78話 海の日⑦
★★★★★★
「それじゃあ、第一試合開始ー」
あの説明だけではなんとも、という声が多数上がり、本格的な試合前に軽いデモンストレーションを済ませた後のこと。
皆もルールをしっかりと理解して、それなら早速始めてみようか、という流れになった。
そしてついに始まった初戦では―――あの後に何故か孤立しかけていたヒロの居るグループが試合となった。
「あー。急いで準備しなきゃなー」
外野となった今の状況で、ヒロがどう動くのかを朱音と共に分析し、そして確実に仕留める手段を考える為に観察しようと思っていたのだが……。
周りが水鉄砲のタンクへ補給をしに海へ向かう中、ヒロだけが棒読みの台詞を呑気に放ちながら、反対方向へ足を進めていた。
一体何をするつもりなのか。
横で様子を伺う朱音が俺と似たような言葉を呟く中、ヒロの足がある場所で止まった。
止まった先は―――共有して使うと決めていた休憩所だった。
ヒロの理解不能な行動を警戒しつつも反対側を見れば、既に数人程は補給を終えており、今に撃ち合い始めた最中だ。
そして、ヒロの仲間である、蔵元、宮本、前田さんという交流の多いメンバー達の方は、ヒロが欠けた所為で三対五という圧倒的な数の不利を受けている最中だったが、各々が的に当てられないように上手いこと牽制を交えながら、揃って此方に戻って来た。
「持ってきたぞ!!」
「あざまる水産!」
追っ手を振り切り、なんとか戻って来た三人の中で、蔵元だけが一足先にヒロの元に駆け寄り、次いで何かを手渡した。
その際に辛うじて見えたのは、四角い容器の様な物。
「早く早く! もうすぐこっち来ちゃうよ!?」
「安心しろって海音」
「あはははゲホッゲホッ! なんか馬鹿馬鹿し過ぎてお腹が痛いよ〜!」
「いや前田さんは笑い過ぎな」
相手が来る状況に急かす宮本に、何が面白いのかお腹を抱えて笑う前田さん。
そんな騒がしさを物ともしないヒロはその場で腰を落とし、休憩所として敷かれたシート上に置かれた荷物の一部をどかしてから端を掴んで―――勢い良く捲った。
そして覆う物が無くなった事で。
砂に汚れぬ様に、更に敷かれた敷物の上に鎮座する、ある物が露わとなった。
「え……?」
「……まじか」
それを視界に収めた瞬間。
俺と朱音のみならず、今に追い付いた対戦相手全員や外野の皆までもが、先程までの騒ぎが嘘かのように静まり返る。
そしてそんな状況の中で唯一表情を変えていないのは……事前に知っていたらしい、ヒロの横で迎撃の構えを取るヒロの仲間のみ。
「くくくっ……ははははは」
静寂が訪れたこの場を作り上げた当の本人は。
ゆっくりとした動作でソレを手に取って、蔵元から渡された容器の様な何かを横に装着させた。
そして如何にも悪役が似合うといった笑いをしながら、呆ける俺達を見渡し―――
「揃いも揃って、なーに呆然としてやがる。最初に言っただろ? 『ルールは理解したか?』となァ」
暗にルールには抵触していないと、ニタニタと嗤い蔑む視線をもって、しかしながら何処か言い聞かせるように穏やかな声色で。
周囲が静まり返った原因であるソレを見せびらかしてきた。
「誰も……ピストルタイプの物しか使っちゃいけません、とは言ってないぞぉ?」
ソレは……俺達が扱う予定のピストルタイプより何倍も形が大きく。
ましてや射程も噴出量も、ましてや銃口の数が倍もある―――
「さあ……蹂躙の始まりだァ」
ガトリングウォーターガンだった。
「「「「「この卑怯者!?」」」」」
「だははははは! 何とでも言えよ、勝てば官軍負ければ賊軍が世の常なんだよ! 因みにこれは電動タイプです」
「「「「「このクソ野郎!!」」」」」
「何とでも言え! 俺が、この俺こそがルールだ! それになぁ、この俺を除け者にしなければ良かった話なんだぜ? つまりこれは、お前らが作り上げた自業自得って事だ」
無論、相手達はそれを手にしているヒロを責め立てる。
「あー、そうだなぁ。じゃあルールにこう追加しよう。優勝チームには後日、好きなアイスか何かを箱で奢ってやる」
そして何かを思い付いたのか、ルールに追加を加えたヒロは。
「そんでもって見事、このクソ野郎を仕留めた勇者御一行だけには、優勝とは別で夏のバイトの給料が入り次第で飯を奢ると約束しよう。こっちは焼肉でも寿司でも、食いたいものは何でもいいぞー?」
「「「「「おぉ……」」」」」
大きな餌をぶら下げ始めた。
「だがそれも、この俺を仕留めればの話だがなあ!!」
「―――なッッッ!?」
その叫びを最後に、ヒロは問答無用でレバーに指を掛け。
放たれた水弾は勢い知らずのまま飛び出し、そこそこの距離があったのにも関わらず一人のポイを的確に撃ち抜いた。
「クソ! 油断し過ぎだ!」
「お前の仇はオレ達で討つ! 早くあの馬鹿を仕留めよう! この皆でバーベキューをするぞ!」
「アタシは回らないお寿司を所望しまーす!」
「スイパラ! スイパラしか勝たんでしょうに!」
「お前ら……すまねぇ。後は頼んだぞ」
そして気付けば、少年誌でよく見るような絆が見えてた。
「朱音、浅見君」
「ど、どうしたの詩織ちゃん?」
「これ、見てみなさい」
怒涛の展開について行けず沈黙を保ったままのこの場で、近くに来た敵チームである高垣さんが、スマートフォンに何かを映しながらそれを俺達に見せてきた。
「なにな……どぅえーっ! アレってこんなにするの!?」
「マジか」
そこには今にヒロが持っているマシンガンに似たタイプの詳細が映っており……
―――記載されたその値段を見て、目を見開いた。
「定価一万以上……セールで八千円程って」
「一人でコソコソと準備していたかと思えばコレよ。小道具まで含めれば一万円以上は使っているかもしれないわね。あの馬鹿は紛う事なき馬鹿だった。道理で水着を新調してこなかった訳ね」
「ヒロ……マジか」
俺達三人が三人とも、狙われる最中のヒロに馬鹿を見る目をやった。
主にこんな遊びで大金を使うだなんて、という目を。
「おおおあぶねっ! もうちょい横に居たら終わってた!」
「引っ込め馬鹿! ここは自分が行く!」
「任せたよ!」
「やっちゃえくらもっちー!」
「フッ。別に……俺一人で全員を倒してしまっても構わんのだろう?」
「「「あ……」」」
案の定、標的となったヒロとすれ違い様に前に飛び出し、綺麗な負けフラグを立てた蔵元。
直ぐ様集中砲火によって退場になるだろうと思いきや―――ヒロの援護射撃によって的を当てられ、声無き叫びを上げて場外へと追い出された。
カッコつけた割には、想像以上に呆気ない幕引きだった。
「どいつもこいつも馬鹿ばかりね」
「あはは……」
「私が仲間だったら、背後から撃ち抜いて楽にしてあげたのに。本当に残念だわ」
「それ、今のヒロ君みたいなやつならまだしも、意図的にならただの裏切りじゃん」
「あの馬鹿が言うに、この手段もルール違反とはならないわ。その上報酬も確定」
「……あれ、言われてみればホントじゃん」
次第に野次が多くなる中、どんちゃん騒ぎを静かに観戦する二人を余所に。
最初こそヒロの奇行に驚いたものの、落ち着いた今となっては違う感情に駆られてしまっていた。
「あのガトリング、俺も使いたい」
今の呟きを拾った二人は、此方にも同じ目を向けてきた……男ならば、ああいうのは是非とも使ってみたくなるものなんだけど。
ヒロや他の男子達もきっと、俺と同じ気持ちで一杯だろう。
「う、うわー助けてくれぇ! 誤射ってめっちゃピンチになったぁ!!」
そう思いながら、悪役どころか三下ムーブが板に付いたヒロを見る。
あのバカ騒ぎと笑顔を見るに、妙な展開ではあるが心底楽しいと思っているのは違い無いのだろう。
あの場に混ざりたいと、もどかしい気持ちでこの試合を見届ける。
「……あ、高垣さん。一つお願いが―――」
「?」
それはそれとして、こっちも作戦を考えなければいけないね。
☆☆☆☆☆☆
「いやー。想像以上に盛り上がりましたな」
「お前が人参ぶら下げた影響なんだよ。次こそは誤射するんじゃねぇぞ? それよりお前、そんなもん買って金は大丈夫なのかよ」
「毎年貯めてるお年玉貯金からだ。だから大丈夫だ、問題ない」
結果として一人の尊い犠牲(笑)はあったものの、ヘイトを集めに集めた俺を囮とし、正面の高火力と背後を取った二人からの射撃という展開を作り上げ、見事な勝利を収めてから。
「にしてもさ。きりの良い八チームじゃなく、六チームなのは何でなんだろうって思ってたけど、こう言うことだったんだね〜」
「盛り上がりそうじゃん? 三つ巴の戦いって」
「正面切ってじゃないから睨み合いが続くぞこりゃ」
二回戦では少数の犠牲はあれど敵を一人ずつ確実に撃ち倒し、堅実に勝利した親友を含めた六名のグループ。
そしてつい先程に終わった三回戦では、女子のみで構成された五名のメンバーで、的確な統率を取りながら包囲網作戦を仕掛け勝利した高垣を主軸としたグループが上がり、次の三つ巴戦となる最終戦では俺VS佑&朱音VS高垣という構図となった。
残念な事に負けたチームはこのゲームが終わるまで外野となり、暇潰しがてら誰が俺を仕留めるのかという賭けで盛り上がっている。
そして、一時の休憩も兼ねて次の作戦を練っている最中。
「お前達、何か作戦とかある?」
「三つ巴だから下手に動けば横から掠め取られる可能性があるよな」
「何方とも狙いながら……というのは難しいよね。数も僕達の所が一番少ないし」
「朱音ちゃんの所はさ、新藤君みたいに妙ちきりんな事はせずに王道だったけどさ〜……高垣さんの所、なんかヤバくない?」
「「「……どうしよっか」」」
前田さんのその意見に、俺達は揃って困り果てる。
親友ズの所は奇抜な行動は取らず、終始堅実な動きを見せていたからある程度対応はしやすいと思う。
だが、高垣の居るチーム……此方は率直に言って訳わからん。
「開始直後に突っ込んで行くから脳筋戦法かと思いきや、簡単に避けてそんまま翻弄しながら距離詰めていくんだもんな。気付けば相手方を包囲しているとか、普通にコエーよ」
「あのチーム、機敏に動いていた二人がバドミントン部の子達で、あとは軽音部の子の筈なんだけどね。こっちが引く位の統率力じゃんアレ」
「なんだよ揃って高垣に「イエス、マム!」って。この短時間で何をしたんだあいつはよぉ」
「でもさでもさ! リーダーが誰かは明白だったよね! 後方でどっしり構えてたのが高垣さんだからさっ」
「それがブラフの可能性は?」
「「「……」」」
前田さんの指摘に、俺達は再び頭を悩ませた。
有り得る話なんだよな。
先の試合で、最初の指示を飛ばした後には一歩も動かなかった高垣は、あからさまにリーダーですよ、という雰囲気を漂わせていた。
コレが次の試合でも同じかどうか……それはあのチームと事前にリーダーを知らされる審判しか分からないことである。
「ノリと勢いでやるしかないだろ。誰だよこんな訳わからんルールにした奴」
「お前だよ」
「じゃあ柔軟かつ臨機応変に、という事で。さっきは前田さんがしてたけど、今回のリーダーは誰がする?」
「うーん。今回は誰が良いかな? どう思うくらもっちー?」
「誰がいいんだかな……」
「最終戦、始め!! あと新藤はやられろ」
「私念増し増しじゃんか。ちゃんと審判しとけよ〜」
「けッ!」
コレと言って方針は定まらず、リーダーは決まったが内容としては行き当たりばったりで行こうと決まった所で時間切れとなった。
そして各陣営がそれぞれ一定の距離で離れ、それぞれの持ち場に着いたその時、タイミングを見計らっていた審判の宣言によって開戦の幕が開いた。
そうして始まりと同時にどのチームも我先にと、水補充の為に海へ一斉に駆け出すそんな中。
初戦と同じく、しかしながら今回に限っては宮本君にタンクの補充を任せ、動かず堂々とその場に立ち、佑が一騎打ちを申し込んでくるタイミングを考えている時だった。
「新藤君」
「……高垣か」
推定で一チームのリーダーであろう高垣が、何故か一人だけで俺の元へ近付き、声を掛けてくるではないか。
そして対峙して気付く……タンクを待つだけの俺とは違い、両手の何方にも武器を持たず無手なままな事に。
大方、ピストルタイプは補給口が一体と成っているから味方に預け、一緒に補充を依頼してきたのだろう。
そしてこうして声を掛けてきた、という事はだ。
「高火力の俺をお前が抑え込むつもりか?」
「……」
状況的にそうとしか思えない為にあえて問い掛けてみれど、返しは何も無く、黙りを決め込まれた。
ルール的には全く問題無いので、どうにかして高垣を避けようと考え込んでいた時。
「仲間には……アンタのチームも含め、朱音達の方にも足止めをお願いしているのよ」
「……は?」
高垣の一言に、口を開いて呆けてしまった。
「私とアンタだけで、一騎打ちをしましょう」
何やら先程の佑と同じ事を言ってきたが……先の三回戦のように、動ける者達を駆使して此方を翻弄し、一網打尽にすれば楽なモノを。
こうして単身で挑んでくる事は、高垣としては何かしらのメリットがあると言うのだろう。
万が一もあるし、不意打ちに気を払っとかないといけないかもな。
「……その行為が、佑戦の前座に過ぎないという証明になるぞ」
「ゲーセンで私よりスコア低かった癖に随分と粋がるわね。それと、あの子達の踏み台になるつもりは更々無いわ」
「ゲーセンのと今じゃ全然ちげえだろ!?……まあいい、その挑戦受けて立とうじゃんよ」
「どうも」
「そんならお互いの補充が来るまで待ってようや」
「ええ」
挑発に挑発で返され意図も掴めないままではあるが……それはそれとしてこの状況、結構面白そうなので受けておくことにした。
何なら前に一緒に遊んだゲーセンでの事を抜かしていたが、このガトリングの前では運動部ではない高垣としては簡単には攻略できっこないだろう。
こんなもん瞬殺だ、瞬殺ゥ。
「テメェの泣きっ面、楽しみにしてるぞ?」
「私には、あの子達の前でニヤケ面を晒すアンタの姿が浮かんで見えるわ」
「……ソレ、お前敗けてね?」
「どうかしらね」
マジで意図が掴め無いが……まあいい、高垣を撃ち破りこのまま突き進むだけだしな。
「所で高垣さんよぉ」
「何かしら」
「あの連中、どんな感じ?」
「……視線がむず痒くって仕方無いわ」
「……そっか。もしかして、無理矢理あのチームに入れたこと怒ってる?」
「怒ってない」
「ホント? ほんとにホントに?」
「うざ」
「高垣さんが気を引いている今だよ、朱音」
「りょーかいさー」
「ごめんね、ヒロ」
「別に、嘘を付いたわけじゃ無いんだし良いんじゃないかな?」
「それもそうだね」
新藤「お、お目当ての物あったあった」
「......水鉄砲も見ておこうかな」
「お、おぉ〜」(セール中のガトリングを見て)
「......買っちゃおっか」




