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74話 海の日③

 高垣が何故あんな様子だったのか。

 聞けばそれは、朝が早かったにも関わらず春辺家の車に乗せてもらったといえど、先に現地を見てみると一方的に告げてからその場に置いてけぼりにした挙句、連絡の一つ寄越さないという経緯があったらしいとのこと。

 自分だから良かったものの、他の人達にこんな対応をしないようにという説教と共に、まるで小学生のような対応を仕出かした朱音の頭部へと軽い拳骨が下った瞬間を見届ける。


 それからほどなくしてクラスの連中が徐々に到着してきた。

 祝日といえど部活動をしている所はある訳で、今時点では約束しているメンバー全員とまではいかないがそれなりに集まった頃。


「ねぇヒロ、ハーレム気分を味わえて満足だった?」


「変な言い掛かりは止めろぉ!! 準備担当として呼ばれただけだぞこっちは!!」


 女三人に男一人という状況を目にした男子数名が、後からやって来た男子共へと次々に伝え渡らせ、それが遅れてやってきた電車組の中に居た佑の耳にも入っていたらしく。

 その告げ口にも近い事を仕出かした男子数名は離れた位置から未だに俺を目の敵のような目で睨んできている。


「今日は部活無かったし、呼んでくれれば一緒に行って準備手伝ったのに」


「前田さんに他の人は要らないでしょって言われたんだよ。あ、そうだ」


「ん?」


「朱音ー! ちょっとこっち来てくれ!」


「んー? はいはーい!」 


 俺の呼び掛けに朱音は会話中だった女子数名に手を振った後、小走りで此方に寄ってくる。


「じゃじゃーん! どうだ佑、朱音の水着姿は」


「ふっふーん」


 さあ佑よ、昔とは別段の幼馴染みの水着姿だぞ!

 やらかした俺以上の、無意識にブラックコーヒーを求めるような甘ったるい雰囲気をプリーズ!


「ふーん」


 クソみたいな反応じゃん(困惑)

 まるで興味ありませんよと言わんばかりの反応に、お披露目の言葉にあやかってノリ良く胸を張ってみせた朱音は、お返しに笑顔を向けた。


「その反応は予想してたよ、たすくん」


「どうも」


「ちょちょちょっこっち来いや佑ぅ!?」


「え? うん」


 すわ不機嫌になるかと思いきや、何故か平然とした朱音を残し、俺は佑の肩を掴んで強引にその場を離れた。


「なんでや!?」


「何が?」


「なしてふーん、なの? もっとこう、いろいろあるだろ幼馴染みとしてさぁ!?」


「ああ、そういうこと」


 何が何だか、という顔をしていた佑は、俺の指摘に合点が行った様子になり。


「だって朱音があの水着着るのは既に知ってたし、だいたいこんな感じだろうなってのは予想してたからそこまで驚きは無いかな」


「…………うぇ?」


 ……え、つまり、つまりはそういうことなのか?

 お二人は、俺の知らない所で一緒に水着を買いに行ってたって解釈でいいんですか!?


「……一緒に」


「ん?」


「朱音と一緒に、水着を買いに行ってきたって事か?」


「うん」


 ヒャーーーーッッッ!!(大興奮)


「そそそそそうだったのか! そうかそうかぁ〜!」


「今の何処に喜ぶ要素があったの?」


「いやいや何でも無いんだうん!」


「……なんか怪しい」


 それはどんなシチュエーションだったのだろうか。

 やっぱりあれかな、店舗を回ってその中でお互いに似合いそうな水着を探し回って、着せ替え人形みたいな事をしたのだろうか?

 だとすれば、朱音の水着を選んだのは佑ということで、更に言えば逆も然りということに。

 佑はまだ着替えておらず私服のままだが、朱音はどんな格好をチョイスしたんだろうか。

 そして並んだ二人をこの目に焼き付けねばな。


「本当だったら」


「おん?」


「その場にヒロも居る予定だったんだよ」


「はぁ?」


 そんなイベントに誘われた覚えの無い俺の口から素っ頓狂な声が出る。

 いやいや、買いに行くなら買いに行くで一言そう言いそうなものを……一体何を言いたいんだろうか?


「前にさ、朱音がヒロの事誘ったでしょ」


「おー? ん、誘われてたっけ?」


「……ヒロが俺達に嘘をついてまで、高垣さんとのデートを優先した日」


 ―――ヒロくんヒロくん!明日からの休みで遊び行かない?

 ―――一緒に服でも見に行かないかなって誘おうと思ったんだけど


「………………あーあったなそういえばっていやいやいや」


 いやいやいや、何言ってんの佑。


「確かに誘われたけどよ、あれは哲んちに泊まる予定があるからって理由……」


「それは前日の話であって、その日は高垣さんと一緒に居たじゃん」


「……うん、まあ、はい」


 問い詰めるかのような佑の視線に、俺は堪らず目を逸らす。


 確かに朱音に服買いに行こうと誘ってくれては居たけど、あの前日から蔵元の家に泊まっていたのは確かだし、当日一緒に映画を観に行くと約束をしていた高垣からも二人にバレないように、と言われていたから二人には秘密にしていた訳でして。

 というか朱音さんや。俺が言った通りに、男子たる佑からの忌憚なき意見というやつを貰ってたんですね!


「まあ水着の件に関してはついでだったんだけどね」


「え?」


「時期早めだけど水着を売りに出してた店を偶然見つけて、その日はお金もそこそこ入れてたからついでだし買っちゃおうかって流れになってね」


「はえ〜そうなんですね〜」


「……凄くだらしない顔になってるけど」


「き、気にするな! うん!」


 尚更行かなくて良かった、とは口に出さないでおこう。

 それにしても中々に良きシチュエーションじゃん、と感慨に浸っていると、あることを思い出した。


「あれ、あの時って他のクラスの人達?も一緒じゃなかったか? そいつらも混じえてだったのか?」


「あー、あの人達ねぇ」


 えらく歯切れが悪そうに、佑は遠くを眺める様に視線を上に向ける。


「あんまこう言うのは良くないんだけど、あれはあれで面倒くさかったな」


「ん? どういうことだ?」


 会話が噛み合っていない気がするが?


「ああいや、こっちの話。買いに行った時の話だったね。元々あのグループとは途中で合流する予定になってて、その前に見掛けた朱音に連れて行かれたんだよ」


「はえ〜そうなんですね〜」


 ならば、時間帯的に俺達が映画を見始めたタイミングの話だったんだろうな。

 一連の流れを聞いていると、先程のやらかしの件は霞んでくるな。

 だが、それで良いのだ。


「……なんかイラってくるねその返事。まあそういうことだから」


「どうもありがとうございます!」


「感謝された意味が分かんない」


 それならば、帰りに持っていた買い物袋の中には夏用の服以外に水着も入っていたんだなぁ。

 是非ともその光景をこの目で拝みたかったが、一緒に行った場合は辿る結果が違う可能性もあった訳だし結果オーライじゃん。


「そんな事よりさ」


「おん?」


「ヒロは、朱音になんて言ってあげたの?」


「…………」


 言葉では無く心臓の音で答えました、なんて言えない。

 傍から見ればあれは大分キモくてキッツい行動だったろうし、何よりあんな状況を佑に話したくねぇし絶対に引かれる。

 そんな事を考え言い渋る俺を見た佑は、スススッと更に近くへ擦り寄ってきた。


「ほらほら、早く教えてよヒロ」


「うーん」


「渋るって事はよっぽどの「ちょっとちょっとー」……あ」


「二人して私のこと、忘れてない?」


「朱音の事を忘れるわけないじゃん。それより朱音」


「それ忘れてた人が言う言い訳。なになに?」


 なんと言おうか迷っていると、蚊帳の外になっていた朱音が会話に入り込んでくる。


「ヒロはなんて言ってくれた?」


「言って?……あー、聞いてよたすくん〜」


 ……あ、この流れは不味い。佑のやつ、朱音に直接聞き出す気だ。


「ヒロくんてばさ―――」


「よーし!! 人も集まったしぼちぼち遊ぼうぜ! まずは準備運動からだな! さあ、B組の諸君集合だ!!」


「うお、びっくりした」


「え、ちょっと待ってよヒロくん!!」


 大きな拍手を起こし二人の会話を強制的に中断させた俺は、素早くクラスメイト達を呼び寄せた。

 俺とその横に何故か並んだ前田さんを前に、何だ何だと騒ぎながらもクラスメイトの全員は漏れなく一つの塊となる。


「さて皆の衆! のちに部活組が来るその時まで、準備運動を済ませた者から各自好きに過ごすように! それと全員が揃う午後以降、俺が面白くなりそうな企画を開催するからな! あ、あと他の人の迷惑にならないように遊ぶこと!」


 企画と聞いて「おー」やら「何にすんだろう」と期待をするものが大半の中、俺から()()()の準備を依頼された心当たりのある者達からは「本当にすんの?」という視線を投げられた。

 そして最後に前田さんの解散の号令に、殆どの者が「は〜い」と気の抜けた返事をした後、誘い誘われといった形で各グループを作り次第に捌けていく。


「企画ってどういう事?」


「私達は何も聞いてないけど」

 

「何をするにしても、私を巻き込まないでちょうだいね」


「企画についてはお楽しみに、な? 高垣については保証は出来ん」


 そんな中でこの場から離れずに居た数名の内、佑と朱音からは企画について質問され、そして誰とも緩まずに残っていた孤高(笑)な高垣からは釘を刺される。

 口を割らないと察した三人は、仕方なさそうに軽く肩をすくめる。

 

「ふーん? まあ、ヒロくんがそう言うなら楽しみにしておこうかな」


「そうだね」


「あ、そうそう。さっきの話に戻るんだけどさ〜」


「朱音ェ! ちょっとこっち来い!」


「うわぁっ急に叫ばないでよ!? びっくりするじゃんか!」


 こうまでして話を遮った俺の努力も虚しく、再び先の会話を続けようとする朱音を佑から切り離し、俺は頭を下げた。 


 「この際だから言うが、佑に教えるのは構わない……だが、それはせめて家に帰ってからにしてくれ下さい」


「めっちゃ必死じゃんか。うーん、そこまで必死なら分かったよ」


 俺の懇願にやっとこさ思いが伝わったのか、朱音は若干呆れつつも了承してくれた。

 頭を下げてまでした甲斐はあったな、と安堵していると……


「たすくんには秘密にしとく。それと、ちゃーんとドキドキしてくれてありがとね♪」


「うぇ?」


 耳元へ、ぽしょりとそんな事を呟かれた。

 弾けるようにして下げたままだった頭を上げると、朱音は此方にウインクを一つ飛ばして、海の方へ振り返った。


「え?」


「ほらほらヒロくん! それとたすくん! 早く泳ぎに行くよー!!」


 かと思いきや、がっしりと俺の右手首を掴んでくるではないか。


「え?」


 そして予想外の行動に固まる俺を引き摺りながら、空いた手で流れる様に此方を見ていた佑の左手首をも掴み、そのまま海の方へ駆け出し始める。


「待て待て待て!! 俺まだ着替えてないんだが!? それに準備する事とかあるんだぞ!? それこそ企画についてのな!」


「朱音ストップ。俺も着替えてない」


「朱音を止めろ佑! 役目でしょ!」


「そう言うならヒロこそ止めてよ」


「どうせ着替え持ってきてるんでしょ? だったらびしょ濡れになるのは今か後かの違いだけじゃん!!」


「「それは違う」」


「楽しもーう!」


 何処にそんな力があるのかと疑問に思う程の引きに対し、強引に出れない俺達と前を向く朱音は、そのまま人のいないスペースへと大きく飛沫を立てながらダイブしていった。

高垣さん「朱音ったら、帽子をつけたまま飛び込んだわね」

前田さん「水着に着替えてたのに見向きもされなかったんですけど」

高垣さん「そう、それは残念ね」

前田さん「まあでも、これはこれでいいものじゃんね!」

高垣さん(前田さんって変態なのかしら)

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― 新着の感想 ―
おいいいいいい!!!企画聞きたかったってええええ!!!(笑) というかデートっていう言い回しを否定しないのかい!祐が勘違いし…ないか。あれデートじゃん
平和だねぇ この作品は恋愛モノだし、いずれ関係性は変わっていくんだろうけど、幼馴染3人組にはずっと仲良くいて欲しいなと思ってしまいますね
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