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84話

 幼馴染みが絡む恋物語において、幼馴染みに恋を向けられないキャラクターの心境としてありがちなのが、長年も傍に居た影響で家族の様な存在にしか見えないやら、何だかんだ言って幼馴染みと呼べる関係だけど波長が合わない事が多いから他の人がいいやら、単純に好みのタイプでは無いといったものが多い。

 その中でハッキリとそう伝えるキャラクターも居れば、言わずとも態度で理解しているだろうと思い込み何も伝えず他の異性に興味を持つ人物も居れば、自分なんかじゃ幼馴染みには相応しくない等、環境や心境の違いが物語の数ほどある。


 コイツらに出会ってから。

 俺が憧れて、けれどどう手を伸ばしても至れない幼馴染みカップルという関係にさせたいと強く思い、抱いていた理想を二人で当てはめて、それが出来る関係性を持てているコイツらに心の底から憧れを募らせて、幸せに至る二人の姿をこの目で絶対に見るのだと願った。


 手を伸ばせば掴める程に、目の前に夢を叶える手段があった。

 たが蓋を開けてみれば、御覧の通りだ。


 好き合って欲しいと願っていた幼馴染みという仲を持っている二人は。

 片やそもそも恋愛というものに余り興味を持つ様子は無く、もう片方に至っては親友として動いていた人間にソレを向ける始末。


 嘘だと思いたかった現実は、いとも容易く俺の理想を狂わせる。


「うーん…………」


 思いもしなかったお調子者が似合う美術部員の一人との出会いから、朱音達の事で悩む隙を突いてなのか三者ともが此方の意思を無視して強引に朱音の勉強のための被写体として美術室に椅子に座らせ、強引に部活動を開始させてくれやがってから一時間程。


 長机を挟んだ対面では朱音が、頻繁に手元のスケッチブックと俺を交互に見ながら、ああでもないこうでもないと悩ましげに鉛筆を走らせる。

 他の二名は俺達の邪魔にならない様に気を遣ってか、朱音の視界に入り込まない位置で自分達の作業に取り組んでいる。


 とは言っても、朱音には見えないだけで俺の視界にはガッツリ入り込んでいるため、作業の手を止めて此方をじっと観察しているのはバレバレなのだが……あ、今目があっちった。


「ヒロ君〜」


「おん」


「顔、もうちょっとキリっ!てしてみて〜」


 これまでに少し横を向いてだとか、頬杖付いて見てーみたいな要求に答えてきてはいたが、なんちゅう変な要求をしてくるのだろうか。

 まあ、これも朱音の美術部員としての勉強のためと思えば致し方無い。

 親友として一助となるのなら、これくらいしてやるさ。


「(`・ω・´)」


「ブフッ!! に、似合わなあ、あははははは何その顔っ!?」


 顔を作ってみれば、静かだった美術室に朱音の大きく透き通る笑い声が響き渡る。


「お前がしろって言ったんだろうが!?」


「あっはっはっは―――ぬわあー! 今ので線がぐちゃぐちゃになっちゃった!?」


「俺の所為じゃないからな!!」


 自分から要求しておいてそうなったのなら自業自得じゃボケナス!

 それと、他の二人共も肩を震わせる暇があるのなら自分の作業続けなさいよ!!


「あははは……ふう、落ち着いた〜」


「ったく、折角顔を作ったってのにいちゃもんどころか笑いやがって!」


「ごめんごめん! 謝るから拗ねないで〜。今の顔芸、たすくんだったらしてくれるかな?」


「拗ねてねぇ。佑なら……案外出来るんじゃねぇか? むしろアイツの方がギャップがあって大爆笑もんだろ」


「確かに。今度二人で言ってみる?」


 ごく自然と約束を取り付ける朱音のその言葉に、何時もの俺だったのなら調子良く返事をするものだが……ここで確定した返事をするのは今の俺には憚れたため、そっぽを向くという微妙で曖昧な答えを返す。

 朱音も一瞬だけは怪訝そうな目を向けてきたが、何を思ったのかクスリと笑っただけで、再びスケッチブックに視線を落とした。


 そうしてまた静かな空間が生まれた中で思うのは。

 仮に、今に俺がいるこの立場に幼馴染みの佑が居たのなら……どれだけ華やかなシーンになったのだろうかという思いだった。


 佑は一見すればクール面なのだが、胸の内は楽しい事に興味津々だし、今の朱音の様な冗談にも乗ってくれてはいただろう。

 朱音も朱音で、昔に比べて自分からそういう空間を作り出す様になっているから、穏やかでいてお互いにリラックスが出来る雰囲気が漂っていた筈だ。

 そこにお互いに恋心を募らせていたのならば、俺も他の部員二人と同じ様に遠巻きからキラキラとした目で眺めていた事だろう。

 その有り得た今を崩してしまったのが今の俺という、汚泥の様な存在である訳だがな。


 いや本当に、何故朱音がこんな俺にその様な感情を向けるようになった?

 さっきもだったが今だって、俺を被写体としながらも、何処かでこういった展開を望んでいた様な目を向けてくる。

 長年近くにいたせいか、はたまた現実を見なければならなくなったおかげなのか……その目に乗せた感情が俺には見たく無くとも透けて見えてしまう。


「何か悩み事があるんでしょ?」


「んあ?」


「ここで話せる事なら聞くよ? 私で良いんだったらだけどね?」


 何時もの様に顔に出ていたのだろうか……いや、外野の訝しげに俺を観察する反応を見る限り、出てはいなかったのだろう。

 ならばその断定した口調は、こういった機微に敏い朱音の感性と長年の付き合い故なのだろう。


「…………」


 朱音の今の恋路に覆り様のない終止符を打つ為に、俺の今迄の思いとその動機を伝える為の悩みこそあれど、それは佑も揃って言うと決めている。

 ここでそれを言う気は毛程も無かった。


 だがしかし、朱音のその純粋な善意を無視したく無いという気持ちを消す事が出来なかった。

 なればこそ、それに連なる悩みを打ち明けてみようと思案して……。


「それなら一つ」


「うんうん」


「朱音は……佑の事、どう思う」


「たすくんの事? ヒロ君自身の事じゃなくて?」


「おう」


 予想外なのか、意図が微塵も伝わらなかったのか。

 首を傾げ内容に間違いが無いかの確認をしてくる朱音。


「どうって言っても……幼馴染みとしか。って答えで合ってるかな?」


「俺の質問が悪かったな、すまんすまん」


 ありきたりな答えに俺自身も言葉が足りなかったと思わず苦笑してしまう。


「朱音はさ、佑に好意を()()()()()?」


「…………」


 俺がしたかったのは、遠回しな意味も込めての……恋に関して少し踏み込んだ質問だ。


 ここでストレートに好きなのかと聞いたとしても、長い間その目を俺に向けてきた朱音から出るのは……どう見繕っても否定の言葉しか出てこない。

 故に、朱音自身がその恋の矢印を幼馴染みへと向けれる可能性が残っているのかどうか……それを問うてみた。


 今にして思えば妙な質問に聴こえるな。

 俺についての悩みを聞いたのに、悩みの内容が自分の、それも好意の行く先についてと言った頓珍漢な質問で返ってきたのだから。


 これに対し、朱音は思いもしなかった様子で目を何度も瞬かせて、次第に口元に手を添え思考に没頭するかの如く顔を俯かせる。

 まるで頭の中で文書を整理しているかのように、時折聴き取れない声音で声を発し始めた。


 答えの捻出に集中している朱音をそのままにして、そういえばと他の女子達に目がいく。

 やはりと言うべきか、俺が聞いた内容は二人にもばっちり聴こえていたらしく、朱音の全然隠せていないだろう想いに気付いているからか揃いも揃って「あちゃーコイツ駄目だこりゃ」と言いたげな視線で俺を見ていた。


「「…………」」


「…………」


 だが一人一人と目が合ってしまえば、それはゴミを見る様な、軽蔑を含んだものへと瞬く間に変えさせる。

 それは自分達が居るのにも関わらず美術室で悪い方向へ転がりかねない質問をしたことか、恋する女の子に、ましてやその相手からするような質問では無かったからなのか……両者ですね、ハイ。


 だが、二人が向ける感情それこそが、俺が朱音に持って欲しいと思っている正しい感情だ。

 だがここで不安になるのが……()()()()()()()()()()()()()()()、だ。


 こればっかりは、朱音の反応を待つしかない。

 感情というものは、他人には予想出来ないものなのだと身に染みているからだ。


 この部屋にいる誰もが黙り込み、作業の音一つしない室内となってから数分程が経って。


「ヨシ!!」


 注視されていた朱音の、何故か快活な声が響いた。

 一瞬だけ名前を呼ばれたのかと思って身構えてしまったが、どうやら考えが纏まった際に出た声の様で。


「二人とも、お願いがあるんだけど!」


「……え、朱音ちゃん……え?」


「はあ、今度は直々に自販機に行ってくるわ」


「うん、お願いね〜!!」


 目の前の俺には視線をくれず、暗にこの場から離れる様に部員仲間にお願いしていった。

 片や今の朱音に困惑を、片や直ぐ様察した様で席を立ち、困惑したままの一人の腕を取り、美術室の入り口へと歩いていく。


「終わったら連絡してよね」


「はいはーい!」


「え、えーいいのかな? だってアレってさ……」


「大丈夫大丈夫!!」


 生真面目女子は淡々と、お調子者女子は何やら渋っていたが、朱音の元気に満ちた反応に渋々と引き下がっていった。

 そうして二人が廊下へ出て、「よろしく〜」と顔を出していた朱音は見送り終えたタイミングで静かに扉を閉め、誰にも入られないように内鍵を閉めた。


「……さて」


 二人をこの部屋から追い出し、誰にも入られぬように鍵を閉める。

 ここまで来れば、朱音のしたい事など一つしか無いだろう。


「たすくんにはちょっと悪いけど……」


 身体を此方に振り返らせた朱音は、瞼を閉じていた。

 佑に謝っていたのは、俺の質問に関連した意味なのか、違った意味なのか、それはまだ解らない。


「ヒロ君」


「…………おう」


 あの質問を受け、朱音がどう動くか幾つかパターンを予測していたとは言え、だ。


「今から私と―――」


 そう言って、朱音は閉じていた瞼を開く。

 ここで、俺は悩みを打ち明けた事が悪手であったと悟った。

 浅はかにも俺は、朱音の感情を読み違えてしまった。


「ちょっとだけ……喧嘩、しようじゃん?」


 ああ、やはり……人の感情を予想は疎か、操作しよう等と考えていた俺は、自身の矮小さを改めて思い知らされた。


「オンパレードは用意している途中だけど大丈夫だよねっ」


「オンパレード? 何のだよ?」


「まあまあ……それを今からヒロ君に伝えるんだよ?」


 俺の思惑なんぞ気付いていた癖に、乗り越えられる壁の様に簡単に蹴飛ばし。

 不穏な言葉を口にすれど、その目に輝きを灯していた。

もうちょいで7月編は終わり

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