79話 海の日⑧
「大丈夫なの喜浩?」
「大丈夫だ、問題ない」
補充係として仕事を果たした宮本君から、感謝を告げながらたんまりと水の入ったタンクを受け取ると同時に心配の声が。
三つ巴となるこの戦場で、その他大勢を無視して一騎打ちをするこの展開に対し、宮本君としては俺が敗ける未来が見えているのかもしれない。
例えば、目の前の敵に集中し過ぎる余り横や背後から狙われる、とかな。
「高垣のチームが、この一騎打ちに邪魔が入らないよう立ち回るらしいぞ」
「それ、騙して悪いがのパターンにならない?」
「……無いだろ、多分」
「多分って」
はっきり無いと断言出来ない部分が恐い所ではあるが、コレばかりは敵であろうと高垣の言い分を信じるしかあるまい。
常に周囲にも気を配り続けるし、仮にそのパターンになったのなら逃げながら高火力をお見舞いすればいいだけだ。
「頑張って、リーダー!」
「……ええ、後はよろしく」
「イエス、マム!!」
少し離れた場所では、此方に背を向け同様に水鉄砲を受け取る高垣と、何故か元気良く敬礼を返すその仲間……もとい部下とも言える女子。
「……今、リーダー言わなかったか?」
「言ったね」
「……あの子、アホかな?」
「アホなのかもねぇ」
本当にチームリーダーとしてなのか、それとも尊敬の意味を込めてだったのかは不明だが、そこで口に出す様は些か間抜けにも見える。
今の遣り取り自体がブラフの可能性もあるのだが、現に背を向けた高垣からは、何処か呆れている様な雰囲気が見え隠れしていた。
……今は見えないがきっと、頭が痛そうな顔をしているに違いない。
「何はともあれ、絶対勝って生き残ろう! このチームで行く焼肉、楽しみにしてるんだから」
「心配すんなって。俺達の勝利は確実だ」
このチームに入れてもらった時点で、俺が最後まで残るという条件があれど周囲に提示した報酬と同様にたらふくご飯を奢ると約束をしている。
宮本君としては、それが楽しみで仕方が無いようだ。
別にファミレスに行くくらいなら何時でも誘って構わないのだがな。
「さて、新藤君。準備も終えたことだし、始めましょうか」
「おうよ」
「あっ……喜浩、ちょっと背中貸して」
「ん?」
お互いの準備も終え、遂に始まるかと思いきや、宮本君にはまだ用事があったらしく。
「これ、御守り代わりね」
「お前これ……」
高垣には聴こえない声量で、背中に硬い何かを当ててきた。
その感触で宮本君の言う御守りとやらに見当の付いた俺は、空いた手でそれを受け取り、シャツの中に入れて落ちぬよう海パンの紐状の所に差し込んだ。
「グッドラック、だよ」
「そっちこそな」
俺と海音は目を合わせ、そして悪い笑みを浮かべさせた。
「よし、それじゃあ二人とも! アディオス!」
そして用事の済んだ宮本君は、何事も無かったかのように高垣の横を通り過ぎていった。
「始めましょうか」
「かかってこいや」
はてさて、宮本君からの御守りを使う時が来るのだろうか。
それは、高垣の頑張り次第と言えるだろう。
「どうしたどうした、突っ立ってないで掛かってきたらどうだ?」
特に開始の合図も無く、互いに視線がかち合ったことで勝負が始まった。
しかしながら始まったにも関わらず、高垣は構えを取って銃口を向けただけで、その場から一向に動こうとしなかった。
「そういえば……ねえ、新藤君」
「なんだよ」
「私の今の格好、どうかしら?」
「……え?」
何だコイツ!?
今になってソレを聞いてくるのは、どう見ても油断を誘っている様にしか見えない………というかコレ、もしかして心理戦ってやつ?
勢いとノリで言ったアレを仕掛けてきてんのかコイツは!?
「なに、感想の一つ貰っていなかった事に今気付いただけよ」
「それなら、釘付けがどうたらで納得してただろうが」
「私はね。それで、どうかしら?」
感想を求めながら、徐ろに銃口を下げ―――まるで強調しているかのように細いくびれにその手を当てた高垣。
……コレは、見るからに視線誘導だ。
だからといって、別に焦ることはない。
距離はまだまだ開いているし、油断したと言ってもこの砂場だ、即座に距離を詰めようにも普段の様な走りは出来ないだろうよ。
「綺麗なおへそがチャーミング」
「キモい、0点、次」
「…………その魅惑なナイスボデーで、さぞ男子共の視線を集めたことだろうよ」
「有象無象の視線なんてどうでもいいの、よっ」
答えが返ってきたと同時、高垣は直ぐ様水弾を飛ばしてきた。
残念な事に後ろへ下がったことで飛距離が足らず、俺の腹に当
たる。
「うお冷たっ! 有象無象てお前、仮にもクラスメイトだろうが!」
「仮にもだなんて、アンタも酷いコトを言うのね」
「言葉の綾だバカ野郎!」
その結果に高垣は舌打ちをし、距離を縮めようと此方に真っ直ぐに走り出す。
「詰めが甘かったなアホが―――んなあ!?」
「それはそっちの方よ」
一直線でそのまま来ると予測し銃口を向けたその瞬間―――眼前に、ふわりと水鉄砲が浮かんでいる様にして出てきた。
驚き反射的に顔を逸らす事でそれを避け、水鉄砲が俺の後ろにポトリと落ちるのを確認し……そして気付く。
今の水鉄砲に視線を奪われたことにより、高垣の存在が意識の外になった事を。
「ヤバッ―――」
恐らくは、走る動作の最中で振るう腕の慣性を使い自身の水鉄砲を投げてきたのだろう。
それならば今の高垣は無手であり、それでいて接近してくると言うのなら……。
高垣の次の行動を予測し、即座に振り返る。
「余所見厳禁よ」
だが間に合わず、予想通りと言うべきか右手でガドリングの持ち手を押さえられ、銃口は地面へと向けさせられた。
「……一騎打ちなら、撃ち合って勝敗を決めるのがセオリーだと、俺は思うんだが?」
「そも、一騎打ちの基本は一対一。アンタの言うそれは、場に沿った戦い方でというだけの話じゃないかしら」
「ご尤もで……そんで、これから俺をどう仕留める気だ?」
得物を押さえられ無力化された俺と、得物を囮に無手のまま抑え込んできた高垣。
次に動くとすれば、強引に俺のを奪い取りそのまま的を当ててくると言った所だろう。
そう思い、手放さないよう持ち手を強く握りしめた。
「こうするのよ」
「はあッ!? お前、ソレ!」
のだが……驚く事に高垣は、空いていた左手で自身のスカートを大きくはためかせたではないか。
何を破廉恥な! とけしからん動きをした高垣に内心憤りつつも、ついつい視線が寄ってしまった。
そしてお見えになったのは、スカートによって隠されていた珠のように美しい肌の太腿―――もそうだが、何より注目すべきは足の付根近くで括られた黒いバンドと、その間に差し込まれた―――二丁目の水鉄砲!!
それらを目にし驚愕を隠しきれない俺を余所に、不敵な笑みを浮かべた高垣は可憐にそれを抜き取り、さながら映画で観る女スパイがやる様な動きで、俺の額に銃口を突き付けた。
「チェックメイト。案外呆気なかったわね」
「お前っ……何時仕込んで」
「バンドの方は余ってたやつをこっそりと。コレについては受け取った時点で借りてたの。アンタから見て私が半身になった際、見えないように仕込んどいたのよ」
「ははーん。だから敵である俺を前にしても、見せないように背を向けながらだった訳か」
「そう言う事。FPSゲームとかでは、サブウェポンは常に装備するものでしょう?」
「そりゃそうだ。それにしてもお前……此処まで密着した挙句、太腿見せびらかすとか大胆過ぎだろ」
「……うっさい」
仕込みの流れについては理解出来たが、それはそれとして今の状況は、大変宜しく無いと思いますが。
高垣とて言わずとも理解していたのだろう、頬のみならず耳までもが次第に赤く染まりだしていた。
「ひゃーーー! やばくないあの二人?」
「アイツばかり良い空気吸いやがって許さねぇ! 高垣さーんやってやれー!」
「そうよそうよ! くたばって新藤くん!」
この一騎打ちが外野にとって注目するものとなっていたからか、黄色い悲鳴だったり罵倒だったりと、様々な声が聴こえてくる。
いやホントに、クラスメイトが見てる中でこんな事をするなんて逆に尊敬を覚えるぞ。
「ほらほら応援されてるぞ。さっさと撃ったらどうだ」
「いやに強気ね。ただの虚勢かしら?」
「どうだかな」
「……どの道、アンタは詰みよ。さっさと武器を降ろしなさい」
「へいへい」
左手のレバーを引けば何時でも仕留められると言うのに、指示をするだけで何故か撃ってこない。
勝ちを確信しての慢心か、或いは他の理由があるのかは図れないが……
「高垣」
「何よ」
獲物を仕留める時は、最後の最後まで油断してはいけない。
だからこそ、俺は笑顔で話し掛けた。
「お互い、良い仲間を持ったな!」
「……? ええ、そうね」
追い詰められた獲物は、何時だって恐いと言われるものだろう?
「―――なっ」
「ははっ。海音こそが俺にとって幸運―――と言うよりは勝利の女神らしい」
武器を下ろす際、武器に視線をやり俺に対して油断した高垣を見て、俺は素早くシャツの内側に手を入れ、宮本君から貰っていた御守りを腰から抜き出した。
「サブウェポンは常に装備するものだったよなぁ」
「……卑怯の一つ飛んでくると思っていたけれど、どうやらアンタも一緒だったって訳ね」
そして、今まさに高垣が俺にしているように。
「形勢逆転、と言った所だな高垣ィ!」
その額へと、同じ水鉄砲を突き付けた。
〜他場面では〜
高垣さんの部下(無手)
「(宮本君って可愛い顔してめちゃめちゃ筋肉質じゃん!......うっすら割れた腹筋もそうだけど何よりも鎖骨がエッッッ!)......くっ」
宮本君(無手)
「(どうしよう。さっきから睨み合いが続くけど、銃を持ってないことがバレたら追いかけ回されるよね)......くっ」




