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73話 海の日②

「あ、こっちに居た。おっはよーう!! 二人共〜!」


 雑談を交えながらシートとビーチパラソルの設置が終え、一息ついていた頃に、遠くからよく知る声が聴こえる。

 声の方向へ視線を向けると、大きく手を振りながら此方へ駆け寄って来ている朱音だった。


「おはよー朱音ちゃん!!」


「おはようさん、朱音。思ってたより早かったな」


「そお? 誰かしら来てるかと思ってたんだけどなぁ。あ、此処に荷物置いていいかな?」


「どうぞどうぞ〜。それにしても朱音ちゃん、もう水着に着替えてるんだね」


「親の車で家から直接だし、いっそのこと最初から着替えておいたほうが楽だと思ってね〜。更衣室も混みそうだし」


「なるほろ〜」


 一言断りを入れ、シートの上にバッグを()()置く朱音の格好をよくよく見てみれば、既に水着に着替えてからこの場に赴いて来たようだ。

 

 リボン付きのつばが小さい麦わら帽子に真っ白なフレアタイプのトップス、黒を基調に所々に白の花柄が彩られたショートパンツ。

 オフショルダータイプのもので、露出が多いという訳では無く可愛らしいさと清楚感を兼ね備えた水着姿だ。


「ん? ん〜おやおやぁ? そんなにじっくり私を見て、どうしたのかな〜?」


 俺の視線に気付いた朱音は、悪戯っ子がするような笑みをしながら、指先で首元を囲っている部位の生地をほんの少し浮かせウィンクを送ってくる。

 その一連の動作を見た俺は、一瞬トリップしてしまった。


「……」


「あれ、ノーリアクション」


 何も喋らない俺に対し朱音からは不思議そうに首を傾けられたが……待ってほしい。

 高校生になったといえど、何処か子供っぽさが残る朱音の、大雑把に想像していた水着姿と今の姿の乖離に驚き半分と、あの朱音が大人っぽく見えてしまった事に対する動揺半分で胸中を占める俺をもう少し待ってほしい。


 そうだ、そうだよなぁ、朱音だってもう高校生なんだ。

 以前の、中学時代に今の格好で現れたのならきっと、大人っぽくあろうとしているなーと微笑ましい目で見れていた筈だ。

 何故今回に限ってそう見えないのか―――それは、以前見た時と違って妙に女性らしい身体つきになっており、それが今の水着と合わさって魅力が増しているのだろう。


 成長とは、げに恐ろしき。

 親友である俺でさえ一瞬トリップしてしまった程の、今迄には無かった色香のようなものを見せる朱音を見て、後からやって来る幼馴染みの佑はどんな言葉を掛けるのだろうか。


『……へ、へぇ。似合ってんじゃん』


『えへへっありがとねっ』


 ああ……良い……正面から視線を向けれないからついつい不器用

な言葉になる佑と、それを見てはにかむ朱音……イイ、イイヨォ!!(感涙)


「……新藤君、見惚れるのはいいけど何か言ってあげなよ?」


「あだっ! そ、そうだな前田さん」


 前田さんから脇腹を小突かれた事により、意識が現実に戻る。

 さて、感想感想……俺はなんて答えれば正解なんだ?


「あー、なんと言えば良いか、そのぉ……」


「うんうん」


「……へ、へぇ。似合ってんじゃん」


「うんありが……うん?」


 ……。

 …………。

 ………………違うだろ俺ェェ!?

 これは佑が言った言葉であって……いや正確には俺の妄想内の佑が言ったものではあるうんだけどね、うん。

 百歩譲って似合ってる云々は良いだろう、けど今になって「へ、へぇ」って返しは何だよコミュ障か俺は!


 朱音も違和感を感じたのか、疑問符を浮かべた様な顔をしているし!


「ぷっ……フフフッ」


 前田さんも前田さんで俺の返しが変だと気付いたのか笑いを堪えるように肩を震わせているし!!

 

 クソッなんとか親友としての褒め言葉を考えなければ!!


「…………いやはや、前まではちんちくりんだったのがこうも変わるもんなんだな! 親友たる俺としても凄く驚いたぜ!」


 捻り出した感想は、とても程度の低いものだった。


「ち、ちんちくりん……つまり今迄は貧相に見られてた?」


 そして朱音はというと、瞳のハイライトを消し視線を真下に向け始めた。

 まるで、自分の体型を確認するように。


「あーーっ朱音ちゃん元気出して! 前の朱音ちゃんのことは知らないけど、今の朱音ちゃんはそれはもうビッグな女の子よ! それに今のは新藤君なりの軽い冗談だから! 次の台詞に期待して……ネェ、シンドウクン?」


「ひえっ! はい、そうでございます!」


 朱音のフォローに回った前田さんから、凍て付いた視線と殺意の籠もった呼び掛けに気圧され思わず敬語になる。

 そして視線を俺に戻した朱音は、何も言わずに俺の言葉を待ち始めた。

 

「あー、う〜ん」


 朱音の光を取り戻しつつある瞳には、「具体的には?」という期待と興味がありありと浮かんでいる。

 その後ろでは、「下手な感想だったらいてこますぞコラ」という怒りの感情を込めた前田さんの、ガンギマリな目が向けられている。


 口は災いの元とはこのことだよなぁ。

 高垣にも考えてから口にしろと言われてるし、以後気を付けなければ。これが何度目の決意かはもう覚えてないけど。


 それにしても、名誉挽回の為に俺はどう行動すればいいものか……。

 いくら綺麗な言葉で取り繕っても長年の付き合い故に朱音にはお世辞だと看破されそうだし、それが後ろの前田さんにまで見抜かれたら何をされるか想像も付かない。


 つまりは……俺は、何て言えばこの場が収まるんだ?

 助けてくれ心の中の佑ー!


『シンプルに似合ってんじゃんって言えば?』


 それはさっき言っちまったんだよ!


『じゃあ、後はヒロらしい答えを示せばいいんだよ』


 駄目だ、イマジナリー佑でさえ碌な助言を寄越さねえぞ!?


「んんん〜」


「…………たはは、無理に言おうとしなくていいよ〜、ヒロ君」


 悩む俺を見て何を思ったのか、頬を掻きながら若干困った表情をする朱音がそう言ってきた。

 雰囲気を見るに期待を裏切られた、という程では無いが、何処か落胆しているのはハッキリと感じ取ってしまった。


「あー、朱音さんや?」


「ん、どしたの?」


 ……ま、まあ、せっかくの海日和のこの日に、朝から湿気た顔をさせてしまったと気付かれたら後から来る佑に怒られるし、同クラスの朱音を可愛がる女連中やむさ苦しい男連中にもバレたら何をされるか分からないし?

 それに佑も俺らしい答えを示せって言ったし、なれば思い付いた答えを実行しようではないか。


 ……だから前田さんや、そんな目で見ないでくださいな(恐怖)


「お手を拝借したく」


「手? はいどうぞ」


 俺の差し出した手の平の上に、朱音はその理由を聞かず躊躇いもなく手を重ねてきた。

 こういった流れも長年の付き合い故に出来るやつだよなぁ、としみじみと感じながら、その華奢な手の甲を優しく包み込み、そして俺の胸に当てさせた。

 

「―――うわわっ」


「これが俺の答えな」


 俺のした事はとても単純で、今も尚、音を立てる心臓を服越しではあるが朱音にも感じ取れる様にしただけだ。

 たったこれだけではあるが、朱音には理解してもらえるだろう。


 そしておっかなびっくりと言った様子で自分の手を見詰める朱音は、妙に緊張した顔から次第に、嬉しさが極まった様にだらしない笑みへのそれへと変えた。


「うん、えへへ〜。めっちゃバクバク言ってる〜!」


「そうだろう?」


「この調子だったら、そのうち鼻血まで出るんじゃないの?」


「それはもう熱中症なんよ」


 そうして幾分か調子を戻した朱音からはしつこく揶揄かってくる。

 それを適当に返していると、何やら朱音の背後でもぞもぞと動くシルエットが見えた。


「くっ、これが―――焦れった―――かっ」

 

 それは、まるで梅干しを噛んでいるかのような渋面でボソボソと独り言を呟く前田さん。

 先程の殺意が消えている所を見るに、俺の行いは正解だったのだろう。


「これ以上を望んだら……いやダメよ私、自重しなさい私っ」


 朱音は気付いていない様子だが、気にしてしまえば俺の耳は嫌でも葛藤の混じった呟きを拾ってしまう。

 一体全体、何を言っているのだろうか?


「びーくーるびーくーる。ああ、ううやっぱり―――」


 やっぱり?


「うう、うぇへへここでしか得られない成分が……おほんっ! いやー最初は語彙無いなーとか一時はどうなるかなーって思ってたけど、なかなかやるじゃないの、うんうんっ」


 だらしない顔をしたかと思えば、キリリッとキメ顔を作ったりと、とても人前には出せない顔をする前田さんを見て、何故か俺は冷静になってしまった。


「心音が止まったっ!?」と慌て始めた朱音に何でも無いと宥めていると、突如として着信音が近くで響き始めた。

 各々が携帯を手に取ると、どうやら着信音を発しているのは朱音のもので。

 

「やっば」


 画面を見た朱音は、何か大切な事をすっぽりと忘れていたかのように徐々に顔を青ざめさせる。

 恐る恐る震えるその指で通話開始のボタンを押し、数回の対話の後、急ぎ足でこの場から遠ざかって行った。


「ゴチになりました、新藤君!!」


 朱音がこの場から離れたことで、今度は前田さんの揶揄う声が聞こえた気がしなくもなかったが、それを気にする以前に、冷静になった俺は自分が取った行動に心底後悔していた。

 

「……やっちまったなぁ」


「え、何が?」


 今の俺は、佑と朱音の二人を幼馴染みカップルとして成就させようと決めた際に―――女子たる朱音に無闇矢鱈に触れないというサポート術という名の自戒を破っていた。

 今迄にそれが一度も無かったといえば……まあ嘘にはなるが、今回のように自分からベッタリと触って、剰えあんな嬉しそうな顔を直視してしまった。


「どう見ても解釈違いだろ」


「え、何て?」


 俺の馬鹿野郎クソ野郎!!

 昔ならいざ知らず、こんな歳になって、あんな行動を取るなんて恥ずかしいとは思わないのか黒歴史を増やしてどうする!!

 クソッ最近どうにも勘が鈍くなってきている気がするぞ!

 前までは徹底してそう動いてきていたのに、高校生となって浮かれてしまっていたかこのおバカチンめが!!


 もし……好きな相手が自分の親友と触れ合って、普通の笑顔ならまだしも、心から溢れた様な笑みを浮かべている光景を佑が見てしまったらどう思うだろうか。


 そんなの……そんなの!!


「の、脳が壊れるぅっ!!」


「ちょっと何言っているのか分からないなぁ。あ、私は少し離れるから荷物番ヨロシク! お礼に、一番最初に水着姿見せてあげるよー! 期待しててね♪」


 どうぞご勝手に、と返事をしようとした所で、前田さんは鞄を手に取りこの場を去って行った。

 向かう先を見てみると更衣室に一直線の様で、水着に着替えてくるのだろう。


 そのまま見続けるのは野暮だと思い、俺は今し方言われた通り荷物番を勤めようとシートに腰を下ろして―――


「見てたわよ」


「ひゃんっ!!」

 

 耳元でボソリと呟かれたその言葉に、丸めた背が真っ直ぐに固まり、口からは女性の様な甲高い声が飛び出る。

 そして声が聴こえた側の耳を手で塞ぎ、その場から飛び起きた。


「ひゃんって……ふふっ」


「お、お前! いつの間に来て―――」


 それが誰なのかは声で直ぐに分かった。

 だがしかし、俺は驚きのあまりに次の言葉が詰まってしまった。


 朱音と似たタイプの帽子を深めに被り、上は白のゆるふわなノースリーブに足首まで伸びる長めの黒スカート。

 厚底のサンダルを履いているのか、目線は俺と同じ位まで伸びており、その目を隠すように黒いサングラスを掛けている。

 そしてその格好に不釣り合いな、クーラーボックスが足元に一つ。


 一見すれば泳ぎに来たのではない様にも見えるがどうなんだろう、という率直な感想は置いておく。

 無闇矢鱈に混沌とした場を作りたくは無いし、俺ってば学ぶ人間だから。


 トップスからはみ出た珠のような肌の両肩を震わせ、一頻り笑いを堪えた目の前の下手人は、サングラスを外し視線を合わせてきた。


「おはよう、新藤君。こんな朝から見せつけてくれるわね」


「黙らっしゃいバカ垣!! あれは不可抗力なんだよ! ていうかコソコソ忍び寄って来ないで正面から来いや!」


「不可抗力という単語を辞書から探してみなさいな」


 なんか、雰囲気がこう……同い年には見えない高垣だった。







「ふう。これ、氷が入っているから結構重かったわ」


「あ、ああ。お疲れさん。俺を呼べば持ってやったのに。っていうかいつ来てたんだ?」


「それは追々話すとして。さて、早速だけど新藤君」


「あん?」


「もう少ししたらあのお転婆娘が私を探しにこっちに戻ってくるから、来たら逃げない様に拘束しなさい」


「え 嫌だけど」


「頭が壊れかけたアンタの気持ちもわからなくはないけれども、あの子に拳骨の一つ落とさないと気が晴れないのよ」


「えぇ……一体何があったってんだよ」


「……お願い、出来るかしら?」


「ひっ……はいっ」

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― 新着の感想 ―
周りは完全に朱音で固めようとしてるのかな?主人公君の心情描写的にもちょっとずつ朱音に寄ってる感じがするが… ヒロの推し活の方を応援してるから祐と朱音が結ばれるように祈っておくぜ!ヒロファイト!
久々の更新と、久々のバカ垣来た!ていうか口でバカ垣とか言って、すっかり見惚れてしまったではないか新藤君(笑)
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