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85話

 ★★★★★★




「財布、机の中だった」


「マジか。奢ろうか?」


「いや大丈夫。ちょっと取りに行ってくる」


「おう、練習に遅れんなよー」


 部活動の休憩中、茹だる様な暑さの中で運動したことで滴り落ちる汗をタオルで拭いながら、近くの自販機でスポドリを買おうとバッグの中を漁る中、それが教室にある事に今更気付く。

 部員仲間の一人が自身の財布を触りながら魅力的な事を言ってはくれたものの、クラスメイトに盗みを働く人は居ないだろうが早めに取りに行くに越したことは無いため断りを入れ校舎に足を向ける。


 中履きに履き替え、練習に遅れないよう気持ち速めに廊下を歩く。

 長い休みに入った故か、行く先々で先生は疎か生徒ととも全く会わず……毎日見ていた筈のこの道が、話し声も聴こえない事も相まって非日常の中に居るのではと思わせる。

 そんな何処か落ち着かない雰囲気を漂わせる道を歩く中、自分達が使う教室に辿り着き、扉に手を掛けた時だった。


『そう言えば噂で聞いたんだが』


『ん?』


『放課後のこの教室でさ、何度か新藤と高垣さんが二人きりで話をしているらしいぞ? 実際に見たってやつが居るらしいけど、浅見なら何か詳しい内容とか知ってるか?』


『いや、知らないな』


『そっかー。教室の中で異性が二人きり……何も起こらない事があるはずも無く』


『ヒロに限ってやましい事はしないでしょ』


『熱い信頼を持ってんな〜』


『ありがとう』


 それを教えてくれたのは誰だったか―――ふと、そんな噂を聞かされた結構前の会話を思い出す。

 その時はヒロは俺達の部活動が終わる時間まで暇だろう事、朱音の高校初の友人として紹介された高垣さんとの距離を縮めようと励んでいるのかな、という程度の認識だったけど。

 今となってはヒロを中心にどうでもいいもの含め色んな噂が飛び交っているが、当の本人が知っていようが知るまいがどうでも良かった……筈だったのになぁ。


 今になって、あの二人が……二人しか居ないその空間でどんな会話をしていたのかが気になり始めた。

 それが学校生活での会話なのか、友人についての会話なのか……はたまた恋愛が絡んだ会話なのか。


 恋愛と言えば。

 あれからのヒロは、前までのはっちゃけた姿からは驚く位に、落ち着きを見せていた。

 恋バナ擬きをしてから覗かせた、何かに怯えていた姿はこれっぽっちも表に出さず、かと言って誤魔化す様な雰囲気を晒す事もせず。

 落ち着き過ぎて、避けている訳では無いだろうけど俺達には最低限の会話だけをする程に。


 周りの友人もその変わり様には直ぐに気が付き、何人かは俺達に理由を尋ねてきてはいたが、俺達は揃ってそれら全てに気にしないようにと説き伏せてきた。

 中には直接本人に訊ねる者も居たけれど、反応を見れば悉くが何の成果も無かっただろう事が窺えた。

 一日の中で笑顔でいることの方が多いヒロがそんな感じだった影響か、教室内の雰囲気もそれに比例して、時折妙な静けさを漂わせた程。


 こうなった原因は俺なのだろうけど……結局のところ、朱音にはこの件について何も話すことが出来なかった。

 伝える気ではいるのだが……上手く言葉に出来ないと言うべきか何と言うべきか迷っている部分がある。

 反応からして待ちの姿勢を貫く朱音ではあったが、いつまで経ってもこの調子では、業を煮やして問い詰めてくるのは時間の問題かもしれない。


「ん」


 そこまで考えて、このまま耽っていては休憩時間が過ぎてしまうかもしれない事に気付き、払拭する様にかぶりを振る。

 どうせ教室内に人の気配は無いのだし、と無遠慮に扉を開き、さっさと財布を回収しようとして。


「あら」


 人が居ないと思い込んでいたこの教室には、運良く窓際に配置された自身のその席で側の壁を背凭れにして座る一人の女子が残っていた。

 片手で頬杖を付きながらもう片方の手でスマホを弄っていた様子を見せ、細い足を組ませながら座っている―――今に頭に浮かび上がっていた件の人物。


 来訪者の俺に気付き、顔を上げたそのタイミングで後ろで開いていた窓からそよ風が吹き絹のような艶のある髪をなびかせた。

 反射的なのか姿勢を起こし頬杖を付いていた手で揺れる髪を抑え、擽ったそうに目を細める姿は、朱音では到底魅せれない様な何処か絵に描いた様な美しさを覚えさせる。


「………………いのね」


「え? なんて?」


「いえ、何でも無いわ」


 此方に聞かせるようま声音で無かったことと距離もあってか、前半部分ははっきりとは聞こえなかった。

 そして何故か俺だと認識してからは待ち人では無かったかの様な、何処か落胆した態度を見せて来た。


 そう言った事柄に興味の無い俺でもこれは簡単に解る。

 その待ち人たる相手は、十中八九ヒロなのだろうな。


「ヒロじゃなくてごめんね」


「別に浅見君が謝ることでは無いでしょうに」


 試しにカマをかけてみたのだが、高垣さんから返ってきたのはまるで認めるかの様な返答だった。

 高垣さんなら認めないだろうなといった先入観があっただけに、何を考えてのその発言なのか、解らなくなってしまった。


「そ、そうかも?」


「何故言い難そうにするのかしら? ……まあどうでも良いけれど。何か忘れ物でもしていたのかしら?」


「そ、そうそう。机の中に財布置きっぱなしで取りに来た」


「財布って……お間抜けさんね」


 俺の使う机に一度視線を向け、心底呆れた顔を向けてくる高垣さん。

 今思えば、ヒロが度々高垣さんに呆れられている場面を見掛ける時があるが、その度にこのように居た堪れない気持ちを抱いているのだろうか。


「そういった癖はつけないようにしなさい。学校だからこそこういった場所に監視カメラなんて物は無いし、悪意を持った誰かに盗まれでもしたら痛い目を見るのは貴方よ」


「はーい」


「忠告はしたからね」


 うーん……朱音も高垣さんが話題になった際に、度々お姉ちゃんみたいだと例えたりしていたが、こうして間違いを諭してくる姿を見れば、同い年といえど朱音がそう言いたくなるのも理解出来る。

 俺達だけで当て嵌めてみれば……ヒロが兄貴分として、高垣さんは姉貴分……そうなれば俺と朱音に至っては弟妹の様な存在になってしまうでは無いか。

 それは何だか格好悪いし、三人の中で俺が一番精神的に落ち着いているから、俺が一番お兄ちゃんに見えるという答えでいいかな……うん、それで良いかも。


 そう言えば、高垣さんは幼馴染みの存在をそういう風に捉えていると前に言っていたな。

 高垣さんの視点から見てたら俺達はどう映っているのだろうか?


 なんて事を思いつつも、目的の物が無事であったことに少し安堵しながら手に取って、ふと疑問に思った事を高垣さんに投げかけた。


「高垣さんはずっと教室に残ってたの?」


「ええ」


「何で……ああ、()()()()()()


「人の物をジロジロ見るのは、あまり関心しないわね」


「ごめん」


 今一度高垣さんを見てみれば、今は此方への興味が失せたのかスマホに視線を落とし何らかの情報を閲覧している最中で、そして机に上の暇潰し用らしき小説本と共に置いてあった()()()を見て、此処に残っていた理由を察した。


「連絡はしてるの? というか残る羽目になるぐらいだったら早い段階で渡しておけば良かったのに」


「連絡は取っていないわ。渡すタイミングは……そうね、気分じゃ無かったからかしらね」


「…………もしかしたら既に帰っててもう来ないかもしれないよ?」


「その時はその時よ。別に後日でも構わないと私は思っているし」


「そっか」


 用意している時点で渡す気は更々ある癖して、連絡すれば済む話ではある筈なのに……なんとも、素直な性格じゃないなと思う。


 まあ、高垣さんとヒロだけの付き合い方というものがあるのだろうし、ここでとやかく助言みたいな事を言っても暖簾に腕押しになるだろう。

 高垣さんとて、心の中ではヒロが教室に来るかもと期待と信頼をしての今かもしれないし、部外者の俺が勝手に連絡を取るのは野暮ってものだろう。


 それにしても何と言うか……高垣さんからこうして来るだろうと思われている所を見るに、ヒロも随分と信頼されているな。

 放課後の時間を共に重ねた間柄、故なのかな。


「高垣さんはさ……」


「あいつの事なら、好きでも何でも無いわよ」


「………………え?」


 もう一つ思ったことを聞こうとして、まるで今からされる質問が予め読めていたかのように言葉を被せてきた。

 余りにも食い気味に遮られたせいで、俺は()()()()()で戸惑ってしまう。


「あ、あー……そうなんだ」


「?」


「あー、その……」


「その微妙な反応は何かしら。聞きたいことは聞けたと思う―――」


「違うんです」


「はい?」


 ヒロに対して聞いたものと同様の内容を、高垣さんにも何時かは、とは確かに思っていたけれど。

 別に今からしたかった質問では無いんだよなぁ。


「放課後にヒロと何を話しているのかなって……聞きたかったんです、はい」


「………………え?」


 今の今まで俺に対して興味無さげにスマホを触りながら返事をする姿から打って変わって、今じゃ珍しく呆然とした顔になった高垣さん。

 創作とかで出てくる様な、『格好良くクールに決めた風に見えて実はポンコツをかましていたキャラ』と重なって見てしまった俺は悪くないと思う。


 それから何処か気不味い雰囲気が流れ始めて、お互いに数秒程動かずになっていると。


「……別に、色々よ。ええ色々とね」


「それは無理があるよ高垣さん」


 なんか無かった事にしようとしていた。

 うーん、これが俗に言う『ギャプ萌え』というやつなのだろうか。

 コレをヒロが見てたら、どう反応していたかなぁ。


「黙りなさい。……そう言えば貴方が教室に入った途端にあいつの名前が出てきたけれど、何で私があの馬鹿を待っていると気付いたのかしら?」


「色々あってね」


「……からかっているのかしら。どうせ朱音から聞かされていたのでしょう?」


「違うけど?」


「……」


「え、朱音も知っていたの?」


「…………もう、いいわ」


 ひょんな事から新たな事実を知ってしまった訳だが、先程から正解を当てられない高垣さんは何か諦めた様に眉間に皺を寄せ、頭が痛いと言いたげに解し始める。


「何で朱音が高垣さんとヒロの件を知って―――」


 そんな高垣さんには悪いが深く追求しようとしたその時だった。

 俺が入った扉とは別口の方から、ガラガラと扉が開いた音が立つ。

 誰かがこの教室に入って来たと、高垣さんと共にそちらに視線を送ると―――


「んあ?」


 其処には、高垣さんについ先程帰ったかもしれないと伝えていた、ある意味渦中のヒロが間抜けな声を出しながら立っていた。

 連絡も無しに高垣さんに会うために此処へ訪れたのか、とも考えたが……そういう割りには何処か様子が可笑しかった。


「二人してどうした? もしかして逢引ですか〜?」


「「違う」」


「ほーん。そうかそうかそれなら大変助かるぞ〜」


「助かる?」


「…………はぁ」


 別れる前までは普通の髪型をしていた記憶があったが、今は前のように寝癖がついたままとは言わずとも、まるで何か格闘があったかの様に全体的にボサボサに乱れに乱れ、そして滝のように汗をかいている。

 俺達を交互に見てから逢引という単語を出され、客観的に見てこれは不味かったか、と焦っていたのだが……見るからにヒロはそれに思う所は無さそうに、なんなら軽い冗談を言う口調で済ませた。


 何やら助かるって呟いていたけれど、何に対しての意味なのだろうか?

 高垣さんは察しているのかいないのか、ため息をつくだけだし。

 

 そして歩き出したヒロの視線の先はやはり高垣さん―――という訳では無く、


「あったあった!! やっぱ此処に置きっぱだったわー」


 ヒロが使う机だった。

 俺と高垣さんからの訝しげな目を気にする事無く、何やら自分の机の中を漁り始ねたかと思いきや幾つかの紙束を手に持って満足そうに頷いている。


「……新藤君、何を取りに戻ったのかしら?」


「課題だよ課題。ここ最近、ぼうっとし過ぎてて机ん中に仕舞ったままだったの忘れてたんよ」


「揃いも揃って間抜けね」


 どうやら俺と同じく忘れ物を回収しに戻って来たみたいだった。

 何やら高垣さんが居る方角から視線が突き刺さるが、きっと気の所為だろう。


「あー、そう言えばお二人さん」


「「ん?」」


「今みたいに高垣が俺のことを新藤君、なんて呼んでたけれどよー」


「「?」」


 回収し終え真っ直ぐ教室の出口に向かうかと思いきや、振り返り際に自分の名前の部分を強調してそう言葉を投げ掛けるヒロ。

 そう言えば、折角ヒロが来たのだから高垣さんは行動しないのかな、なんて疑問に思っていたら―――


「次から俺のことは…………そうだな、新藤喜浩と書いてゴミクズって呼んでくれると助かります」


「「は?」」


「これからもどうぞ夜露死苦ゥ☆」


 脈絡無くそう言われたものだから、俺と高垣さんは揃って呆けた返事を返してしまった。

 笑顔を浮かべながら爽やかにそう言ってはいたが……誰から見ても分かる通りに、目が死んでいる。


 そんな情緒が不安定そうなヒロの姿に開いた口が塞がらない状態が続いていると、今度は廊下側から薄っすらと誰かが走っている様な足音が聴こえ始めた。

 その音は徐々に徐々に大きくなっていき、ある場所でピタリと止んだ。


 慌ただしい足音が止んだその場所は、俺達が今いるこの教室の前。


「人が目を離した隙になに逃げてるのバカヒロ!」


 ヒロが訪れた先から新たに入って来たのは、これまた満面の笑みを浮かべた朱音だった。

 笑顔を浮かべながら怒ったような口調でそう言ってはいたが……誰が見ても分かる通り、目が笑っていなかった。







「此処にバカヒロと呼ばれる人は何処にも居ねぇ……居るのはゴミクズだけだ」


 なんか格好良く言っている所悪いけれど、中身はどうしようも無い上に、ソレって俺達もゴミクズ認定されてない?


「なに言ってんの?」


 意味不明過ぎて朱音も素面に戻ってるし。


「……ふ、ふふっ」


 高垣さんに至っては……どういう笑いなのかよく解らなかった。

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― 新着の感想 ―
高垣さん…ヒロも祐もそうだけど、あんたも大概間抜けですやん。可愛い 前回の最後で朱音がヒロに喧嘩吹っ掛けてたけど、これは喧嘩というより朱音さんが言葉を投げつけてる一方通行の暴力なのよw 目が死んで自称…
わーい!オラワックワクして来たぞ☆ 続きが気になり過ぎるw
なんか佑の中にはすでに新藤君と高垣さんがほぼ両想いになっていたね.....高垣さんと二人きりになるのを新藤君に見られるのが不味いとか、二人のあらゆる反応を全部そっち方面に解読している。まあ、その二人の…
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