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76話 海の日⑤

「はぁ、はぁ……どっと疲れた」


 朱音の手を引っ張り海へ逃亡した高垣を追い掛けどのらりくらりと躱された挙句、掛けたままだったサングラスを落とさぬ様に一方を追い駆けてる最中にもう一方が俺の顔面に向けて海水をかけるという反撃を受けてしまったりで、碌に追えずに退散することに。

 一人じゃ勝てなかったよ……。


 ずぶ濡れのまま先程以上に息も絶え絶えな状態で休憩していると、横からヌルリと影がさした。


「はい、スポドリ」


「佑か。サンキューなー」


 着替えの済んだ佑は疲れた俺を見て、高垣の持ってきたクーラーボックスの中からいつの間に入れていたのか冷えたスポドリを差し出してきた。

 口に入ってしまった海水の塩の味を洗い流す様に一気に飲み込んで、佑がどんな格好をしているのか見ようとして、そこで何かを持っていた事に気づいた。

 

「……浮き輪、借りてきたのか」


「興味本位で店内を見てみたら残ってたから一つだけ借りてきた。アヒルのボートとか面白いのもあったよ」


「そっか」


 膝丈の海パンにアロハシャツを着こなす佑は、店から浮き輪を借りたらしく、自慢するかの様に浮き輪を俺に見せ付ける。

 その様が何処か、褒めて欲しいと強請る子犬のように見えて思わず笑ってしまった。


「ガキっぽく見えるって思った?」


「ちげーよ。何だかお前が子犬に見えてな」


「わんわん」


「……真似をするならちょっとは抑揚付けような?」


 無表情で犬の真似をした佑は、直ぐ側に浮き輪を置いて俺の横に腰掛けた。


「あの調子だと、逃げられたんだね」


「彼奴等、こんな時に限って無駄に逃げ足はえーんだよ」


 海中で此方に舌を出して子供の様にあっかんべーをする朱音と、余裕そうに髪をかきあげる高垣を見て直ぐに勝敗を察した佑は、クスリと微笑んで何かを懐かしむように目を閉じた。


「なんかアレだね……昔のヒロを見ているようだった」


「ヤンキーに憧れた覚えはないんだが?」


「違うそっちじゃない……ああやって、()()()()朱音達を追い掛けるヒロの姿が、ね」


「……そうか?」


「あの頃はとても楽しかったね」


 佑がどう思っての発言かは測りかねたが、暗に今とはまるで違うと言われた様で一瞬だけ心臓が高鳴る。

 俺が佑と朱音を幼馴染みカップルとして結び付くために動いていることは一言も喋った事は無いが、佑としては「とても」とつける程に、今と昔でそんな違って見えているのだろうか。


「たいして変わってねーと俺は思うが?」


「……ヒロがそう思うなら、そうかもね」


 チラリと俺を見て抑揚のない声音で意味深に返す佑は、「よっこらせ」と親父臭い台詞を吐きながら立ち上がり、置いていた浮き輪を手に取った。

 浮き輪を使ってゆったりするのだろうと察した俺は、ゆっくりしようと横に寝そべった。 


「ヒロも浮き輪借りてきてよ」


「あん? 今から休憩しようと思ってたんだけど」


「一緒にぷかぷか浮いて、ゆっくり休憩しようよ」


「……わーったよ。幾らだった?」


「300円だったよ。早くしないと無くなるよ」


「はいはい」


 佑の我儘に付き合う事にした俺は、財布を取りにコインロッカーのある建屋に戻ることに。

 佑の言っていた店内には数少ない状態で浮き輪が残っており、それを借りて佑の所に戻った。


「そんじゃ、入ろっか」


「おー」


 二人で浮き輪を海に浸からせ、ある程度の深度の所で浮き輪の中央の穴に腰が入る様に失敗を数回しながら乗る。

 今日は波が小さいおかげか、途中で大きく離されることもなく、そのまま佑と並んで海の上を浮かんでいく。


「……まっぶ」


「ははは。俺にはこのサングラスがあるから平気だぞ?」


「ずるくない? というか、それってよくよく見たら高垣さんのじゃないの?」


「あいつが無理矢理掛けてきたんだよ。だから有効的に使ってるわけ。付けてみる?」


「いや、悪いからいいよ」


「そうか?」


 周囲の喧騒をBGMにしながらぼうっとしていると、顔が上を向くため瞼越しに差さる日差しを煩わしそうにした佑とそんな会話をして、暫くは波に流されるままに時を過ごした。




 ☆☆☆☆☆☆




「お、見つけた見つけた。ちーっす」


「こんちわー、喜浩」


「おー来たのか。よっすー」


 ぼちぼち部活の終わった連中も集まるだろうと一人で企画の準備をしていた頃、午後組であった蔵元と宮本君が着替えを済ませた状態で訪れた。

 その後方には他のメンバーもおり、今も尚遊ぶクラス連中を探す様に周囲を見渡している。


「早速泳ぎに、って行きてーけどよ。コレでゲームすんだろ?」


「はい、僕もちゃんと持ってきたよ! 三点セットものね〜」


「サンキュー」


 方やぶっきらぼうに、方や楽しみを隠しきれない様子で企画に使う物を差し出され、丁寧に受け取りシートに並べる。

 お願いしていた他の人からも受け取りを済ませていたので、これで粗方準備が終えた段階だ。


「にしてもよ。クラスの半数以上で一緒に海に来るって中々ねーよな」


「それねー。精々が仲の良いグループだけで来るものだろうし、こんなことってあんまり他所じゃ聞かないんじゃない?」


「それだけこのクラスが異性の垣根を越えるほどに仲良しだって事だろ」


「……起爆剤がなんか言ってら」


「あはは……」


「はあ?」


 特別変な事は言っていなかった筈なのだが、何故か二人は呆れを込めた視線を送ってくる。

 このような状況になった事情に心当たりの無かった俺は、数日前の出来事について記憶を掘り起こしてみた。




 週末の夜、突如として女子数名からクラスのグループチャット内に、こんなメッセージが投稿された。


『なんか無性に悔しくなったという判断の元、月曜日に参加出来る男子は返事してください』

『時間も少ないのでこれを見た人は、直ぐにスケジュールの確認お願いね〜』

 

 誰々が集まるのやら、何の判断の元なのかと聞く男子数名のメッセージにはあまり反応を示さず、参加を募る旨のメッセージばかりを送る女子数名に対し、次第に参加するだったり女子と行くのは恥ずかしいから無理やら、用事があるから行けない等の返答が次々に送られて始めた頃。


『こんな機会、結構貴重だと思うから熟考してよね』

『女の子と海だなんて、男子諸君にとっては夢のまた夢のような話でしょん♪』


 物凄く、物凄ーく上から目線の言葉が投下されてしまった。

 さて、暗に君達には今後こんな機会は無いかもね?と言われたようなものである一部の男子達と言えば―――


『戦争じゃ!!』

『メスガキが。調子に乗りおってからに』

『処す?処しちゃう?』

『俺のナイスボディで分からせてやる』

『引いた』

『ごめんて』


 プッツンしたのか、こんな反応をしたのである。

 そこからは売り言葉に買い言葉のような応酬を続けた後、今日に至った。

 とは言っても、そんな喧嘩紛いの事をしていたやつらも最初の頃はまだしも、今じゃ気兼ねなく遊んでいる様ではあるが。


 ……考えた企画というのもこの遣り取りを見て思い付いたモノである。




「いやいや、俺なんも悪くねーじゃん。俺に起爆剤の要素なんも無かったし、強いて言うならあんな挑発紛いのこと言った西田さんが起爆剤だろ」


「その前だよ」


「前?」


「……お前、春辺さんとかから何も聞かされてねぇの?」


「何を?」


「そもそもの話、お前の放った一言で女子側もああなったんだぞ?」


「はあ!? 一体何時の一言だよ!?」


 いやいや言っている意味がマジで分からんぞ!

 ニュアンス的に俺が女子グループを揺るがすような事を言ってしまったってのが根本の原因ってことになるんだが。


 全くもって覚えの無い俺がうんうんと過去を遡っていると、今まで苦笑いしながら様子見していた宮本君が、ヒントを出してきた。


「喜浩はさ、騒動の少し前に高垣さんに対してなんて言った?」


「あん? 騒動の前で高垣とは……直近で思い出せるのはそうだな、朝ご飯の内容聞かれて、バナナ食ってきたって言ったけど」


「うん、全く違うし掠りすらしてないね。なんでそんなしょーもない事を覚えてるの」


「なんかごめんね」


 なんかぱっと思い付くのがコレだったんだから仕方ないだろ。

 だから急にスン……て真顔にならないでくれよ。


「五年後に云々かんぬん言ってなかった?」


「あー言った言った!……でもなんでそれが起爆剤って言われるんだ?」


「その後は?」


「後ってーと……「今のお前なんぞに下心とか持ち得ませーん」って言った」


「「……」」


「……え? なんで黙りこくった?」


 なんで何も言わなくなったんですか?

 そんでもって、なんで二人して俺から離れていくんですかね?


「今思うとよ、中々に酷いこと言ってね?」


「だね。しかもその後にプークスクスって煽ったんでしょ?」


「そうらしい。これじゃまごう事なくクズだな」


「だね」


「聞こえてんぞ。誰がクズじゃコラ」


 あんなもん、俺と高垣なりの小粋な罵り合いだろうに。

 別にそれを言われた高垣だって、「生意気言いやがって」って顔だけして後は涼しい顔してたんだぞ。


「まあ今はそんなことはいいんだ。喜浩、聞け」


「なんだよ。真剣な顔して」


「高垣さんの事、どう見える?」


「はあ?」


 そんな事を言われ、つい海の方へ視線を向けてしまう。

 件の高垣は、何時の間にか俺が借りた浮き輪を使って寛いでおり、側では佑から借りたのか同じ様にしている朱音が居た。

 それらを確認して、見えることと言えば。


「……朱音以外にこれと言って仲の良い友達が居ない。現に今の今まで他の女子達とつるんでた所見てないぞ?」


「すまん聞き方が悪かった」


「えー? 一体なんの話だよ。というかいい加減原因とやらを―――」


「関係あるんだなこれが。女子視点で高垣さんがどう映るか想像してみてくれ」


 中々に難しい質問だったが、関係あると言うのであれば疑問は置いてさっと想像してみる。


 ふむ……、まずプライベートの姿を見たことは無いだろうから、学校生活時の姿でだろう。

 ぱっと思い付くので、他人には砕けた口調で話さない所や他の学生には見えない落ち着きがあるよな。 

 そんでもって、授業中に教師から問いを聞かれた時に淀みなくスラスラ答えたり、テストで高得点を取れるほどに頭が良い。

 後は……制服とかも崩さず綺麗に着てるし身嗜みがしっかりしてるとか?

 それらを統合してみると……


「格好いい、とかか?」


「聞いた俺もなんだが良く答えられたな。逆にすげーわ」


「良くできました」


 何やらコレが求めていた答えだったらしく、ドンピシャで当てれた事に若干引き気味の蔵元と拍手を送る宮本君。

 なんでこんな場でこんな話をするんだか……と呆れていると、突然な事に俺の脳に雷が落ちてきた。


 ……こんな話が今出てくるということは、だ。

 女子達が言っていた悔しいからという、何かしらの判断とやらと照合してみれば……。


「クラス内に高垣をそういう目で見ている子が確かに居て、尚且つ俺の煽りを何処からか聞いていて、新藤貴様この野郎!!という怒りを向ける子が出てきたって所か? そうだとしたら何ということだ……」


「いや違う」


「違うんかい!!」


「いや、厳密にはちょい違うって感じだな」


「訳が分かんないよ……」


 降参の意を込めて両手を上げると、今度は馬鹿を見る目に変える二人。

 なんかコイツら、俺に対して遠慮という物が無くなってないか?


「いいか? 心して聞けよ喜浩」


「お、おう……」


 このままでは埒が明かないと思ったのか、蔵元は俺の肩に手を置き、言い聞かせるように声を発した。


「今回の件、つまりは「お、くらもっちーと宮本君じゃん! こんにちわ!」……まえ……だ?」


「こんにちは、前田さん!」


 重大な何かを言い掛けるその声を遮るように、蔵元の背後からニッコニコな笑顔の前田さんがにゅっと現れた。

 そして肩に手を置かれた蔵元は、まるで見つかるべきでは無い者に見つかったかの様に、壊れかけたブリキの人形の如くギギギッとオノマトペが聞こえそうな調子で振り返った。


「くらもっちー。何の話をしていたのかな?」


「ヒィッ!?」


「私、気になるな〜?」


 なんか前にも見た事ある光景だなーと思いながらも、二人の遣り取りを眺めていると、酷く焦った様子の蔵元は俺に向けて両手を合わせてきた。


「すまん! 達者でな喜浩!」


「は? おい続き―――」


「海が俺達を待っているんだ! 行くぞ海音!」


「これじゃ仕方ないかぁ。行こう、あの広大な海原へ! また後でね喜浩」


「あ、逃げる気か二人共!」


 適当な謝罪をしながら前田さんから逃げるべく、宮本君と共に走り去ろうとした蔵元を引き留めるように手を伸ばすが、虚しく空回る。


「哲!」


「なんだ!」


 この数分間だけで聞きたいことが沢山出来てしまった俺は、せめてこれだけでもと声を大きくして呼び止めた。


「渾名の経緯を是非教えてくれ!」


「今はどうでも良いだろ!? なんで無駄に目を輝かせてんだよ!?」


 願いも虚しく、二人は走り去っていった。

 そうしてこの場には、なんだか怖い笑みを浮かべ続ける前田さんと俺のみに。

 近くに居た午後組も、蔵元の様に危険を察知したのかは不明だが、こぞって居なくなっていた。


「さて、新藤君」


「は、はい?」


「蔵元君が言ったことは気にしないでね」


「えぇー……流石にああも言われると気になって仕方が無いんだが?」


「こっちが勝手に騒いでいるだけだよー」


「……」


 戯ける様子を見るに、どうやら事細かに話す気は無さそうだ。

 非常に……それはもう非常に気になるが、時間も有限という事で俺もやるべきことをせねばならない。

 別に今日じゃないと、というものでも無いし。

 

 さて、そんな事より佑と朱音がペアとして楽しめる為の準備をしなければな。


「…………分かったよ。んじゃまあ、まずは準備だな」


「私も手伝うよ。新藤君が言ってた企画ってやつ、()()を見たら大体察せるけどね〜!」


「一目見れば直ぐに思い付くヤツだしな」


「数を見るに、団体戦ってところかな?」


「そそ。人数多いしな」


 気を取り戻すように、シート上に並べられた遊び道具に指を差し、先の展開が読めたのかケラケラと笑う前田さんと共に、最後の仕上げに取り掛かる。


 今から先、俺がするのは。

 親友として油断も慢心もせず、今まで以上に二人が輝かしく目立つ様にサポートするのみ。

 全ては、先にあるビッグイベントに向けての布石の為に!!

グダグダが続きますがご容赦ください。

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― 新着の感想 ―
プライベートのことが知らないクラスの連中から見れば、確か高垣さんと新藤君の関係性が気になりますね……塩対応なクールビューティーと馬鹿なムードメーカーの組み合わせ、しかもその距離感、ね……
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