アプローチ
アルフリード様に好きだと言われた。
驚きでいっぱいで結構騒いでしまった。
……だって、今までそんな様子なかったし。
思い出すだけでもドキドキして顔が赤くなる。
誰かに告白されるなんて初めてで、アルフリード様が思いの外ガンガン迫ってくるから思わず保留と言ってしまった。
……でも、覚悟してくださいって……。
アルフリード様は、わたしに好かれる努力をすると言った。
そんな風に言われたのも初めてだ。
だけど、わたしは今でも結構アルフリード様のことが好きだ。
それが恋愛面での好きなのか、人としての好きなのかは自分でもよく分からないけれど、嫌いではない。
だからこそすぐには断れなかった。
朝食のために食堂へ行く。
昨日のことがまるで夢みたいに実感がない。
食事を受け取って席を探そうとすれば、声がかけられた。
「おはようございます、ミスタリア嬢」
危うく変な声が出そうになった。
「お、おはようございます、アルフリード様……」
まさか朝食で会うとは思っていなかったので、心の準備が出来ていなくて、ぎこちなくなる。
アルフリード様は気にした様子がない。
「ご一緒しても?」
「えっと、はい、大丈夫です」
二人で空いている席へ座った。
アルフリード様の持ってきたトレイには飲み物だけが置いてあった。
わたしの視線に気付いたアルフリード様が言う。
「普段は朝食を摂らないので」
「そうなんですか? 一日の一番最初の食事をしっかり摂らないと元気が出ませんよ?」
「朝はあまり食欲が湧かないんです」
だから飲み物だけらしい。
そういえば夕食でたまに一緒に摂ることはあったけれど、朝食の時間に見かけなかったのは食堂に来ていないからだろうか。
てっきり時間が合わないだけかと思っていた。
「良かったです。もしかしたらミスタリア嬢に会えるかもと思って早めに家を出て来たのですが、正解でした」
フォークからミニトマトが逃げた。
……あ、え、そういうこと?!
普段は朝食を食べないアルフリード様が、今日は朝に食堂へ来た。
それは、つまり、ここに来たらわたしと会えるかもしれないから、わざわざ普段と違う行動を取ったということで。
自分でもちょっと顔が熱くなるのが分かる。
「し、仕事の時に顔を合わせるじゃないですか」
そう言ったわたしにアルフリード様が返す。
「好きな相手とは何度でも会いたいものですよ」
「そうですか……」
何と返せばいいのか分からず、わたしはそのまま朝食を食べることに集中する。
アルフリード様はその向かいで飲み物を飲みつつ、わたしが食べているのを眺めていた。
会話はないけれど、意外と居心地は悪くない。
一緒に昼食を摂る時もアルフリード様や士団長様達の方が先に食べ終えることが多いのだ。
でも急かされることもない。
……良かった、これはいつも通りだ。
ふと顔を上げればアルフリード様と目が合った。
青い目が和やかに細められる。
「ミスタリア嬢はいつも美味しそうに食べますね。とても可愛らしくて、見ていて飽きないです」
前言撤回、全然いつも通りじゃなかった。
* * * * *
「アルフリード君とミスリルちゃん、最近よく一緒にいるね〜」
士団長様の言葉にわたしはむせた。
咳き込んでいると、横にいたアルフリード様がお水を渡してくれて、背中も摩ってくれる。
何とか水を飲んで咳をやり過ごす。
「実は先日ミスタリア嬢に想いを打ち明けまして、今は私を好きになっていただけるように努力しているところです」
話せないわたしに代わってアルフリード様が言う。
士団長様と副士団長様が「え」と硬直した。
……分かる、分かるよその気持ち!
アルフリード様、さらっと口にしてるけど結構重要なことだから。そんな何でもないことみたいに言ってるが。
士団長様が身を乗り出した。
「本当に?」
「はい、本当です」
「アルフリード君よくやった!」
何故か士団長様が凄く喜んでいる。
副士団長様は「予想より早かったですね」とこぼす。
……え、え? どういうこと?
思わず士団長様と副士団長様を見てしまう。
わたしに気付いた二人が苦笑した。
「アルフリード君がミスリルちゃんのこと気になってるのは気付いていたんだよ〜」
「そうなんですか?!」
わたしは全然気付かなかった。
「まあ、アルフリード殿は人嫌いだからね」
副士団長様の言葉に首を傾げてしまう。
アルフリード様は確かにちょっと淡々としているが、人嫌いという雰囲気は感じなかった。
士団長様達とも普通に話してるし、紫水の皆さんとも話してるのをよく見かけるし、わたしにも優しく接してくれる。
……ほぼ無表情だけど。
士団長様が笑う。
「ミスリルちゃん、アルフリード君は良い子だよ〜。ほら、外見もいいし、宮廷魔法士で職も安定して給金もいいし、公爵家の次男だし、性格も真面目だし、結婚相手としては文句ないと思わない〜?」
「かなり優良な相手ではありますね」
頷けば、アルフリード様がこちらを見る。
表情は変わらないけれど、どことなく嬉しそうだ。
「今、私と婚約していただけたら金銭面でも社交面でもリルファーデ子爵家に惜しみなく援助いたします。いかがでしょう?」
「その大安売りが逆に怖い!」
そう、ここ数日、アルフリード様のアピールは恋愛面だけでなく、こういうところでも自分を推してくるのである。
これまでに言われた条件はいくつもあった。
まず、婚約した時点でリュディガー公爵家からの金銭的援助が受けられるようになる。これに関してはもし婚約が破棄または解消されても、婚約期間中の品位維持費だから返金不要らしい。
それにはアルフリード様がわたしに贈った物も含まれるそうだ。
同時にリルファーデ子爵家の社交面でも手助けをしてくれるという。
今はまだ良くても、いずれイシルディンが社交界デビューする時に公爵家の後ろ盾があるというのは確かに強みになる。
アルフリード様曰く「公爵家の私と婚約すれば、イルンストン伯爵家との婚約破棄について表立って口にする者もいなくなるでしょう」とのことだった。
確かに公爵家のアルフリード様と婚約すれば、より爵位の上の男性を射止めたということでリルファーデ子爵家が恥をかくことはない。
……イルンストン伯爵家は肩身が狭くなるけど。
そこまではわたしが気を遣うことではない、というのがアルフリード様の言葉だった。
これだけでも子爵家にとっては利が大きい。
次に社交についてだが、最初に言っていたように、アルフリード様自身も社交界にはもうほぼ出ていないので、わたしも無理に出る必要はなく、お茶会などへの参加も好きなようにして良いそうだ。
それから仕事も今まで通り続けられる。
婚約中は王城に住み込みだが、婚姻後はどこかに小さな屋敷を購入して、そこから通いで仕事に来ることになる。
それを聞いた時、一瞬、今のタウンハウスを思い出した。
もしアルフリード様と婚約して、結婚した時、今イシルディン達が住んでいる屋敷に住めばいいのでは、と。
あと次男なので結婚しても子供を作るか作らないかはわたしの自由らしい。
わたしにとっても、子爵家にとっても、良い話ばかりである。
でも、だからこそ不安もある。
……また婚約破棄されたら……。
イルンストン伯爵子息のことが頭を過る。
あれはそれなりにショックだったし、気にしないようにしていても、やはりまた似たようなことがないとも限らない。
アルフリード様を疑っているわけではないが、簡単に「はい」とも言えないのが事実だった。
「それに、わたし、まだよく分からないですし……」
「ええ、ですからミスタリア嬢の気持ちが決まるまで、いつまででも待ちますよ」
アルフリード様の場合、待つじゃなくて、それまでアピールし続けるという意味なのだろうけれど。
士団長様と副士団長様が面白いものを見つけたみたいな顔でわたし達を見ている。
……わたしも真面目に考えないとね。
アルフリード様の言葉は冗談ではない。
だからわたしも自分の気持ちをきちんと考えて、それから返事をするべきなのだろう。
……でもなあ……。
わたしにも子爵家にも不利益のないこの話もそうだが、アルフリード様自身についても、わたしは嫌いなところが見つけられないでいる。
それだけは最初から分かっていることだった。
* * * * *
面白いことになった、とナサニエルは思った。
ご令嬢どころかあまり他人を寄せ付けず、いつも無表情で淡々としている『氷の貴公子』アルフリード=リュディガー公爵子息が恋をした。
それも、相手は子爵家のご令嬢。
淡々として物静かで無表情のアルフリードとは正反対の、明るくて活発で笑顔の多いリルファーデ嬢はある意味ではお似合いなのかもしれない。
二人で一緒にいると釣り合いが取れそうだ。
……でも、まさか本当にアルフリード君がミスリルちゃんを好きになるとはね〜。
人嫌いなアルフリードがそれなりとは言え人付き合いをしているだけでも珍しいが、それがご令嬢だから余計に珍しいと感じていた。
嫌がらせを受けていたとしても、アルフリードがそこまで彼女を気にかける必要はなかったはずだ。
だがアルフリードは彼にしては珍しくリルファーデ嬢を非常に気にかけて、気を遣っていた。
彼がそこまで誰かを気にいるのは初めてだった。
リルファーデ嬢の裏表のなさがアルフリードにとっては良かったのかもしれない。
しかし、アルフリードとリルファーデ嬢がくっつけば、それはナサニエルにとっても都合が良い。
聞くところによるとアルフリードは結婚後も彼女に仕事を続けて良いと言っているらしい。
それは紫水にとってもありがたい話だ。
リルファーデ嬢がいないと、多分、すぐにまた魔窟に戻ってしまうだろうから。
彼女の毎日の掃除と見回りは重要な仕事である。
「ミスタリア嬢、今日は髪型が違いますね。三つ編みもよく似合っていて可愛らしいです」
アルフリードの声がする。
相変わらず淡々とした声が、真面目な顔で頷いている辺り、本当にそう思っているのだろう。
リルファーデ嬢が「へぁっ?!」と間の抜けた声を上げた。
「あ、え、えと、ありがとうございます!」
「こちらこそありがとうございます」
「何に対してのお礼ですか?!」
リルファーデ嬢が突っ込みを入れる。
最近はしょっちゅうこんな感じである。
アルフリードも、リルファーデ嬢の素直な反応が恐らく面白いのだろう。
もしナサニエルが同じ立場だったとしても面白いと思う。
「ミスタリア嬢の可愛らしい姿を見せてくださり、ありがとうございます」
アルフリードがそっとリルファーデ嬢の頭を撫でる。
「言い直さなくて結構です!」
そう言うリルファーデ嬢の顔はほんのり赤い。
頭を撫でる手を嫌がらないのは、つまり、そういうことなのではとナサニエルは内心で苦笑する。
多分、アルフリードもそれを分かっているはずだ。
「良ければ明日もその髪型でお願いします」
「……三つ編み、お好きなんですか?」
アルフリードの言葉にリルファーデ嬢が訊く。
「今、好きになりました」
……ミスリルちゃんがしてるから?
だが、確かにリルファーデ嬢の三つ編み姿はとても似合っている。
二つに分けた髪をそれぞれ三つ編みにして後ろに流しており、彼女がすると可愛らしい。
リルファーデ嬢が赤い顔のまま少し俯く。
「……明日も、してきます」
アルフリードが一つ頷いた。
「楽しみにしています」
最近の二人はこんな感じである。
少し前まではリルファーデ嬢の方がアルフリードにグイグイ話しかけていっていたのに、今では逆に、アルフリードの方がリルファーデ嬢にグイグイいっている。
リルファーデ嬢は押しに弱いようだ。
……まあ、気持ちは分からなくもないけどね。
アルフリードはかなり見目が良い。
あの外見で迫られたら、大抵のご令嬢ならすぐに陥落してしまうだろう。
リルファーデ嬢はかなり健闘している方だ。
「それでは他の部屋の掃除に行ってきますね!」
ナサニエルの部屋の掃除を終えた彼女が、慌てた様子でそう言って出て行った。
それをアルフリードが残念そうに見送る。
……やっぱり面白いな〜。
リルファーデ嬢が出て行くとアルフリードは自分の席へ戻って、仕事を再開する。
「アルフリード殿、この書類のことなんですが、こっちの書類と合わせて提出した方がいいですか?」
「ああ、それに関しましては──……」
そこにはいつも通りのアルフリードがいた。
リルファーデ嬢といる時の姿を貴族のご令嬢達が見たら、驚くだろう。
……氷の貴公子は返上かな?
アルフリードが十七歳で紫水に入団してから見守ってきたが、良い変化にナサニエルは微笑んだ。
* * * * *




