっと目を閉じた。
体内に緊急生成したバイオキャパシタと生体コイルの発熱で、辛うじて人間の姿を保っていたズメイの肉体が内側から焼けていく。ぼろり、と炭化した肉が削げ落ち、そこから蒼い炎やプラズマが芽吹いて、さながら悪霊の宿った竈のようにも思える。
―――全力の一撃を放つつもりだ。
ならば、とミカエルも腹を括る。
―――ここに来るまで、多くの人に支えられてきた。
生んでくれた両親や、最初は冷たかったけれどもしっかりと支えてくれた兄姉たち。旅先で出会った優しい人々にギルドの仲間たち―――今となっては妻となってくれた彼女たちに、生まれてきた子供たち。
彼らが1人でも欠けていたら、きっと今のミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフという人間は居なかっただろう。
―――ありがとう。
届く筈のない、しかし熱い想いを心の中で呟いた。
だからこそ―――多くの人々に支えられてここにいるからこそ、絶対に負けられない!
両手で掲げた剣槍に、体内の魔力全てをつぎ込んだ。
黄金の輝きが剣槍にも伝播して、まるで闇で形作ったかのような武骨なそれが、かつてのイリヤーが振るった宝剣に勝るとも劣らない輝きを放つ。
ズメイは確かに、見た。
あれは―――目の前にいるあれは、紛れもなくイリヤーである、と。
過去の大英雄と現代の大英雄の姿が、完全に重なった瞬間だった。
『―――消え去れイリヤァァァァァァァァァァァァァ!!!』
怨嗟の込められた呪詛と共に、最期のプラズマブレスが放たれる。
殺意の塊と、しかしミカエルは真っ向からぶつかり合う事を選んだ。
キッ、と目を見開くなり―――大量の魔力をつぎ込んだ剣槍を、力任せに振り下ろす。
何の小細工もない、ただただ限界まで加圧した魔力を剣槍に纏わせ、それを思い切り放出しているだけの事だ。多少魔力の操り方に心得のある魔術師ならば誰だってできる事で、それを無駄に壮大なスケールでやっているだけの事である。
ドン、と両者の破壊のエネルギーは真っ向からぶつかり合った。
ミカエルですら吸収できないであろうフルサイズのプラズマブレスと、イライナ中の電力と人々の希望を乗せた最後の一撃。両者の激突で周囲に散った黄金の火花が樹々へと燃え移り、周囲は火の海と化していく。
決着はもうすぐそこだった。
のちに”雷獣伝説”として語られるミカエルの戦いも、最後の瞬間が迫りつつあった。
シャーロットによる『調律治療』
2057年、AIを搭載した義眼の開発により全盲の障碍者への機械義眼移植による視力回復手術が世界で初めて成功。患者は先天性神経損傷による全盲であり、従来医療では回復不可能とされていた症例であった事から、この事例は世界的に注目された。
網膜ではなく視神経束に直接接続したうえで、義眼内部に人工賢者の石の半導体とシャーロットの医療派生モデルとなるAI補正回路を組み込む事で、視覚信号を『脳が理解できる形に翻訳』したのである。これにより患者は手術後72時間で明暗の識別ができるようになり、二週間で輪郭認識が、そして3ヶ月後にはヒトの顔を識別できる段階へと到達した。
これ以降、イライナは国家総出で医療分野へのAI利用を加速。精神疾患等の治療にも手を広げ、2059年にはAIシャーロットを用いた『調律治療』を確立するに至る。これは投薬による症状の抑制、あるいは切除、遮断による異常の除去ではなく、【AIにより神経活動の位相・強度・同期を再調整する】というものであり、精神を”人格”ではなく”動的システム”として扱ったものである。
またイライナはミカエルの時代より義手や義足、神経接続インターフェース関連の技術の他、シャーロット博士がもたらしたRシステムに由来する電気信号の高精度解析の分野において強みを見出しており、技術革新のための土壌が醸成されていた事もこれを後押しした。
感情を『情報遷移』として理解、思考を『確率分布』として扱い、記憶を『重み付きネットワーク』として可視化。これにより不安や妄想、パニックを可視化可能な『ズレ』として扱う事が可能となったのである。
2059年、最初に成果が出たのはパニック障害だった。AIにより発作直前の神経同期異常を検知し、無意識レベルでの過剰警戒回路を緩和。更に呼吸や誘導意識ではなく脳内の『誤作動』を直接修正した結果、発作消失率は92%減少、再発率も極めて低くなり、薬物依存に陥る事もなく回復。
2090年、ついには先天性の知的障害者の”調律”にも成功。調律を受けた患者の母親は「やっと息子の気持ちが理解できるようになった」と涙を流した他、回復した彼はキリウ国立工科大学へと主席入学し世界を驚かせた。
続けて統合失調症や鬱病、PTSDといった症状もシャーロットの【調律】により続々と治療成功を記録。電脳の魔女が見出した可能性は、多くの精神疾患に苦しむ人々を光の当たる世界へと導いたのである。
しかし一方で、海外からは「これは人格を弄っているのではないか?」「国家規模の洗脳では?」「AIが人間から悲しむ自由を奪っている」といった批判も一部で囁かれ、これを受けイライナはAIによる調律治療を患者専用に限定、国家AIや軍事AIとは完全分離、そして大前提として【調律治療は患者本人の同意なしに実行不可】としてこれを法制化した。これを受けシャーロット自身も『同意なき調律禁止』『不可逆調律の凍結』『文化・宗教を理由とした拒否権の尊重』の三原則を己に課す事となる。
2096年、イライナで行われたAIによる治療に希望を見出した各国の奇病・難病の患者がイライナへと殺到。『イライナに行けば目が見えるようになる』、『治らない筈の病名がカルテから消えた』、『不治の病と言われた子供が元気になって帰ってきた』という話が世界中で囁かれるようになり、イライナへの【医療ツーリズム】、【医療巡礼】が加速。これを受けイライナ政府はアレーサ沖に人工島を建設、ここを外国籍患者の『医療滞在区』として整備するに至った。
なお、2100年にはアメリアとイーランドが『高度汎用医療AIとして成長したシャーロットを人類の共通財産にするべき』と提言。表向きには世界中の病人たちを救うため、本音ではシャーロットへのアクセス権を確保するのが目的であった。
これを受けイライナはこの提言を真っ向から拒否。欧米諸国との対立が更に深刻化していく事になるのだが、それはまた別の話である。




